この世界のモンスターには、大きく分けて2種類が存在する。
1つは、迷宮都市オラリオに存在するダンジョンで産み落とされるモンスター。奴らは体内にある魔石を核として生き、魔石を砕かれると消滅する。しかし、ダンジョンの中では無尽蔵に産まれるためキリがなく、階層が下がるごとに強くなる。
そしてもう一つは、生殖機能を持ち、地上で繁殖したモンスターである。ダンジョン内で産まれるものに比べればやや弱いものの、恩恵を持たない一般人では到底対処出来るものではない。奴らは本能のままに人間を襲い、蹂躙する。各地でその姿は確認されているが、正確な分布は分かっておらず、今でも被害が相次いでいる。
その中でも特に被害が大きいモンスターが、
「ワイヴァーン…!」
level3相当。冒険者のうちほんの一握りの上級冒険者にしか討伐出来ない、一般人にとって死の象徴。何より人には無い翼を持ち、上空からの火炎攻撃で人々を圧倒する。
敵う筈がない。
ーあいつが…
勝てる相手ではない。
ー村の皆を…
ここは逃げなければ、
ー彼女の父を…
地に落ちたナイフを拾い上げる。
「…殺す…!」
眼球が熱い。
視界に死の線が現れる。
怪物の中心を示す死の点に狙いを定めて走り出す。
「待って…!」
静止する声が聞こえるが無視する。
恐怖は無い。奴には死がある。殺せる存在であることがわかる。
死があるのなら、殺してみせる!
脆弱な武器を持ち、自身に向かって駆けてくる人間を目にして、翼竜は笑みを浮かべる。遅い。敵う筈のない相手に向かう愚かな行為に内心で嘲笑する。
血に濡れた牙を鳴らしながら少年が近づくのを待つ。
恐れることなど何一つない。近づけば最後、あの少年は無惨な姿へと変わり果てる。
少年と翼竜の距離が近づく。
翼竜が前脚を突き出し、爪で貫かんとする。
これから起こる光景を予期し、少女が微かな悲鳴を上げる。
勝利を確信し、少年に顔を向けると、
少年の蒼眼と目が合った。
少年のものとは思えない程の殺意を真正面に受け動きが止まる。全身が強張り、目の前のものに対する恐怖を覚える。
好機と見たか、もとより止まる気がないのか、少年はナイフを突き刺さんと翼竜に接近する。
今まで蹂躙するだけだった存在である人間からの強烈な殺気を受け、思わず回避行動をとる。少年を敵と認めると、後方へと飛びながら、村の住人を焼き殺した火を放つ。
その炎は少年のみならず、後方に見える少女をも焼き尽くすはずだった。
少年がナイフを振るうと、炎に一本の線が刻まれると同時に霧散する。
予想外の事態にまたもや動きが止まる。
無防備な身体に向かって、少年が飛び込んでくる。身体に傷を負いながらも両眼だけは見開き、この身を滅ぼさんとかかってくる。
所詮は脆弱なナイフ、通常であれば無視しても構わない程度の攻撃。しかし、絶対に殺すという意思を持ったその攻撃にまたもや恐怖する。
鋼鉄の翼を使い、その攻撃を防ごうとする。
否、防ごうとした。
通常であればナイフが砕け、こちらに傷などつく筈もない。
しかし、振るわれたナイフは片翼を見事なまでの切断面を残して斬り飛ばす。
片翼を失ったことで大きくバランスを崩す。
間髪入れずにもう一度振るわれるナイフを目にし、咄嗟にもう片方の翼を動かし爪を突き出す。その攻撃に少年の左腕が宙を舞う。
少年の後ろで小さな悲鳴が上がる。
勝機を見出し、不適な表情を浮かべる翼竜だが、敵の様子に不信感を抱く。痛みに顔を歪める様子は無く、その眼は開かれたまま、手を止めることなくナイフを振るう。
対応が遅れ、残った翼も根元から斬り飛ばされる。両翼を失い、最後の武器である牙を使って少年の命を奪い取ろうとするが、牙を的確に切り落とされ不発に終わる。
「死ね。」
三度ナイフが迫ってくるのを感じ、迫り来る死を前に翼竜は思う。
ー今度もし生まれ変わったなら。
ー蒼眼の獣には近づかないようにしよう。
「二度とその面見せるな。」
その思考を最後に、翼竜の意識は途絶えた。
首に刺されたナイフを抜くと、翼竜は灰になることなくそのまま倒れる。
激闘の末、身体の疲れに膝を着く。
地についた手の甲に一つ二つと滴が落ち、やがて全身を濡らす程の雨が降り始める。
立ち上がり、少女のもとへ向かおうとして左腕がないことを思い出す。痛みは感じないが、血が絶え間なく流れ続け、意識が朦朧とする。周囲の炎が弱まる中、落ちている自身のボロボロになった左腕を拾い、少女のもとへと歩き始める。
「…無事か?アミッド。」
「ーっ⁉︎ シキっ!」
その声に我に還ると駆け寄り、自身の服を裂いて少年の左腕の切断部に巻きつける。
止血を終えると、手に持った左腕を見て顔を歪めて俯き、頬に滴が流れる。
父と幼馴染みの2人の腕を見て、多くの失ったものたちを思い浮かべる。
「…シキ、お願いです…二度とこんな無茶をしないでください…。私を残していなくならないで…。」
雨音で消えてしまいそうな声を出す少女の震える肩に手をかけ、抱き寄せる。
彼女は少年のことを理解し、肯定してくれた唯一の人物。故に、生まれて初めて人を死なせたくないと感じてしまった。
「…あぁ、約束する。お前は絶対に死なせない。だから…見失うなよ。」
翌日夜が明けた頃、騒ぎを聞きつけた都市からの捜索隊が、燃え尽きた村の中で倒れている2人の子供を発見した。
この日シキは、この世界で10回目の誕生日を迎えた。