青井柚季(775りす)による私への誹謗中傷文書について
青井柚希(775りす)が2025年のはじめに「陰核派」のサイトに公開した私への誹謗中傷文書である「好きに失敗させてくれ」および「死刑モラトリアム」は、私の抗議によって5月にいったんサイトから削除されていたが、11月24日に突如として、何ら公開を正当化する新たな釈明もなく、再公開された。
青井は政治的理念も思想も何もないカラッポの人間だが、レトリックの才能だけは妙にあるので、読むとダマされる人は多いと思う。なかなかの読み巧者であるはずの大野左紀子氏も、以下のように感想ツイートを書いている。
初読時は、率直な自己開示だと感じ入ると同時に、運動に興味のある若者にとっては「あたしは危険。安易にあたしに近づくな」が「あたしに関心を持て」に変換されることを予測している実にレトリカルなテキストだと思った。今読むと、言及した人をもれなく巻き込む戦略が張り巡らされている感がある。
アドバイスに従って失敗したら、した人に責任を取らせる、自分は取らないの下り、陰核派の思想についても丁寧にアドバイスしてた栗田氏(実は私の提案も入ってる)の立場がない。あと最後の私信は、同内容でのメールのやりとりが破綻してやむを得ず出したのか、そうでなくいきなりなのかが気になる。
775りす・陰核派は今回最初から思想対決のつもりだったそうだが、その思想がまだ練り上げられていないため、外山氏からのアドバイスや苦言に思想的に対抗できず、結局あの魅力的な自己開示になったのでは。同時に、外山氏には”下心”があったと受け止めて、シャットアウトしようとしたように見える。
いずれにしても、自分を中心とした磁場形成の巧みさ、新しいものを探している人が「ここには何かありそうだ」と感じて言及したくなる雰囲気作りは、ある意味では外山氏と共通しており、しかし一方で世代的な政治感覚の違いはかなり大きく、それゆえに反発し合うということはあるのかもしれない。
ホメているのかケナしているのか分かりにくい論評だが、さすがに読み巧者だけあって、青井の文章の本質は、あらかじめの責任回避宣言であるという点は鋭く見抜いている。
ダマされやすい人たちのために、青井のこの文章に対して、かつて私が青井にメールで書き送った批判を以下、抜粋しておく。
(2025年1月9日メール)
「好きに失敗させてくれ」と「死刑モラトリアム」、何度も読み返しています。
最初は、もちろんショックを受けつつもかなり感動さえしていたのですが、それはあなたの文章の巧みさゆえだったと思います。あなたの文章が持つ〝力〟については、私も賞賛するにやぶさかではありません。
しかし、よくよく読み返すとあなたの書いた内容には欺瞞が多々あります。
そもそも「失敗」は望んでするものではありません。成功を目指すからこそ「失敗」しうるのであって、最初から「失敗」を望んで「失敗」するのはただの予定調和であり、あなた自身が薄々自覚しているようであるとおり、あらかじめ「失敗」の云い訳を用意しておこうという「予防線」、保身の身振りにすぎません。
〝福岡に来る〟はもう期待してないですけど、私はあなたの活動が成功しうるような環境を用意しようとしたし、成功を目指して「失敗」し「派手に自爆」してしまうなら、喜んで一緒に「自爆」しましたよ。あなたが私の手の届かない遠方で活動しているとしても同様で、成功を目指して「失敗」した時には全力で庇います。本当は内心では成功を目指しながら「予防線」を張ってるだけだろうとは思いつつ、最初から「失敗」を望むなどと公言した上で「失敗」されても、冷たい目で見るしかありません。そもそもそんな中途半端な姿勢では、ちゃんと「失敗」することもできないでしょう。だってあらかじめ云い訳を用意してあるんですから。
云うまでもなく私は、これまで無数の「失敗」を重ねてきましたが(あなたに対してもそうですが)、「失敗」しようとして「失敗」したことは1度たりともありません。常に成功を目指して、たくさん「失敗」してしまってるだけで、それらはまったく不本意なものです。あなたにも、この私の姿勢を大いに見習ってほしいものです。
「愚行権」とやらについても、何を舶来の輸入概念で聞いたふうなことを……と思います。私は同じようなことを昔から、〝勘違いの自由〟を謳歌せよ、と云い続けてたりしますしね。
あなたの今回の文章での「愚行権」の用法は、要は〝ちゃんとした批判〟にさえ対峙せず、あらゆる批判をシャットアウトする怠惰(というより不誠実)を正当化する逃げ口上にしかなっていません。
そもそも、あらかじめ云い訳を用意した上で「失敗」を目指すなどという軟弱方針が、真に「愚行」の名に値しますか?
どうもあなたの言動には、あなた自身が書いているとおり、あなたがこれまでの人生で身につけてしまった「逃げ」の姿勢が見え透いていて(どーでもいいですけど、私への手紙[問題の2文書のこと]を直接私に送るのではなく、ネット経由で私に読ませるように仕向けたのも、要するに狡猾な「逃げ」でしょう)、本気で「失敗」を目指しているなどという覚悟も感じられないし、まあそれも、ちゃんと成功させたいと本音を云ってしまうのが怖いからの「逃げ」なんだと思います。
あらかじめ云っときますが〝未練〟とかではなく、単に客観的に、私とのことについても同様です。あの一件は私の「失敗」でもありましたが、私からの見え見えのサインを見誤ったあなたの「失敗」でもあったでしょ? しかしあなたは、あなたの人生において数少ないらしい、その貴重な「失敗」の経験に向き合うことをせず、ただ「逃げ」続けてきました。今のあなたには、ちゃんと「失敗」することもできないだろうと私が予想する所以の1つではあります。
(略)
あなたの文章を読み返していて、次第に最も腹が立ってきたのは、その「親愛なる師匠」を、よりにもよって「50過ぎのおぢ」一般に解消させて退けようとしていることに対してです。あなたにも本当は分かっているだろうとおり、私は特別な存在であり、〝日本人〟でもなければ〝人類〟ですらなく、もちろん〝プロレタリア〟でも〝男〟でもありません。
今回あなたが用いたようなロジックというよりレトリックこそは、「フェミニズム」ひいては左翼的な思考全般に対して私が察知し憎んでいる、卑劣な本質そのものです。
あなたは、私という個が、あなたという個に対して、個別具体的な状況の中で、個別具体的な事柄について批判したことを、「若い女をイラつかせる」「家父長制」とやら一般に解消させて被害者ぶった。恥ずべきことでしょう。あなたにはあなたの固有性があるのに、それを安易に「若い女」一般に解消することは、あなた自身を貶めることでもあります。あなたは例えば他の「若い女」と、〝同じ「若い女」〟だというだけで〝連帯〟できるんですか? 私は例えば橋下徹などとは〝同じ男〟でも〝同じ人間〟でさえもありません。〝固有性〟ということに対する感受性の欠如、〝同じ◯◯〟的な論法への警戒心のなさからして、あなたはまだまだ充分に「実存主義」的ではないようです。
私があなたに「どうせ失敗するのだからさっさと辞めろ」的な「アドバイス」を繰り返したのは、もちろんさまざまな活動それ自体を「辞めろ」ということではなくて、「どうせ」やるんなら成功する可能性のあることをやるべきだということであって、そのための環境を私が用意することまでも前提とした、まさしく「愛ゆえ」のものでした。しかしそれをあなたは、個別具体的な文脈を無視して、「家父長制」的な「鬱陶しい世間の『愛』」などという一般的カテゴリーに押し込めることによって拒絶しています。「親愛なる師匠」に失礼でしょう(笑)。
私は今や、ともかく決意としては、あなたを恋愛の対象としてではなく、元の〝可愛い弟子〟(の1人)として遇し直すように努力し始めています。だから、あなたがつまらんことを云ったり書いたりやったりし始めたら、遠慮なく〝喝〟を入れて鍛え直してやろうと思います。「家父長制」的な「50過ぎのおぢ」としてではなく、〝オンリー・ワン〟の〝偉大な革命家〟としての、あなたという個別具体的な〝駆け出しの未熟な活動家〟に対する〝喝〟です。
最初に書いたように、いちいち返信など不要だし期待もしていないし、「親愛なる師匠」の云うことを、もちろん全面的に受け入れる必要はないし拒絶したっていいんだが、その結論は、〝他ならぬ「親愛なる師匠」〟がおっしゃってることなんだし、せめて〝ちゃんと考えた上〟でのことであってほしいです。
お返しに一般化すると、どうもあなたがた〝最近の若いモン〟は臆病というより保身的で、傷ついたり傷つけたりすることを徹底的に避けようとしますが、他人と本気で付き合うというのは、おまえは間違ってると思ったら徹底的に傷つけて心をへし折ってでもその間違った言動を改めさせようとすることを含みます。今回あなたが書いたことは間違ってると思うので、私はあなたを傷つけてやろうと思ってこれを書いてますが(しかしよく考えたらあなたのほうも、自覚のあるなしは問わず、私を傷つけ、心をへし折ってやろうと思ってあの手紙[「好きに失敗させてくれ」および「死刑モラトリアム」]を書いたでしょ? だから私はその本気度に一瞬思わず〝感動〟してしまったんだし、まんまと心をへし折られて、あなたへの恋愛感情を断ち切る決意もさせられてしまったわけです。あの手紙にはそれだけの〝力〟がありました。もしあなたがあの手紙を、私に直接書き送ってさえいれば完璧でした)、これもまた「愛ゆえ」のことです。もちろんもはや恋愛感情ではないし、というか、これまでは恋愛感情という〝不純〟なものが混ざっていたために、あなたをちゃんと〝傷つける〟ことができなかった、良くない〝傷つけ方〟をしてしまったことを反省して、今度こそ〝ちゃんと〟傷つけてやろうということです。
いつか、わだかまりなく直接に話せるような関係を回復して、存分にぶつかり合い、傷つけ合いたいものです。
(2025年2月1日メール)
「好きに失敗させてくれ」の書きっぷりには、私の言動に対する意図的な曲解、つまり悪意ある切り取りみたいなものがあります。たぶんそれはあなた自身にも分かっているはずです。典型的には「飯炊き女」というワードの、私が云ったのとは違うニュアンスでの織りまぜ方とか。だって私が云ったのは、合宿の時には食事係をやってほしい、ということにすぎませんよね。
(略)
「妾」になるとか、それもあなたの一方的な決めつけじゃないですか。そりゃあ「妾」になってくれれば嬉しいし、なんだったら「正妻」に迎えてもいいですけど、そんなことはあなたの側には恋愛感情はないんだということを思い知らされた時点でもう期待してなかったし、「妾」云々は、あなたが福岡移住の意味を矮小化して、こんな願ってもない話を断る理由を自分に云い聞かせるためのレトリックにすぎませんよね。
この話を蹴るのは大間違いです。それこそあなたの人生最大の「失敗」になります。「好きに失敗させてくれ」とか云ってますが、こんなにいい話を断る時点であなたの人生は「大失敗」なのであって、これからわざわざ「失敗」する必要はありません(あるいはそんなに「失敗」したいんなら、私の提案にウカウカ乗るという「失敗」をするほうが手っとり早いかもしれませんよ。だって結局、〝思い切ったことをやる〟ということを避け続けてきた結果、「失敗」できない人生を送ってきてしまったということなんでしょ? 週1で交流会をやろうという浜村の提案と、福岡に移住してきなさいという私の提案と、どっちに乗るのが無謀ですか!)。
(2025年2月5日メール)
これまでに書き送ったことの繰り返しになりますが、あなたはべつに〝失敗〟したいんじゃなくて、要するに失敗する〝かもしれない〟人生の冒険をしたいんでしょ? 最初から〝失敗〟を望む人なんかいないし、以前はちょっと意地悪に、失敗した時の云い訳を最初から用意している保身の身振りだと批判しましたけど、実際はあなた自身、単に上手く云えてなかっただけで、親やその他の大人たちに守られて無難な人生を送り、その結果、〝大失敗〟することもない代わりにたいして面白いこともない状況に追いやられてきたことにウンザリしてるってことですよね? 望んでるのは〝失敗〟ではなく、無難なコースから外れた人生の大冒険であって、その結果として〝失敗〟することも厭わない、ということですよね?
東京で陰核派をやることが、あなたにとってそれほど冒険的なことですか?
(2025年2月7日メール)
前にも云ったように、あなたが望んでいるのは〝失敗〟ではなく〝冒険〟であるはずです。まず〝冒険〟をしなければ、成功も失敗もないんです。「好きに失敗させてくれ」で表明していた(失敗したいというより失敗を恐れないという)決意が本物なら、ここで〝冒険〟に踏み出してください。
(2025年2月9日メール)
君はフェミニストではありません。ただの男性憎悪者です。
そして君を過保護にしてきたのは、親や教師や、ぼくなんかも含むんだろう周囲の〝おぢ〟たちではなく、どうやらフェミニズムです。君が〝失敗〟できないのは、君がフェミニズムからの借り物の言葉で常に自分を守ってきたからです。親のせいでも教師たちのせいでも〝おぢ〟たちのせいでもありません。
云うまでもなく君は病気なんです。
男と女はなかなか分かり合えないものですし、お互いにムカついたり苛立ったりすることは多々ありますが、それが恒常的な女性憎悪や男性憎悪にまで結晶してしまうと、もはやまごうことなき精神の病です。そしてフェミニズムは(少なくとも君の〝フェミニズム〟は)この病気を治癒するどころか悪化させる方向にしか作用しません。アヘンですからすぐには手放せないでしょうが、インテリなんですから、すぐには手放せないまでも手放したほうがいいことぐらいは認識しておくべきです。
君にだってアタマでは理解できるはずじゃないですか。「現代では「失敗」しないことはとても簡単で、どこもかしこも教科書だらけ。標識に信号、角が丸いテーブル、駅のホームドア、タバコの発がん性注意表示、など町の至る所にある」と君は自分でちゃんと書いてます。この一覧表に〝フェミニズム〟だって入ってるはずでしょう、要するにポリコレ監視社会ってことなんですから。君が挙げた諸々以上に〝フェミニズム〟こそが君をガッチリと守ってくれていて、そのぶん君にとって盲点になっているようです。「あたしの人生の根本的なつまらなさの要因」は〝フェミニズム〟ではありませんか?
君は病気です。何よりもまずそのことを自覚する必要があります。
どういう経験が君をそこまでの男性憎悪に駆り立てたのか知るよしもありませんが、当然ぼくとの一件のみならず、不快な経験はいろいろとあったんでしょう。ぼくとの一件があった時点で、すでに君は病的な男性憎悪に陥っており、だからこそその後こんなにコジレてるんだし、ということはそれ以前に不快な経験をたくさんしてきたはずですよね。
それらの経験は、もしかしたらかなりハードなものを含むのかもしれませんが、もしかしたら1つ1つは全然たいしたことのない些末な不快経験の蓄積かもしれません。いずれにせよ、それら君にとって不快な諸々の〝男性経験〟について、悪いのは〝男ども〟のほうであって自分ではない、という形で君自身の言動や感覚を100パー正当化する、君にとって実に都合のいいイデオロギー体系が〝フェミニズム〟だったはずです。君が物心つくはるか以前にはもう、フェミニズム言説の切れ端ぐらい、そこらへんにいくらでも転がってたでしょう。それがポリコレ社会というものだし、フェミニズム的な物云いも、「タバコの発がん性注意表示、など」や排除ベンチその他も、すべて同じ脈絡で世の中に氾濫していることぐらい、君には分かりますよね。
君が恋愛経験に乏しく、〝彼氏〟もなかなかできないのは(無理して作ったって必ず破綻するでしょう)、君が病気だからです。単によくある〝男ってやつは……〟〝女ってやつは……〟的な愚痴り合いの域を超えた、ほとんど〝ドス黒い〟までの君の男性憎悪は、病気です。そして君の〝フェミニズム〟は、そのことへの自覚から君をますます遠ざけ、むろん病気をますます悪化させるアヘンにすぎず、〝思想〟でも何でもありません。〝フェミニズム〟こそが君の現実逃避のためのツールになってるんです。〝真犯人〟は概して意外なものですよ。ぼくなんかではなく実は〝フェミニズム〟こそが、君が打倒すべき牧人・司祭型の〝家父長〟である可能性大です。
(2025年2月10日メール)
「好きに失敗させてくれ」と「死刑モラトリアム」、そのパワーに私も一瞬圧倒されてしまいましたが、これまでしつこく書き送ってきたとおり、よくよく読むとかなりヒドい文章なんです。しかも総じて私に対して嘲笑的なトーンであり、私を傷つけよう傷つけようとしてるでしょ。さらにしかも、そんなものを私個人に書き送るのではなくて、公開してる。公の場で私を嘲笑してるということです。
そんなこと許されると思ったんですか?
私としてはあなたを徹底追及し、ちゃんと返答しろよコラ!というモードになって当たり前じゃありません?
公の場で私を嘲笑しながら、引き続き〝外山界隈〟に寄生しようとしてるんだから、「タダ乗り」呼ばわりされるのもこれまた当然では? 反批判に応えられないんであれば、せめて「好きに失敗させてくれ」と「死刑モラトリアム」は撤回・削除したらどうです?
(2025年5月17日メール)
恥を知れと云いたいし、そもそもプライドというものがないのか、と呆れます。
君は、いったんは師と仰いだ人間を〝誹謗中傷する文書を公開し〟たんですよ? しかも、その後その内容を完膚なきまでに私に反批判されたくせに、少なくとも内容面に関しては反論するでもなく、いまだにサイトに公開し続けています。先日は、冊子版をまた増刷してコミケだか文フリだかで売って(配って?)さえいませんでしたか?
もちろん、「好きに失敗させてくれ」と「死刑モラトリアム」のことを云っています。
都合の悪いことは忘れているかもしれないので、改めて確認しておきます。
そもそもあの文章をいきなり公開したこと自体が大いに問題であり、その後の一連のやりとりの中で君はそのことを事後的に正当化してもいましたが、そのことはいったん措いておきましょう。
まず、「死刑モラトリアム」の冒頭、「親愛なる師匠へ」というたった1つの文言でも、この文章の宛名人は私だと分かる人には分かります。というか、あの文章が公開された時点で、あれを読むだろう人間のほとんどは〝外山界隈〟でしょうから、ほぼ全員が分かることになります。そして文中にある文言から、まるで私が君に「妾、あるいは『飯炊き女』にな」るよう求めたかのように判断されてしまいます。実際に起きたことはこれとは違いますよね? たしかに私は君に云い寄ってましたが、それは「妾」になれなんてことではあり得ないし、「飯炊き女」というのも、要は合宿の食事係を担当しないかという提案でした。私が〝べつに飯炊き女扱いするわけではないんだけど……〟と少し諧謔的に書いたことに対して、君が〝これは使える!〟と飛びついて、まるで私がそういう要求をしたかのように誤認させるレトリックに悪用したのであって、まさしく私への誹謗中傷の類でしょう。
「死刑モラトリアム」で宛名人が私だということが分かるので、その前文のような位置づけになっている「好きに失敗させてくれ」も、主には私に向けて書かれたものだということが読む人たちにも分かります。宛名人たる私は、君に「妾」になることを求めたというのだから、「愛ゆえ」に「いちいち文句をつけてくる」というのもきっと私なのだろうと読んだ人は判断するでしょう。その後すぐ「家父長制の至高の役割は、若い女をイラつかせることにあると思う」と続くんだから、「50過ぎのおぢ」たる私(「家父長」的でもあるらしい)が「若い女」たる君を相当「イラつかせ」たんだろうと読者は君に同情するというわけです。
私が君に対して「いちいち文句をつけ」たという具体的内容も、まるで「どうせ失敗するのだからさっさと辞めろ」というものであったかに受け取られるように君は書いています。これもまた、一連の反批判メールでさんざん指摘したとおり、デマや誹謗中傷の類です。
少なくともこれら、私に対する的外れな誹謗中傷の部分は、撤回するか、せめて改稿すべきではないんですか? こんなものを引き続き公開し、しかも増刷までしながら、〝外山界隈〟に出没し、君の党派へのオルグ活動をし続けるというのは、一体どういう神経なんですか?
そもそも「好きに失敗させてくれ」は、私への訣別宣言であるはずじゃないですか。「あまり近づかないほうがいい。敵としても味方としても、関わることはまったくお勧めしない。以上」という結語が、訣別宣言以外の何だと云うんですか? 私が〝破門〟するまでもなく、君のほうから私に対して明確に訣別を宣言してるわけです。なのになぜ、〝外山界隈〟に出没し続けるんですか?
私がもはや〝権力〟だなどというのは云い訳にはなりません。私を誹謗中傷しながら〝外山界隈〟を利用し続けようという君の態度に苦言を呈したら、君は2月9日のメールで、「私としても『外山界隈を出ていく』などということは困難極まりないです。それは事実上、私に今後一才の政治活動、思想的発言を禁じるようなことです。『外山界隈』はそれだけ広くなってしまっています」などと甘えたことを書き、2月10日のメールでは、私がまるで、「権力関係を使ってデッドロックをかけ」ることで君を思い通りにしようとしているかのように書いています。
たしかに私は現時点である程度のネットワークを構築しており、これに依拠せずに若者が何らかの運動を展開するのは「困難極まりない」かもしれませんが、そんな泣き言を、仮にも私に対して云いますか? 私はそれ以上の「困難」から出発して、現在の状態を創り上げたんですよ? 02年の投獄から07年の都知事選まで、私の味方など世界にほとんど1人もおらず、むしろ敵だらけという状況だったんです。それは現在でさえそう変わりはないし、都知事選を経てからすらほとんど誰にもマトモには相手にされない状態が続いていたから、14年に合宿を始めたわけです。桜子をはじめ我々団のメンバーの誰1人として合宿の開催などという話には乗り気でなく、桜子をどうにか説き伏せて初期の金銭負担を強いた以外、内実の部分はこれまた私が独力でやってきたんです。単に私が個人的努力でどうにかこうにか築き上げてきたにすぎない〝外山界隈〟から追放されたところで、そもそもその〝外〟の世界のほうが圧倒的に大きいんだし、私がかつて置かれていた困難に比べれば、困難の名に値しない程度の困難にしか直面しないはずです。
そもそも君は、2月9日のメールで、「界隈出禁」になったとしても「私はそれでも活動を続けます」と啖呵を切っていたじゃないですか。なぜ有言実行しないんですか?
君は私が〝破門〟を云い渡した2月11日の時点で「界隈出禁」なんです。もともとは君が「好きに失敗させてくれ」で私への訣別宣言を発したことから始まっているというのに、そういう結末になって、なぜ〝上等だ!〟というふうにならないんですか? 最低限のプライドがあれば、まあ〝破門〟の時点ですでに君の活動に参加していた合宿出身者の面々と君が引き続き行動を共にするのは仕方ないとしても、〝外山界隈〟にも君や君の〝手の者〟が引き続き出入りして、そこでさらに新たな参加者をオルグしようなどとは考えないはずですよ?
それに君は、私が〝破門〟を云い渡した直後の時期に、ツイッターのプロフィールから〝外山合宿出身〟の経歴を消しましたよね? それはつまり、自分はもう〝外山合宿出身〟であるというアイデンティティを捨てるという決意表明であるはずでしょ? なのになぜ〝外山合宿出身〟者たちの集まりがあると聞けばホイホイ参加できるんですか?
(略)
君が〝思い切って跳ぶべき時に跳べない〟人間であることは、もう明白です。君が大学を無事に卒業したと聞いて、まったく幻滅しました。君の中で〝大学〟などとうの昔に無価値なものとなっていたはずでしょ? それでも頑張って卒業したのは、〝親を心配させないため〟ですよね。君が影響を受けてきた、私にしても笠井潔にしても高校中退です。千坂恭二も大学には(だいぶトシ食ってから社会人入学しましたが)行ってません。絓秀実も大学中退です。浜村だって大学には行ってません。そういう例を多数、身近によく知ってさえいながら、それでも君は大学を辞めることすらできませんでした。〝親を心配させないため〟です。そういう人に、少なくともラジカルな運動においてリーダーシップを発揮することはできません。
だから、君が恥知らずにも〝外山界隈〟に依存し続けようとするのも、理解できなくはないんです。私が君を〝破門〟したのは、先人たちが創ったインフラに頼らず、ほぼゼロから独力で何らかの運動を創り出すという経験をさせるためでした。もちろん、君にそんなことはできないだろうとタカをくくった上でです(仮に〝外山界隈〟をちゃんと離れたとしても、その後はやはり〝ゆとり全共闘〟の先人が築いたBARエデンというインフラにもはや寄生し続けられますしね!)。しかし、挑戦はしてほしかった。君は「失敗」したいと書いてたじゃないですか。〝思い切って跳ぶべき時に跳べない〟君に、ラジカルな運動をゼロから創り出せるはずがないし、「失敗」するのは目に見えてますが、そもそも君自身が「死刑モラトリアム」なる誹謗中傷文書で、「私が派手にのたうち回りながらズッコケるところを、遠方から指を咥えて見ていて下さい」と私に対して啖呵を切ったんじゃないのか? 〝外山界隈〟に引き続き出没して、新規参加者をいくらでもオルグできるという(他人が、しかも誹謗中傷して訣別宣言を突きつけたはずの〝元・師匠〟が用意してくれた)好条件を手放さないんなら、「派手にのたうち回りながらズッコケる」ことなんか永久にできるわけないじゃないか。口先だけじゃん。私にあれだけのことを云った以上、「派手にのたうち回りながらズッコケる」姿を見せてくれよ。私は君を〝破門〟した時点で、君が望んだとおりそれを「遠方から指を咥えて見てい」るつもりでいたのに、こうしてまた余計なメールを出さざるを得ないような状況に追い込むというのは、どういうことですか。そして今回のこれもまた、君は〝ウザい、キモい〟と切り捨てるんでしょ? もう、死ねばいいんじゃないですか。まあ死ななくてもいいけど、さっさと〝運動〟なんか辞めてしまうべきでは? 君にはそもそも、イッパシの口をきく〝資格〟がありません。
(略)
多くの人は思春期に、異性との付き合い方、あるいは距離の取り方をさんざん傷つきながら学んでいきます。とりあえず第一義的には、男は能動的な性であり女は受動的な性です。端的に、男と女の性的な関係は、男が女に性的欲望のまなざしを向ける側、女はそれを向けられる側として始まります。もちろん女の側が経験を積んで性的意識が成熟すれば、女が自身の性的魅力をアピールすることで男を誘惑する側、男は誘惑される側というふうに能動・受動の関係を逆転させることも可能でしょうが、〝まずは……〟という話です。女の側は、ある日突然、自分の身体が男の性的欲望の対象となっていることに気づかされて、愕然とするところから思春期が始まるんじゃないでしょうか。
自分が望むと望まざるとにかかわらず、自分の身体が男の性的欲望の対象となることがママあるという経験を積み重ね、そういう眼差しを向けてきた男たちからのアプローチを拒絶したり受け入れたり、拒絶できなかったり受け入れてはみたもののやがて関係が破綻したり、それこそいろんな「失敗」を繰り返すことで、女は一人前の性的主体として自らを鍛え上げていくものでしょう。もちろんそれは男の側も似たようなものですけど、とりあえず君の話をしているので、男の側の話は措いときます。
ともかくしかし君は、思春期にそういう経験に恵まれず(「神戸女学院」はウソとしても、たしか女子校育ちではありましたよね?)、性や恋愛の領域で「失敗」を重ねることなく大人になってしまいました。それ自体は、生育環境の問題ですし今さらどうしようもありません。で、大人になってから初めて、自分の身体が男の性的欲望の対象となるという経験にたびたび直面することになり、戸惑い始めたのかもしれません。〝3年間の引きこもり生活〟なんてものが挟まっているために、高校まで女子校育ちでも本来なら18歳ぐらいで直面するだろうような経験に、だいぶ遅れて20歳を超えてから直面し始めたわけです、きっと(あるいは通学中の街角などでそうした視線に不意に晒されるような経験も女子校時代からあるのかもしれませんが)。
ちょっとオクテすぎるとはいえ、それでも、それらの経験のいちいちに律儀に向き合いさえすれば、もしかしたら「極めて健康的な」範疇のものではあったかもしれない21歳時点での男性憎悪(というより男という異性への違和感)を、ここまでこじれさせることもなかったでしょう。自分がいきなり、よく知りもしない男どもの性的欲望の対象になってしまうというのは、相当に気味の悪い、不快な経験であろうことは男の私にも何となく分かります。しかしそこらへんの人民女性の皆さんは、納得できない気持ちを抱えながらもそれらの経験に試行錯誤で対処し、まっとうな主体形成に励んでいくんです。人民ですから、〝男社会が……〟みたいな小賢しい方向へは行かず、いわば社会に合わせて自分自身を改鋳していくんでしょう。ところが君の場合、フェミニズムなどというマズいものと出会ってしまいました。たしかに不快な経験なんでしょうから、間違ってるのは自分ではなく〝男ども〟の側だ、と思いたくなるのは自然なことなんですが、世間の大多数の健全な人民女性はそういう方向へは行かないという事実を直視すべきです。おかしいのは、君のほうなんです。むろん〝多数派は実は意外と正しい〟とかって話ではなく、まさに『テロルの現象学』のエッセンスでもある、〝インテリはいったん、インテリであるということそれ自体がヤバい病気なんだということを思い知るべきだ〟という話をしています。
要するに君はフェミニズムに依存し、それを振り回すことで、性や恋愛の経験を重ねること自体を拒絶するという、いわば〝成熟拒否〟を正当化してきたんです。何かを経験するということそれ自体を拒否してるんだから、君は絶対に「失敗」することもありません。思い切って〝決断〟し、冒険するから「失敗」することもあるんであって、そこらへんの人民は性や恋愛の圏域でさんざん無茶な〝決断〟や冒険をし、「失敗」を繰り返しながら生きています。しかし君は、決してそれをしません。
「好きに失敗させてくれ」で、君は、「これまでのあたしの人生には『失敗』が深刻に欠如している」と書き、それを「私がプチブルお嬢だから」とか、「『失敗』する前に誰かが代わりにやってくれた」からだなどと、すべて〝他人のせい、社会のせい〟あるいは〝生まれのせい〟にしています。「現代では『失敗しない』ことはとても簡単で、どこもかしこも教科書だらけ。標識に信号、角が丸いテーブル、駅のホームドア、タバコの発がん性注意表示、など町の至る所にある。そして、困ったらなんでも代わりにやってくれる優秀なパパがいる。こいつらはあたしの人生の根本的なつまらなさの要因でもあったわけだ」などと、聞きかじったフーコーだかドゥルーズだかアガンベンだか外山恒一だかの言説を〝悪用〟して、相変わらず〝私が悪いのではない!〟とリキみ返ってますが、悪いのは〝決断〟を避け続け、〝思い切って跳ぶべき時に跳べない〟君であり続けさせてきた、君の人生態度です。あるいはそうした態度を君に正当化させている〝フェミニズム〟こそが、君を決して「失敗」させず、君の「人生の根本的なつまらなさ」をもたらしている真犯人です。
〝決断〟できない、〝思い切って跳ぶべき時に跳べない〟こと自体は、まあ性格の問題でもあるでしょうから、まだ大目にも見られます。しかしそれをフェミニズムを援用して正当化し、いわば君に〝決断〟を迫ってくる〝男ども〟の側に責任をおっかぶせて罵倒し誹謗中傷を繰り返すような振る舞いは、まったく〝イデオロギーの暴力〟に淫するようなろくでもない所業であり、悪であり、赦しがたい。
トゥルース・ソーシャルのほうは遡れなかったんで探し出せませんでしたが、たしか君は、私に〝破門〟を云い渡され、関係が完全に決裂することになった直後に、〝闘争勝利!〟みたいなことを書いてイキってましたよね。私は腹が立つのを通り越して、ただただ空しくなりました。
私は2月9日に以後3日間にわたる怒涛のメール攻撃を開始した時点で、まあ〝玉砕〟するつもりではあったんです。もう〝恋愛〟なんかどーでもいい、君が〝「失敗」できないという失敗〟のループからいつまでも抜け出せないのは、君が〝フェミニズム〟を楯にして〝経験を積み重ねること〟を拒否してるからで、まずはそのことをせめて自覚させなければならないと真剣に思い詰めたんです。それができるなら私はいくら傷ついてもいいし、そもそも〝恋愛〟だって始まりもしなければ終わりもしません。君は〝観念の病者〟であって、最初から〝恋愛〟の対象にはし得ない存在だったのだと気づいたということでもあります。
それにしても君は、末期には私に対して要は〝キモい!〟を連発するようになりましたが、そもそも君は私を誰だと思ってたんです? 要するに〝しつこいんだよ!〟ということでしょうけど、ちっとも成就しない革命運動を延々とやり続けてきた私が、しつこくないわけがないでしょう。何十年も〝革命〟を諦めない私が、どうして〝恋愛〟はすぐに諦めると思えるんですか? むしろ君は私の〝しつこさ〟を憧憬していたのではないんですか? 〝しつこい〟ことを否定的に感受してしまう君に、革命運動なんか主導的に担えるわけないでしょう。
(略)
ずっと合宿を続けてきて、初期の合宿と最近の合宿とで、参加学生たちのキャラに何か変化があるかとよく訊かれます。君が参加した回もそうだったように、参加者たちは毎回ピンキリで、優秀な奴もつまらん奴も初期から現在に至るまで混在しています。なので、とくに変化は感じてませんでしたが、前々回ぐらいでちょっと気づいたことがあります。
『中核vs革マル』に、仮名・中原素子に宛てた奥浩平の手紙が出てきますよね。初期の参加者の多くは、あそこで〝うーん……恋愛ってこじれるとこうなっちゃうよなあ〟と往々にして身につまされてる感じだったのが、近年は、〝怖いっ!〟、〝キモい!〟という反応が圧倒的です。それだけ若者たちの〝恋愛〟への態度は淡白になっており、〝しつこい〟求愛はもうそれだけで〝ヤバい〟感じがするんでしょう。実際、すぐ〝ストーカー〟として警察に通報されかねませんしね。
これまた〝フェミニズムの隆盛〟が招いた異常状況であることは、君にも分かるはずですよね? 女の側が不快に感じることはすべてイコール〝社会悪〟であり、警察に通報して取り締まってもらってもいいんだという流れをフェミニズムが牽引して、行き着いた光景です。〝(男)好きです〟、〝(女)ごめんなさい〟、〝(男)さようなら〟。そんな簡単にいくわけないでしょう! ところが近年は、そんなふうに簡単にいくのかもしれません。でないと〝キモい!〟ということになり、ヘタすると警察に通報されかねないんですから。
私の後にも何人かからコクられたようですが、うち私以外の何人が〝しつこく〟食い下がってきましたか? 想像するに、〝しつこい〟のは私だけではありませんでしたか? つまり君はやっぱり〝ポリコレ社会〟に守られているのであって、そんな社会を作ってきたのはフェミニズムです。〝(男)好きです〟、〝(女)ごめんなさい〟、〝(男)さようなら〟で済んでりゃ、そりゃあ手ひどい「失敗」を経験するところまで進まないし、女どももさぞ〝安全・安心〟でしょう。君に「失敗」をさせない社会に君が苛立っているのなら、君はフェミニズムをこそまず放棄しなければならないんだと私が〝しつこく〟繰り返す所以です。〝ごめんなさい〟と拒絶されるや〝さようなら〟と去っていく男どもの、君に対する〝想い〟なんぞタカが知れてますし、フェミニズムに牽引されたポリコレ社会は、若者たちに〝恋愛〟を経験させません。君はもちろん、君にコクってきた男どもだって、〝恋愛〟なんか経験してないんですよ。
コロナの時も、マスク着用を頑固に拒否してるのは主に「50過ぎのおぢ」たちだったでしょ? そういうオッサンたちを若者たちは〝老害〟扱いするのが常でした。君たちの世代はそんなふうに無難に生きることに馴らされています。君に〝しつこく〟云い寄った私よりも、〝ごめんなさい〟、〝さようなら〟で君のもとを去っていった男どものほうを〝マトモ〟だと君がもし感じるなら、君もだいぶポリコレ社会に毒されていますよ。
だいたい君自身が私宛の最後のメール(2月10日)の中で、〝フェミニズム〟を楯にし続けることでポリコレ社会に順応していく姿をさんざん露呈させていました。「外山さんを萎えさせられるのが『フェミニズム』しかないとわかった今、私はますます『フェミニスト』にならざるを得ません」というのは、つまりそういうメカニズムじゃないですか。君は最後に「大嫌いな『オープンレター・フェミニスト』への共感」さえ語り始める始末でした。
そもそも内容的には私宛の個人的な手紙である「好きに失敗させてくれ」と「死刑モラトリアム」を、私宛には出しもせず、いきなり陰核派のサイトで公開したのも、〝MeToo〟をやるぞ、という私への威嚇じゃないですか。
君は主観的に「オープンレター・フェミニスト」を「大嫌い」であるのかもしれませんが、〝フェミニズム依存症〟から回復しないかぎり、じっさい同類なんです。桜子から伝え聞いたところによれば、君は、あれ以降も私からの〝しつこい〟メール攻撃が止まらない場合は、一連の経緯(当然そこには私の〝性暴力〟も含まれているんでしょう)を大々的に晒すつもりでいたそうじゃないですか。
私もナメられたものです。そんなことをされたら私は窮地に陥ってたでしょうが、私を誰だと思ってるんです? 私はかつてそれ以上の窮地に陥って、そこから這い上がってきた不屈の闘士なんですよ? そもそも私は2月9日に怒涛のメール攻撃を開始した時点で、君に全力でぶつかることによってすべてを失ってもいいという覚悟でいたんです。「失敗」したいだの何だの云いながら、結局のところ何ら決定的な領域にまでは踏み込もうとしない君とは違うんです。
ほんとは、今からでも経緯を公開してみろよと啖呵を切りたいところですが、やっぱり君にはそんなことをしてほしくはありません。私はいっこう困りませんが(困るけどその程度のことは乗り越えられますが)、むしろ君のほうこそ窮地に追い込まれるはずだからです。「大嫌いな『オープンレター・フェミニスト』」そんまんまの行為に手を染めてしまっては、まさに〝闇落ち〟というやつで、君はもう二度と立ち直れないでしょう。
(略)
君が恐れていたとおり、君に〝外山界隈〟と完全に縁を切れと要求するのは、「事実上、私に今後一才の政治活動、思想的発言を禁じるようなこと」でしょう。さんざん云ってきたように、何もないゼロの状況から何らかの〝運動〟を創り出す気概も覚悟も能力も君にはないと私はすでに知っています。しかし、そもそもこれは君が望んだ結末なんです。何を甘えてるんだ。私に威勢のいい啖呵を切ってみせたとおり、「派手にのたうち回りながらズッコケるところを」早く見せてくださいよ。
私はたしかに君に対して、「どうせ失敗するのだからさっさと辞めろ」と云ってるように受け取られかねないことを云ってました。〝今の方向性では失敗するに決まってるから、それはさっさと辞めて、成功するように例えばこういう方向はどうか?〟的な提起をしてただけですけどね。そして今では、引き続き「どうせ失敗する」とは思ってますけど「さっさと辞めろ」ではなく逆に〝さっさと始めろよ〟と思ってるわけです。私にあれだけ威勢のいい啖呵を切って訣別宣言を突きつけたんだから、私が築いてきたインフラには一切依拠せず、君(たち)だけの力で〝さっさと始め〟たらどうなんだ、と。
「どうせ失敗する」のは分かりきってるんで、これはいわば〝自立した活動家〟としての君への〝死刑宣告〟です。仮にもし君が本当に独力で何かを始めたとして(そんな気など本当にあるんだろうか?)、「どうせ失敗する」のはちょっと先のことでしょうから、まさに「死刑モラトリアム」の宣告ですね。
しかし君も、すでに君に何かをやる能力がないことに薄々気がついてるのではないかと思います。3月にやったという「陰核派合宿」とやらも大コケしたらしいじゃないですか。陰核派に集まってるのは、君の掲げる〝フェミニズム〟なんぞ君の「病気」の発症にすぎないことにすら気づけない程度の節穴どもばかりであるに決まってるわけだし、生産的なことなど何も始まらないでしょう。
〝外山界隈〟を〝本当に〟離れることが、君にとって「一才の政治活動、思想的発言を」封じられることと同義であろうのは、君が恐れていたとおりです。それでも、君が私の一連の指摘の正しさをあくまで認めず、私に謝罪しないのであれば、君はその道を選ぶべきなんです。そしていよいよ「盛大に失敗」して、活動家としては潰れればいい。あるいは、いっそ潔くもうここらで〝引退〟してしまうか。
〝外山界隈〟を離れることはできないが、何らかの形で活動家ではあり続けたいというのであれば、フェミニズムを放棄し、私に謝罪して、今後は私の活動を補佐しなさい。
君に残されている選択肢はその2つです。というか、君が私に訣別宣言を突きつけ(てみ)た時から、もともとそうなんです。
(略)
君に〝破門〟を云い渡し、君との関係を絶って以来、私は途方もない喪失感に苛まれ続けています。〝失恋の痛手〟とかではなく、最も大切な〝弟子〟を失ってしまった喪失感です。
君は私の最も優秀な弟子でした。どうも君は私がそう思っていたことを理解しておらず、まるで私が自分の性的欲望を満たすために君を私のそばに置いて、ついでに雑用係としてこき使ってやるつもりなんだろうという見当違いな怒りを抱いていたフシがあります。
もちろん恋愛感情のほうがまず先行していました。ある時期までの私にとって、君は大量の〝合宿出身者〟の1人にすぎず、その中でも、私にとってとくに重要な20人ぐらいの面々を除いた〝その他大勢〟の1人でしかありませんでした。成り行き的にたびたび会うようになり、やがて恋愛感情が芽生えるにつれて、君は初めて私にとって〝その他大勢〟の1人ではない〝他ならぬ君〟となり、君の云うことや書くものにも真剣に向き合うようになって、実は君こそが私の思想を、私の掲げる〝ファシズム〟を最も深く正しく理解しているということにも気づき始めたんです。まさに立花隆の『サル学の現在』みたいな話で、合宿出身者たちを〝群れ〟としてしか認識していなかった段階から、とりあえず君については〝個体識別〟できるようになって、解像度がぐんと上がった結果、ということになります。つまり恋愛感情の芽生えがなければそのことに気づけなかったわけですが、君はそんなもの芽生えず、したがって君を〝その他大勢〟の〝群れ〟の一員として格別の注意を向けずにい続けてほしかったですか?
君のほうも、唯一無二の〝師〟を失った喪失感に苛まれていてほしいですが、たぶん苛まれてなどいないでしょう。君は私とは逆に、一連の過程で私を〝他ならぬ〟唯一無二の〝師〟から〝50代のおぢ〟へと一般化する方向に認識を組み替えていったということもありますが、それ以上に、君は相変わらず〝外山界隈〟に出没し続けて、唯一無二の〝師〟を失うという重大な経験をすること自体にも実質的に「失敗」しており、つまり君のほうは私を失ってすらいないんですから、したがって喪失感など抱いていようはずもありません。
ともかく君は私にとって最大の理解者でした。
もちろん私も君の最大の理解者です。いったい現在の君の周りの誰が、パレスチナ問題なり東大や京大や早大の諸運動に対する君のスタンスを理解してくれていますか。〝フェミニズム〟に対する君のアンビバレントな感覚さえ、例えば「本当のことをいうと、私にとってフェミニズムは基本的に敵であって、私がフェミニストを自称するのは黒人が自分のことをニガーと呼ぶのに近い」という2月12日のツイートも、もっとも理解しているのは私でしょう。
68年以降、〝学生自治〟を掲げる運動などすべて反革命です。〝学生運動〟それ自体がもはや反革命なのだと云ってもいい。しかし同時に〝学生運動の再建〟が今なお最も喫緊の課題です。この私のややこしい問題意識を、合宿出身者の中で(あるいはそれ以外でも)最もちゃんと理解しえているのは、どうやら君です。
君は私の最良の弟子でしたが、しかし同時に最悪の弟子でもありました。せっかく私が君を最良の弟子であると認識した途端に、君は私から離反し始め、あまつさえ〝サークルクラッシャー〟として振る舞い始めました。君の〝フェミニズム〟、というよりそういう形で発現している君の男性憎悪の「病気」がネックなのでした。君を性的に欲望することと、君を私の最良の弟子であると認識する過程が同時進行、というより君を性的に欲望し始めることを契機として君が私の最良の弟子であることに気づき始めるという過程を辿ったために、君の男性憎悪は私を焦点化し始め、すでに指摘したように「好きに失敗させてくれ」を皮切りとする私への悪質な誹謗中傷が始まって、私が当然のごとく怒り、しかしたしかに私が「50過ぎのおぢ」であり君が「若い女」であることから、ポリコレの風潮に染まった周囲の連中は君の側に同調し、〝サークル〟は〝クラッシュ〟の危機に見舞われました。
君は周囲の連中のポリコレ・マインドを姑息に利用しようとしていましたよね? 「好きに失敗させてくれ」にも「死刑モラトリアム」にもそういう計算が如実に出ています。だから君は意識的かつ無意識的な〝サークルクラッシャー〟なんです。
(略)
何でもいいから若者たちの〝運動〟を盛り上げる、というのはもうダメで、本当ははっきりとファシズム運動をこそ盛り上げなければならないのだ、ということは君にも分かっているはずです。君もまさしく、何でもいいから若者たちの〝運動〟を盛り上げるという方針で陰核派をやってますけど、それは結局、君に独自の運動をゼロから築いていく覚悟も能力もないための、やむを得ない選択としてでしょ?
しかも浜村は、何より君ら陰核派を足がかりにしようとしていました。浜村の存在は、私が君とちゃんと向き合い、私に訣別宣言を突きつけてきた君に対して、じゃあ〝外山界隈〟に依存せずに自力で何かやってみろよ、と突きつけ返すに際して、何よりも邪魔でした。浜村自体が君にとっては〝外山界隈〟の人間なんだし(逆にそもそも君が〝外山界隈〟の人間でなければ、浜村の目に留まることもなかったのも明らかです)、他の〝外山界隈〟の諸運動にも同時に介入して盛り上げようとしている浜村が君らの活動にテコ入れを続けている限り、君はいつまで経っても〝外山界隈〟から自立しての試行錯誤を開始できません。何度も〝しつこく〟云ってるように、君は本気では〝外山界隈〟から自立する気はなく、引き続き依存する気でいるんだから、君のほうから浜村を切ることもないでしょう。それに君らの〝運動〟は、放っておきさえすれば「どうせ失敗する」のに、浜村がテコ入れしているうちは表層的に盛り上がりかねず、君は君自身が実はこっそり望んでいたとおり、まんまと「失敗することに失敗」することにもなりかねませんでした。
ある時期以降の私は〝ちゃんと失敗させてやれよ〟というスタンスに転じましたから、浜村に、陰核派への介入はもうやめてくれと懇願しました。しかし浜村は介入をやめないので、実質〝死ねよ〟という罵倒メールを送って、30年以上に及んだ友人関係を〝クラッシュ〟させるに至ったわけです。これまた君なんかには思いもよらず、できもしないだろう類の私の〝決断〟ですが、私にそんな〝決断〟を強いたのは、君が口先だけで私からの〝自立〟めいたことを云々しながら実際ちっとも〝自立〟し始めようとしないという状況であり、つまり元凶は君の言動です。
(略)
もともと私は、最終的には君に〝外山界隈〟に復帰してほしい、つまり〝破門〟はいずれ解きたいと思っていました。もちろん君がフェミニズムを放棄し、私への謝罪を表明することが条件です。そのためには君の〝運動〟とやらがまずは完全な「失敗」に終わる必要があるだろうし、しかし1年もすれば「どうせ失敗する」はずなので、1年ぐらいは黙って君が「派手にのたうち回りながらズッコケるところを、遠方から指を咥えて」静観していようという気でいたわけです。しかしどうも君は相変わらず〝外山界隈〟に寄生し続ける魂胆であるらしく、それでは「失敗」するものもなかなか「失敗」しません。
「失敗」する覚悟が本当にあるんなら、潔く〝外山界隈〟から〝ちゃんと〟離脱してください。泣き言はたくさんです。私は君がイキったように、「盛大に失敗」させてやろうじゃないかと親切に突き放してあげてるだけです。
(2025年5月17日メール2)
「好きに失敗させてくれ/死刑モラトリアム」は削除してください(「削除」ではなく「改稿」でもいいんですけど、メンドくさいでしょうし)。「どうしても」とかではなく、これまた倫理として当然でしょ? 「言論弾圧!」などと、また被害者気取りですか。〝MeToo〟的な下劣な意図などについては君が内心恥じてくれればいいだけのことですが、同時にデマ的な内容を多分に含んでいることも私はこれまで何度も指摘してきたはずです。これに関しては明らかに君の側に落ち度があるんです。1度ぐらい部分的にでも「ちゃんと謝る」ということは君にはできないの?
そもそも問題を急速に後戻り不可能な領域にまで一気にこじれさせた決定的な契機は、突如として君が公開したこの愚劣なテキストなんだぞ?


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