トランスジェンダーの僕が過ごした留置所生活(留置所6日目)
2024年3月19日
薄汚れたクリーム色の壁に囲まれ、見渡す限り鉄格子ばかりの世界。
そこから今日も一日が始まる。
相変わらず外の天候は分からない。ここに入ってから、今日が晴れているのか雨が降っているのか、あるいは雪なのか、そんな当たり前のことさえ想像するしかなかった。
眠りの浅い夜を越えたせいで目覚めは悪い。
重たいまぶたと倦怠感に包まれたまま、それでも時間だけは機械的に進んでいく。
やがて小窓が開き、いつもの朝食が差し入れられる。
パン、野菜ジュース、そして白湯。
決まりきった簡素な食事。だが、今朝は特に食欲が湧かない。手をつけないままにしていると、鉄格子越しに看守の声がした。
「食べないの?」
「いらないです」
そう返すと、パンもジュースも白湯もそのまま下げられていった。
しばらくすると腹部に違和感が広がり始めた。額にはじっとりと汗が滲む。痛みは次第に強くなり、ぎゅっと締め付けられるような重苦しい痛みと、鋭くキリキリと刺すような痛みが交互に襲ってくる。
少しでも動けば痛みが増すため、体を動かすのが恐ろしくなる。
3歩ほどで行けるトイレにやっとの思いで行き、便を出してみる。
だが、それでも痛みは軽くならない。
畳の上に座っていることさえ辛くなり、ついに横たわった。
もちろん布団などあるはずもなく、硬い畳の冷たさと痛みに耐えるしかない。
「痛い……」
声を漏らしたその時「ガチャ」と音を立てて房の扉が開いた。
どうやら洗面の時間に呼びに来た看守が扉を開けたらしい。
だが、ちょうどドアの前あたりで蹲っていたため、すぐに異変に気づかれた。看守が3人、ぞろぞろとやってきて鉄格子越しに僕を覗き込む。
「どうした?」
必死に答えた。「お腹が痛い」
結局、洗面に行くのは休ませてもらうことになった。
しばらくして、また「ガチャ」と扉の音。
今度は看守が正露丸を3錠と水を持ってきてくれた。痛みに耐えながら飲み込む。
すると隣の房から人の声がかすかに聞こえてきた。
「メンタルにきたんやろ」
まるで自分の心を見透かされたかのような言葉に胸がざわつく。
体だけでなく心も弱っていることは自覚していたが、それを他人の口から耳にするのは辛かった。
それでも、薬を飲んでしばらく蹲っているうちに、少しずつ痛みは和らいできた。
そのとき、また看守が房の前に現れ、鉄格子越しに声をかけてきた。
「今日、風呂の日だけどどうする?」
思えば、14日に逮捕されてからもう5日間も風呂に入っていない。髪に手をやると、脂が滲み出るようにベトついているのが分かった。
腹の痛みも治まってきている。
「入ります」
そう答えた。
監視をされながらの15分間入浴
しばらくして、看守が扉を開けた。
廊下にはもう一人の看守が立っており、僕を風呂場まで誘導する。
自分の房のロッカーから着替えの服と下着を取り出し、手に持つ。
洗面器は洗面所のそばに置かれているので、入浴へ向かう途中で拾うことになっていた。
通常、男性収容者は集団での入浴になるらしい。
だが、僕の場合は事情が違う。
僕はトランスジェンダーであり、他の男性収容者と一緒に入浴させることはできないと判断されたのだろう。
案内されたのは小さな個室の浴室だった。
浴室の前には女性看守が立っていて、ここで男性看守と交代した。
浴室の管理は女性看守の担当。
ただし、浴室の外には依然として男性看守がパーテーションの向こうに立ち続けている。
逃走防止なのか規則なのか、理由を尋ねることはできない。
与えられた入浴時間は15分。わずかその程度だった。
小さな脱衣所に通される。
だがそこは、扉を閉めて隠れることが許されない場所だった。
僕は仕方なく衣服を脱いだ。女性看守は視線を逸らすこともなく、僕の裸をまじまじと見ている。
羞恥と屈辱が全身を覆い、腹痛が収まったはずの体が再び強張った。
心の中で「これはただの手続き、監視だ」と言い聞かせても、その視線はヌードショーのように生々しかった。
浴槽に入る前に、固形石鹸を手に取り体を洗う。
ボディタオルなどなく、素手で擦るしかない。
蛇口はあるが水しか出ず、お湯は浴槽に張られたものを洗面器ですくって体にかけるしか方法はなかった。
シャンプーは浴室に持ち込みできないため、洗髪の段階になるとドアを開け、看守に声をかけて手にシャンプーの液体を出してもらう。
髪を洗い終えると、また洗面器で浴槽のお湯を汲んで流す。その繰り返し。
浴槽に浸かると、束の間の安らぎを得られるかと思った。
しかし、透明な小窓から監視している看守の視線が途切れることはない。
目をやるとすぐに視線がぶつかる。
心からリラックスできる余地などなかった。
お腹がまたキリキリと痛む。
冷たい空気、硬い床、監視の視線。すべてが自分を締め付ける。
「あと3分」
外から女性看守の声が響いた。
時計のない世界で、残された時間は彼女の声によってのみ告げられる。
慌てて浴槽を出て体を拭く。
狭い脱衣所で衣服を身に付けようとすると、ドアは開いたままで看守が仁王立ちしている。その存在感の前で、わずかなタオル一枚では身を隠すことすらできなかった。
羞恥心と屈辱で胸が詰まる。
体を拭き終え、服を着る。
だが、ドライヤーはない。濡れた髪は自然乾燥させるしかなかった。
「終わった?」
「はい」
そう答えると、パーテーションの向こうで待っていた男性看守が現れ、女性看守と交代して僕を再び房へと誘導する。
房に戻る前に、洗面台で耳掃除をした。
コップに入れられた青森の水道水を飲むと、わずかに喉が潤った。だが気持ちが晴れることはなく、房に戻った直後、今度は取調べに呼び出される。
取調べ
留置所から連れ出されるとき、僕は再び手錠と腰縄をかけられた。
移動のたびにこの束縛がつきまとう。
自分が人間ではなく物のように扱われている感覚が、心を鈍く蝕んでいく。
取調室に入ると、そこには机とパイプ椅子しかない。
殺風景で、逃げ場のない閉鎖的な空間だった。
刑事に促され、部屋の奥へ座らされる。
逃走防止のためだろうか。
片方の手錠は外されるが、代わりに椅子のフレームへ繋がれる。
そこから取調べが始まった。刑事は机に向かい、パソコンに向かってキーを打つ。だが、彼が書き取るのは、僕の言葉そのままではない。
彼にはすでに「描いた筋書き」があり、そのストーリーに当てはめるように供述調書を組み立てていく。
「昨日の調書、この部分は訂正してほしいんですが」
勇気を出してそう伝えてみる。けれど、刑事は即座に首を横に振った。
「訂正はできない」
その一言で、僕の抗議は打ち消される。
本来なら、供述調書は被疑者の言葉を忠実に記録するものだ。
だが、現実は違った。刑事の解釈と意図が混じり、事実は歪められていく。どのように書けば有罪に持ち込めるのか、彼らは熟知している。
経験豊富な刑事と、素人の僕。その差はあまりにも大きかった。
閉ざされた取調室では録音も録画もされていない。
ここでの会話を知るのは、僕と刑事だけ。
メモを取ることさえできず、言った言わないの水掛け論になれば、圧倒的に不利なのは僕だ。
油断すれば言葉尻を掴まれ、揚げ足を取られる。
終始張りつめた空気の中で、冷静な判断を保ち続けるのは到底不可能だった。
取調べが終わり、房に戻るとすでに昼時。だが食欲は湧かない。
出された食事に手を伸ばす気になれず、ただ時間だけが過ぎていった。
母親とSさんとの面会
午後にも取調べの予定が入っていたが、体調不良を訴えると中止になった。少しだけ心が休まる。
そのとき、看守が房の前に現れて言った。
「48番、面会に来てるけど会う?」
心臓が跳ねる。記者かと思い身構えたが、看守が口にしたのは意外な名前だった。
「お母さんと、Sさん」
看守の口から出た名前に、心臓が大きく跳ねた。
思いがけない知らせに、胸の奥がざわめく。
会うべきかどうか、一瞬ためらった。だが、返事を待つ看守の視線に促されるように「分かりました」と答えた。
声はできるだけ平静を装ったが、内心はドキドキと音を立てていた。
母親が来るなんて、まるで想像していなかったからだ。
叱責されるのか、号泣されるのか、母親の感情を思うと怖かった。
「48番、面会」
房の扉が開き、看守2名に挟まれるようにして面会室へと移動する。
面会室に入る前、確認のために窓から相手を覗くよう指示されたが、その小窓は位置が高すぎて顔を確認できなかった。
結局、そのまま中へと通される。
そこにはアクリル板を挟んで母親とSさんが座っていた。
母親の姿を目にした瞬間、息が詰まった。
ひどく痩せ、目は充血し腫れていた。泣き続けてきたのだろう。
Sさんが横で口を開く。
「お母さん、早朝4時頃に岡山を出て、青森まで来たんだよ」
その言葉に胸が詰まる。
何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
自分のせいで遠くから駆けつけさせてしまったことが、心苦しくて仕方がない。
母親が先に口を開いた。
「ご飯、ちゃんと食べてるの?」
「……まあまあね」
本当は食欲がなく、ほとんど食べていない。
それを正直に言えば、さらに心配をかけると思い、正直には言えなかった。
僕は少し声を震わせながら母親に聞いた。
「家にマスコミが来たり、嫌がらせをする人はいない?もう知ってると思うけど、全国ニュースになったみたい」
「今のところは大丈夫みたい」と母親がそう答えると、深く息を吸い込むようにしてから言葉を継いだ。
「自宅の固定電話、ほとんど出ないようにしてたんよ。けどね、この電話は取らなきゃいけんって、なぜか思った電話があって。出てみたらTさんで、『あんたが逮捕された』って聞いて、もう、何が何だか分からんかった。でも、心細いじゃろう思うて、急いで来たんよ」
自分ですら現実を受け止めきれていないのに、母親の混乱は計り知れない。
申し訳なさで胸が押し潰されそうになる。
「ごめんなさい。迷惑かけて」
言葉にした瞬間、涙が込み上げそうになった。
だが、ここで泣いてしまったら自分が崩れてしまう。必死に堪えた。
すると、母親がはっきりと告げた。
「お母さんは、あんたがやってないと信じとるよ」
その言葉を聞いた瞬間、目頭が熱くなった。
今まで先の見えない不安ばかりで押し潰されそうだった心に、小さな光がふっと灯った気がした。けれど同時に、これまでの人生で母親にはいつも辛い思いばかりをさせてきたことが胸に突き刺さり、申し訳なさでいっぱいになった。
Sさんも横から口を添えてくれた。
「ホルモン療法の必要性について、意見書を警察に出しておくね」
その言葉に思わず頷いた。
トランスジェンダーのホルモン療法の必要性は口頭で看守に話しても理解してもらえない部分もあると思ったからだ。
ここに入ってから、体が火照ったり汗が急に噴き出したりする症状はひどくなっていた。
だからこそ、僕が定期受診をしているかかりつけ医に相談してくれることがとても心強かった。
母親とSさんが遠方から来てくれたことが、本当に嬉しかった。
2人の姿を見られたことが、ただそれだけで救いだった。
面会の終わりに、母親とSさんは新聞とノート、本を三冊差し入れてくれた。本は三冊までしか持ち込めない規則だという。
さらに家族の写真と現金2万円も託された。
どれも僕にとってはかけがえのない贈り物だった。
面会時間は15分。
ほんの短い時間にすぎなかったが、僕にとっては重要で、大切な15分だった。
アクリル越しに交わした言葉や母親の表情、Sさんの温かい声。
それらはこの閉ざされた世界にあって、確かに心を生かす糧となった。
房に戻ると、しばらくはずっと考え込んでいた。
母親の痩せ細った姿、赤く充血した目、そして「信じている」と言ってくれた声。その一つ一つが胸の中で反芻され、簡単には消えなかった。
夕方頃、看守が差し入れ品を持って房に現れた。中身を一緒に確認し、確認書類にサインをする。
規則上、写真はいつでも自由に見られるわけではなく、決められた時間にしか手に取ることはできなかった。それでも、ほんの一瞬でも写真を目にできたことが、僕にとってはたまらなく嬉しかった。
写真に映る家族の姿は、この無機質な鉄格子の世界にあって唯一の温もりだった。
夜になると、小澤弁護士が接見に訪れた。今日は時間があまりないとのことで、詳しい相談はできなかった。だが、「被疑者ノート」という日本弁護士連合会が作っている取調べ記録用のノートを差し入れてくれた。
分厚くはないが、しっかりとした冊子だった。
留置所内ではスマートフォンなど使えるはずもなく、調べ物をすることは一切できない。
弁護士が頻繁に接見に来てくれるわけでもない。だからこそ、自分で記録をつけ、整理できる手段があるのは大きな救いだった。
このノートは、取調べを受ける上でかけがえのない武器になると直感した。
母親とSさんの言葉、差し入れの本や写真、そして弁護士にもらった被疑者ノート。
それらが僕に「明日からも頑張ろう」と思わせてくれた。
留置所での生活は孤独だ。
壁も鉄格子も冷たく、人の気配はあっても心は通じない。だが、それでも僕には僕を信じ、想ってくれている人たちがいる。
房の外でつながっている人たちの存在を心に抱きながら、僕は静かに夜を迎えた。
先の見えない不安に、かすかな希望が芽生える。
同時に、これまでずっと母親に辛い思いをさせてきたことが、改めて胸に突き刺さった。


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