表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
帝都学習館学園七不思議 序

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

395/821

かつての箱庭に足を運んで

時代が歴史の答え合わせをする瞬間にこの話をかけるというのは喜ぶべきことか悲しむべきことか……

 今は九段下に住んでいる私だが、かつては田園調布にお屋敷を構えていた時期がある。

 売る事もせず、今は側近団の寮として活用しているらしい。

 そんな屋敷だが、未だ私の部屋とかは残しているようだ。

 なんとなくなのだが、その屋敷に行ってみることにした。


「懐かしいわねぇ」


 橘を連れてのんびりと庭を歩く。

 あの時広かった庭は、今見ると小さく見えるのは私が成長したからか。

 私の後ろに居る橘も気づけは皺が増えている。

 人は年をとるし老いてゆく。


「ご苦労様。ゆっくり休んでねと言いたいけど、むりでしょうねぇ……」

「そう言っていただけると、お世辞でもうれしいものですよ」


 桂華鉄道のトップとして執事姿でなくスーツで仕事をしていたのだが、代表権のない会長になって表に出ることは一気に減ったので執事服に戻っている。

 季節は秋。

 木々が色付きそこそこ冷えるのでジャンパーを羽織っているが、手袋まではという庭を歩く。


「桂華グループは大きくなった。

 大きくなり過ぎた。

 橘みたいな人がいないと、私で持っている桂華グループは簡単に空中分解するでしょうね」


「そのあたりの自覚はあるのに、まだ企業を大きくなされるのですから」


「仕方ないじゃない。

 助けてという人が居て、私は手を差し伸べられた。

 たったそれだけが続いて、このざまよ」


 私は冗談っぽく苦笑するが、心の中で続きを漏らす。

 低く、恨みすらこめて。


(かつての私に、差し伸べられた手はなかったのだから……)


 さて。

 感傷はおしまいにして、お仕事に戻ろう。

 まだ助けの手は求められており、それを支える力は私には残っている。

 最後、助けられなくなるまではこの手を放すつもりはない。


「この秋の国会、どんな感じ?」


「目玉法案は不逮捕特権剥奪法案ですが、本命は樺太特区法と派遣業法の改正ですね」


 日本の国会は、委員会が主戦場だ。

 まずは党内の部会で審議が行われて、関係者と調整しながら法案ができあがる。

 それを閣議決定して国会に送るが、その法案の関係委員会において『委員会で十二分に審議を尽くした』という納得を前提に委員会可決の後に本会議可決という流れになる。

 で、この委員会の審議時間が足りない場合、継続審議となって次の国会に回されるか、廃案となる。

 つまり、日本を変える場合は数も大事だが、それ以上に時間が、特に委員会の時間が大事となる。

 だから、関係委員会の人員把握と国会審議のタイムスケジュールを把握していないと、どれだけ総理が強権を発動させようとも委員会委員が首を横に振るだけでその法案が没になるなんてことがありうるのだ。

 議会制民主主義の優れたところであると同時に、本当に怖い所はここにある。


「あふれる二級市民の救済と、国際競争に勝つための競争力強化か。

 『いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それがはじめられた当時まで遡れば、善き意志から発していたのであった』か……」


「なかなか含蓄のある言葉ですな」


「カエサルよ」


 橘に元ネタをばらしながら私は考える。

 恋住総理とは共闘はしたが元々からして敵である。

 潰すか潰されるかという分かりやすい関係ならともかく、互いに相互確証破壊の関係に近い。

 それでも、彼はこの法案を出してきた。


「成田空港テロ未遂事件で二級市民への迫害が無視できない規模で始まっています。

 樺太疑獄で不逮捕特権批判も起こっている中、それを防ぐためにもこれらの法案は出さねばならないものでしょう」


 橘の言葉に何も言わない私。

 分かっているのだ。

 この三つの法案はすべて樺太がつながっている。

 樺太疑獄と樺太の経済問題解決の為に、樺太復興庁の解体と樺太全体を経済特区にして大規模な規制緩和の実験場にするという樺太特区法。

 そして、低賃金だが大規模雇用を確保する為の法規制の中核である派遣業法の改正。

 最後に、巨悪が逃げ込む華族の不逮捕特権の剥奪法案。

 枢密院の激しい抵抗で出したはいいが店晒しに遭い続けたこの法案が通る可能性が少ない以上、国民の不満を治めるためには樺太特区法と派遣業法の改正が正解になってしまう。


「全部を進めるほど時間はないけど、民意を維持し続けるためにもどれかは通さないときつい。

 楽なのは派遣業法、きついのは不逮捕特権剥奪法、間が樺太特区法って感じか」


 派遣業法改正は正直通したくはない。

 それでかつての私がどれだけ苦労したかはいまだ忘れていない。

 とはいえ、かつての私と今の私では立場が違う。

 不良債権処理で痛手を受けた日本の産業界は傷を癒すために過剰な人員の排除を求めていた。

 それを金融ビックバンと同時に花開いた株主重視経営が後押しする。

 物言う株主たちは、株価上昇の足枷としてこの高止まりする人件費の削減を求めていた。


「樺太特区法でしょうね」

「派遣業法改正ではないのですか?」


 私の政界工作の決定に橘が確認をとる。

 桂華グループとしては、派遣業法改正は都合が良い政策なのだ。

 既に他財閥は猛烈に圧力をかけているはずだ。


「どっちかといえば、派遣業法改正は押しとどめたいわね。

 過剰人員は問題だけど、これで通したら禍根が残るわ」


 とはいえ、たぶん通るだろうなという諦めと共に吐き捨てる。

 せめて時間稼ぎをという消極的意見である。


「今国会での成立は賛同しない。

 あくまで樺太特区法に精力を注いでちょうだい」


「不逮捕特権剥奪法については?」


 橘の確認に私は少しだけ考える。

 多分、店晒しされて継続審議の方向になるだろうが、あの総理だからやりかねないという警戒感がぬぐい切れない。

 不逮捕特権は自分がその華族階級という事を差し引いても剥奪されるべきだろうとは思うが、凄まじい抵抗があるのは理解できるし、敵を作り続けることで支持率を保っている恋住政権としては枢密院と華族は叩きやすい敵になってしまっている。

 何よりも、私の前世にないファクターだから、この問題がどう転ぶかがわからない。

 知らないイベントだからこそ、その決断がすごく怖いのだ。


「たまにはこうやって昔を振り返るのもいいわね。

 帰りましょうか」

「ええ。

 生きている限り、この橘、お嬢様のそばでお仕えいたします」


 少しずつ私の知らない未来になってゆく。

 前世の私はそれを希望と喜ぶだろうが、今の私はその決断の重さに苦しむ。

 一度だけ、かつて住んでいた屋敷を振り返るが屋敷に入ろうとは思わなかった。

 前に進むしか私の道はないのだから。


 『いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それがはじめられた当時まで遡れば、善き意志から発していたのであった』

 塩野七生『ローマ人の物語 最後の努力』(新潮社2004年)

 本当にこの時期のローマ人の物語がえらく受けてたのを覚えている。

 ローマの足掻きが低迷していた日本経済とかぶっていたのが受けた理由なのだろう。

 

委員会主義

 野党の審議拒否が戦術として機能するの元凶。

 とはいえ、民主主義の構造的欠陥だからそれについては文句はない。

 問題は、危機時対応で本来ならば危機時の非常大権がついていないのが問題なのだが……大体それが固定化して独裁にという流れがあるのがまた……


派遣法改正

 感想でも出ていた諸悪の根源の一つ。

 とはいえ、改正されて職にありつけた人が地方を中心に多かったのも事実だったりする。

 この時期、公共事業叩きと家電の地方工場が大リストラされていたから、地方の景気が急激に悪くなって都市部への流れが顕在化していたんだよなぁ。

 この法律は労働者を安く買いたたけるのだけ注目されるけど、雇用調整弁として労働者を各地に振り分ける事と労働者の身分保障と労働能力の保証を企業側が担保する形で雇いやすくなるという意図があったのは事実なんだよ。

 結果はコノザマなのだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=890190079&s
― 新着の感想 ―
そして現在(2025.2月) 色々あって最低賃金上げろと政府は企業に叫び、租税も上げるのであった
[良い点] このお嬢様他者を助けるのは良いけどそれが幸せにつながらないなあと読んでいて思う。 飢えている時に食料を与えて助けて次を見据えて過ぎ去る人よりも、飢えている人を助けて次どうすればいいのかを一…
[一言] 派遣業法については、当時の人口ピラミッドと女性のライフサイクルの変化という視点が抜けてますね。 1990年代の企業が頭を悩ませていたのが、団塊世代~団塊ジュニアという労働人口のボリュームゾー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ