帝都学習館学園七不思議 チェーンラブレター その3
誰かが幸せになるならば、誰かが不幸になる。
これはそんな話。
華月詩織は夢を見た。
あの手紙が来たその日の夜。
「結婚おめでとう。先生」
「ありがとう。来てくれてうれしいよ。
桂華はほとんど岩崎に吸収されたけど、こうして手に職があったおかげでなんとか生きていけるよ」
「うちも大変だけど、なんとかやっていますから安心してくださいね。先生。
お幸せに」
そんな幸せな、幸せな悪夢だった。
手紙が二通に増えたその日の夜。
華月詩織はまた夢を見た。
それは、中等部の自分が桂華院瑠奈の隣に控えていた幸せな悪夢の続き。
「だから私は宣言します!
桂華院公爵家を継ぐ者として、この国を担う華族の責務として経済的窮乏にあえぐ樺太の……」
華月詩織は桂華院瑠奈の右隣に控えていた。
左隣には神奈水樹が笑顔を参加者に振りまいていた。
「……ですから、樺太を経済特区としてタックスヘイブン及びローヘイブンとして……」
パーティー終了後に劉鈴音が笑顔で桂華院瑠奈に語り掛ける。
その笑顔の仮面の下に値踏みする目をあえて見せつけて。
「とてもすばらしい理想ですわ。
ぜひ実現する事を私ども華僑は期待したいと思っています」
「ええ。
大人の話ですけど、子供にもわかる理屈はきっと大人にも支持されるでしょう。
あ。
そういえば、面白い話をこの間パーティーで聞きましたのよ」
グラーシャ・マルシェヴァがさりげなく警戒しながら、桂華院瑠奈は劉鈴音に耳元で囁く。
その言葉が破滅の呪文であるという事を華月詩織は知らない。
「『サブプライムローン』ってご存じですか?
今、欧米の投資家がこぞって買い漁っているものらしいですわよ」
手紙が三通目になったその夜。
華月詩織はその夢に期待している自分を隠さなかった。
そして、悪夢は華月詩織の望みを叶えた。
「君が神奈さんを煙たがっているのは知っているよ」
泉川裕次郎はまるで政治家のような口調で華月詩織に話す。
彼の隣にいた後藤光也が後を引き継ぐ。
「勘違いしないでくれ。
こちらだって、桂華院と小鳥遊の対立の激化を望んでいる訳じゃない。
二人の和解に向けて穏便な解決方法を模索しようという話し合いだ」
「それで、どうして私だけを呼んだのか説明していただけるのですよね?」
雲客会会館。
古いだけであちこちにガタが来ていた華族派閥の居城の応接室だからこそ、この二人の話し合いに応じたのだ。
水面下で軋轢が発生している特待生問題の旗印に担ぎ上げられた小鳥遊瑞穂と華族派閥のトップに居た桂華院瑠奈の対立は時間の問題だったのだから。
「小鳥遊さんについては僕たちが抑える。
だが、桂華院さんの下で好き勝手している神奈さんを抑える事ができますか?」
「……でしたら、私たちはここでお話していないでしょう?」
神奈水樹はトラブルメーカーであった。
小鳥遊瑞穂や桂華院瑠奈や帝亜栄一を巻き込んで大騒動を引き起こして、ここにいる三人が後始末に何度奔走した事か。
その大騒動のすべてが桂華院瑠奈や小鳥遊瑞穂や帝亜栄一にとって良い結果になった事は、後始末に奔走した三人にとってまったく関係がないからこそ、言葉の節々に恨み節が見え隠れする。
「帝亜グループの留学生制度を知っていますか?」
「たしか、帝亜グループの推薦で海外留学をという話でしたよね?」
「それに、生徒会として神奈水樹を推薦したいと考えている」
後藤光也の声に華月詩織の心臓がドクンとはねた。
生徒会の推薦。
必然的に、副会長である桂華院瑠奈の説得が必要になる。
桂華院瑠奈の身内であり手駒である神奈水樹を手放すとは思えない。
「つまり、私に副会長の説得をお願いしたいと?」
舞台が変わる。
華月詩織は桂華院瑠奈の隣に立っている。
神奈水樹は居ない。
「『月光投資公司』の岡崎祐一様からお電話が来ていましたが?」
「こちらから電話するのであとで時間を作って頂戴。
パーティーの準備はどうなっているのかしら?」
「はい。
パシフィック・グローバル・インベストメント・ファンド主催の奴ですね。
極東地区ファンドマネージャーのアンジェラ・サリバン様から打ち合わせの時間の設定をお願いしたいと」
「まぁ、ただの看板ですからお人形としてかわいくしておきましょうか。
神奈さんが留学して頼れるのは貴方しか居ないのだから、これからもよろしくね。
詩織さん」
「はい!」
現実の放課後。
現実の華月詩織の目の前には開法院蛍の手がある。
そして、彼女の手には今日の分を含めた四枚目の手紙が握られていた。
そんな光景を桂華院瑠奈と橘由香がじっと見ていた。
渡してしまえばいい。
こんな気味の悪い手紙を渡してしまえば、きっとあの夢の続きは……
「続きは……」
声に出てしまう。
あの幸せな悪夢の続きが見れない。
それがどれだけ悲しい事か。
それがどれだけ悔しい事か。
開法院蛍は何も言わない。
しびれを切らした橘由香が動こうとした所を制したのは桂華院瑠奈だった。
「華月さん。
たとえ、どのような決断をするにせよ、私は貴方の意思を尊重します」
あふれ出た感情が涙になって、華月詩織からこぼれる。
わかっているのだ。この手紙を渡すのが最善だって事は。
だが、それを認めたら、この現実が華月詩織にとって悪夢であると認めてしまう。
それが嫌で、悔しくて、だけども歯を食い絞り、震える手で華月詩織は手紙を開法院蛍に渡したのは華月詩織最後のプライド。
彼女の祖父の少しうれしそうな、誇ったような声の導きだった。
(詩織。
この国はな。
桂華院公爵と俺が救ったんだぞ)
華月詩織は悪夢の結末を見れなかった。
それがどれだけ幸せな事なのかを彼女は知らない。
四枚の手紙
実は、『起承転結』を意味していて、結で……というやつ。