VSスカベンジャー ROUND3
秋の挨拶に来てほしいという事で、桂華院家本家に出向いた時の事。
結構な車が家の前にずらり。
屋敷に入ると、必然的にそんな彼らの噂声が耳に入る。
(桂華院瑠奈様だ)
(あのお方にもお願いすべきだろうか?)
(お願いできるならばするべきだ。
何しろ、華族の不逮捕特権が適用されなければ、我々には後が無いのだから)
ああ。
それを求めてきたという事は樺太疑獄がらみか。
「瑠奈の察している通り、家の近くでたむろしているのは、樺太疑獄に関わった連中でね。
彼らは、我々華族の持つ不逮捕特権で逃れようとしているのだよ」
桂華院家は公爵家なので、不逮捕特権の枠がかなりあるくせに、近年は一山証券救済を始めとする桂華ルール適用に伴う内部告発誘発と橘の救済ぐらいにしか使っていなかった。
という訳で、その余った枠で助けてくれ。もちろんただとは言わないという訳で、後ろめたい紳士の皆様が本家に殺到しているという訳だ。
応接室に入ってきた仲麻呂お義兄様はさもあっさりと私に言い放ち、窓の外で待っている彼らに吐き捨てる。
その軽蔑の視線も格好いいと思うのだが、それを言って話をそらすつもりは私にはなかった。
「今や華族は久しぶりの大商いで何処も潤っているだろうね。
彼らがどれぐらい富をため込んでいたか考えるだけで気分が悪くなる」
樺太銀行ニューヨーク支店を舞台としたマネーロンダリングシステムの発覚は、政財界を中心に百人を超える逮捕者と自殺者を出したが、まだ事件の中枢となった大物にまで司直の手は及んでいない。
根本の黒幕であるロシアンマフィアはロシア国内に居るためにロシアの司法で裁く必要があるというのと、現場の証拠を握っているだろう樺太側の要人が軒並みこの不逮捕特権で逃げようとしていたからだ。
さらに厄介な事に、彼ら大物の逃亡が日露の火種である領土問題に飛び火していた。
「北樺太に逃げ込んだのですか!?」
「ああ。
知っての通り、北樺太は元々ソ連領だったのを末期に管理していた北日本政府がソ連崩壊のどさくさに紛れて占有したという過去がある。
で、その北日本政府も崩壊して最後は我が国が併合した訳だが、このとき北樺太まで併合してしまったのが今回まで続く問題の元さ。
間宮海峡をそのまま国境にする方が、陸続きの国境よりも管理や警備の負担が少ないからね。
この国は、陸戦でのソ連、いやロシアか。ロシア軍の強さと狂気を大陸でしっかり味わったから、今回のような摩擦を覚悟の上で併合に踏み切った」
北樺太はそんな経緯があるので、未だに日本政府の統治が行き渡っていない。
そして、北日本政府の債務を継いでしまった日本は、その償還と南樺太の復興事業に巨額の資金を取られ、北樺太の統治を回復するところまで手が回っていなかった。
かくして、北樺太は日露双方の領有権主張が衝突して事実上どちらの統治も及ばない地域となり、そのどさくさに紛れてマフィアやテロリストや華僑が流れ込んで、という悪循環。
もちろん日本政府も黙ってはおらず、数度にわたる浄化作戦をやっていたのだが、その結果としてこの樺太疑獄の発覚だから、統治回復への道は遠い。
そこで仲麻呂お義兄様は苦笑する。
肩をすくめる姿も様になるなぁ。この人。
「……だったらよかったのだけどね。
多分何も考えずに併合したんだと思うよ。
ドイツという手本があったのに、まるで参考にしていない。向こうの負債まで背負うわ、こういう時にロシアを敵に回すわ……ぶつぶつ」
「あのぉ、お義兄様?」
ずいぶん、キャラが違う事を言っている仲麻呂お義兄様に声を掛けると、はっとした仲麻呂お義兄様は苦笑する。
そのまま、私の頭を撫でた。
「すまなかったね。
結構怒っていたからね。
父も怒っているのを宥めたのだけど、私も父と同じぐらいには怒っているらしい」
という訳で。
その怒りの理由を仲麻呂お義兄様は口にした。
吐き捨てるように。
「あの北樺太に瑠奈を元首とする新国家を設立する動きがある。
要するに、樺太疑獄に対する捜査が本当の大物に及んだ時に瑠奈を旗頭に新国家を作り、己の罪を逃れようという訳だ。
腹立たしいのは、それを彼らに吹き込んだ連中が居る」
なるほど。
私を呼んだ理由はそれについて釘を刺すためだったか。
「ああ。
それでしたら、私の父ではありませんわ。
父は近く隠居して兄に家を継がせる予定なので」
さもあっさりと言ってのけた敷香リディア先輩。
そこにしびれる憧れない。
というか、さらりと代替わりを言ったという事は……
「ええ。
うちもマネーロンダリングについては絡んでおりまして。
持っててよかった不逮捕特権ですわ」
ここまで堂々と言い放つとこちらとしてはもう何も言えない。
とはいえ、この不逮捕特権は時の政権で疑獄が出ると必ず出てきて最後をうやむやにするから、国民にものすごく受けが悪い。
改革者を標榜する恋住総理がこのチャンスを見逃す訳もなく、そしてその動きを見据えたからこそ敷香侯爵は隠居という形でさっさと逃げ出したのだ。
「まぁ、それについてはどうこう言うつもりはありませんが。
私を頭にしての北樺太建国の話、お聞かせいただけませんか?」
実に生々しく、とても中学生のする会話ではない。間違いなく。
とはいえ、勝手に祭り上げられて国を持たされて女王様ですは勘弁していただきたい所ではある。
「そうですね。
この話は、今になって俄に出てきたというより、元からあった構想に金をつけた連中が居ますのよ。
それで急に現実味を帯びてきた。
そういう経緯ですわ」
なお、この話本気で寝耳に水だったので、メイドのエヴァとアニーシャが慌てて古巣に確認に走るという愉快な事になっていた。
ついでにいうと、樺太出身の北雲涼子メイド補佐も里帰りをして旧友たちと色々話をしているとかなんとか。
リディア先輩は楽しそうに笑って、私の知りたかったことを耳元でささやいてくれた。
「つまるところ、このお話はお金が元凶ですわ。
桂華院さんが救済するらしい日樺石油開発が発行していた債券。
紙くずになったそれを買い漁っている人たちがいるとか。
何に使うのでしょうね?」
なるほど。
この仕掛けもスカベンジャーの仕業か。
この話の元ネタ
アルゼンチンVSハゲタカファンド