Exhibition about Kyoto Univ. Labor Union
Kyoto Univ. Labor Union
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京都大学のキャンパス周りには、ほんの数年前まで多くの立看板(タテカン)が林立していたことをご存知でしょうか?
半世紀以上にわたり絶えることなく、その時々の学生や教職員らが様々なタテカンを表してきましたが、今は、すっかり見かけなくなりました。
2018年5月に京都大学法人がタテカンの強制撤去に踏み切って以降、京大名物でもあったタテカン表現は極めて大きな制約を受けることになったのです。京都大学法人は、タテカンを撤去する理由として京都市屋外広告物条例による行政指導を受けたためだと主張していました。しかし、よくよく調べてみると、その条例自体も不可解な点が散見されるものでした。京都市から京都大学への行政指導について情報開示請求をしても、ほとんど黒塗りの文書が示されるだけでした。
そこで、京都大学職員組合は、京都大学が一方的に職員組合のタテカンを撤去したことは不当労働行為であり、京都市屋外広告物条例も規制の平等性や表現の自由を不当に侵害しているとして、2021年4月28日に京都大学法人と京都市を相手取って訴訟を提起しました。本企画展では、この「京大タテカン訴訟」の経緯や概要、タテカン問題をめぐる取り組みなどをご紹介します。
また、本企画においては、京都大学職員組合の歴史に関する展示もいたします。京都大学職員組合の結成は、1948年にさかのぼります。それ以来本組合は、教職員の雇用を守り、賃金や勤務条件の改善のための運動を継続してきました。77年にわたる京都大学職員組合の歴史を紐解き、今につながる大学の諸問題を振り返る契機にしたいと思います。
11/21(金)~24(月・振休) 北部祭典出店中!
京都大学職員組合は、11月祭と同時期に京都大学北部構内で開催される「2025北部祭典」に出店します!今話題のスペイン料理・アヒージョを販売する予定です。また、共同出店を行う【農学部洛友会・天橋立ワイナリー】によるワインの提供もございます!皆様のお越しをお待ちしております!
京都大学職員組合、組合員募集中!
京都大学に所属される全ての教職員の方が所属できます!
私たちは、京都大学で働く教職員でつくる学内で最大規模の労働組合です。大抵の大規模事業体には労働組合はあるもので、さほど特殊な存在ではありません。
京都大学職員組合 (京大職組)の結成は1948年に遡り、以来、教職員の雇用を守り、賃金や勤務条件の改善のための運動を継続してきました。今でこそ、パート職員や派遣職員などの非正規職員の問題が注目されるようになりましたが、京大職組は結成以来、学内非正規労働者の待遇改善の活動にも心血を注いできました。
常勤の教職員の方のみならず、時間雇用教職員、支援職員や有期雇用職員、再雇用職員、TA、RA、OA、そして派遣職員の方も含め、京都大学に所属される全ての教職員の方に加入資格があります。
また、京都大学職員組合は、職種や年齢により異なる組合費となるような制度を導入しております。これにより、少しでも職員の皆さんのご負担にならないよう図っています。
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職員組合への加入をご検討される教職員の中には月々の組合費が気になる方もおられると思います。組合費は、労働条件を改善するための活動にかかる経費を分担していただくもので、買い物やサービスのように直ぐに組合費額と同等の経済的な対価を提供する性格のものではありません。
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京都大学内に拠点を置いて活動する、それなりの規模の団体であることの優位性を活かして、様々な福利厚生サービスもご用意しています。以下はその一例です。
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なぜ職員組合が、労働問題ではなさそうな立看板についての訴訟を起こすのか?
という疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。確かに、学内の立看板規程をめぐる問題は、職員の待遇にかかわる労働審判的な性格があるわけではありません。しかしながら、京大職組の立看板にまつわる問題は、労働組合として取り組むべき、大学内の大問題になっているのです。
まず、職員組合による立看板の掲出は、実は職員組合と京大法人との団体交渉の場で「労使慣行」として確認されてきたものなのです。団体交渉によって確立された労使慣行の無視は、労働組合として看過できるものではありません。
また、根拠を明示せず一方的に立看板を撤去する行為は、憲法で保障された表現の自由に対する不当な侵害です。表現の自由に関する萎縮効果をもたらすことは、自由で活発な学問活動を阻害することにつながります。
そもそも、京都大学は教育・研究・医療をあずかる現場として、国費が投入され運営されている機関です。そこでの出来事を社会に発信し、大学の現状を知ってもらうこと自体に、意義があるわけです。百万遍を歩いていればイヤでも目に入る立看板の果たす役割は、必然的に大きくなります。
また、本展示で頻繁に登場する、京大法人の組合に対する「文書黒塗り」方針や、根拠なき「指導」、発言内容の一貫性の無さは、職場環境の悪化に直結する要素です。
以上、京大職組がタテカン訴訟に取り組む意義を、一部抜粋して記述しました。
本展示がタテカン問題について理解を深める一助になれば、幸いでございます。
※京大職組の歴史を振り返る展示「京大職組80周年記念誌の作成と所蔵資料整理」は下部にございます。
2021/4/28 京大タテカン訴訟を提起
京都大学職員組合は、キャンパス外構への看板掲出を一方的に禁じ、2018年5月および2020年6月に職員組合の看板を強制撤去したことをめぐり、2021年4月28日、京都大学法人と京都市を相手取って訴訟を提起しました。
タテカン訴訟の論点
1. 「労使慣行」としてのタテカン設置
京大法人が組合との団体交渉において、組合のタテカン掲示は「労使慣行」として確立していたと明言していたにもかかわらず、本件訴訟において「労使慣行はない」などとする誰の目にも明らかな嘘を主張していること、また、同じく団体交渉において、京都大学立看板規程の制定・適用に関して組合と話し合う余地は一切ないなどと主張していることに対して、反論を展開しています。
2.労働法上の問題
2018年5月のタテカン一斉撤去に先立って、京大法人が撤去の根拠を原告に述べたことは一度もありませんでした。そもそも、立看板規程は学生のタテカンを対象にしているようにしか読めません。労働組合は公認サークルではありませんから、学生用の代替設置場所を利用することもできないのです。
また、撤去前に、条例の面積制限の解釈(3章で詳述)が法人から述べられたことも一度もありません。いわんや、制限面積内で何をどこまで掲示するかについて話し合いの機会が与えられたことももちろんありません。
面積の話(3章で詳述)は撤去後に組合が申し入れて実施された団体交渉の中で初めて出てきたものであり、しかもその内容は回によってまちまちでした。制限面積内の掲示は可能であるにもかかわらず、団体交渉の最後には法人側が「交渉の余地はない」と断言する始末でした。
団体交渉の中では担当理事が、組合のタテカンの掲出は労使慣行として確立していたと明言しており、録音もあるのですが、裁判で京大法人は、その発言は労使慣行が確立していた根拠にならないとし、団体交渉の意義を否定するかのように主張しています。
このような態度はいずれも、組合の権利を不当に侵害するものです。
しかも、その後京大法人は、新入生歓迎と11月祭に関する学生団体の掲示を面積制限なく認めているばかりでなく、立看板規程の中に言及のない講演会の看板を今出川通に向かって出しています(タテカン訴訟ニュース9号末尾の写真)。これは、労働組合の掲示を差別する検閲的措置にほかなりません。
3.憲法上の問題
パブリックフォーラム論 京大法人は、国家公務員に準じて教職員の賃金をカットした際、自らが公的地位にあることを主張していました。憲法上、道路や広場などの公共の場所を表現活動に用いることを認める「パブリックフォーラム」論が、海老名フラッシュモブ事件などの裁判例によっても採用されています。 さらに、「大学は、学問を研究し発表する場を提供し、学問の更なる深まりと発展を達成していくという役割を担っており」、「現在起きている社会問題に対する考察や芸術、学生らの活動等も全て、大学で行われるべき『学問』」だといえます。「学術発表、社会への問題提起」などの「内容の表現を、大学が発信することは、大学が社会に対して負っている非常に重要な責務であることから、そのような表現内容を広く市民に対し発表する場は尊重されなければな」りません。
人権制限 京大法人が京都市屋外広告物条例をどのように解釈した上で規制を行ったのか、現在に至るまで、恣意的で茫漠たる運用がなされている点は問題です。これは、公的性格の団体とされている京大法人による、あいまいで不明確な人権制限であり、法の適正手続の要請に違反しています。 特に、条例は、憲法上の考慮に基づき、屋外広告物の設置主体が誰であるかによって、規制の内容を変えており、「労働組合」にも明文で言及しています。商業広告が厳しく規制されているところでも、労働組合が組合活動として屋外広告物を掲出する場合には、許可基準に適合している限りにおいて市長の許可は不要であるとされています。しかし、京大法人はキャンパス外周に設置されていた原告や学生の掲示の設置主体を大学法人と考えるのか原告や学生と考えるのかを明確にせず、自らの都合の良いようにごまかし続けています。
所有権 また、タテカンの所有権者は組合や学生など、これを制作している人です。最高裁判例は、選挙違反のポスターであっても器物損壊罪の処罰による保護対象になるとしています(最決昭和55年2月29日刑集34巻2号56頁)。危険源になっていないタテカンを所有者の許諾なく持ち去ることはできないはずです。条例は敷地の所有者とタテカンの所有者とが異なる場合の扱いを定めておらず、市民に行動の指針を示していません。
面積制限 不合理な差別のために援用されている「区画」ごとの面積制限においても、条例に「区画」の定義がないため、憲法に合う解釈ができるのかどうかすら、不明です。 京大法人は、本部キャンパス全体の外周と、道路の向かい側の小さい1区画の外周とで、掲示できる屋外広告物の合計面積が同じだとして強制撤去を繰り返したのですが、そのような解釈は表現の自由に対する過度の制約となることが明らかです。
屋外広告物条例が道路を利用する人からの見え方を問題とするのであれば、道路沿いの規制は距離に応じた面積制限でなければなりません。しかし今被告側が主張する規制は、敷地の大きい京都大学が不合理に差別される内容であり、かつ、景観保護を理由とする表現の自由の制約として過度のものになっています。
精神的自由の重視 憲法では経済的自由よりも精神的自由を重視すべきだと考えられていますが、元来商業広告が京都の景観を害することが問題とされ制定された条例にあって、労働組合の掲示はその価値が(他の非営利広告と並んで)条文の明文の文言で言及されています。それなのに原告のタテカンが商業広告と全く同じ扱いになっているのはどういうわけでしょうか。
憲法の保障する精神的自由は、民主主義を成り立たせる議論の前提となるものですので、他の人権を守るため(公共の福祉)でなければ制約できません。クスノキ前の学生団体の工作物を排除するために、学会の大会の看板を門の横に立てることすら封じられているのが京大の現状です。他の地域の大学では、学会だけでなくシンポジウムや学生行事のタテカンも門の横に掲出できています。それが大学らしい景観ではないでしょうか。
京都市は、合理的な根拠があれば制限できると主張していますが、これが学術活動や組合活動の弾圧に使われています。
4. 京大法人の姿勢
強硬な姿勢 京大法人は本裁判で、京都市条例の解釈や京大立看板規程の内容について原告に説明したかのような嘘を述べ立てています。実際には、立看板規程は現時点に至るまで原告に交付すらされていません。条例の内容は、強制撤去後に原告が要求した団体交渉の場で初めて言及されましたが、京大法人は交渉の度に違うことを言い、最後には話し合いの余地はないとはねつけるに至りました。
面積制限の内容 京都市条例では、「屋外広告物」「管理用屋外広告物」「案内用屋外広告物」「自家用屋外広告物」「建築物等定着型屋外広告物」「独立型屋外広告物」などが区別され、一定の範囲で面積制限の合計から控除されるものもあります。しかし、京大本部キャンパス外周の掲示のうち、どれがどの区分に該当するのかについて、原告に対する被告らの説明は変遷しており、本当に条例の制限が撤去の根拠となっていたのかは疑問です。たとえば、2回目の撤去の際、今出川通り沿いの学生のタテカンはすでに皆無となっていて、原告の掲示ボード1枚だけが出された状態でしたが、これが条例違反なのでしょうか。
また、京都市条例には「建築物等定着型屋外広告物」について掲出面積を多く認める規定があるのですが、団体交渉における京大法人側の発言にも、京都市から原告に対して行われた説明にも、その内容は一度も出てきたことがありません。このことは、両被告がこの条項を見落としており、したがって京都市から京大法人に対して行われた行政指導の内容も間違っていた可能性が極めて高いことを示しているといえます。条例の誤った解釈に基づいてなされた行政指導を受けてできたのが京大立看板規程、そしてそれを基に強行されたのがタテカン撤去であることが強く疑われるのです。
11月祭のタテカンはいいのに また、ご覧になった方々もおられるかと思いますが、京大生の企画・運営する大学祭である2021年秋の11月祭(オンライン開催)に際しては、今出川通りに向けてタテカン掲示のための枠が設営され、20㎡を超えるタテカンが出されました。これは現在の京都大学立看板規程で認められていることですが、立看板規程の制定当初はそうではありませんでした。現在の規程ではこのほかに、学生団体(非公認も含む)が新入生歓迎の活動を行う時期についても、合計面積の制限なくタテカンの掲示が認められています。 これに対し、原告には1㎡の掲示も認められていません。つまり京大法人は、時期の限定はあるものの学生のタテカンについて合計面積の制限なく掲示を認め、原告に対しては2㎡未満の掲示1枚すら許容せず撤去しているのです。条例の面積制限について、また、条例上明示的に特別扱いの対象とされている労働組合について、京大法人のとっている態度には合理性がうかがえません。
5.タテカンの歴史と意義
京大周辺には、学生や教職員の意見表明の場として、50年以上タテカンが設置されてきた歴史があります。「タテカンが『京大の文化』であり、守るべき文化であることは」、すでに京都市屋外広告物条例の存在していた2005年当時の被告京都大学の学長(尾池和夫学長)自身も認め、立看板を規制することはしないと明言」されています。
「キャンパス外構で公道に向けて掲出されたタテカンは」、「さまざまな立場の違いを超えてメッセージを届けられる媒体で」す。労働組合は「それ自体として大学と市民社会をつなぎながら市民社会の期待や要求を大学側に届けていく役割を担っており」、その「活動の一環として掲出するタテカンは地域社会と大学をつなぐ象徴的な媒体のひとつ」として「市民にとっても価値のある情報媒体で」す。
また、京都大学の「基本理念」(2001年制定)は、「『京都大学は、開かれた大学として、日本および地域の社会との連携を強めるとともに、自由と調和に基づく知を社会に伝える』ことを謳ってい」ます。
制限された表現行為 「タテカンの中には一般市民を対象とする講演を含む催事告知、大学にかかわる国や自治体の施策についての意見表明、クラウドファンディングの呼びかけなど地域住民を直接的な宛先として含んでいるものもあ」ります。
実は、2013年に組合は「京都大学の総長選挙の廃止が検討されているという情報をいち早く察知し」、「タテカンでその情報を発信して卒業生を含む地域住民に情報を拡げて署名運動を展開、総長選挙の廃止に反対する学内外の世論を盛り上げることで総長選挙廃止の阻止にこぎつけた」ということがありました。しかし、「2020年の総長選挙ではこれまで行われてきた決選投票が廃止されるなど大きな問題が生じていたにもかかわらず、被告らによる規制のために効果的なアピールをすることができ」ませんでした。
6. 京都市に対する主張
「区画」とは何か 京都市条例は屋外広告物について1「区画」ごとの面積制限を設けているのですが、「区画」とは何であるのかを定義していません。 京大本部キャンパス外周はいくつもの門で区切られ、敷地内では自動車や一般人の通行できる道路がそれらの門をつないでいます。また、エリアごとに学部・研究科などの「部局」による管理が行われ、建物ごとに管理責任者が違っています。 これらの道路に囲まれた部分が「区画」なのか、道路を無視して敷地全体が「区画」なのかは、法令上示されておらず、条例は不明確な規制を行っています。
何のための条例か そもそも問題となっている京都市条例は景観を保護するものです。本来、表現の自由や営業の自由は憲法上の権利ですが、それを一定の範囲で制約し、労働組合などの非営利の広告物については特別の配慮が条文に明記されています。
景観はヘリコプターやドローンから見るのではなく、地面を通行する人にとってのものが保護の中心
であるはずです。したがって原告が主張するとおり、道路に沿って規制が行われる場合には、道路の長さあたりに見える広告物の面積を一定以下にして、景観保護と表現の自由・営業の自由とのバランスを図らなければなりません。
ところが現在の京都市条例は、距離にかかわらず、道路と道路との間に15㎡まで(今出川通り)とする制限を設けています。これに従って、京大の向かい側の住宅や商店には、ある程度の商業広告が出されています。これも通ったことのある方ならばみなさんご認識でしょう。しかし、この規制方法では、広大な敷地を擁する京大側には、道路の向かい側と同程度の掲示は出せないことになります。京大には商業広告はないのですから、本来は表現の自由がより厚く保護されなければならないのに、不均衡と著しい不公平が生じています。
京都市は「距離に応じた面積規制にすると、道路の間隔が狭い所では掲示をほとんど出せない主体が出てしまう」と読める趣旨を述べています。これは、もはや何を規制しているのかが京都市自身で全くわからなくなっている状態です。本条例は、景観を保護するために営業の自由や表現の自由を制限しているのであって、不動産の利用者が商業広告を平等に掲出する権利を保障するものではありません。京都市の言い分は、「1法人1枚」のような、景観保護とも表現の自由とも全く関係のない倒錯した基準を念頭に置いているとしか考えられません。
過度の規制 さらに、仮に「区画」の定義が明確であったとしても、その外周の長さを問わずに一律の面積制限を設けていることは、明らかに不合理な規制です。景観を保護しようとしているのですから、面積規制は外周上の「距離」に応じたものでなければならないはずです。これは算数の問題といえましょう。
行政指導の内容 また、そもそも市が京大に対して行ったとされる行政指導の内容は、文書開示請求に対してもなお秘匿されています。個人情報でも営業秘密でもないのですから、明らかにされる必要があります。
7.情報開示の拒否に対する反論
京都大学によるタテカン強制撤去が京都市からの数年間にわたる行政指導に対応するために行われたとされているにもかかわらず、その行政指導の記録の開示を被告らが拒否し内容を隠ぺいしているのは不当だということを主張しています。第4回口頭弁論では京都市・京都大学とも、「情報開示を拒否する方針であり、拒否する理由を次回述べる」と言っています。 こうした態度は、税金を使って運営されている司法制度をないがしろにするものではないでしょうか。
行政指導の内容の開示を拒む京都市は、その理由を説明する書面を出しませんでした。また、同じく開示を拒否している京都大学法人は、行政指導の内容は「京大の状態が条例違反だから対処するように」との趣旨であってすでに明らかにされている以上、原告の要求には理由がないと主張しました。しかしながら、以前に行われた文書開示請求では、実質的な内容の部分が不開示とされており、現状では、14回にわたって行政指導がなされたことと、それらの年月日しか判明していません。
そもそも、条例違反だから対処を求めるというだけでは、重要部分の内容が全くわかりません。条例の規定から読み取れる規制内容自体にも問題がありますが、京大法人が原告との間の団体交渉での説明を変遷させていることなどからすると、京都市が条例の解釈を誤っていた可能性も極めて高いと考えられます。また、タテカン一斉撤去に至る過程で、京都市が京大法人にどこまでの指示を行い、どこから後が京大法人独自の判断であったのかも全く不明なままです。
被告側からは、行政指導の内容はすでに明らかにしているから送付は不要である旨が繰り返し主張されています。黒塗りの文書には、よほど、被告側に不利な内容が含まれているものと強く推認されます。
第8回口頭弁論に先立って両被告側から提出された書面は、裁判の勝敗よりも、文書を開示しないことを最優先にする、驚くべき内容になっています。正式の団体交渉における法人側の発言がでたらめであったと自分で主張したのです。これだけで不法行為を自認したようなものです。
8.「タテカン規制」の真の意味
10数回にわたる行政指導には、大きく間隔の空いていた時期があることがわかっています。その再開と続行は、学生の活動に対する京大法人の締め付けが強くなった時期と一致しています。ここで行われていた行政指導の内容は、学生に敵対的であったり、また、そのことを追求するあまりに労働者の権利の侵害を軽視するものであったりする可能性があります。
2012年5月に学生団体が正門付近に構築物を設置し、これが大学法人により撤去されたことが7月の部局長会議で報告されています。しかし京大職組の掲示への影響はなく、その後も、台風接近時の一時撤収を確認するやりとりが、大学法人と職組との間で行われています。2017年末の京大立看板規程制定に先立ち、2015年11月に学生担当理事が杉万俊夫教授から川添信介教授に交代し、2016年8月以降数回にわたって、学生団体のタテカンが大学法人によって強制撤去されました。
2016年8月9日、京大法人は熊野寮祭タテカンを強制撤去、さらに10月3日に時計台前の大タテカンを強制撤去する事件が起こり、学生代理人弁護士から法人に対し抗議文が送付されました。その後、学生が撤去されたタテカンを再設置し、法人による通告書が貼付されるなどの攻防が繰り返されました。そのような状況の中で、2017年に頻繁に「協議」が行われて、12月に「京都大学立看板規程」が制定され、これに基づいて組合のタテカンも強制撤去されることになったわけです。
こうした経緯に着目するならば、学生のタテカンを強制撤去する措置を正当化するために、京大法人と京都市が謀議を重ねて後付け的に条例解釈を変更した可能性があります。さらに、京大法人および京都市が行政指導にかかわる公文書の開示を拒絶する理由も、このように恣意的な解釈変更が白日の下にさらされるのを恐れているためとも推認されます。
京大職組のタテカン そのような中で、京大職組の掲示は、掲示主体が学生と異なるにもかかわらず、学生のタテカンと区別して検討されることなく撤去されたのではないかという疑いが濃厚です。そうだとすると、行政指導の内容が開示された場合、ほとんど検討のなされなかったことが明らかになるはずです。これは被告両名にとって決定的に不利な証拠です。実際、京大立看板規程は、学生の出す立看板しか想定していない構成および文言になっています。現在の規程上、労働組合は学生団体よりも劣後する扱いを受けています(11月祭や新入生歓迎の時期にも一切キャンパス外周に掲示を出すことはできません)。制定時にも、京大職組には、法人との話合いの機会は一切与えられませんでした。
そのことも、労働者の権利の無視や、学会・公開シンポジウム等の看板すら出せなくすることによる精神的自由の無視として重大ですが、本件裁判で直接には争われていない、「学生への弾圧」という問題も、明らかになれば、京大法人および京都市政に対する深刻な社会的非難を呼び起こすことが十分に想定されます。被告両名が、裁判の勝敗よりも情報の隠ぺいを優先させるような態度をとっている理由はここにあると推察されます。
第一審不当判決、控訴審へ
2025年6月26日に京都地裁101号法廷において、 タテカン訴訟第一審判決が言い渡され、原告京大職組側敗訴の不当判決でした。判決後、報告集会を実施し、声明文を公表しました。
https://www.kyodai-union.gr.jp/tatekan-28/
原告は、8月26 日に大阪高裁に控訴しました。控訴審の口頭弁論は、11月26日に大阪高裁で予定されています。
判決の概要
京都地裁の判決は結論先にありきの内容で、事実認定も法律解釈も成り立っておらず、法律家の職業倫理にもとるものでした。後世に悪名を残すことに抵抗がないのか、理解に苦しむ判決です。
団体交渉での事実を否定 京大キャンパス周辺に建てられる学生・教職員らのタテカンが京都の景観を形成する名物の1つであったことは、京大出身である担当裁判官らが直接に見ていた公知の歴史的事実であり、たびたび全国で報道されてもいました。京都大学は、国の一部であった時代から数十年にわたってタテカンの掲出を認め、台風対策などの安全確保にのみ注意を払ってきました。強制撤去後の大法人と京大職組との間の団体交渉でも、組合の駒込武氏の問いかけに対して、法人側責任者である理事は、タテカンの掲出が労使慣行として確立していたことを「もちろんです」とする発言を行い、その録音が労使双方で共有されて記録されていました。
ところが今回の判決は、「被告大学は、被告大学の敷地内及びその外構部分に設置される立看板(原告のものを含む。)について積極的に設置を禁止したり撤去したりすることはしなかったというにすぎず、黙示的にも、原告を含め立看板を設置した者に対し、立看板の設置を許可していたものということはできない」とし、「令和2年7月29日の団体交渉の席上、立看板設置に係る労使慣行の存在に言及した原告側の発言に対し、被告大学側出席者が『もちろんです。』と応答したことが認められるが」、「この事実も上記認定、判断を左右しない」としました。
しかし、これは「出席者」ではなく法人側責任者の発言であり、その後、法人側の誰も訂正を申し入れていないのですから、労使慣行の確立は団体交渉の場で当事者双方が合意した事実です。それにもかからず裁判所は、理事発言が虚偽だったと認定しました。裁判官らは、タテカンの設置が長年認められてきたことを直接見て、百も承知だったはずです。
表現の自由はそもそも存在しない また、判決は、敷地管理権者である京大法人には検閲ができ、敷地上に表現の自由はそもそも存在しないとする趣旨の判示を行っています。
判決は「同一管理権者が管理する敷地が外形上明確に区分されている場合には、各敷地がそれぞれ一つの区画に当たると解することは、通常の判断能力を有する一般人をして理解可能である」としました。もし本当にそうだとすると次のようになります。今出川通北側は、百万遍交差点から東に1筋目の道路までの間に、知恩寺や飲食店など25軒以上の「管理権者」がいます。それぞれ15平米とすると、合計最大400平米近く屋外広告物を出せることになります。
京大職組は条例上同じ条件の場所である今出川通の南側(京大敷地内)に2平米のタテカンを出して2度にわたり撤去されました。歴史的建造物などのない場所で、200倍の格差を設けるという裁判所の解釈は、一般人どころか法律家にも理解不可能です。
一方、京大法人は、学生の11月祭のタテカンを同じ今出川通南側において約30平米許容しています。これはタテカンの表現主体と内容に基づく差別です。判決はさらに、歴代総長が登壇するシンポジウム(京都大学女性教員懇話会、一般財団法人日独文化研究所)のタテカンの掲出が認められていても京大職組のタテカンは撤去されるものとし、事実上の検閲を肯定しています。国立大学のキャンパスを個人宅の庭であるかのように扱っています。
公に利用される場所でも表現の自由が認められることは、本ニュース13号でも紹介しましたとおり、「海老名フラッシュモブ事件」の横浜地裁判決が確認しています。この判決は、海老名市の管理する海老名駅南北自由通路上でスタンディングのパフォーマンスを行っていた市民グループに対して市長の出した退去命令が違法だとしました。筆者も毎年国会前の歩道での音楽ライブ「イットク フェス」を行い、警視庁麹町署の警護を受けています(通行を妨げずに行う歩道での一時的な演奏には許可はいりません)。
控訴審での取組み
控訴審では、誰の目にも明白な事実を否定してはばからない一審判決に異議を唱えなければなりません。司法の場でこのようなことまで必要になるのは誠に遺憾です。第一審で原告京大職組の西牟田祐二元委員長と栗山敦書記が証言したとおり、京都大学が国であった時代から、タテカンは文化的伝統であり、安全性に問題のない限り大学が掲出を認めてきたものでした。このことは法人化当時に総長であった尾池和夫氏も従来から明言してきました。控訴審では一般に知られているこの事実を改めて確認します。京大キャンパスが表現の自由の場であることは、大学にも地域社会にも認められ、日本で一般に知られてきた歴史的事実であり、歪曲は許されません。
なお、タテカン強制撤去がなぜ起きたのかに関する情報開示請求は、文書の内容部分がすべて黒塗りで回答されていたところですが、原告京大職組は黒塗り部分に全く登場せず、規制は学生に対するものであったことが判明しています。本ニュース16号で報告しましたとおり、国の審査会の答申には、京大法人でも京大職組でも学生団体でもない「法人等」が登場しており、「行政指導の中で言及された法人や団体の名称が公にされた場合、当該情報の伝わり方や受け取られ方次第では、これらの法人等が当該行政指導に関与している等の誤解を生みかね」ないとされています。本件タテカン撤去と同時期に起きた吉田寮からの学生の追出しに関しては、2025年8月25日に、学生側勝利和解で裁判が終わりましたが、学生弾圧に関与したように見えるとされる「法人等」が何であるのかは判明していません。
現在、森友学園事件では当初「存在しない」とされた文書の開示が進行中です。安倍元首相殺害事件から3年以上引き延ばされた裁判は10月28日に始まり、一定程度の背景の解明が期待されます。また、日本学術会議任命拒否関連情報開示訴訟の2件のうち、小西洋之議員が一審で勝訴した事案は控訴審に係属しています。民主主義を歪めてきた文教関係の一連の情報隠しに対抗していく必要があります。
今後の予定
控訴審の口頭弁論は、2025年11月26日14時から、大阪高裁本館202号法廷にて行われることになりました。弁護団のほか、控訴人(原告)の京大職組から坂梨健太現委員長が意見陳述を行います。終了後は報告集会を予定しております。対面またはオンラインで参加を希望される方は、京大職組ウェブサイトから事前にお申し込みください。
https://forms.gle/P9veaiFicuFgWJND6
ご記入いただいたメールアドレス宛に、会場やオンライン参加のアクセス情報をお届けいたします。
【京大タテカン訴訟 第01回控訴審期日のご案内】
日 時:2025年11月26日(水)14:00~
法 廷:大阪高裁本館 202号大法廷 https://www.courts.go.jp/osaka-h/about/syozai/osaka_h/index.html
報告集会:中之島図書館 多目的スペース3 https://www.nakanoshima-library.jp/access/
京大職組80周年記念誌の作成と所蔵資料整理
80周年記念誌の作成
京都大学職員組合(京大職組)の結成は1948年3月13日。2028年には結成80周年を迎えます。
これまで京大職組では、40周年(1988年)、50周年(1998年)に記念誌を作成してきました。前回の刊行からさらに30年が経過することを踏まえ、2028年3月の刊行を目指して、新たな記念誌の作成を進めています。50周年記念誌の内容に加筆・修正するとともに、国立大学法人化、非正規教職員の増加、新型コロナ禍といった事態にどう対応したのかなど、1998年以降の職組の歩みを記録する予定です。
所蔵資料の整理
80周年記念誌の作成と並行して、京大職組が所蔵する資料の整理を進めています。職組には結成以来の多くの資料が残されています。これは、全国的に見ても珍しいことであり、京大職組の貴重な財産です。
しかし、これまでこれらの資料は目録化がされておらず、一体どこに何があるのか、その全貌は不明でした。そこで、2022年度から、資料目録の作成に着手しました。目録の作成を通じて、日常的な組合活動や労働環境、経営方針といった京都大学内の事柄にとどまらず、科学者運動・平和運動など学外の動静についても多くの資料が残されていることが判明しました。
このため2025年度に、共同研究「高等教育機関における労働組合活動の史的研究」が発足しました。これは、京都大学人文科学研究所の共同研究班の一つです。これにより、資料の整理・分析が本格化しました。研究成果は、80周年記念誌にも活かされる予定です。
資料の整理にあたっては、職組OBの皆様にもご協力をいただいています。また、機関紙や定期大会記録など、貴重な資料はデジタルデータでの保存を進めています。データ化した資料は、将来的な公開も視野に入れています。
貴重資料の紹介
以下では、組合創立期の貴重な資料を3点紹介します。
資料1 京都大学職員組合への参加呼びかけ
京都大学教職員組合設立趣意書
日本は今興亡の重大危局に直面してゐる。多年に亙る戦争による疲弊と、敗戦による道義の頽廃とは将に頂点に達してゐる。今にして国民全部が覚醒しなければ破綻滅亡は火を見るより明かである。
抑々国運の隆替はかかつて教育の成果如何にあることは言を俟たぬところである。然るに過去に於て教育の重大性は認められながらも、その施策は不徹底にして一部専断者の走狗となり、経費の支出を惜しんで軍備に吸[汲]々とした為に学問、研究の進展は阻害せられ教育の効果は理論を持たない軍国主義に趨るを余義[儀]なくせられたのである。今日科学、文化水準の低下と国民道義の頽廃とはこれ全く教育軽視或は敬遠に基因するものであつて、声を大にして日本再建を叫び産業の復興、道義の昂揚を絶叫しても教育の振興を前提とするにあらざれば不可能であつて、日本今後の平和国家建設の途は学問、研究の進歩以外にはあり得ないと信ずる。
最高学府であり学問研究の殿堂である京都大学に職を奉ずる者はひとしく学問、研究の発展と京都大学の隆盛とを念願しないものはないと同時に安んじて職責を全ふすることを念願することも同断であると信ずる。安んじて職種を全ふするためには現在の経済状態下現状維持に甘んじ得ないことは自明の理であつて、所謂耐乏生活には限度があり既に同僚の大部分は、憲法に保障せられた健康で文化的な最低限度の生活すら維持出来なくなつてゐる状態である。かかるが故に我々は生活権を確保し擁護すると共に、人権を恢復して社会的地位の向上を図り、教育再建の重大使命遂行に全力を傾注し得るの体制を確立するの要あるものと信ずる。義務と権利は表裏一体のものであつて、義務の履行なくして権利の主張はあり得ない。我々は此処に義務を忠実に履行し、正当の権利を主張するために、許された方法である職員組合の結成をなさんとするものである。
我々の理想とする職員組合は単一にして京都大学教職員の全部を網羅する組織であることを待望する。京都大学本来の自主団結は、職権を超越して同一の利害のために全員が歩調を合せて進展することによつてより強大な力を発揮することを得る。かかる時期の一日も速かならんことを待望しつつ此処に事務、技術職員を主体とする職員の結成を念願するものである。
既に静観の時は過ぎ実行のときが来た。躊ちよ逡巡は徒らに我が学問の自治を紛糾させ、学問の進展を阻害するものである。強固なる団結と組織の力に依つて目的達成に一路邁進することを期し敢て職員諸君の奮起を切望するものである。
昭和二十三年一月
【解説】京大職組に保存された資料の中でも、最初期のもの。「平和国家建設の途は学問、研究の進歩以外にはあり得ない」、「学問研究の殿堂である京都大学」といった表現に、京大職員としての自負がうかがえます。組合結成に際して、「義務の履行なくして権利の主張はあり得ない」と記してるのも、興味深い点です。
資料2 単一職組への参加呼びかけ
現在我等職員はその職階の如何を問わず生活危機に瀕しています。そしてこの危機を打開し得る途は労働組合を組織し、団体交渉権を得て合理的に我等の要求を実現する他はないと思います。この理由で我々は自主的に「京都大学職員組合」を結成しました。
現在本学には次の三組合が結成されています。
(一)京都大学職員組合(主として医・工・理学部の教官、研究員を主体に凡ゆる職階を含むもの。組合員数約一四五〇名)
(二)京都大学教職員組合(主として事務職員を主体としたもの。組合員数約一〇〇〇名)
(三)京都大学従業員組合(従業員によるもの。組合員数約二五〇名)
併し、以上の三組合は何れも全学打つて一丸とした強力な単一組合の結成を熱望し、相協力してその準備を進めることになりました(従業員組合は目下交渉中)。そのため至急各部局、各職階の代表者(未加入の部局を含む)を選出して準備委員会を構成し(二月中旬の予定)、新らしい全京大単一組合の目的、規約、草案等を決定し度いと存じます。新単一組合結成直前に現存の三組合は解散の上、新組合に合流する予定であります。
就きましてはこの際、(一)至急「京都大学職員組合」に御加入下さるか又は(二)貴部局よりも準備委員を選出して全単一組合の結成に御参画下さるようお願い致します。何れにしましても本組合事務室(理学部植物学教室事務室 電話学内二五七)へ至急御申込願います。又本組合の暫定規約は御請求により御届致します。
京都大学職員組合
昭和廿三年二月二日
教官殿
【解説】当初、京都大学には3つの労働組合があったことが分かります。この呼びかけの後、1948年3月13日に、現在の京都大学職員組合が結成されました。
資料3 1948年のデモ行進届
*1四列縦隊 十班編成予定
デモ行進届 (控)
挙行日時 昭和二十三年七月二十七日(火)自午後一時至同五時
挙行順路 (出発)京都大学正門前→東一条→東大路通→春日通→京都大学病院→川端通→荒神橋→河原町通→府立医大→広小路→立命館大学→広小路寺町通→荒神口通→河原町通→丸太町通→検察庁→衣棚通[右横に「釜座」とあり]→府庁―*2→[三文字抹消]→御所(解散)
挙行目的 京都大学職員組合大会(七月二十七日午前開催)決議を広く労農、市民に訴え、スト決行に対する支持支援を得るため
行進名称 京都大学職員組合デモ行進
参加人員 約二千五百名
デモ総指揮者 京都大学職員組合中央執行委員長
京都大学工学部助教授
西山 夘三
挙行方法 プラカードを掲げ、隊伍を備え、労働歌等を斉唱しながら行進する予定。行進の途中、府立医大、立命館大学、同志社大学、府庁(数名宛の京都大学職員組合員が訪問し、決議文要求書等を提出する予定。
掲げる予定のプラカード
大学もストに入った
*3 ○大学をハメツよりすくえ
○○大学の転落をすくうものは我々職組である
×せめて人並の給与を
○○五千二百円給与の即時支給
○ベース賃金反対○最低賃金制確立
○賃金ストップ反対 最高賃金制反対
○○封建的職階制打破
○○物価改訂反対、適正価格設定
○理事会案反対、教育公務員法案反対
○号俸差撤廃
○学園の民主化 *4対内
○大学の自治を守れ
○教育研究費の大幅引上
○臨時職員の政府職員への即時切換を断行せよ
○教育復興は我等の手で
×教官、事務員、従業員――スクラム組んで賃上斗争
○官給品の即時完全支給
○教育の復興と民主化
*5民主□□□□
○教育予算の優先確保
○教育人事の民主化
○学術研究の自由と民主化
○教育復興運動の強力展開
○労働基準法の完全実施
○基本給及び附帯給の合理化
給与の不当な差別撤廃
民主的文部行政の徹底実施
○生活必需物資の完全配給
○地方教育復興会議の結成
○労働法規改悪等による弾圧反対
○大学教職員に必要生活給を
○教職員の生活を保証せよ
○学ぶ自由 教える自由
○たいはい文化のぼくめつ 民族文化の興隆
○平和国家の教育施設を
右御届けします
昭和二十三年七月二十日 京都大学職員組合
中央執行委員長 西山夘三
*6労働協約の即時締結 代理 辻 倫夫
京都市右京区金閣寺通
【註】
*1 欄外書き込み
*2 矢印を衣棚につなげている。衣棚右横追記の釜座を示している?
*3 以下、○、×は何れも鉛筆書き込み。
*4~6 鉛筆書き込み。
【解説】1948年7月、京大職組は初のデモ行進を行ないました。資料3はその届の下書きで、京都大学医学部附属病院の原稿用紙にペンで書かれています。プラカードの内容を検討した跡が窺えます。
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Organization Information
私たちは、京都大学で働く教職員でつくる学内で最大規模の労働組合です。
京都大学職員組合(京大職組)の結成は1948年に遡り、以来、教職員の雇用を守り、賃金や勤務条件の改善のための運動を継続してきました。今でこそ、パート職員や派遣職員などの非正規職員の問題が注目されるようになりましたが、京大職組は結成以来、学内非正規労働者の待遇改善の活動にも心血を注いできました。 私たちのホームグラウンドは、京都大学という教育・研究・医療をあずかる現場です。大学に勤務される方なら、基礎研究の重要性をよくご理解されていると思います。しかし、近年においては成果の見えやすい研究にばかり資金が集まり、直ぐに成果が得られにくい基礎研究を支える基盤経費はどんどん削られてきています。京大職組はこのような状況を憂慮し、全国の教育・研究・医療関係者と力を合わせ、改善するとりくみにも力を入れています。