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裁量労働制は上限規制の「適用外」 厚労省が自民会合で不正確な説明

宮川純一 編集委員・沢路毅彦

 実際に働いた時間ではなく、一定時間働いたとみなして賃金を払う裁量労働制について、厚生労働省が自民党の会合で、残業など時間外労働の上限規制が適用されるにも関わらず、「適用されない」との文書を示し、制度を不正確に説明していたことがわかった。適用外との説明は「働かせ放題」との誤解を広げる恐れがある。

 朝日新聞が入手した資料や関係者への取材で明らかになった。今回の説明には、経済界や政府・自民党で労働時間の規制緩和を求める動きが強まる中、裁量制を適用外と説明することで、時間外労働の上限規制そのものの見直し圧力をかわす意図があったとみられる。

 厚労省労働基準局長らは10月7日、自民党の雇用問題調査会に出席。時間外労働の上限規制を説明する資料で、裁量制などみなし労働時間制度について、厳しい年収要件がある「高度プロフェッショナル制度」などと同列に「上限規制が適用されない」などと説明した。会合は冒頭以外は報道陣に非公開だった。

 しかし、裁量制は上限規制の適用対象だ。2019年から順次施行された働き方改革関連法は、時間外労働の上限を原則「月45時間・年360時間」とし、休日労働を含めても月100時間未満や複数月平均で月80時間以内にするよう定め、みなし労働時間にも規制が適用される。

 厚労省幹部は取材に、今回の不正確な説明について、「規制の見直しを求める声があるなかで、働きたい人の受け皿として(裁量制も含め)色々な制度があることを議員に知って欲しかった」と説明。「不正確な説明だった。説明によって(誤解が広がり)裁量制が悪用されることが100%ないとは言えず、配慮が足りなかった」と釈明した。

自民党の「働きたい改革」に 受け皿提示か

 人手不足を背景に、自民党は今夏の参院選公約に「『働きたい改革』を推進」と明記。高市早苗首相は厚労相への指示書に「労働時間規制の緩和の検討」を記した。

 ただ、上限規制は労働災害に認定される「過労死ライン」とされ、厚労省内には「緩和は難しい」との意見が強い。

 厚労省はこうした省内の慎重論などを踏まえ、裁量制を適用外と説明。議員に、より働きたいという労働者の受け皿の制度があるとの理解を浸透させたかったようだ。

 ただ、厚労省は裁量制で、みなし時間と実際に働いた時間が極端に離れている場合、企業に行政指導を実施しており、説明とは矛盾する。労働問題に詳しい塩見卓也弁護士は「(労働時間の把握を指導する立場である)厚労省が裁量制が乱用される可能性があることを『上限規制が適用されない』と説明しており、不当だ」と批判した。

裁量労働制とは

 事前に労使が決めたみなし労働時間が1日9時間であれば、実際に10時間働いても9時間働いたとみなされる仕組み。労働基準法は、専門性の高い職種や経営戦略にかかわる企画・調査などの担当に限り適用を認めている。時間外労働の上限規制は、このうち法定労働時間を超える部分に加え、休日に働いた時間との合計が、繁忙期などでも単月100時間未満、複数月平均80時間以内に収めなければいけないというものだ。

 働く人が仕事の時間配分を自由に出来るメリットがある一方、実際に働いている時間の把握が甘くなりがちという指摘がある。会社が過大な業務量を与えていたりした場合は、「裁量が失われている」と判断され、裁量制が無効とされるケースもある。

裁量労働制、乱用の歯止め策も議論を 編集委員・沢路毅彦の視点

 高市政権が労働時間規制の見直しを検討するなか、明らかになった裁量労働制に関する厚生労働省の不正確な説明。たとえ過労死ラインとされる時間外労働の上限規制の見直し圧力をかわす狙いがあったとしても、働く人にしわ寄せが及ぶ可能性があり、無理がある対応と言わざるをえない。

 今回の説明には、裁量制を規制緩和の見直しの「落としどころ」にしたい厚労省側の意図も透けて見える。

 実際、経団連などが厚労省の審議会で求めているのも、上限規制の緩和ではなく、裁量制の拡大だ。2018年に成立した働き方改革関連法に盛り込まれることが想定されながら、国会審議の過程で削除された悲願でもある。

 ただ、裁量制の拡大は慎重に議論する必要がある。制度が乱用されれば、対象者が長時間労働に追い込まれるリスクがあるためだ。

 裁量制に関するこれまでの調査では、柔軟な働き方ができて年収も高いため、満足している働き手がいる一方、裁量が乏しく長時間労働になりがちで、年収が低い働き手もいることが明らかになっている。

 実際に労災に認定されているケースもある。24年度の統計では、違法適用も含めて裁量制の対象者が脳や心臓の病気で労災認定されたのは4件。心の病による認定も4件ある。

 17年12月には裁量労働制の違法適用があったとして、東京労働局が野村不動産を特別指導した。端緒は、自殺した男性の遺族の労災申請だった。

 こうした問題点は、以前から認識されていた。

 働き方改革関連法に盛り込まれた改正労働安全衛生法では、裁量労働制でも労働時間の状況を把握することを義務化。把握した労働時間が上限規制の水準を上回らないように行政指導も行われている。

 働き方改革関連法は施行5年後の見直しを迎え、労使が厚労省の審議会で協議を進めている。裁量制は、今後、労働時間規制見直しの争点になるとみられる。

 審議会では、有識者委員が「裁量をしっかり担保できるかが何よりの前提条件」と指摘している。今回の厚労省の裁量制に関する不正確な説明は、適用拡大の是非だけでなく、乱用にどう歯止めをかけるかという議論が不可欠であることを問題提起している。

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この記事を書いた人
沢路毅彦
編集委員|労働
専門・関心分野
労働問題・雇用政策
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    常見陽平
    (千葉商科大学准教授・働き方評論家)
    2025年11月25日7時25分 投稿
    【視点】

    ■結局、「働かせたい改悪」ではないか  朝日新聞のスクープであり、「働きたい改革」の欺瞞を斬った、さらには裁量労働制の実態と問題点を網羅した良記事である。厚労省の誤った説明は不適切にもほどがあるのだが、この記事全体を読むと印象がやや変わる。長時間労働規制の緩和の難易度が高いがゆえに、裁量労働制の見直し(拡大)が落とし所になっていないか、と。  裁量労働制の見直しの検討は進むことだろう。というのも、データの問題により、働き方改革関連法案には盛り込まれなかったからだ。時間が止まった状態になっている。スタートアップ企業などを中心にニーズも高まっている。  一方で、「裁量」労働制と言いつつも、労働者の裁量が実質、確保されていないなどの問題もあり、長時間労働の温床となる。労働者の自己管理の問題という、また自己責任論が跋扈しそうだが、これを悪用する使用者がいるのも問題だ。  長時間労働規制の緩和という「時間」の論点から、裁量労働制の拡大に関して論点が移りそうな兆しはあった。今後の動向が注目される。なんせ、労働者、使用者それぞれの実態を適切に捉えた議論になるのか。注視する必要がある。

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    本田由紀
    (東京大学大学院教育学研究科教授)
    2025年11月25日7時48分 投稿
    【視点】

    論外である。記事内では残業代の上限規制の緩和をかわそうとする意図があったかのように解説されているが、意図して虚偽の説明をすることは許せないし、そもそも虚偽の説明が通用するなどと認識していたとは考えにくいため厚労省の説明者自身が制度を誤って認識していたおそれもある。裁量労働制であれ公立学校教員の給特法であれ、いくらでも働かせることが可能であるかのような誤解はすでに広がっている。自民党が目論んでいる上限規制の緩和を含め、働く者の生命と生活を脅かすような労働の仕組みを許してはならない。

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