機械仕掛けの天使は透き通る世界の夢を見るか?   作:ヒカセン先生

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EP6:シャーレ奪還作戦

 

「久しぶりに身体を動かしましたが、やはり現場はいいですね」

 

 シャーレ奪還作戦が開始される頃、別の場所。D.U地区の重要なインフラ設備の近くは地獄絵図となっていた。

 

 インフラ設備は無傷である。現在、付近で対応にあたっていたヴァルキューレの生徒により警戒されている状態であり、インフラ設備の破壊を目的としていた暴徒への対応はたった一人により行われた。

 

 

 そうして。そのたった一人も、息が上がることもなく無傷の状態だった。

 

 

「ば……けも……の……!」

 

「おや、失礼ですね。私は一人の生徒ですよ? ――ですが、あえて言うなら」

 

 ボロボロとなった暴徒。矯正局を脱走した生徒に対して無慈悲にもショートバレルショットガンが突きつけられる。同時、カヤの普段の髪型ではない。彼女が現場で、本気を出すときにだけする髪型。無造作に頭の後ろでポニーテールにされた、桃色の髪がふわり、と揺れた。

 

「あなたが敵対しているのは、このキヴォトスの生徒であり守護者です。それではおやすみなさい」

 

 銃声が木霊すると同時、最後に残っていた一人の脱走した生徒の身体が跳ねると、意識を失い地に伏せた。周囲には同じように意識を失うかなりの生徒。矯正局から脱走した生徒や、騒ぎに乗じて暴れていたスケバンやヘルメット団の姿がある。

 

 それらを一瞥した後、カヤはコツン。と、履いているブーツの踵で地面を叩いた後、警戒を解いた。まるで、その動作だけで周囲に敵が残っていないかを確認したかのように。

 

「……しかし、今回の件。どうにも嫌な感じがしますね」

 

 伸びている不良生徒達を見ながら、カヤは呟いた。

 

 連邦生徒会長が失踪したという噂、そしてシャーレの存在を知っているかのような動き方での襲撃。失踪の情報は当初時点では、連邦生徒会。それも一部しか知らなかったはずだ。確かに何週間も生徒会長が姿を見せなければ怪しまれるし、そういった憶測もされるだろう。だが、あまりに噂が流れて広まるまでの速度が早すぎた。そう。まるで、意図的に情報を噂として流されたように。

 

 シャーレへの襲撃もそうだ。そもそも、シャーレの存在もつい先程まで連邦生徒会の内部にしか周知されていなかった。それもまた、一部にしか知らされていなかったはずだ。にもかかわらず、現在先生達が対応する事態になっている。

 

「『情報部』や『防衛室』の防備を掻い潜り、内部資料を見られた? いえ、それは考えにくい。あのセキュリティを抜けるということは、サンクトゥムタワーのセキュリティを突破することと同義。……だとするなら」

 

 連邦生徒会の管理するデータへの不正アクセス。それができるということは、サンクトゥムタワーの制御権を乗っ取ることに近い。それは恐らく不可能に近いものだと考えるなら、可能性は一つしかなかった。

 

「情報が漏れている。……会長が失踪した時、その情報を知らされたのは総括室のリン代行と行政委員会の責任者クラスのみ。だとするなら、そのうちの誰かが会長を裏切っているか、もしくは行政委員会のコミュニティの中にバックドアが作られている。できれば、後者であってほしいですね」

 

 キヴォトスの行政最高責任者。そのコミュニティから情報が抜かれているかもしれないというだけでも事態は深刻だが、カヤとしてはまだそちらのほうがマシだった。もし、本当に行政委員会に裏切り者が居るとしたら。その裏切り者に対処し、最悪の場合責任のもと『執行』しなければならない。

 

 それぞれの部署で仲が良くないことだってある。意見の食い違うこともあるし、対立することもある。それでも、行政委員会の最高責任者は連邦生徒会長がそれに相応しいと認めて任命した人員達だ。方向性は違えど、キヴォトスを想う同じ生徒としてカヤは、できれば疑いたくはなかった。

 

 だが、自分は防衛室長だ。連邦生徒会の最高戦力にして、キヴォトスの守護者足らんとする者だ。もし、同じ生徒(なかま)の中に、本当に会長を。自分達を。キヴォトスを裏切るものが居るなら。自分がこの手で、排除しなければならない。

 

「――こうなることも、想定されていたということですか?会長」

 

 そうして。今回のような事態や、想定される可能性に対抗する手段は既に存在している。

 

 連邦生徒会長が失踪した後、自分のデスクから見つかったメモ書き。そして、そこに一緒にあった生徒会長の使っていた封蝋のされた書類と手紙。

 

「シャーレが動き出すのなら、急いだほうが。いえ、すぐに動いたほうがいいかもしれませんね」

 

 カヤが受け取った書類には、生徒会長の直筆であることが書かれていた。それは、自分が不在となることで宙に浮くSRTについてと、その扱いについての宣言。緊急時における、SRTの権限や、新たなる統制体制についてだった。

 

 そこには、シャーレの権限に紐づく、扱いとして連邦捜査部の別部署として、ある名前が記載されていた。

 

 

 

 それは、『連邦特殊執行部S.E.R.A.P.H』と銘打たれていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……本当に大丈夫ですか?」

 

「ふむ、何がかね?」

 

「その、私達にはヘイローがありますから多少のことは平気ですが……教官や先生は危険かと」

 

「何、私も元いた場所では荒事によく関わることもあったのだよ。若い頃は星海の果てや別の世界にも行ったものだ。……それに、私も少し頑丈でね。先程のあれを見ても、信じてもらえないかね?」

 

「う……。そこまで仰るなら、信じます」

 

 正直な所、ミヤとしては星海の果てや別世界と言われてもスケールが違いすぎて信じがたいが、この大人。教官の実力だけはとんでもないものだと思っていた。

 

 現在居るのは、シャーレまで後2kmというほどの場所にある、比較的損害が少ない建物の屋上。そして、シャーレへと向かう生徒の戦術指揮には先生があたっている。最初、安全な場所での待機を提案されていた先生だったのだが、『何故かわからないけど身体がこういった指揮を知っている、だから私にもやれることをやらせてほしい』と提案があった。

 

 最終的に決まったのは、先生は前衛を担当するユウカ・スズミ・ハスミと、後方支援を担当するチナツの戦術指揮。そして、教官はといえば、遊撃手。今回なら、ポイントを随時移動しながら狙撃を行うミヤの護衛と指揮をすることとなった。

 

 複数回のポイント移動を経て、現在シャーレまで後数キロという所まで来ているが、当然ミヤに対しての妨害や接敵というのはあった。建物内部を抑えていた不良や、こういった市街地戦で上を取られることを恐らく存在している指揮官に注意するように言われているのか、警戒している不良は居た。

 

 ミヤの主武装は、『Holy Judgment』というボルトアクション式の対物ライフルだ。ミレニアムでの改良が施され、対生徒だけではなく遠距離からの対敵主力兵器や構造物を撃破するための万能対物ライフルというコンセプトで仕上がっている。彼女の才能も相まって、遠距離戦では無類の強さを発揮するのだが弱点も存在する。

 

 交戦距離。いくらミヤが極めて高い狙撃力と高性能の対物ライフルを持っていても、これだけは覆らない。それを補うための立ち回りや、対応するための術として拳銃を忍ばせてはいるものの限界はある。特に、室内での対複数戦や至近距離での戦闘を拳銃だけで対処するのには限界がある。

 

 今回の作戦の道中。狙撃ポイントの確保に際して、室内戦は発生した。いくら相手が練度の高くない不良とはいえ、武器と場所の相性は不利だった。狙撃ポインの確保には苦戦を強いられる、そう思っていたのだが。

 

 

 ――『あまり生徒(こども)に手を上げるのは本意ではないのだがね。武器を向けるのであれば、仕方ない』

 

 

 僅かな時間の出来事だった。室内線に対応しようとしたミヤが見たのは、数十秒で制圧され気絶する不良達だった。

 

 呆然とした。自分には何が起こったのか理解できなかったが、もしかすると先輩であるホシノが居れば『恐ろしいほど速い動き、おじさんじゃなきゃ見逃しちゃうね』と言っていたかもしれない。

 

 しかし、相手の不良もヘイロー持ちである。一体どうやってヘイローによる防御能力を貫通して、しかも目立った外傷すらなしに気絶させたのかと聞けば、教官は若い頃に様々な武器や体術についての専門職業(ジョブ)を会得していたのだという。そのうちのひとつは体術や気を操るらしい。それにより、意識だけを刈り取ったのだという。わけがわからなかった。

 

 制圧された建物を進みながら聞けば、会得しているという数多くの中から教官の最も得意とするものはアタッカーと呼ばれるもののようで、次いで攻撃を引きつけるタンクというものが得意なのだという。

 

 興味本位でキヴォトスに来る前のことを聞いてみれば、幾つか話してくれた。かの大人から聞く話は、ミヤとしてはスケールがあまりにも大きすぎて中々に信じられないものも多かったが、この教官が嘘を言っているようにも思えず。とんでもない大人なのではないのかと思ったという。それに、話してくれた内容は聞いているだけで心が踊り、ワクワクするような冒険譚だった。

 

「その、申し訳ありません。突然のことに加えて、このような護衛まで」

 

「気にしなくていい。……まあ、子供がそのような物騒なものを当たり前に持ち歩くものではないとは思うがね。世界が違えば、理や秩序も違う。なんともままならんものだ」

 

「教官?」

 

「いや、なんでもない。 ――存分にやりなさい。今すべきことは、シャーレとやらの奪還だ」

 

 複雑そうな表情を浮かべる教官を見た後、ミヤはビルの屋上の床にライフルを設置すると、狙撃体制を取りスコープを覗く。

 

「……先生達の姿を確認しました。これより、狙撃支援に入ります」

 

「外敵については任せなさい。何かあれば、適時指示しよう」

 

 スコープを覗いたまま『わかりました』と答える、頭の中を集中させ、切り替えていく。一度息を吸い、同時に目を閉じて。クリアになった思考と視界を確認する。

 

 その中で。また、時計の音が聞こえた気がした。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「――すごいね、向こうはほぼアドリブのはずなのに」

 

 

 前衛を担当する生徒、ユウカ達の指揮をしながら先生が漏らしたのはそんな言葉だった。

 

 不思議と、身体が戦術指揮というものを知っていた。だからこそ、移動中のヘリの中で今回参加する生徒の武器や得意分野などを確認し、今こうして戦術指揮を行っていた。

 

 今回の作戦に参加する生徒の中で、特定の二名から絶対的な信頼を寄せられていた生徒が一人居た。それが、天動ミヤだった。彼女の得意とするのは、超遠距離からの狙撃支援と対主力兵器の撃破。そんな彼女に対して、現在前線でタンクを担当するユウカ。そして、射撃と閃光弾による支援を得意とするスズミは絶対的な信頼を置いていた。『ミヤが後ろにいるなら、安心して攻めだけを考えられる』と言い切るほどに。

 

 その言葉の意味を先生は今理解した。理解した上で思う、『とてつもない生徒だ』と。

 

 緊急の作戦であり、編成はサンクトゥムタワーに集まっていた生徒で臨時で編成された。その上、インカムなどの通信機器や戦術情報端末は十分に存在していない。つまり、直接的な指揮を現場で受けるしかなく、臨機応変での対応が重要となる。

 

 

「くそっ!ふ、ふざけるな!ならこいつで――」

 

「よせ!狙撃手が居るんだぞ!」

 

 

 瞬間。動揺してRPG。ロケットランチャーを持ち出した不良が建物の影から飛び出た瞬間。その身体が後方に吹き飛ぶようにして、地面へと叩きつけられ。意識を失った。

 

 ユウカとスズミが絶対的な信頼を置くのは理解できる気がすると先生は思った。今回、突発的な作戦で弾薬には限りがある。それらを無駄撃ちすることなく、まるで前線がすべて見えているかのような判断で狙撃による排除が必要と判断した相手だけを狙い撃っているかのように見える。

 

 そして、一度たりとも彼女は外していない。ワンショットダウン。確実に命中させ、一発で相手を戦闘不能まで追い込んでいる。

 

 恐らく、不良達には遠方を確認する手段がない。狙撃されたことで、何処かに狙撃手が居るということがわかるくらいでその場所まではわからないだろう。実際、先生にもはわからなかった。ただわかるのは、かなりの遠距離からこの狙撃を行っているということだけだ。

 

 

「――8発目。前に出るわ!」

 

「合わせます、閃光弾で撹乱したところを荒らして下さい!」

 

 そうして。先生が眼を見張るのはこの二人のミヤに対する信頼と、バックアップだ。ミヤのボルトアクションライフルの装填数は8発。つまり、8発ごとにマガジンのリロードが発生する。それを二人は理解しているのだろう。そのリロードの隙の間に、相手に何かしらの行動を起こされないように相手の場を荒らす。

 

 それは、通信機器が十分にないなかで行われる信頼による連携だ。狙撃により相手の主力武器、大火力の武器は封じられている。その上前線は二人によって荒らされている。そうなれば、残るハスミやチナツは一方的に相手の前線を攻撃できる。

 

 加えて、自分の戦術指揮を考慮したような狙撃支援。それによって想定していたより遥かにスムーズに戦況は進行していた。

 

 

『先生方、聞こえますか』

 

 そんな中、生徒会との通信用にと渡されたスマホに連絡が入る。それは、サンクトゥムタワーで現状について引き続き把握を進めているリンからだった。

 

 

『シャーレの制圧。この騒動を起こした生徒の正体が判明しました。 ――狐坂ワカモ。百鬼夜行連合学院を停学となり、矯正局に収監されていた七囚人の一人です』

 

 

 

 




■ミヤの武装

・Holy Judgment
 現実での武器はTAC-50がモデル。カラーリングは灰色。ミレニアムでカスタマイズが施され、装填数の増加や飛距離の上昇、特殊弾頭使用による威力の向上がなされているメイン武装。持ち運ぶ時はカスタムパーツやアタッチメントと共に専用の黒いガンケースに収められており、肩掛けの形で携行している。

・ロイヤルオーダー
 現実での武器はワルサーPPKがモデル。黒のカラーリングの拳銃で携帯性に優れる。グリップパネルには白色でトリニティの校章が入っており、彼女がトリニティを去って以降、トリニティとの繋がりを示す数少ないものでもある。相手に接近された時のためのサブウェポンとして運用している。

 とても大切な、信頼していた先輩から贈られたものなのだという。
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