機械仕掛けの天使は透き通る世界の夢を見るか? 作:ヒカセン先生
その場に集まった生徒達から自己紹介を受けた教官は、考え込むような難しい顔をしていた。
その原因というのは、リンから説明されたあることが原因だった。
「……連邦捜査部シャーレ、か」
先生はよくわかっていないのか、『キヴォトスで暮らすあらゆる生徒の相談に応じ、同時に所属や学籍によらず不特定多数の生徒の協力を仰ぐことのできる組織』というひとまずの認識で、それにより生徒を助けられるのなら力になるという受け答えだったのだが、実態はそんな単純なものではないと教官はリンの話から瞬時に理解した。
『連邦捜査部S.C.H.A.L.E』。大まかにいいところを掻い摘んでだけ言えば先生の認識通りで、あらゆるルールを無視して生徒に介入し助けることのできる組織であるが、実際のその組織としての力というのは教官の顔が一瞬険しくなるほどとんでもないものだった。
要するに、大きな力を持つ特大の爆弾だ。連邦生徒会長によって付与された権限のもとに、あらゆる規約や法律による規制や罰則を免れる超法規的機関。それはつまり、捉え方によってはあらゆるルールを無視して、学園や自治区に介入できることにほかならない。
その顧問として、大人としてシャーレとしての活動に細心の注意を払わなければならないのは当然として。シャーレの力を利用しようとする相手にも気をつけなければならない。それが、例え生徒であったとしてもだ。
教官はキヴォトスに来る前。晩年、戦技指導官や教員のようなことを世界を放浪しながら行っていた。若い頃は冒険者だった彼は、晩年は訪れた多くの国々や繋がりのあった国や組織からの依頼でまだ見ぬ土地へと赴き、後進の育成に力を入れていた。
だからこそ、教育者としてままならないことがあることも理解している。今のこのシャーレという部活に潜む危険性。それがその、ままならないことであるが、大人として何とか制御しなければならないことだと理解した。
「とんでもないものだ、そう思っていますか?」
「カヤ君。……君は、シャーレがどんなものか理解してるのかね?」
「はい。なんでこんなとんでもないものを設立したのか、それほどの必要があったのか。色々思うことはありますが、いなくなる前にとんでもない厄タネを残していってくれたと思いますよ、あの人は。 ……まあ、あの人がただこんなものを残すとは思えませんが」
少し離れた位置。そこで、リンが先生と集まっている生徒達にシャーレについて説明を行うのを見ながら、カヤと教官は言葉を交わしていた。
「聞いてもいいかね」
「なんなりと」
「君は、連邦生徒会長とは知り合いだったのかね」
「……何故、そうお思いに?」
「君の言葉には、懐かしむような感情と、強い意志が籠もっているように感じた。ならば、親しい間柄だったのではないのか、そう思っただけだよ」
「言葉だけで、そこまで察せられてしまいますか。教官こそ、ただの大人ではないですね。 ――お察しのとおりです。私は、連邦生徒会長の背中を追ってここまで来ました。かつては『超人』になることを夢見て、自分こそが連邦生徒会長に続く超人なのだと思い上がり。その傲慢さと愚かさで、取り返しのつかないことをしました。それでも。あの人は私に手を差し伸べてくれて、私に出来なかったことをあっというのにやってのけました」
相変わらず説明に悪戦苦闘するリンの姿を遠目で見ながら、カヤは続けた
「私は、超人にはなれません。生徒会長ほどの能力もありません。全てを救うことのできる英雄になど、なれません。それでも……私は、このキヴォトスが好きなんですよ。憧れた人が居た場所で。騒がしい生徒会のメンバーが居て。かわいい後輩が居る。この殺伐としつつも平穏な、矛盾だらけの世界を守る。その守護者にこそ、私はなりたいと思っています」
そうして。カヤは深々と、頭を下げた。
「どうか、お力をお貸し下さい。この場所を守るためであれば、『防衛室』も最大限の協力を致します。先生方のご命令であれば、全て従います。ですから、どうか――」
「条件がある」
「条件、ですか」
「君はもっと、
生徒らしく、そんな言葉に思わずカヤはポカン、と。してしまうがすぐに、『……わかりました。頼らせていただきます』と返した。
「なんですって!?」
そんなやり取りをしていれば。何やら連絡を取ろうとしていたリンから、慌てたような声があがった。
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リンに動揺が見えた瞬間、それまで和やかだった雰囲気のカヤの雰囲気が変わった。それを見て教官は、『……ほお』と呟いた。彼女は自分を歴戦だと評価した。だが、教官からすれば今のカヤもまた『歴戦』足り得る空気を纏っていた。
「チッ……面倒ですね。ですがどこから情報が。"あれ"があそこにあると、感づいているとしか思えませんね」
電話口に聞こえてきた、恐らく連邦生徒会の一員なのだろう。モモカという相手から話を聞き終えて、カヤは思わず舌打ちをするのが見えた。
『悪い知らせはまだあるよ。矯正局を脱走した生徒の数がかなり多い。それで、その生徒や今の情勢で勢いづいてる不良やスケバンが、統制されているとしか思えない動きをしながら別の地区で暴れてる。 ……流石にちょーっとお昼ご飯とか頼んでる場合じゃなさそうだから調べてみたけど、この動き』
「まるでサンクトゥムタワーに居る私達がシャーレに行くのを妨害するように展開している。違いますか」
『大正解。しかもこれ不味いよ……多分この動き、D.U地区の主要インフラ施設を目標に動いてるっぽいよ。あの周りはヴァルキューレや連邦生徒会員が展開してるから防衛に回れるだろうけど、数も勢いも桁違いすぎる』
一瞬、リンがここに集まっている生徒へと視線を向けた。何やら思いついたようだが、今カヤが受けている連絡からそれは厳しいと判断したのか再び苦い顔をする。
それを見たカヤもまた、一瞬考え込むようにして。そして、何かを思いついたようだ。
「……私が出ます。防衛室で保管しているC装備一式を使用して、直接制圧します」
『うえっ!?カ、カヤ防衛室長本気!?』
電話での会話聞いていた各自治区の生徒からも動揺が見られる。それだけ動揺したのは、あるキヴォトスに流れる逸話が原因だった。
連邦生徒会長を超人とするなら、防衛室長はキヴォトスの守り手。守護者である。それが意味するのは、連邦生徒会長不在の今。総合戦闘能力において彼女は連邦生徒会最強ということだ。
「SRT……恐らくそろそろ帰投中でしょう。『FOX』と『RABBIT』を私の直接指揮下に編成。3区画に展開している各人員との通信網を臨時で構築して、妨害と思われる大規模暴動3区画を私の指揮の下制圧します」
『いやいやそれ大丈夫!?防衛室長が直接動くってだけでも大事だし今のSRTをそんなに頻繁に動かしたら面倒な人達が沢山――』
「そんなもの後でどうとでもなります。私が黙らせます。いま最優先なのは、主要インフラ施設の防衛と先生方をシャーレに送り届けること。インフラが破壊された場合、どれだけ莫大な被害になるかわからないあなたではないでしょう?」
『それは……ああもうわかった、わかったよ!それで私は何をしたら!?』
半ばヤケだろう。だが、現状の打開策としてそれしかないと判断したモモカも悲鳴に近い形でそう叫ぶ。それを聞いたカヤは再度リンへと視線を投げ、リンもそれで察したのか深く頷いた。
「先生方をシャーレの付近まででも送り届けられるヘリと、それからバイクを一台。すぐに動きます、頼みましたよ」
通信を切断する。そして、悪い笑みを。まるで悪戯をする子供のような笑みを口元に浮かべたカヤは、教官を見た。『ならば早速、甘えさせてもらいますよ』といように。
「大変なことになりましたね。いやはや、これでは私も現場に出なければ事態を解決できません。緊急事態ですので、仕方ありませんよね?」
「カ、カヤ室長……まさか、現場に出たいからあんなことを言ったのですか……?いえ、確かに現状の解決策としては最も効果的ではあると想いますが……」
「嫌ですねリン代行。私は決して、最近デスクワーク漬けで書類の処理と電話の対応に各所への指示に忙殺され、不味い缶コーヒーを飲み続けていて鬱憤が溜まっていたとかそんなことはありませんよ?それはそれとして、缶コーヒーっておいしいものもあるらしいんですよ?夢の中で不思議な大人が教えてくれました」
思わず言葉を失うリン。そして思うのだ。ある意味、これはインフラ施設を壊そうとしている暴徒に同情すると。間違いなく今の彼女は本気である。恐らく容赦なく事態を鎮圧するだろう。
苦笑いするリンは、目前で見た。三つ編みにして後頭部でまとめている桃色の髪をするり、とまるで何度もやっているかのような慣れた手つきで解くと。今度は内ポケットからヘアゴムを取り出して。ポニーテールにするようにしてまとめ上げた。
リンは知っている。何故ならば、その髪型にするということは、本気の現れだったのだから。連邦生徒会長の首を突っ込んだ問題ごと、過去に起こったキヴォトスでの武力を必要とする難事件。それらに向かう時の髪型は、決まって今の髪型だった。事務方の自分は、何度も現場に向かうその姿を見てきた。だから、よく知っていた。
「さて、リン代行。ではそちらはお願いしますね」
糸目を見開いたカヤが、不敵な笑みを浮かべてそう言った。
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緊急事態でリンからの要請になり、シャーレの奪還作戦を行うこととなった一同からの動揺や不満は当然あったが、そこまで大きなものではなかった。現状必要不可欠である行政権の回復は必要なことであり、シャーレを奪還することで今のキヴォトスの情勢が安定に向かうなら止む得ない、と生徒達が考えたのがまずひとつ。
そして。防衛室長であるカヤの姿勢が、何もしないままでは居られないと生徒達に思わせたのもある。シャーレの占拠にインフラ施設の破壊。そんな緊急事態に真っ先に動くと宣言したのは、防衛室長であるカヤであり。迷うことなく事態を納めるために行動するその姿勢は、一同に思わせるなにかがあった。
シャーレの部室。建物までは直接ヘリで向かうことは出来ない。現在、シャーレ周辺は戦場となっており、下手に空を突っ切ろうとすれば対空兵器で撃墜されるのは目に見えていた。なので、移動可能な場所までヘリで移動し、そこからは徒歩で現地へと向かいながら、暴徒となった脱走した生徒と交戦しながら進むこととなった。
「早瀬さん、でいいのでしょうか。その、ミヤとは」
「ユウカでいいわよ。私もスズミって呼ばせてもらうし ……大事な友人よ。でも、それはあなたもじゃないの?」
現在、ミヤは少し離れた席で先生や教官と狙撃手として今回どう立ち回るかの話し合いをしている。ちらり、とそれを見たスズミはそっと。隣の席のユウカへと話しかけた。
「中等部に入ってからの大切な親友、です。……もっとも、私はその親友を救うことは出来ませんでしたが」
「……事情は知ってるわ。何があったのかも。それでミヤが傷ついたことも。でも、トリニティを避けてる今のミヤが、あなたの前ではあれだけ安心したようにしてた。それだけあの子にとっても、あなたは大切な相手だっていうのは見てるだけでも理解できたわ」
「暫く私はミヤと連絡を取ってなかったんです。……何を話したらいいのかとか、助けられなかった自分にそんな資格あるのかと思って。暫くミレニアムに滞在していたのは、実はあるツテで知ってるんです。どんな様子でしたか、ミレニアムでは」
「まあ、最初は見てられなかったわね。でも……少しづつ元気になって。あの子、技術もあるでしょ?だからうちの生徒の多くがすぐミヤに興味を持っちゃって。エンジニア部と変なものを作ったり、ヴェリタスの友達とちょっとした悪ふざけをしてみたり。それでそれを私とノア……セミナーの子でお説教したり。あのリオ会長が何があったかは知らないけど、よく一緒に居たり。楽しそうにしてたし、私達も心からうちに欲しいと思ってたわよ。友人としても、生徒としてもね。 ――でも、あの子はアビドスを選んだ。アビドスでも楽しそうにしてるみたいだし、私は良かったと思ってるけど」
その話を聞いて、スズミは安堵する。どんな場所であれ、親友には笑っていてほしかった。
二度と、傷ついて。泣いてほしくなどなかった。
暫くすると、ヘリを操縦する連邦生徒会の生徒から『間もなく到着します!』と告げられる。
シャーレの奪還作戦、それが開始される。
■カヤ
政治的に面倒な相手や山のような書類にデスクワークとかなり鬱憤が溜まっていた。しかも好物のおいしいコーヒーは飲めず、不味いと評判の缶コーヒーを飲みながら仕事をしていたためストレスが溜まっていた。
現場方の人間でよく現場にこっそり行こうとしてFOX小隊のユキノに首根っこを掴まれてデスクに戻されている。『教官』の異常性にひと目見ただけで気がついた。ヴァルキューレのカンナとはコーヒー好き仲間。
■教官
話を聞いただけでシャーレが超法規的機関であると同時に特大の爆弾であると見抜いた。若い『先生』はまだそれに気がついていないようなので、今後のことについて頭をフル回転させていた。
若い頃は冒険者として多くの国々だけではなく異なる世界や星海の果てなどにも行っていた。