機械仕掛けの天使は透き通る世界の夢を見るか?   作:ヒカセン先生

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EP4:サンクトゥムタワーにて②

 

 それは、咄嗟のことだった。

 

 ユウカは隣にいる友人が声をかけられ見せた、暗い顔を見た瞬間一歩前に踏み出し、まるで庇うようにしてその声の主へと少なくとも、友好的ではない視線を向けた。

 

 ユウカの頭の中にフラッシュバックしたのは、トリニティを自主退学して、暫くの間ミレニアムで過ごしていた時の友人の表情だった。あんな顔は、もう見たくないのだ。

 

「……あ」

 

 対して。視線を逸らし俯く元後輩と、警戒するような視線を向けられた相手。ハスミはといえば、気まずそうに二人を見た後、後悔するように一度だけ目を閉じた。

 

 羽川ハスミ。現トリニティ総合学園3年生にして、正義実現委員会の副委員長。そして、ティーパーティーの三人や他のトリニティで知り合いだった生徒同様、ミヤの一件を酷く後悔している一人でもある。

 

 何も出来なかった。いや、それは言い訳にしかならない。できた筈なのに、やらなかった。それをトリニティらしい理由で実行しなかったのは自分ではないか。と、ハスミは思う。

 

 そんな状況を見かねてか、動く影があった。その人物は迷うことなくユウカの近くまで歩み寄っていき、ハスミはそれを驚いたような視線で見ていたが当の本人は気にせず、そのままユウカの前で足を止めた。

 

「ええっと、そんなに警戒しないで貰えると……。 ――ミヤ。私とも話したくはない、ですか?」

 

「……スズミ。久しぶり、だね」

 

 ミヤのその言葉にユウカもまた驚きを見せた。ミヤは、トリニティでのことをあまり話したがらない。というよりは、思い出したくないというような状態だ。そんな彼女が安堵したようにして、トリニティの生徒へと言葉を返していた。

 

 親しい相手だったのだろうか、そう思ったユウカは彼女、守月スズミに対してだけは警戒を緩め、一歩後ろに下がる。すると、ミヤが今度は一歩前に出て、スズミと向かい合う形になった。

 

 

「アビドスは寒暖差が激しい自治区だと聞きます。ちゃんと、元気にしてますか?」

 

「うん、元気だよ。体調管理はしっかりって、スズミによく言われてたね」

 

「ッ……。良かったです。本当に、本当に良かった――」

 

 暫くの間、二人が向かい合ったまま沈黙が流れた。ミヤは申し訳無さそうな、けれど安堵したような表情で。対してスズミは、泣きそうになるのを堪えるようにして、なんとか笑顔を作って。

 

 守月スズミ。彼女は、トリニティにおいてミヤと最も仲が良かった生徒の一人だ。そして、自主退学する原因となった出来事の際、トリニティ生であることも、他の多くのトリニティらしいしがらみも、何もかも無視して彼女の味方になろうとした人物だった。もし、何もかも無視して行動し、自分が退学になったり処分を受けても、それで『親友』を助けられるならそれでいいと、そう思って行動したのだ。

 

 

 手を伸ばすことは出来た。だが、伸ばした手で親友の手を掴むことは出来なかった。間に合わなかった。だから、スズミもまた悔いていたのだ。

 

 

「本当は、言いたいことが沢山あります。でも、今は我慢しましょう ――やらなければならないことが、ありますから」

 

「うん、そうだね。 ……ごめん。あの後、どうしたらいいのかわからなくて。スズミにはちゃんと連絡するようにするね」

 

「……!はい、いつでも待ってますから」

 

 その言葉の後。今度は無理やりではなく。心からの嬉しそうな笑顔をスズミはミヤへと返した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 サンクトゥムタワー、レセプションルーム。自体の把握ために訪れた生徒達は、そこに集まっていた。

 

 集まったのは、全員で5名の生徒。アビドスからはミヤが、ミレニアムからはユウカが、ゲヘナからはタワーの前での出来事の後に自己紹介をミヤとユウカは受けたがチナツが、トリニティからはハスミとスズミが。

 

 ゲヘナから訪れているチナツは、ミヤが元トリニティ生だということを聞いて当たりが強いものと考えていたのだが、それは外れることとなった。特に何の隔たりもなく接してくれたミヤに対して唖然とし、『私、ゲヘナですよ?』と言ってみたものの『それなら私はアビドスだね』と特に何の気無しに返され、変な人だと思ったがゲヘナだのトリニティだのの差別意識なく接されてすぐに打ち解けた。

 

 なお。ゲヘナ方面の知り合いが少なく、知り合いが増えて嬉しいと言われ喜んだチナツだが、その後に『実はゲヘナの知り合い、美食研究会の人達とフウカくらいしか居なくて』と返されてなんとも言えない気持ちになったという。

 

 そうして暫くして。エレベーターから降りてくる姿があった。

 

 連邦生徒会の制服を着た生徒と、二人の大人。一人は半袖のワイシャツ姿の、老齢ではあるがその齢に合わず、若々しい筋肉に歴戦の雰囲気を纏った人物。もう一人は、灰色スーツ姿にネクタイの、優男といった雰囲気の大人だった。

 

「ちょっと待って!代行!見つけた、待ってたわよ!連邦生徒会長を――」

 

「カヤ先輩?」

 

 現在、生徒会長代理であるリンを見つけたユウカが声をかけようとするのと同時。未一緒に居るもう一人姿を見て、ミヤが驚いたように声を上げた。そして今度は、ユウカが『え?』と言ったように途中で言葉を切り、思わずミヤを見た。

 

「おや、ミヤさんじゃないですか。直接会うのは久しぶりですね」

 

「お久しぶりです。先輩もお忙しそうで……」

 

「ええ、まあ忙しいですね。……ふむ、しかしミヤさんがサンクトゥムタワーに。それに、そちらの方々は。ああ、なるほど」

 

 集まった全員を一瞥すると、カヤは納得したようにする。そして、視線をリンへと向けた。

「対策委員会にセミナー、風紀委員会に正義実現委員会、トリニティ自警団。今のキヴォトスの状況についての説明を受けるためと、連邦生徒会に対しての陳情と言ったところでしょうか。……この説明については私の仕事ではありませんね。リン行政官。いえ、あえてこう言いましょうか、リン代行。お願いしますね」

 

 カヤの言葉で一斉に視線を向けられ、ため息を付くリン。カヤの言うことはもっともであるが、どうにも上手く注目をそられたような気がした。

 

「こんにちは。各学園からはるばるここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員、その他時間を持て余している皆さん。皆さん暇そ、……大事な方々がここを訪れた理由はよく分かっています」

 

「……リン代行。最近の激務でストレスが溜まっているのは理解できますが言葉が過ぎますよ?説明、やっぱり私がやりましょうか」

 

 集まった生徒全員からその言葉により決して好意的ではない視線を向けられると同時、隣からも咎めるような声で言われた。

 

「――失礼、言葉が過ぎました。皆様がこちらにいらしたのは、現状についての説明と把握。そして、現在キヴォトスに流れている噂の確認。そうですね?」

 

 肯定するようにそれぞれが頷いた。

 

「まず、噂の方から。正直に申し上げますと、例の噂は事実です。連邦生徒会長は現在席におらず、行方不明となりました。それにより、現在のサンクトゥムタワーは最終管理者が不在のために連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。現在の各自治区での混乱などに対して連邦生徒会が動くことが出来ないのは、このためです」

 

 集まった一同に動揺が奔る。噂だったものが事実であるということがわかったというだけではない。生徒会長の失踪。それはキヴォトスにおいては大事だ。

 

 連邦生徒会長とは、いわば超人である。大抵のことはなんでもできてしまい、そういったことを迅速に処理できてしまう。キヴォトスという巨大な学園都市の中でも最高位に位置する為政者。彼女が居たからこそ、キヴォトスは治世されていたし、連邦生徒会の各部署というのは機能していた。

 

 各自地区もそうだ。連邦生徒会に依存する部分も多く、それがあってこそ成り立っていた部分もあった。もっとも、ここ最近ではミレニアムのリオが『連邦生徒会に極力依存しない自治と体制の構築』を進めており、その依存という中から外れつつある自治区も存在したが。

 

 治世をしていた連邦生徒会長が居ないというのも不味い。だが、ある意味それと同じくらいに、現状では下手をすればそれ以上に不味い問題がある。サンクトゥムタワーの最終管理者。行政の中枢権限が宙に浮いているということだ。現状、誰にも手出しできないということは下手な権限の掌握や悪用がされないということであるが、同時に誰もその権限を執行できない状態になる。

 

「現状の打開のために、防衛室を主軸として現状可能な対策を講じてきました。ですが、連邦生徒会の行政権がない以上、やれることは多くありませんでした。そのために、制御権の回復を目的とした方法を探しておりましたが先程まで存在しませんでした」

 

「……先程までということは、今は方法があるということですか?」

 

「はい。こちらの二人の先生が、フィクサーとなってくれるはずです」

 

 突然、フィクサーだのと言われた当の大人の二名はと言えば、若い『先生』は、突然のことに驚いたようにしていたが、もう一人。老齢の『教官』は落ち着いたようにし、まるで状況を把握するように俯瞰して話の流れを見ていた。

 

「どういうこと?そもそも、このお二人はどうしてここにいるの?」

 

「キヴォトスの外から来られた方のようですが……先生方だったとは驚きました」

 

「はい。このお二方は、これからキヴォトスで先生として働くこととなり、また連邦生徒会長が特別に指名した方々でもあります」

 

 既に何度目になるのか、その場にざわめきが起こる。それはそうだろう、連邦生徒会長は失踪。行政権限は取り戻せていない。その方法が見つかったと思ったら、現れたの二人の大人で、その大人は現在行方不明の連邦生徒会長が指名したというのだから。

 

 『先生』のほうは、やっと自体が飲み込めてきたようだが、まだ少し混乱しているようだった。そこで先に動いたのは、老齢の男性。『教官』だった。

 

「リン君」

 

「は、はい。なんでしょうか、せんせ――ではなく、教官」

 

「落ち着きたまえ。一度深呼吸しなさい」

 

 驚いたのはリンだった。見透かされている、と思ったからだ。

 

 ここ最近の激務、現状への対応、そして今回連邦生徒会長の指名により現れた大人への対応。心休まる暇もなく、落ち着きのない状態でずっと動いていたのは事実だ。それを表に出さないように感情をコントロールしていたつもりだったが、この老齢の大人には見透かされてしまった。

 

 だが、その言葉はどこか安心するものだった。諭すような、そんな言葉で言われたリンは一度息を吸うと、『……ありがとうございます』と返した。

 

「私も聞きたいことは色々とある。だが、これだけは聞かせてほしい。 ……君達生徒(こども)には助けが必要。そういうことかね?」

 

「端的に言えば、その通りです。突然のことで申し訳有りませんが、どうか」

 

「目の前の生徒(こども)を助けるのに、理由が必要かね? ――君はどうするかね、『先生』」

 

 それは此処から先を選べ。そう言われているのとそれは同義だった。しかし、『先生』もまた、心は決まっている。

 

 驚きもしたし、動揺もした。いきなりれのことで理解が追いつかなかったのは事実だ。それでも。"大人とは、子供たちのため責任を負うもの"であると思っている。出会って間もないが、この『教官』は歴戦の人物だろうということはハッキリと理解できた。おそらく自分は、この人と比べたら未熟かもしれない。それでも、生徒(こども)を想う気持ちだけは負けているつもりはなかった。

 

「何ができるかわからない。でも、できることがれあれば私も力にならせてほしい」

 

 その時に抱いた想いだけは嘘ではない。

 

 力強く先生が発したその言葉は、このキヴォトスに大人の先生が二人着任したという宣言となった。

 

 

 

 




■ミヤ
 生まれはトリニティだがゲヘナに対して忌避感は全く持っていない。そのためゲヘナ方面でもたまたま縁があった相手と交友があるのだが、それが美食研究会の面々とその被害者のフウカという面子。それ以外では、万魔殿のマコトと面識がある。

■スズミ
 ミヤの親友。トリニティで起こったとある出来事の時、何もかも投げ出して親友の味方になろうとした。だが、手が届かずずっと後悔していた。中等部以前の経歴がトリニティ上層部をもってしても不明らしい。

■チナツ
 ミヤからの接しられ方に驚いた。差別意識のないトリニティ生というのは少なく、てっきり忌避感のようなものを持たれると思っていたが、そんなことはなくすぐ仲良く慣れた。後に美食研とマコトの知り合いと知り驚くことになる。

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