機械仕掛けの天使は透き通る世界の夢を見るか?   作:ヒカセン先生

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EP1:『天動ミヤ』という少女

 

「……はぁ」

 

 トリニティ総合学園。ティーパーティーのメンバーしか決して入ることの許されないその場所で桐藤ナギサはため息を付いた。

 

 気分を紛らわそうと紅茶を楽しんでみたが、やはりというべきか。その気分は晴れることはない。

 

「あれ、ナギちゃんどうしたの?そんな疲れたようにして」

 

「ああ……ミカさん」

 

 聖園ミカ。トリニティにおける派閥、パテル分派の首長にして、生徒会であるティーパーティーのメンバー。そして、ナギサにとっての大切な親友でもある彼女は部屋に入室すると、明らかに落ち込んでいるナギサに気が付き近くまで歩み寄った。

 

 そして。近くまで歩み寄り、テーブルの上に置かれた封蝋のされた手紙。恐らくトリニティでは知らない者は居ないだろう、というシンボルの印璽による封蝋が開けられた丁寧な手紙を見て、察すると同時にミカもまた苦い顔をした。

 

「それ、ミヤちゃんから?」

 

「ええ、はい……。ですが、その」

 

「その感じだと、あんまりいい返事というか、内容ではなかった感じ?見てもいい?」

 

「あまり気を落とさないようにしてくださいね」

 

 ナギサが気落ちしているということは、いい内容ではない。そう思いながらミカもまた手紙に目を通して、そして。ため息を付いた。

 

「……やっぱり、許してくれないのかな」

 

「少なくともこの手紙ではまだ、という状態でしょうか」

 

 少し前に、ナギサはこの手紙の差出人である少女に手紙を送っていた。そして、これはその返事である。

 

 内容としては、此方を気遣う内容の文章から始まり、自分は元気にしているという文章に続く。そこから彼女の近況についてのことが書かれていた。

 

 そして。最後には、要約すれば『今は会いたくない』という文章が記されていた。

 

 なお、この後にサンクトゥス分派のリーダーでもある百合園セイアもミカと同じように手紙を見ることになるのだが、また同じような深い溜め息をついた。

 

 

 1年ほど前。トリニティではある出来事が起こった。それにより、一人の少女はトリニティに失望し、その少女にしては珍しく激高し。自主退学してトリニティを去って行ったのだ。

 

 少女の名は、『天動ミヤ』。トリニティ内でも才媛と称され、数々の派閥からも目をかけられていたほどの実力者でもあった少女は、その出来事でトリニティを去るとアビドスへと行ってしまったのだ。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 天動ミヤ。彼女の交友関係で特に関わりのある学校を挙げるとすれば、アビドス、トリニティ。そして、ミレニアムである。

 

 元々、トリニティ在学時からミレニアム。特にセミナーの関係者とエンジニア部とは交友関係があった。トリニティを自主退学した後もその交友関係は続いており、アビドスに転入するまでの空白期間の間、ミレニアムで過ごしていたほどにその交友関係は深いものだった。

 

 

「ん……?ユウカちゃん、それって」

 

「ああ、ノア。お察しの通りよ、ミヤからの手紙。モモトークとかメールでいいのに、本当こういう所は堅苦しいというかしっかりしているというか。普段は余裕ありげで茶目っ気まで見せてるのにね」

 

「でも、こうやって手紙でってことは普通の手紙ですよね?本当に重要なことなら、暗号化したメールとかで送ってきそうですし。……向こうでの近況報告、でしょうか」

 

「大当たり。ミヤ、アビドスでは元気にしてみるたい。最近あまり顔出せなくてごめんなさい、とも書かれてた。まあ確かに、久しぶりに会いたい気持ちはあるけど……向こうも忙しいだろうし」

 

 『はい、ノア』。と言われて手紙を手渡されたノアは手紙に目を通す。一通り読み終えた彼女は口元に笑みを浮かべると、手紙の後ろに同封されていた写真に気がついた。そして、その写真を見て笑みを強くした。同封されていたのは、笑顔で黒猫を抱きかかえている自分たちがよく知る少女と、アビドスの生徒なのだろう。5名の同年代の少女が写る写真だった。

 

「幸せそうですね、ミヤちゃん」

 

「本当良かったと思ってる。だって……トリニティを退学した後のミヤ、正直見てられなかったし。暫くうちに居た時も、無理に笑ってるようにして。こっちに気を遣ってるようにして。見てられなかったから」

 

「あの時、本当に珍しくリオ会長が表に出てきましたもんね。 ……あれだけ機嫌の悪そうにしている会長も珍しかったですけど」

 

「久しぶりに顔を見たと思ったら、『今すぐトリニティに連絡を取るわ』だもんね。いや本当今からトリニティと事を構えるんじゃないのかってくらい 怒ってたわよねあれ……」

 

「私達が居るにも関わらずその場ですぐ連絡を取って、かなり怒ってましたもんね。そして最後には『ならあの子はうちに来て貰うわ、文句は言わせない』とまで言いましたもんね」

 

「まあ結局、ミヤはアビドスに転入したけどね。……うちとの相性悪くないと思ったんだけどね。あの子、技術面でも優秀だからうちの校風と相性がいいし、エンジニア部やいろんな方面とも仲良かったし。来てくれるなら大歓迎だったんだけど。正直ちょっと残念」

 

 ユウカ、ノアの二人は手紙の主とは仲が良く、休日には一緒に出かけたりするほどの間柄でもあった。加えて問題児でもある黒崎コユキからはとても懐かれていた。

 

 彼女はトリニティを自主退学する前からミレニアムの生徒とは交友があり、トリニティ生でありながらよくミレニアムには顔を出していた。エンジニア部の部長である白石ウタハ、ヴェリタスの小鈎ハレ、更には生徒会長である調月リオに、彼女との関係で知り合った明星ヒマリとも良好な交友関係を築いていた。特に、リオからは自身の理解者として。そしてその才能があまりにも優秀だったこともあり、特に目をかけられていた。

 

 高い技術力に、直接的な交友は殆どなかったがC&Cの美甘ネルからは実戦映像から『やべぇな、コイツ。なんでその距離と悪天候で狙撃できんだ? ははっ……一度戦ってみてぇ』と言わしめる程の狙撃技能。同じC&Cの角楯カリンも、同じ狙撃手として一度話してみたいと零していたほどだ。

 

 

 総合して、手紙の主。天動ミヤはミレニアムという学校とはあらゆる面で相性が良かった。交友関係、校風、本人は気にしないだろうが後ろ盾という意味合いでも完璧と言って良かった。事実、リオはトリニティでの一件でかなり怒りを顕わにしており、もし本人がその気なら全力でバックアップしミレニアムの生徒として迎え入れるつもりでいたし、是非ともミレニアムに来てほしいと思っていたため、表立って勧誘もしていた。

 

 ミレニアムに来てはどうか、という誘いをする生徒は多かった。ユウカとノアもそうであり、様々な方面から誘いがあった。その中でも特にミレニアムに来てほしいと望んでいたのは、エンジニア部のウタハと、何やら共同開発していたハレ。そして珍しく表立って彼女の転入を望んでいたリオと同じくらいにヒマリからもミレニアムに来ることを望まれていた。

 

 

 しかし。最終的に彼女が選んだのは、アビドスだった。

 

 

「結局、アビドスを選んだ理由は教えてくれませんでしたね」

 

「そうね。でも……あんな吹っ切れたよう顔で、『やりたいこと、見つけたから』なんて言われたらね。それに、もう顔パス同然でミレニアムには顔出しにくるしね。最近は忙しいみたいだけど。実質半分うちの生徒みたいなものよ、あれ」

 

「おまけにアビドス方面での案件を色々企画書にして持ってきてくれますから、それが原因で色んな部活がやる気出しちゃってますからね。『砂でビジネスしてみませんか?』なんて最初言われた時はどういうことかと思いましたけど」

 

「調べてみたらあら不思議、ってやつね。会長もあの時なんで今までちゃんとアビドス方面に目を向けなかったのかって頭抱えてたし」

 

 ふむ、と。ユウカは考えたようにして、何やら悪巧みをしたような笑みを口元に浮かべた。

 

「――忙しいなら、会いに行っちゃおうか」

 

「ユウカちゃん……?なんか悪い顔してません?」

 

 またよからぬことを考えている。そう思いながらノアはやれやれと言ったようにユウカを見ている。

 

「ノア、確かセミナー宛の企画提案書類。来てたわよね?」

 

「一昨日届いたあれでしょうか。まさかユウカちゃん……」

 

「早速内容を精査して、議題に挙げましょう。それで予算が通ったら視察を兼ねて、スケジュール調整してアビドスに行く」

 

「視察枠だけで争奪戦になりそうですけど……エンジニア部とヴェリタスは間違いなく立候補しますよ……」

 

「前にミヤが言っていたわ。なんだったっけ……そう、『汚いは褒め言葉だ』よ!ふふ、私とノアは生徒会枠で確定枠にすればいいのよ。かんぺきー」

 

「知りませんよ……残りの枠で取り合いになってそれ宥めるのも私達の仕事なんですから」

 

「ま、まあなんとかなる。ヨシ!」

 

「そんな最近流行ってるグッズの現場ウェーブキャットみたいに言っても間違いなくそうなりますよ。 ……まあ、私も久しぶりに顔を見たかったですし。今回はユウカちゃんのその案に乗りましょうか」

 

 最近、モモフレンズとミレニアムのある企業、そして二人からすればトリニティのある意味でよく知る企業が事業コラボして作られた現場ウェーブキャットシリーズ。安全第一と書かれた黄色いヘルメットを被り、指差し確認をしているようなポーズを取るぬいぐるみはとてつもない勢いで売れているらしく、発表時はSNSのトレンドに上がった程だった。

 

 ノアは思う。まさかあの企業のトップ、娘のような存在がウェーブキャット好きだから本人の知らぬところであのコラボをやったのではなかろうかと。結果として、本人はそのコラボ商品の話を聞いてとても喜んでいたようだが。

 

 

 ともあれ。最近会えなかったため、今回のこの口実で会いに行くというのは自分の賛成するところだろう。そう思い再び口元に笑みを浮かべると、ノアは書類を封筒から取り出すと決済の印を迷うことなく押した。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……んぅ」

 

 意識が徐々に覚醒する。

 

 最初に感じたのは、布団の温もり。続けて耳に響くのは自分のお気に入りの時計の秒針が決まったリズムで時間を刻む心地の良い音。

 

 そして、自分の顔がぺしぺし、と。叩かれる感覚と、叩かれるたびに感じるやわらかな何かの感触。

 

 

 

 ――ニャーン

 

 

 

「起きる……起きるからちょっと待って……」

 

 

 聞き慣れた同居人の鳴き声で意識が覚醒し、身体を起こしたベッドの傍らを見れば、同居人。黒い猫である『シャノア』が再び此方を見ながら鳴いて見せていた。

 

 

「おはよう、シャノア」

 

 再び黒猫。シャノアは鳴くとまるで見ろ、というようにアンティークの壁掛け時計の近くまで走ると、見上げてみせた。釣られて時間を見ると、一瞬慌てると同時。同居人に感謝した。

 

 丁度、今から準備すれば遅刻しないギリギリの時間だった。そういえば、昨日は疲れてそのまま寝てしまってアラームを設定するのを忘れていたと思い出す。同居人が起こしてくれなければどうなっていたことか。『ありがとう、危なかったよ』と告げると、同居人の朝ご飯を準備するといつもより早足で朝の準備を進める。

 

 彼女の部屋は、本人の趣味を詰め込んだ部屋と言っていい。住んでいるのはアビドスにある比較的砂による被害の少ない住宅街に存在する一軒家。自室には趣味で集めているお気に入りのアンティーク時計。普段使っているセミダブルのベッドに、ベッドの上にあるウェーブキャットの抱き枕。一角にはガラスケースや棚があり、そこにもまたウェーブキャットのグッズが丁寧に飾られている。

 

 私室には愛銃であるボルトアクション式のライフル、『Holy Judgment』が過去にミレニアムの友人に作ってもらった専用の黒いガンケースに収められており、別室には銃器や機械を整備する整備用の部屋に、家の横には小規模だが射撃練習場もある。

 

 朝食を済ませて、学校に行く準備をする。着替え、ガンケースのショルダーを肩に掛け。そして、いつも持ち歩いている大切なものを制服の上着で隠すようにしている腰のホルスターに仕舞い込んだ。

 

 自分にとっての大切な友人であり、先輩だった人。そんな相手から贈られた、彼女が持っているものと同じタイプのコンパクトな拳銃のカスタムモデル。トリニティを離れた身ではあるが、この拳銃と愛銃だけは常に携帯していた。

  

 アビドスでの生活には慣れたし、今の学生生活には満足している。元居たトリニティに対して思うことはあるが、正直今は。というよりは暫く向こうとは関わり合いになりたくなかった。たとえそれが、一方的なものだったとしても。

 

 

「――行ってきます」

 

 

 自宅の施錠をして、扉を閉める前にそう呟いた。

 それは、誰に対してのものだったのか。

 

 大切な先輩だった相手に対してのものなのか。それとも、自分に対して親身になってくれた、ミレニアムの友人や先輩達に対してか。本人にしかわからないその言葉の後、扉が閉められる。誰も居なくなった自宅に響くのは、変わらず時を刻み続ける時計の音だけだった。

 

 アビドスでの新たな一日が始まる。

 

 

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