天狗の湯 きむら苑~課題に向き合う混浴温泉~
少し早起きをして8:00に宿を出た。
今日は昨日温泉客に教えてもらった『きむら苑』に向かう予定。
旅館の館主に最寄り駅、袋倉まで送ってもらう。
そこから渋川駅→水上駅、さらにバスで十数分走った所にきむら苑がある。
水上駅周辺は袋倉と違って栄えていた。
駅を出るとすぐ土産屋が並ぶ。
何も予習してない、全く知らない場所。
ちょっと調べれば何でも答えが出てくる時代だからこそ、こういうイレギュラーな旅に心が躍る。
現地の人から情報を聞いて、数珠繋ぎに次の温泉地へ向かう無計画な旅もおもしろいかもしれない。
道の駅で腹を満たした後、きむら苑まで2人トボトボ歩く。すると通りがかりの車から声を掛けられた。
『昨日半出来温泉いた人ですよね?
もしかしてきむら苑行きます?良かったら乗っけましょうか?』
筋肉質な体型に日焼けした肌が似合う、細マッチョな男性。
年齢は40代くらいだろうか。
マッチョさんは偶然にも昨日私たちと同じ登喜和荘に泊まっていた宿泊客であった。
昨日は夜に飛び込みで宿泊した団体がいて、ひかるちゃんは夜遅くにこの男性と混浴温泉で会話をしていたのだ。私は既に部屋で休んでいたので会えなかったが…。
お言葉に甘えて車に乗せてもらう。
話を聞くとマッチョさんは東京の人らしいが、週末は群馬の温泉に入り浸り。群馬にアパートの別荘まで借りてしまうほどの温泉マニアだそうだ。
『きむら苑はすごいですよ。自分、色々回ってますけど混浴温泉のレベルとしては日本一じゃないかな。』
日本一…というのは温泉の規模もそうだが、混浴マニアの間での人気レベルも高いということ。
つまるところワニの群生地という訳だ。
特に昨日はカップルが20組以上訪れて、あちらこちらでワニワニパニックが発生していたそうだ。
なかなかクレイジーな混浴温泉のようで、話を聞いているだけでヒヤヒヤする。
旅館に到着。
敷地内に入ると、すぐ右手の民家に〝受付〟と書かれた紙が貼りだしてあった。
隣には館主と思わしき老人が座っている。
館主は私たちを見るなり、ヨタヨタと歩きながら縁側のガラス窓を開けて手を伸ばしてきた。
『ここでお金を払うんですよ。館主さんに1000円渡すんです。』
マッチョさんの指示に従い、館主に1000円を渡す。
館主は金を受け取ると、もう用が済んだと言わんばかりに再び椅子に戻っていった。
それと入れ替わりで館主の娘さんと思わしき人物が顔を出す。
『女性の方、湯あみ持ってますか?それかバスタオル。』
館主とは打って変わってシャキシャキとした喋り口調。
『えっと、バスタオルなら持ってますが…』
『女性の方は必ず湯あみかバスタオル巻いて下さいね。』
あれ、そうなのか。
口コミでは特に湯浴みの事は書いてなかったが、結構厳しいんだな。
温泉は階段を降りた先にある。
分かりました、と返事をして温泉へ向かおうとすると、館主の娘が追い討ちをかけるように呼び叫んだ。
『ルールを守って入浴してくださいねー!』
◆ ◆ ◆
『きむら苑って湯あみが必要なんですか?私バスタオルしか無くて…』
マッチョさんに尋ねると、マッチョさんはきむら苑の現状を詳しく話してくれた。
『娘さんが厳しくてねえ。娘さんは風紀が乱れがちなのをあんまり良く思ってないんじゃないかな。』
そりゃそうだ。
混浴温泉はハプニングバーではないのだから、こんな所で乱交でもされたらたまったもんじゃない。
下手したら警察に通報されて温泉自体が潰れてしまうかもしれない。
『金谷旅館って行ったことあります?』
『あ、静岡の千人風呂ですか。去年行きましたよ。お風呂が広くてプールみたいで、すごく良かったです。』
『あそこも今年5月から湯あみ着用必須になっちゃってさぁ。湯船にサクラのオバチャンがいて。湯あみ着てないと、あの人湯あみ着てないです!って旅館の人にチクられちゃうの。』
マッチョさんは嘆かわしいという感じで語る。
私にとっても千人風呂は『心霊スポットでxxxする!』の取材で立ち寄った、思い出の場所でもある。
私が行った時は湯あみなんて着なくても自由入浴する事ができた。それがわずか1年でそんな事になってしまったなんて…。
一部のマナーの悪い客のせいで、日本の伝統が廃れていくのは悲しい。
昨日、半出来温泉で地元の入浴客に『混浴温泉を楽しめるのは君たちの代で最後かもね』と言われたのを思い出した。こんなにも早く文化の終焉が訪れるとは思っておらず、複雑な気持ちだ。
きむら苑だってそうだ。
現代の法律では混浴温泉を新設する事ができない。
また、現存の混浴温泉も直系の家族でないと混浴運営を引き継げない。
あの受付の館主が倒れたらこの温泉はどうなってしまうのだろうか。娘さんが混浴運営を引き継ぐようにも思えないし…。
階段を降りた先に、木造の掘っ建て小屋のような建造物が見える。
と言っても目隠し程度の建造物で、木の隙間から中の様子が見えてしまうくらい雑な作り。
一応更衣室は男女別れているが、ぶっちゃけ右から入るか、左から入るかの違いしかない
扉には〝施設内でのみだらな行為は通報します〟と警告文が貼られていた。
ガラッと扉を開けるとすぐに露天風呂だった。
瞬間、温泉に浸かっている男性たちから刺さるような視線を感じる。
おおおん、この視線の刺さり方はなんだろう。
例えるなら、学校に遅刻して授業の途中に教室に入った時のみんなの視線…だろうか。
少し気まずい。
女性入り口に限り、荷物置きと着替えの場にすだれがかかっている。
まぁ、最低限プライバシーを確保できる場所はあるのかな。
温泉にしばらく浸かっていると、先ほど車で送って頂いたマッチョさんが合流した。
マッチョさんのお仲間も既に入浴していたようだ。
皆様にご紹介頂き、裸の雑談を楽しんだ。
話題は『あそこの混浴温泉がいい』とか『この前野湯に行ってきた』とか。
もちろんこういう所に来るのだからスケベな事に興味が無い訳ではないだろうが、もともとは温泉マニアな人が多いから、秘湯の情報交換が盛んに行われているようだった。
話の中で、マッチョさんが混浴温泉に行き始めたキッカケを教えてくれた。
『俺、仕事でフランスに行ったことがあるけど、そこでヌーディストビレッジって所に寄ったんだよ。そしたらさ、ビーチどころじゃなく、町全体が裸の人だらけなの。
なんか〝人間は自然のままであるべきだ〟っていう、ナチュリストっていう思想があるらしいんだけど、まぁ難しいことは置いておいて。
みんな、自転車漕ぐのも、コンビニで買い物するにも真っ裸!
すごい自由で、感銘を受けちゃってさ。日本にも同じような所が無いかなぁって探して、それで混浴温泉にたどり着いた訳。』
なるほど、確かに混浴温泉は日本版のヌーディストビーチとも言えるかもしれない。
入ってるのが海か温泉かの違いだけで、やってることは同じだ。
きっとマッチョさんは性行為そのものというより、文化を楽しむタイプなのだろう。
中にはヌーディストビレッジの中で堂々と性行為をし出すカップルもいるようで、これも混浴温泉と同じく、そういうカップルが現れるとワニのように男たちが群がり始めるのだという。
『ヌーディストビレッジの中でもなんとなく、ここは普通のエリア、ここはゲイの集まる場所、ここはカップルがイチャイチャしてる場所って分かれてて。
カップルが集まるエリアに行ったら、公開プレイがやってたんだよ。
カップルの周りに男たちがぶわーって集まってて。
俺もそれを見てたの。そしたらカップルの片割れの女の人から手招きされて。
どうも俺を竿役として呼んでるらしいの。でもそんな、こんなに人数囲まれてる中で勃たないじゃん。
しかもアジア人俺だけなんだよ?
無理です!って帰ろうとしたら腕掴まれちゃって。
だからもう、アジア代表として覚悟決めるか、って頑張ったんだよォ。』
その後はなんとか射精まで至れたようで、マッチョさんは異国の大陸で無事アジアの意地を見せつける事に成功したそうだ。
いいなぁ。ヌーディストビレッジ。私も行ってみたい。
やっぱりこういう所に集まる人って、個性的な体験をしてる人が多いんだなぁ。
こんな体験談、普通に生きてたらなかなか聞くこと出来ないし。こうして猥談で盛り上がれるのも、混浴温泉という場所だからこそだな。
なんだかこうして会話してると、オンラインゲームのチャットみたいな雰囲気もしてきた。
MMORPGで特にダンジョンに行くわけでもなく。
ギルド内で集まってダベってるこの感じ。
オタクならきっとこの楽しさを共感してくれるはずだ。
まぁもちろん、MMORPGと同じくコミュニケーションが下手くそな奴もいる。
上手く集団の輪に入れず、ポツンと孤立してしまっている男性。
女性にしつこく絡んで、女性だけでなく男性からも怪訝な目で見られてる奴。
隙あらば触れてこようとする奴。
そういう奴は仲間内でそれとなく注意喚起がされているようだった。
『あの茶髪に染めてる、シルバーのアクセサリーしてるオッサン。気をつけた方がいいよ。あの人、毎回新規のカップルさんに近付いては自分の主催する乱交パーティーに勧誘してるんだ。あのオッサン、それで儲けてるらしいから。』
ふぅん、なんかカップル喫茶でもそういう奴いたな。どこの世界にもそういう奴が発生するんだな。
他にも女性に過度に近づきすぎる男性がいると、
『君、どうしたの?距離近いよ。離れて離れて。』
と注意してくれたり。
ある程度仲間内で自治が行われているようで、突然女性が強姦されるような事は起こらなそうだった。
『せっかく混浴温泉に来てくれたカップルさんが、嫌な思いをして来なくなっちゃうのは悲しいからね。』
とマッチョさんは言っていた。
私たちも別にこの文化を壊しに来た訳じゃない。
エッチな事がしたければホテルなりハプバーなり、然るべき場所でするべきだ。
なので風紀を乱さないように、ルールを守って大人しく過ごした。
帰りもマッチョさんに駅まで送ってもらい、何から何までお世話になってしまった。
『またお会いしましょう!』
とSNSの連絡先を交換し、解散となった。
帰りの新幹線の中で、ひかるちゃんがこんな事を言っていた。
『混浴温泉って、意外と日常だよね~。』
まぁ、言われればそうかもしれない。
私も同じ感想だった。
混浴温泉でXXX!?衝撃の事実が…!
という煽り記事みたいに、目を引くトピックだピックアップして書くことも出来るが、別にそれが全てではない。
そこには表の世界と変わらない、人々の気遣いや文化があって、絶妙な生態系を築きながら過ごしている。
いずれ無くなってしまうのは確定している文化なだけに、事実を誇張して書くのも、問題を矮小化して書くのも、後世に残る資料としてはよろしくないだろう。
ありのままを書き残したかったから、こうして日記調で書いたのは正解だったかもしれない。
ひかるちゃんはすっかり混浴温泉の世界にハマってしまったようで、『次は法師温泉に行く!』と、車を運転できる友達にお誘いのDMを送っていた。
あんたね、そういう衝動的な計画を立てるから後で後悔するのよ。
そうツッコみたい気持ちもありつつ、私もこのいつまで残るか分からない文化を今のうちに楽しんでおきたい気持ちが湧いていた。
尻焼温泉は絶対リベンジしたいし、また冬に旅行の計画でも立ててみようかな。


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