運営型モバイルゲームが生き残りづらい構造的理由と、その突破口
とりあえず思うことをつらつら書いていたら長くなったので、こちらの記事はAI等で要約して読むことをオススメします。
長文になります。
一応私の経歴を書いておくと、コンシューマから、PCオンラインゲームは2003年から関わっていて、ガラケー、スマホまで、運営型オンラインゲームの企画、開発、運営を経験しています。その中で最近振り返って思うことを書き連ねてみます。少しながら何か今後に役立つ知見になれば幸いです
運営型オンラインゲームから、新しい作品が生き残れない状況が続いている。どのタイトルも早期に燃え尽きている。厳密に言えば、リリースまでたどり着けず消えていく企画の方も多い。
この流れは2020年代に入ってさらに顕著になった。data.ai(旧App Annie)のデータを見ても、モバイルゲーム市場で新規IPが上位に食い込むケースは年々減少しており、新陳代謝がほぼ止まっている。
この状況は、単に「競争が激しい」というだけではない。モバイルゲームにおいては、いまだに以前の成功体験をなぞった開発設計が多く、それがシンプルに通じなくなったことも原因として大きい。さらには、年々開発規模が無駄に大きくなったことによる構造的な歪みが背景にある。
では、どこからこの歪みは始まったのか?どういった歪みなのか? そして、突破口はあるのか?について、私の経験即を交えて考えていきたい。
第1章:ユーザー評価と基準を変えた「原神ショック」
2020年9月、『原神』が大々的にリリースされた。miHoYo(現HoYoverse)が放ったこのタイトルは、日本のゲーム業界とゲームユーザーに衝撃を与えたように思う。
オープンワールド、据え置き級のグラフィック、マルチプラットフォーム展開。そして何より、アニメ調で日本好みのビジュアル、優れたカメラワーク、演出。そのどれもが、モバイルゲームの常識をこえていた。
開発費も広告費も数百億円以上と規模感が違う。内容も作り込まれすぎており、プレイヤーの期待値が大きく変わってしまった。
原神が生んだ錯覚と、日本が見誤った道
原神が生まれたことにより、モバイルゲーム開発界隈においては、業界全体に2つの強迫観念が広がった(と思っている)。
「リッチにしないと勝てないんじゃないか?」
「今のままで大丈夫なのか?」
「もっと革新的なボリュームと新しさが必要なのではないか?」
特に、決裁権を持つ人たちの間においてこの認識が強まった。
しかしながら、日本国内におけるモバイルゲーム開発においては、もともと相対的に予算感は大陸タイトルと比較すると圧倒的に小さい。
開発体制や作り方を馬鹿正直になぞるのはより死を早める可能性が高くなるだけであり、もっと体験や面白さと、ビジネスモデルの見直しに考え方をシフトしておく必要があったのではないかと、今のインディー業界のにぎわいや、一昔前のスーパーカジュアルのトレンドも体験してきたことから、個人的に反省するところが多々ある。
ちなみに国内外問わず、原神ライクなタイトルを追随したものもあったが、原神レベルの成功を再現できた企業は存在しないし、数多くの爆死ラッシュが山を築いた。結果として、リッチ化だけが進み、開発費だけが肥大化した。「原神越えられないね」っていう結果だけが残ってしまったように思える。
2020年以前は、月1億円程度の売上でも小規模に存続する可能性がまだ少しばかしあった。しかし原神以降、収益水準がぐっと上がり、運営しながら改修を待つ余力もなく、早期終了判断を実行するケースが増えたと思われる。
これはプレイヤーにとっては良質なゲームが残るという点でプラスかもしれない。しかし開発側としては、難易度が劇的に上がったのは事実であり、多くの商業的な失敗はまだまだ続いている。
第2章:なぜ商業的大失敗は生まれるのか
私も運営型オンラインゲームの開発、リリース数も多かったが、失敗も圧倒的に多かったので、なぜ商業的に失敗したのか?を問われるといろいろと思い当たる節がある。
例えば、企画が甘い、面白くない、予算に見合ったゲームが再現できていない、ライバルが強すぎた、未完成だった、致命的なバグが起きた、会社が飛んだ、巨大IPの著作権を侵害していた、などなど、ほぼすべての轍を踏んだ気がしている。
中でも一番多かったのは、「運営型ゲームとして到底成立していない」「差別化できずに習慣化されたサービスとのすみわけができていない」「新しい市場を創ることができなかった」ことだと断言できる。
そもそも、数年もかけてなんで未完成のゲーム作ってんだよって話だが、これには製作中にはベテランでも気づかない、構造的な課題と罠が多くあると思っている。
商業的な成立に必要な4つの要素
モバイル運営型ゲームを成立させるには、1人の天才だけではなく、最低でも次の4つの異なるスキルと品質が同時に機能しなければならないと考えている。
体験設計力 ― 長期間、「もう一回」と思わせる瞬間を作るゲームそのものの設計力と開発技術
運営設計力 ― 軽く・速く・テストを繰り返して軌道修正できる力
収益設計力 ― ユーザー体験を壊さずに、長期でマネタイズとゲームバランスをデザインできる力
経営判断力 ― 広告運用の要素も含め、突っ込む、止める、続けるを判断し、撤退ラインを設計する力
なぜこの4つが必要なのか
運営型(ライブサービス型)ゲームは、「完成した瞬間がスタート地点」だからだ。
買い切り型ゲームでは、作品を磨き上げてリリースした時点で一区切りがつく。しかし運営型では、リリースしてからが「設計の第二章」であり、バランス・更新・収益・判断のすべてを継続的に回す必要がある。
言い換えれば、完成した作品をベースにして、"遊びを止めずに、進化させ続ける"構造をデザインしなければならない。
買い切り型とは異なる難しさ
買い切り型の大作RPGを10年間運営することを想定して、バランスとコンテンツを違和感なく分解し、長期的に拡張できる設計を描けるだろうか?
しかも、その間プレイヤー数を維持しながら、リアルタイムで複数のプレイヤーが想定外の行動をとり、コミュニティやメタ構造が絶えず変化していく。
この全体像を"数年運営する前提"で成立させるには、ゲームデザイナー単体の手腕では到底不可能だ。
一昔前は、どんなサービスでも多くの人が触ってくれたため、ある程度のほころびをカバーできるほどの収益を得ることができた。しかし今はそのボーナスはなくなり、1つ1つのゲームは他のサービスと比較される厳しい環境で勝負しなくてはならない。
運営型は「天才の再現性」を組織で作らねばならない。そこがライブサービス開発の最大のハードルだとも言える。
クリエイターの役割が拡張されている
もともとゲームデザイナーは"面白さ"に集中すべき職種だった。しかし運営型の時代、彼らは"持続性・収益性・経営判断"の視点を同時に持たねばならない。
言い換えれば、企画者はプレイヤー心理だけでなく、経営者と同じ視点で設計しなければならない時代になった。
だからこそ、4つの才能が分断されたチームでは成功しない。1つでも欠ければ、構造全体が崩れやすい。この認識をブラしてはいけない
第4章:運営型ゲームデザインの構造的難しさ
運営型ゲームが商業的に成立するには4つの要素が必要だと述べた。だが、その前提として、そもそも運営型ゲームのデザイン自体が、買い切り型とは比較にならないほど難しいという現実がある。
この難しさを理解せずに開発を始めれば、どれだけ優秀なチームでも失敗する。
「終わらせてはいけない」という呪縛
買い切り型ゲームには、明確な「終わり」がある。
プレイヤーはエンディングを迎え、満足して去っていく。開発者は、その「終わりまでの体験」を設計すればいい。10時間でも、100時間でも、終わりがあるからこそ、設計が可能になる。
だが運営型ゲームには、終わりがない。
正確には、「終わらせてはいけない」。終わった瞬間、サービス終了だからだ。
飽きさせない設計の困難
プレイヤーを飽きさせずに、何年も遊ばせ続ける。これがどれほど困難か。
買い切り型の大作RPGを思い浮かべてほしい。100時間遊べる傑作でも、クリア後に「もう一周」する人は少ない。多くのプレイヤーは、エンディングを見たら満足して離れる。
だが運営型では、そのプレイヤーを離さないために、毎月新しいコンテンツを供給し続けなければならない。しかも、同じプレイヤーに対して、何年も。
これは、連載漫画を何年も描き続けるのと同じだ。ネタ切れ、マンネリ化、読者離れ——すべてと戦わなければならない。
コンテンツ供給と消費速度の不均衡
さらに困難なのが、コンテンツの供給速度よりも、消費速度の方が圧倒的に速いことだ。
開発チームが1ヶ月かけて作ったイベントを、コアプレイヤーは1日で消化する。
「もっとコンテンツを」と要求される。だが、供給速度を上げれば、開発費と人件費が膨らむ。運営チームは疲弊し、クオリティが落ちる。
この不均衡を解消する設計は、極めて難しい。
モバイル特有の操作性の制約
運営型ゲームの多くは、モバイル向けに設計されている。だが、モバイルには構造的な制約がある。
タッチ操作の限界
コンシューマゲームでは、コントローラーに10個以上のボタンがある。複雑な操作、高度なアクション、戦略的な判断——すべてが可能だ。
だがモバイルでは、タッチ操作しかない。
画面に仮想ボタンを配置しても、指が画面を覆ってしまう。複雑な操作は、プレイヤーにストレスを与える。
結果として、モバイルゲームは「シンプルな操作」に制約される。
これは、ゲームデザインの幅を大きく狭める。
画面サイズの制約
スマートフォンの画面は小さい。複雑なUIは視認性が悪く、誤タップを誘発する。
コンシューマゲームのような「画面全体を使った情報表示」は不可能だ。情報量を削ぎ落とし、シンプルにしなければならない。
だが、シンプルにしすぎれば、深みがなくなる。戦略性が失われる。
このバランスを取るのが、非常に難しい。
短時間セッション前提の設計
モバイルゲームは、「通勤中」「休憩時間」「寝る前の5分」といった短時間セッションを前提に設計される。
1回のプレイが30分以上かかるゲームは、モバイルでは敬遠される。プレイヤーは「ちょっと遊ぶ」ことを求めている。
だが、短時間セッションで満足感を提供するのは難しい。深い体験、達成感、物語——どれも時間がかかる。
結果として、「浅くて気持ちいい体験」の繰り返しに設計が偏りがちになる。これが、モバイルゲームの多くが「同じような体験」に収束する理由だ。
コンシューマほどの操作は求められていない——それが新体験を阻む
プレイヤーは、モバイルゲームに「複雑な操作」を求めていない。むしろ、シンプルで直感的な操作を期待している。
だが、これが逆説的に新しい体験を生み出しづらくしている。
コンシューマゲームでは、新しい操作体験が革新を生む。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の物理演算、『デス・ストランディング』の移動体験、『SEKIRO』のパリィシステム——どれも、複雑な操作が前提だ。
モバイルでは、そうした革新が生まれにくい。
結果として、既存の成功体験をなぞった設計が量産される。
長期運営を前提とした設計の難しさ
運営型ゲームは、リリース時点で「3年後も遊べる設計」が求められる。だが、3年後の市場環境を予測するのは不可能だ。
パワーインフレとの戦い
長期運営するほど、キャラクターやアイテムが強くなる。新しいキャラクターは、既存のキャラクターより強くなければ、ガチャが回らない。
だが、パワーインフレが進めば、新規参入者との格差が広がる。新規プレイヤーは「今から始めても追いつけない」と感じ、離脱する。
この矛盾を解消する設計は、極めて難しい。
コンテンツ追加の余地を残す設計
リリース時に「完璧なゲーム」を作ってしまうと、追加コンテンツの余地がなくなる。
レベルキャップ、装備の強さ、スキルの種類——すべてに「拡張の余地」を残しておかなければならない。
だが、余地を残しすぎれば、リリース時の体験が薄くなる。プレイヤーは「未完成」と感じる。
このバランスを取るのが、運営型ゲームデザインの最大の難しさだ。
メタの変化に対応する柔軟性
コミュニティが形成されると、「メタ」が生まれる。
「この編成が最強」「このキャラクターは弱い」——プレイヤー同士で情報が共有され、最適解が固まる。
だが、メタが固定化すれば、ゲームはつまらなくなる。新しいキャラクターを出しても、メタに組み込まれなければ売れない。
開発側は、メタを壊すバランス調整を繰り返す。だが、やりすぎれば「ナーフ」と批判され、炎上する。
この綱渡りを、何年も続けなければならない。
「1.5歩先」を作る難しさ
第6章で述べた通り、市場は「0→1」ではなく「1→1.5」の時代だ。
だが、この「1.5歩先」を作るのが、最も難しい。
既存の成功体験をなぞる安全志向
経営層は、リスクを避けたがる。「この企画は、〇〇に似ているから安全だ」という判断をする。
だが、既存タイトルの模倣は、プレイヤーに見透かされる。「〇〇のパクリ」と言われ、埋もれる。
かといって、革新的すぎる企画は「理解されない」。「これは本当に面白いのか?」と疑われ、予算が下りない。
プレイヤーの期待値と新しさのバランス
プレイヤーは、「新しさ」を求めている。だが同時に、「慣れ親しんだ体験」も求めている。
この矛盾したニーズに応えるのが、「1.5歩先」だ。
だが、1.5歩をどう測るのか? 誰も答えを持っていない。
結果として、多くの企画は「0.3歩」に留まり、埋もれる。あるいは「3歩先」を目指して、誰にも理解されない。
ゲームデザインの難しさを軽視する業界
これだけの困難があるにもかかわらず、業界全体がゲームデザインの難しさを軽視している。
「面白いゲームを作れば売れる」——この単純な思い込みが、多くの失敗を生んでいる。
面白さとは何か? どうすれば飽きない設計になるのか? モバイルの制約の中で、どう革新を生むのか?
これらの問いに、誰も答えられない。
だからこそ、次章以降で述べる「構造改革」が必要になる。ゲームデザインの難しさを前提に、組織・プロセス・決裁権を変えなければ、運営型ゲームは生き残れない。
第4章:コアループが完成する前に走り出す
どんなジャンルでも「面白さの核(コアループ)」が定まるまでには時間がかかる。だが、現場はそれを待てない。
理由は単純だ。組織・予算・経営が"止まること"を許さない構造になっているからだ。
多職能が同時稼働し、誰かが止まると全体が止まる
外注・人件費が月単位で発生し、"止まるコスト"が高い
経営層は「進捗」を求め、実験を「停滞」とみなす
結果、「まだ面白くないが止まれない」状態に陥る。
「本音を言えない構造」が面白さを殺す
多くのプロジェクトは外部パートナーで構成されていることも多い。
だが、外部パートナーの多くは「この仕様は破綻している」と分かっていても言いづらい。なぜなら、開発が止まれば費用がもらえないからだ。
※すべてがすべて口にしないというわけではない
「再設計したい」と言えば「遅延扱い」になるし、評価も下がる。開発中止は支払いをしない、なんていう契約になっていることもある。このような縛りがある場合、外部の方からは止めるメリットが正直あまりない。
「そんなふざけた考えだったらやめちまえ!」と怒り心頭のプロデューサーもいるけど、開発側も懐事情が厳しいととりあえず言われた通りにするしかない、ということもある。そんな環境下になってしまうと、誰も本音を言えないまま、仮のリリース日まで完成していくことになる。
コアループを磨く猶予がない
本来、優れたループは理屈ではなく"手触り"から見つかる。「ゲームは触って楽しいかどうか」が一番なのだが、修正や軌道修正が行われずに突き進むことが多い。予算がなく、期日があるからだ。
これは私自身も何度も同じ経験をした。面白さがすんなりと期日通りにできるならば苦労はしない。けれども、当たり前だが予算があれば計画がある。計画があれば期日がある。多少の延期はできるけれども、まず止まったり作り直してテストするための時間を与えられることは少ない。
結果、現場では、UIやシナリオが同時進行し、試行錯誤の時間が奪われる。そして"綺麗な未完成品"が量産される。
止まる勇気を制度として持つ会社
一方、ヒット率が高い会社は何が違うのか?
例えば、Cygamesは「遊びが確定するまで本制作を始めない」原則を徹底していると聞く。コアとなるエンジンが完成するまでは車体を作らない。この猶予を徹底して取れる会社は強い。
しかし中小企業には、止まれば資金が尽きるという現実がある。ここに「構造的な格差」が生まれる。
多くの企業は、予算と納期が厳守されており、コアループが完成するまでの猶予がない。これこそが、商業的な失敗を多くしている原因の1つと言えるのかもしれない。
いずれにしても、企画・開発・経営・外注——すべてが"止まれない"構造を持ったプロジェクトは、今のご時世ではどちらに転んでも失敗するケースがものすごく高い。成功事例をほとんど知らない。
この構造的欠陥を解消できるかどうかが、運営型ゲームが生き残れるかどうかの分水嶺になっているのかもしれない。
第5章:止まれないチーム、止められない構造
コアループが定まらないまま走り出してしまう背景には、もう一つ大きな構造的要因がある。それが、「止まれないチーム構造」だ。
開発現場では、進んでいることそのものが「評価」になり、止まることは「悪」とされる。だが、ゲーム開発において"進行"と"成長"は必ずしも一致しない。
「止まる勇気」が奪われる構造
たとえば、ある月に企画チームが「これでは面白くない」と気づいたとしても、UIチーム、サウンド、シナリオ、マーケティングがすでに動いている。止めるにはすべてを巻き戻す必要がある。誰もその責任を負いたがらない。
結果として、「とりあえず予定通り進めよう」「リリース後に改善すればいい」という判断が下される。
だが、リリース後に面白くなることはほぼない。
むしろ、初動で"つまらない"と判断された瞬間、ユーザーは二度と戻ってこない。マーケティングではリカバリーできない。止めなかったことの方が、後で何倍もの損失になる。
「止まる権限」を持つ人がいない
多くのプロジェクトでは、意思決定者がいない。「誰が止めるのか?」という問いに、誰も答えられない。
プロデューサー:売上責任があるから止めづらい
ディレクター:現場を背負っているから止めづらい
経営陣:開発の詳細を理解していないから止めづらい
結果として、誰も止めないまま突き進む。「進んでいる=良いこと」という思い込みが、組織全体に浸透している。これが、駄作が量産される本当の理由だ。
「進捗報告」はあっても「判断会議」がない
現場では、進捗報告会議は頻繁に行われる。だが、"本当に続けるべきか"を判断する会議は存在しない。
「開発率は80%です」「リリースまであと3ヶ月です」
こうした報告が続くが、「80%進んでいるが、面白くない」と言える空気がない。誰も「止めよう」と言えない。
だから止まらない。そして、止まらないまま、完成してしまう。
第6章:運営費を圧迫する構造が、創造を殺す
運営型ゲームの現実は残酷だ。ユーザーは基本的に"減り続ける"。その前提を無視して設計された運営は、必ず破綻する。
リッチ化=寿命短縮のパラドックス
多くの運営チームは、「豪華にする=成長」と誤解している。だが、豪華にするほど運営コストは増え、更新スピードは落ち、寿命が短くなる。
例えば大規模タイトルの場合の毎月のランキングコストは、人件費計算すれば想像がつくだろう。一月あたりの制作コストが数千万~円になることも多く、年間数億円以上規模の固定費になる。これが"延命策"ではなく"自殺コース"になる。
リッチ化はユーザーの満足度を一時的に上げるが、長期的には更新ペースを維持できない疲弊構造を生む。
見た目と面白さは比例しない
『Vampire Survivors』は、たった1人の開発者によるドット絵ゲームだ。だが、その"ループの気持ちよさ"で世界的ヒットを記録した。対して、何十億円をかけた大作が、数ヶ月でサービス終了することも珍しくない。
面白さは「豪華さ」ではなく、「繰り返しの快感構造」に宿る。その設計を軽視した瞬間、どんな予算も焼け石に水になる。
それでも止められない理由
問題は、これを現場が理解していても止められないことだ。止めれば、次の仕事がなくなる。外注・契約社員は契約終了。正社員は評価が下がる。誰も損をしたくない。
だから、「面白くない」とわかっていても、誰も言わない。誰も止めない。そしてまた、ひとつ"綺麗な駄作"が生まれる。
第7章:市場は「0→1」ではなく「1→1.5」の時代へ
ソーシャルゲームの黎明期は"0→1"の時代だった。新しい体験を作れば、それだけで市場が動いた。ガチャ、共闘、スタミナ、放置、どれもが「新しさ」そのものだった。
しかし今は違う。プレイヤーの体験期待値は飽和している。今必要なのは、"新しいもの"ではなく、"1.5歩先の体験"だ。
「0.3歩」で失敗する例
〇〇を真似たモバイルゲーム系の多くは、見た目だけを真似て、体験の核心を再現できていないものが多い。「探索の気持ちよさ」「テンポ」「操作感」——どれも0.3歩しか進んでいない。だから埋もれた。
市場は成熟し、模倣がリスクになった
「売れ筋を真似れば安全」という時代は終わった。今は逆だ。売れ筋を真似した瞬間、他の100社と同じ土俵に立つ。"似ている"こと自体がリスクになる。
FGOが流行ったときに、どんだけFGOモチーフゲームが出たのかというぐらい、開発されてきたが、その多くが未完成で終わった。
モバイルゲーム市場の飽和状態
data.aiのデータを見ると、毎月数百本の新作がリリースされている。だが、App StoreやGoogle Playの上位100位を見れば分かる通り、そのほとんどは既存タイトルで占められている。
新規タイトルがランクインするのは、大手企業の大型IPタイトルか、莫大な広告費を投じたタイトルに限られる。中小企業の新作が入り込む隙間は、ほぼ存在しない。
つまり、市場は「数が多すぎて差別化がほぼ皆無」な状態に陥っている。どれだけ面白いゲームを作っても、プレイヤーに「発見してもらう」こと自体が困難なのだ。
だが、「1.5歩先の体験」を提供すれば勝てるのか?
答えは「否」だ。なぜなら、プレイヤーはそもそも新しいゲームを始める余裕がないからだ。
第8章:「時間とお金の囚人」—— サンクコストが新規参入を阻む構造
運営型ゲームが新規参入できない理由は、開発側の問題だけではない。プレイヤー側にも、構造的な壁が存在する。
それが、「既存ゲームへのサンクコスト」だ。
金と時間、二つの牢獄
プレイヤーは、既存のゲームに膨大な投資をしている。
金銭的投資:数万円〜数百万円の課金履歴
時間的投資:数年間のプレイ時間、育成データ
社会的投資:フレンド、ギルド、コミュニティでの人間関係
この「積み上げてきたもの」が大きいほど、新しいゲームに移る心理的ハードルは高くなる。
「今さら1からやり直すのか?」「これまでの課金が無駄になる」——こうした感情が、新規タイトルへの移行を阻む。
これは行動経済学でいう「サンクコスト効果」そのものだ。人は、すでに投資したものを無駄にしたくないという心理が働く。そして運営型ゲームは、この心理を巧みに利用して設計されている。
運営型ゲームの「囲い込み設計」
さらに、運営型ゲームは意図的に「辞めづらい構造」を組み込んでいる。
デイリーミッション:1日ログインしないと損
期間限定イベント:参加しないと取り返しがつかない
ログインボーナス:連続ログインが途切れると損失感
フレンドシステム:辞めると仲間に迷惑がかかる
シーズンパス・バトルパス:期間内にクリアしないと課金が無駄になる
これらは、プレイヤーを「継続させる仕組み」として機能している。だが裏を返せば、新規ゲームが入り込む隙間を奪っているとも言える。
プレイヤーは物理的に、複数のゲームを同時に深く遊び続けることができない。デイリーミッションだけで1日30分〜1時間。イベント期間中はさらに時間を取られる。
既存ゲームがプレイヤーの時間を占有している限り、新規ゲームが割り込む余地はない。
時間という有限リソースの奪い合い
プレイヤーの可処分時間は増えない。むしろ、仕事、SNS、YouTube、Netflix、TikTokなど、娯楽の選択肢は増え続けている。
多くのプレイヤーは、すでに1〜2本の運営型ゲームを並行プレイしている。そこにデイリーミッションやイベント周期が組み込まれていれば、毎日1〜2時間は既存ゲームに拘束される。
新作ゲームは、この「既に埋まっている時間」を奪わなければならない。
だが、既存ゲームを辞めさせるのは容易ではない。プレイヤーは「損失回避バイアス」が強く働き、「積み上げてきたものを失いたくない」心理が働くからだ。
「辞めさせる」ことの難しさ
新規タイトルが成功するには、次のどちらかを達成しなければならない。
既存ゲームから完全に移行させる——極めて困難
既存ゲームと並行プレイさせる——時間を奪い合う消耗戦
どちらも茨の道だ。
特に、原神以降の「リッチ化」が進んだ今、1タイトルあたりのプレイ時間要求が増えている。原神やブルーアーカイブのようなタイトルは、1日のプレイ時間だけでも相当な量を要求する。プレイヤーは物理的に、3本も4本も並行プレイできない。
結果として、新規タイトルは「既存ゲームを辞めさせる戦い」を強いられる。
中小企業にとっての絶望
大手企業であれば、大規模なマーケティングやIPの力で「強制的に話題を作り、既存ゲームから一時的に引き剥がす」ことができる。
だが中小企業には、その力がない。
広告費をかけてインストールさせても、プレイヤーは「既存ゲームに戻る」。初回起動後の離脱率が異常に高いのは、この構造が原因だ。
チュートリアルを終えた後、プレイヤーは既存ゲームのデイリーミッションをこなすために離脱する。そして二度と戻ってこない。
面白さ以前に、「既存ゲームを辞めてまでプレイする理由」を提示できなければ、新規タイトルは生き残れない。
データが示す残酷な現実
ある調査によれば、モバイルゲームプレイヤーの約70%が「すでに遊んでいるゲームがあるため、新しいゲームを始めない」と回答している。
さらに、新規ゲームをインストールしても、1週間以内に80%以上が離脱する。その理由の多くが「時間がない」「すでに遊んでいるゲームがある」だ。
つまり、プレイヤーは新しいゲームを求めていない。既存のゲームで満足している。
開発側がどれだけ「面白いゲーム」を作っても、プレイヤーの時間とお金は既存ゲームに固定化されている。この壁を突破しない限り、新規タイトルは生き残れない。
突破口はあるのか?
この構造を突破するには、次のような戦略が考えられる。
超短時間セッション設計 既存ゲームと競合しない「隙間時間」を狙う。1回のプレイが5分以内で完結し、デイリーミッションもない設計。
完全買い切り型 サンクコストを発生させず、「終わりがある体験」を提供する。運営型ではなく、買い切り型に回帰することで、既存ゲームとの競合を避ける。
既存ゲームとの差別化 「同じジャンル」を避け、全く異なる体験を提供する。既存の運営型ゲームが提供していない体験——例えば、ストーリー重視、クリエイティブツール、社会実験的要素など。
コミュニティ不要設計 ソロでも完結し、「辞めても誰にも迷惑がかからない」構造。フレンドシステムやギルド要素を排除することで、サンクコストを発生させない。
だが、これらはいずれも「運営型ゲームの常識」を覆すものだ。
サンクコストの壁は、開発側がどれだけ努力しても、プレイヤー側にある以上、簡単には崩せない。
この現実を無視したまま、「面白いゲームを作れば勝てる」と信じることは、もはや幻想に近い。
第9章:見えないコストが利益を食いつぶす
運営型モバイルゲームの収益構造には、もう一つの大きな問題がある。それが、「見えないコスト」だ。
開発費や広告費は可視化されやすいが、実際には売上の大部分が「見えないコスト」に消えていく。中小企業がどれだけ売上を上げても利益が残らないのは、この構造が原因だ。
プラットフォーム手数料の壁
App StoreとGoogle Playは、アプリ内課金に対して10~30%の手数料を徴収する。この手数料の高さが、中小企業にとっては、致命的な負担だ。
さらに、決済代行手数料やサーバー費用、カスタマーサポート費用なども発生する。これらを合計すると、売上の35〜40%が「プラットフォームコスト」として消える。
広告費の高騰——CPI/CPAの地獄
次に、集客コストだ。
モバイルゲーム市場では、オーガニック流入(自然なダウンロード)はほぼ期待できない。新規ユーザーを獲得するには、広告を出すしかない。
だが、広告費は年々高騰している。
CPI(Cost Per Install):1インストールあたりのコスト。現在の平均は300〜800円。
CPA(Cost Per Action):課金ユーザー1人を獲得するコスト。平均5,000〜15,000円。
つまり、課金ユーザーを1人獲得するために、1万円以上の広告費がかかる。
そのユーザーが生涯で1万円以上課金してくれなければ、赤字だ。だが、多くのプレイヤーは課金しない。課金率は平均5%以下。さらに、課金ユーザーの平均LTV(生涯価値)は1万円前後。
広告費 > LTV
この構造に陥った瞬間、ゲームは「集客すればするほど赤字」になる。
IP使用料の固定費化
さらに、有名IPを使用した場合、IP使用料が発生する。
契約形態にもよるが、多くの場合は「売上の〇%」または「最低保証金+売上の〇%」という形になる。
例えば、売上の10%をIP使用料として支払う契約であれば、月間売上1億円のうち、1,000万円がIP使用料として消える。
プラットフォーム手数料30%、IP使用料10%。この時点で、売上の40%が消える。
運営費・人件費・サーバー費用
さらに、運営にかかる固定費がある。
開発・運営チームの人件費:月間500万〜2,000万円
サーバー費用:月間100万〜500万円
カスタマーサポート:月間50万〜200万円
イベント制作費:1回あたり3,000万〜8,000万円
これらを合計すると、月間の固定費は5,000万〜1億円規模になる。
利益が残らない構造
ここまでを整理すると、月間売上1億円のゲームの収益構造は次のようになる。
売上:1億円
プラットフォーム手数料(30%):-3,000万円
広告費:-2,000万円
IP使用料(10%):-1,000万円
人件費・運営費:-3,000万円
残り:1,000万円
営業利益率はわずか10%。しかもこれは、開発費を回収する前の数字だ。
開発に2億円かかっていれば、20ヶ月運営して初めて回収できる。だが、多くのゲームは20ヶ月も持たない。
売上1億円でも、利益はほとんど残らない。
これが、運営型モバイルゲームの現実だ。
中小企業が直面する「詰み」
大手企業であれば、複数タイトルを運営し、ヒット作で他のタイトルの赤字をカバーできる。だが中小企業には、その余裕がない。
1タイトルが失敗すれば、会社が傾く。2タイトル連続で失敗すれば、倒産する。
さらに、プラットフォーム手数料も広告費も、企業規模に関係なく一律だ。つまり、中小企業は構造的に不利な戦いを強いられている。
突破口はあるのか?
この構造を突破するには、次のような戦略が必要だ。
プラットフォーム依存を減らす 自社サイトでのPC版リリース、Steamなど他プラットフォームへの展開。
広告依存を減らす オーガニック流入を増やすための口コミ戦略、インフルエンサー起用。
IP使用料を払わない オリジナルIPでの開発、または休眠IP・マイナーIPの活用。
運営費を下げる リッチ化を避け、軽量な更新設計にする。
だが、これらはいずれも「業界の常識」を覆すものだ。
見えないコストが利益を食いつぶす構造を変えない限り、中小企業は生き残れない。
第11章:射幸性依存モデルの限界——パチンコ業界に近い構造
運営型モバイルゲームのビジネスモデルには、もう一つの構造的問題がある。それが、「射幸性依存モデル」だ。
この構造は、実はパチンコ業界と酷似している。
ガチャという射幸心の仕組み
モバイルゲームの主要な収益源は「ガチャ」だ。
ガチャは、確率に基づいてランダムにアイテムやキャラクターを獲得する仕組み。プレイヤーは「当たり」を引くために、何度も課金する。
この仕組みは、心理学的には「変動比率強化スケジュール」と呼ばれる。ギャンブル依存症を引き起こしやすいメカニズムとして知られている。
パチンコも、まったく同じ仕組みだ。
一部のユーザーに依存する脆弱性
運営型ゲームの収益構造を見ると、売上の大部分は、ごく一部のユーザーから生まれている。
一般的に、課金ユーザーは全体の5%以下。そのうち、売上の50%以上を生み出す「廃課金ユーザー」は、全体の1~2%以下である。
つまり、極端な話、99%の無課金・微課金ユーザーと、1%の廃課金ユーザーで成立している。
この構造は、パチンコ業界に近い構造がある。パチンコホールの売上も、常連客の「廃課金」によって支えられている。
規制強化のリスク
この構造には、大きなリスクがある。それが、法規制の強化だ。
パチンコ業界は、過去数十年にわたって規制強化を受けてきた。出玉規制、換金規制、広告規制——どれも、射幸性を抑制するための措置だ。
モバイルゲーム業界も、同じ道を辿りつつある。
ガチャ規制:コンプガチャの禁止(2012年)、確率表示の義務化(2016年)
課金上限の議論:未成年者の高額課金問題、政府の規制検討
海外での規制強化:ベルギーやオランダでは、ガチャが「ギャンブル」と認定され、禁止された
日本でも、今後さらなる規制が入る可能性は高い。
「健全な課金設計」への転換の必要性
この構造的リスクを避けるには、射幸性依存モデルからの脱却が必要だ。
具体的には、次のような課金設計が考えられる。
サブスクリプション型 月額固定料金で、すべてのコンテンツにアクセスできる。射幸性がなく、規制リスクも低い。
バトルパス型 一定期間内にミッションをクリアすることで報酬を得る。射幸性は低いが、継続的な収益を確保できる。
買い切り型+DLC ゲーム本体を買い切りで販売し、追加コンテンツをDLCとして販売。射幸性ゼロ。
広告モデル 無課金で遊べるが、広告を見ることで報酬を得る。ハイパーカジュアルゲームで主流。
だが、これらのモデルは、ガチャほど高収益を上げられない。
なぜガチャから脱却できないのか?
理由は単純だ。ガチャが最も効率的に収益を上げられるから。
サブスクリプション型では、月1,000円程度しか取れない。だがガチャなら、一部のユーザーが月10万円以上課金してくれる。
経営者にとって、ガチャを捨てることは「収益を捨てること」に等しい。だから、射幸性依存モデルから脱却できない。
パチンコ業界の衰退と重なる未来
パチンコ業界は、規制強化により衰退の一途を辿っている。ホール数は減少し、プレイヤー人口も減り続けている。
モバイルゲーム業界も、同じ道を辿る可能性がある。
規制が強化されれば、収益構造が崩れる。新規参入も難しくなり、市場全体が縮小する。
射幸性依存モデルに頼り続ける限り、業界全体が先細りする。
第12章:中堅企業が直面する「詰み」の構造
理想論ではなく、ここからは"現実"を直視したい。中堅・中小企業がこの氷河期を生き残るには、構造的制約をどう扱うかが鍵になる。
四重苦の現実
中堅企業は、次の4つの構造的制約に直面している。
資金繰りの限界 3ヶ月遅れるだけで資金ショートの危険。「試す余裕」がない。
人材流出リスク 長期開発に耐えられず、優秀な人が抜ける。
経営判断の硬直化 「進んでいない=悪」という文化が残り、挑戦が封じられる。
プレイヤーのサンクコスト固定化 既存ゲームに囚われたプレイヤーを奪うことができない。
これでは、「面白くなるまで待つ」ことができない。だから、凡庸なIPコラボや既視感のある企画で時間を埋める。それが破綻の始まりになる。
IP依存の罠
「有名IPを使えば安全」は幻想だ。むしろ中堅企業ほど、IP使用が首を絞める。
確認フローで開発速度が1/3になる
ファンの期待値が高く、妥協ができない
IP使用料が固定費化して撤退できない
結果、重いプロジェクトを中途半端な体制で回す地獄構造が生まれる。
現実的な生存戦略
では、中堅企業はどうすべきか。
オリジナルIPに挑む 自由度100%、確認フローゼロ。リスクは高いが、成功すれば大きなリターン。
休眠IP/マイナーIPを狙う 柔軟な交渉、現実的期待値。確認フローも軽く、IP使用料も安い。
大手との共創 開発担当に集中し、リスクを分散する。大手のマーケティング力を活用。
勝ち筋は「独自体験を軽く・速く・安く作る」方向にある。
第13章:3つの構造改革アイディア
ここからは、「理想ではなく実行可能な構造改革」のアイディアを提示したい。これが正解というわけではないし、実行するにはある程度のコストがかかる。
しかし、私が経験してきた失敗と成功の中から見えてきたのは、組織・開発プロセス・決裁権という3つの構造を同時に変えなければ、根本的な解決にはならないということだ。
まず前提として、ゲームの多くは面白さを作るためのインターバルが必要だと認識したうえで、企画を練り始めることを取り入れる必要があると考えている。
柱1:組織構造を変える ― 誰と、どう作るか
アイディア1:3人チームから始める
大規模チームでは「止まる勇気」が機能しない。だが3人チーム(企画・デザイン・実装)なら、意思決定が速く、方向転換も容易だ。
最初の2〜4ヶ月は、この小規模チームで「10分遊べる試作品」を作ることに集中する。ここで面白さの核が見つからなければ、何人集めても無駄だからだ。
アイディア2:外注を「共創者」にする
「納品者」として扱えば、彼らは本音を言わない。しかし「共創者」として扱い、意見に対価を払えば(例:1〜3万円)、彼らは仕様の矛盾を指摘してくれる。
この少額の報奨金が、後に数千万円の無駄を防ぐ。私が見てきた失敗プロジェクトの多くは、外注が「おかしい」と気づいていたが言えなかったケースだった。
外部の方を単なる請負にしてはいけない。意見が言いづらい環境を払拭することが、プロジェクトの成否を分ける。
アイディア3:探索予算を固定化する
年間予算の5〜10%を「探索予算」として固定化する。多くの企業は「試す余裕がない」と言うが、実際には「試す仕組みがない」だけだ。
探索予算があれば、小規模プロトタイプを2週間に1本ペースで試作できる。成果指標は「完成」ではなく「学び」だ。「このジャンルは3人では作れない」という失敗も、立派な学びになる。
柱2:開発プロセスを変える ― 何を、どう進めるか
アイディア1:「10分プレイテスト」を必須にする
本当に面白いゲームは10分で伝わる。30分説明が必要なゲームは、市場では生き残れない。
月1回のプレイレビュー会議を設定し、「10分プレイ+10分議論」で判断する。「もう一回」と思わせられないゲームは、そこで止める。この基準を明確にすることで、誰もが同じ土俵で議論できる。
アイディア2:段階的な判断ポイントを設ける
0〜2ヶ月:プロトタイプで「学び」を得る
2〜4ヶ月:10分遊べる試作品で「Go/Rebuild/Kill」を判断
4〜6ヶ月:生き残ったプロジェクトのみ体制を拡大
6ヶ月以降:本格開発へ
6ヶ月で1サイクルを回し、生き残ったものだけが次のフェーズに進む。10本中1〜2本で良い。残りの8本は、6ヶ月以内に止める。その判断の速さこそが、中堅企業の生存戦略になる。
アイディア3:改善速度をKPIにする
本格開発に入った後は、従来のKPI(DAU、課金率など)ではなく、「改善速度」を主要指標にする。
たとえば、「ユーザーの離脱ポイントを特定してから、改善版をリリースするまで何日かかったか?」これが真の競争力になる。
小規模ローンチ(ソフトローンチ)を前提にすることで、「完璧を目指す」のではなく「速く学ぶ」文化が根付く。大手のように潤沢な予算で完成度を高める余裕はない。ならば、速度で勝負するしかない。
柱3:決裁権と判断基準を変える ― いつ、誰が止めるか
アイディア1:「判断会議」を制度化する
現場では、進捗報告会議は頻繁に行われる。だが、"本当に続けるべきか"を判断する会議は存在しない。
月1回、「このプロジェクトを続けるべきか?」を議論する判断会議を設定する。「80%進んでいるが、面白くない」と言える空気を作ることが最優先だ。
アイディア2:「止める権限」を明確にする
多くのプロジェクトでは、「誰が止めるのか?」という問いに、誰も答えられない。
プロデューサー、ディレクター、経営陣——それぞれが止めづらい理由を持っている。だからこそ、「4ヶ月時点での判断権限はプロデューサーにある」といった形で、明文化する必要がある。
権限が曖昧なままでは、誰も止められない。
アイディア3:「止めた判断」を評価する仕組みを作る
「止めたら評価が下がる」という文化を明示的に廃止する。これを人事評価と紐づけなければ、誰も本音を言わない。
むしろ「早期に止めた判断」を評価する仕組みが必要だ。4ヶ月で止めたプロジェクトは、数億円の損失を防いだ功績として評価される——そういう文化を作らなければ、構造は変わらない。
この3本柱を同時に動かす
重要なのは、この3つを同時に変えることだ。
組織だけ変えても、開発プロセスが旧態依然なら意味がない。開発プロセスだけ変えても、決裁権が曖昧なら誰も止められない。決裁権だけ変えても、組織が本音を言えない構造なら機能しない。
この3本柱を同時に動かして初めて、「天才が再現される構造」が生まれる。
終章:挑戦しやすい環境を文化として取り入れる
運営型ゲームの氷河期を生き抜く鍵は、天才を待つことではない。天才が再現される構造を作ることがまず前提でチーム編成をする。
その中で、面白さが出来上がるための猶予をもって取り組み、段階を踏んで先に進む、アセットを本格的に作る流れが大事ではないかと考える。
さらには、外部の方の採用、意見が言いづらい環境を払拭することもとても大事で、ただの請負にさせてはいけないのではとも思える。
構造を変えることでしか、未来は開けない
この記事で提示したのは、開発側の問題だけではない。
プレイヤーのサンクコスト固定化
プラットフォーム手数料と広告費の高騰
射幸性依存モデルの限界
市場の飽和と差別化困難
これらは、開発力だけでは解決できない構造的問題だ。
だが、だからこそ、構造を変える必要がある。
・組織の設計図を変える
・開発プロセスを変える
・決裁権と評価基準を変える
この3つを同時に動かすことで、初めて「天才が再現される構造」が生まれる。
ゲーム業界が再び"挑戦できる産業"に戻るためには、プロダクトだけではなく、組織の設計図そのものや捉え方、取り組み方を変える必要は不可欠だと考える。
構造を変えること。それが、氷河期の中でも商業的成功に近づける方法なのかもしれない。
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>時間という有限リソースの奪い合い 睡眠時間というブルーオーシャンに手を出したポケモンスリープは天才だと思った
読んでいただきありがとうございます。ガチ天才ですね。でも冷静に考えてください。寝ている間まで我々は奪われるの?wみたいな