お嬢様のいやがらせ その5 2020/1/13 タイトル変更
『速報 日樺石油開発 民事再生法申請。負債二兆円』
『速報 樺太銀行 日樺石油開発の民事再生法申請に伴い二兆円の特損を計上。三兆円の巨額赤字に転落』
世間が五和尾三銀行の断末魔に注視していた中、この巨額の倒産劇は文字通り日本だけでなく世界を揺るがした。
人間というものは予想していない所からぶん殴られると、想定以上に狼狽えるのだ。
日樺石油開発の民事再生法申請。
その負債総額二兆円もさることながら、このニュースが朝一で飛び込んできた爆弾ならば、その日の昼のニュースは更に衝撃的だった。
『速報 五和尾三銀行 帝都岩崎銀行との経営統合を発表。実質的救済合併』
『合併に伴い帝都岩崎銀行は、桂華ルールに則って五和尾三銀行の不良債権処理を進めることを表明』
金融庁はこの桂華ルール適用を邪魔しなかった。
岩崎財閥は桂華ルールを行えるだけの資金を持っていたし、これまで慣例で散々やってきたのに、今回他行がそれを利用するのに駄目出しする理由はなかったからだ。
何よりも、この合併が失敗すると市場から集中砲火を受けている五和尾三銀行が完全に破綻する。
国有化されていた樺太銀行はともかく、日樺石油開発に対して帝都岩崎銀行は少なくない額の債務保証をしていた。今回の破綻を受けて特別損失を出しかねないにも関わらず、これを整理回収機構に不良債権として押し付けたのである。
かくして、世界が注視する中でパンドラの箱は開かれ、その災厄に世界は眼を見張ることになった。
そして、その日の夜のニュースは予定調和として世界中にこうばらまかれた。
『速報 日樺石油開発に絡む特別背任の容疑で、樺太銀行、樺太復興庁、樺太道庁に警察及び検察が強制捜査』
『ウォール街を中心に行われていたロシアンマフィア中心のマネーロンダリングシステム発覚!
樺太銀行だけでなく樺太復興庁、樺太道庁、野党議員に献金……』
「ちょっといい?
分からないところがあるのよ」
中等部の図書室。
生徒は私と栄一くんの二人きり。
まぁ、他の人間の出入りを側近団が止めているとも言うのだけど。
「珍しいな。
瑠奈が分からない……」
栄一くんが、差し出した私のノートを見て固まる。
そこには、こう書かれていたからだ。
『穂波銀行の一兆円増資、そっちで受けない?』
彼もまた中学生ながら帝亜グループの幹部。
少しは社会に揉まれたせいか、この小芝居に付き合ってくれる。
盗聴器が怖いから筆談という形で。
「で、どうしてそれが分からないんだ?瑠奈」 (『お前だったらそれぐらい受けられるだろう?何で受けないんだ?』)
「情けない話だけど、そもそも何が分からないのかすら分からないのよ」 (『うちは樺太案件で精一杯』)
話しながらシャーペンでカキカキ。
お互い顔はあくまで学生である。
ちらりと栄一くんが、入り口近くの新聞受けを見た。
今日の新聞の経済面トップにデカデカとそれ絡みの記事が掲載されている。
『速報 湾岸石油開発 民事再生法を申請した日樺石油開発救済に名乗り』
「そうだな。まずは基本的な所から確認してゆくか」 (尾三銀行ならともかく、うちが穂波銀行を助ける義理はないが?)
「お願いするわ。こういう時に他人の視点が欲しいのよね」 (最悪名貸しで構わない。穂波の一兆円増資、全部こっちで出してもいい)
「あまりおすすめしないが、分からないなら捨てて次の問題に行くのもありかもしれないぞ」 (一兆円捨てても元が取れると瑠奈は見ている訳だ?)
「そうね」 (穂波銀行は財閥の寄り合い所帯だから意思決定が遅すぎるけど、ここで金を出しておけば各財閥に絶大な恩が売れるわ。新興財閥である帝亜にとってメリットは大きいわよ)
互いのシャーペンが止まる。
互いの顔を見る。
近いのだが、まったく色恋の色がないのはどういう事だろうか。
「けど、私はこの問題を解きたいの。
お願い」
「……断れるわけないだろうが」
先に目をそらしたのは栄一くんの方だった。
私も安堵のため息をついて微笑んだ。
「ありがとう。栄一くん」
「お礼は、この問題を解いてからにしろ」
その問題が解けたのは、翌日朝のニュースを見た時だった。
分の悪い賭けではなかった。
帝亜財閥は最近、二木財閥から離れて独立する羽目になったけど、メインバンクを持っていない。
そんな中、穂波銀行の内部で工業銀行系が主導権を握ったのがポイントだった。
米国の例を見るまでもなく、自動車産業と損保は切っても切れない関係だ。
ここで自前の損保を抱えられるのは大きい。
メインバンクを用意できるというだけでなく、業界再編に帝亜の信用と溜め込んだ資金が有効に使われる訳で、それは帝亜財閥が一気に巨大化するきっかけになる。
それでも私は思ってしまう。
がんばったんだなぁ。栄一くん。と。
『速報 穂波銀行 テイア自動車から一兆円の第三者割当増資受け入れ。帝亜グループ入りへ』
『解散を目前に控えた国会は、野党の動揺が目立ち与党ペースで進んでいる。
樺太銀行の日樺石油開発への巨額融資に関する特別背任事件の裏で、ロシアン・マフィアのマネーロンダリング資金が樺太道の幹部や野党関係者に流れていた事が発覚したためだ。
既に樺太銀行頭取、樺太道副知事が逮捕されただけでなく、樺太復興庁長官及び樺太道知事が責任を取って辞職を表明。
近年稀に見る政界疑獄、それも野党側が当事者という事態に、これまで政権批判を強めてきた野党は一転して防戦に追い込まれ、最大の山場と見られていた成田空港テロ事件における自衛隊の治安出動国会承認も、さしたる混乱もなく終わることになった。
また、マネーロンダリングの舞台がニューヨークのウォール街だった事から米国でも捜査機関が動いており、ロシアン・マフィアの摘発の為、日米露の三国がこの件に関する実務協議を行うことで合意……』
今、東京発のニュースは世界の注目を集め、その飛び火がウォール街で大炎上していた。
これまでウォール街を本拠とする多くのハゲタカファンドが、高い利回りを謳って資金を集めている。
その高い利回りの仕掛けであったマネーロンダリングシステムの発覚は、どこが延焼するか分からない状況だった。
それでも巨大な仕手戦の仕掛けは巨大な上に機械仕掛けだったために機能し続ける。
本拠が大混乱の状況下で当然ハードカレンシーたるドル円の仕手戦なんて行える訳もなく、『心臓発作の心電図のようだ』と市場関係者を嘆かせたドル円相場は誰の制御もできないまま円高方向に突き進んでいる。
ウォール街を中心とするニューヨーク市場はハイテクを用いた投資、つまりコンピュータートレードをいち早く導入した場所だった。
こいつら機械には感情がない代わりに、条件となるトリガーについては無慈悲に発動する。
日本の混乱はジャパンマネーが回収されると市場関係者は読んで円買いに賭け、そのストップを行う連中が混乱してストップを命じられないから、更にコンピューターは次のトリガーに向けて円を買い進める。
裏でうごめく黒幕の思惑通りだが、自身が炎上しているから手仕舞いができず、更に円を買い込んで円高を誘導しようとする。
結果、この数日で1ドル108円まで下がってしまっていた。
そんな中でも、世の中は動き、私達は中学生として学業に専念している訳で。
「ねぇ。栄一くん。
いつ振り込んだらいい?」
私は準備万端だった振り込みの指示が無いので昼食前に栄一くんに尋ねてみる。
栄一くんは、いつものと同じ顔で強がりを言った。
「いいよ。
爺さんと親父相手に大げんかして背負うことにした。
それぐらい背負えないと、お前を越えられないからな」
強がりを言って笑う栄一くんがちょっとかっこいいと思ったのは内緒だ。
その後のセリフが無かったならば。
「瑠奈に結婚を申し込む時の文句の一つになるだろう?
『俺は一兆円を背負った男だ』って」
「それを言ったら、私十数兆円なんですけどぉー」
私の冗談に栄一くんは、顔を引きつらせたまま苦笑する。
その金の重みを。その金に付けられた命や価値の重みを自覚したのだろう。
その笑顔がちょっと私に刺さる。
「ああ。
お前は、こんなものを背負って笑っていたんだな」
「……ばーか」
実にわざとらしくあっかんべーをして、栄一くんの前から立ち去る。
一緒にお昼という気分でもないなと食堂に行く前に、橘由香が一枚の紙を差し出してきた。
世間は更にこのニュースに踊る事になるだろう。
『速報 恋住総理 衆議院解散。7月総選挙へ』
この日。この速報が流れた瞬間、ドル円は1ドル110円まで跳ねた。
『噂で買い、事実で売れ』という相場用語がある。
これを目の当たりにしたのは、我が党政権が後の安倍総理の挑発に乗って解散を宣言してからの相場が。が。
あそこでそこそこ儲けさせていただきました。
2020/1/13 タイトル変更