ワインバーグの法則をAIに適用する『コンサルタントの秘密』
伝説的なエンジニアであり、現代のソフトウェア文化の土壌を作った存在でもあるジェラルド・M・ワインバーグの主著とも言える『コンサルタントの秘密』を読んだ。
タイトルに「コンサルタント」とあるけれど、これはコンサルタントの本ではない。もっと広くて、「(自分も含む)誰かに相談されたとき、どう考えるか」をまとめた本だ(この「誰か」は自分も含む)。
コンサルタントは肩書きではなく、「どのように人と関わるか」が詰まった一冊といえる。彼の経歴上、プログラムやシステムの話が登場するが、あくまで面白いエピソードとして挙げているだけ。
様々なエピソード(だいたいトラブル)を元に、「コンサルタントの法則」として紹介してくれる。これ、実践できている人は当たり前すぎてピンとこないかもしれないが、「これを法則と呼ぶくらい重要な考え方である」ことに気づかない人には宝の山だろう。
トム・デマルコの書籍を通じて知り、自分の身をもって学んできた組織論や発想と重なるところが多々あり、実はこれが源泉だったことに気づく。
オレンジジューステスト
例えば「オレンジジューステスト」、こんな名前がついているとは思わなかった。
朝5時から1,000人分の搾りたてオレンジジュースを出したい。缶入りのジュースはNG、前もって絞っておくのもダメ。必ず、直前に絞ったオレンジジュースを1,000人全員に行き渡らせるように。
そして、合格の回答はこれ。
「できますよ。で、それにはこれだけかかります」
普通なら、「そんなの無茶な!」とか「コストがかかりすぎて現実的じゃない」と答える。相手の要望の背景には何かしらあるかもしれぬ。そうしたものを勝手に「高すぎる」と決め付けるのは失格だという。
だから、「できる/できない」の前に、「相手の要望に応じる前提で考え、いったん回答を返す」。その上で、相手の判断を待つのだ。相談される側が、相談事を勝手に最適化するのは、相手の判断を奪っているに等しいという。
コンサルタントの仕事は、
- 可能な選択肢を示す
- それにかかるコストを示す
- (選ばないという選択も含め)選ぶのは依頼主
という役割を守れという。
これは確かにその通りで、相談を持ち掛けられたのを幸いに、相手の判断にまで踏み込んで良し悪しまで口出しする人がいるが、これはただのお節介だろう。「コンサルタント」という肩書でなくとも、相談する側/される側という分を守るのであれば、「判断する/判断材料を提供する」の分を守るべし。
「そこに無いものを見る」方法
そこに無いものを見つけるのは難しい、見えないからね。
そして、解決したい悩みごとの原因を辿っていくと、たいてい見えていない場合が多い。そういう、見えないものを見るにはどうすればよいか?
- ピンの技法(課題をリストアップする手段が無い対象こそ取り組むべき)
- 3の法則(計画をダメにする原因が3つ考えられないなら思考方法に問題あり)
- 説明の顔をしたアリバイ(ルールから昔一度だけ起きた問題を楽に片づけるための言い訳を探す)
など、沢山の方法が紹介されているが、私には「他人という異文化を利用する」が馴染み深く応用が利くやつだった。
ワインバーグは、「プログラマの生産性を高める」という目的で招かれた。彼は一人一人にインタビューを行い、生産性を高めるソフトウェアやガジェットが不足していないかを確認していた。
ところが、この職場は、ただ一人でも「これは必要・欲しい」と言い出したものは買うか作るかするという方針だったため、「〇〇が足りない」といった事態は起き得なかったという。
らちが開かないので、彼はインタビューを中断する。そしてトイレに行く途中、オフィスの掃除のおじさんをつかまえて、こう尋ねる「この職場に無いものは何だろう?」。掃除のおじさんはちょっと考えて、「黒板を拭いてくれって頼まれたことはないねぇ」と答える。
ワインバーグはオフィスや会議室を見回って、そこらじゅうの黒板に「消すな!」という警告のもと、電話番号やコードの一部などのメモが書かれていることに気づく。
本来はアイデアを共有する黒板が、二度と消せない個人メモだらけになっており、集団の思考の道具として機能していないことを指摘する。さらに黒板だけでなく、購入したソフトやガジェットは共有されておらず、有効活用されていないという問題にたどり着く。
「足りないもの」を他人に問う(AI含む)
「ここに足りないのは何だろう?」という問いは、自分よりも他人に聞くほうが有効だ。
例えば私の場合、機能設計をするとき、パワポのスライド一枚に、箱を二つ並べて書く。左の箱には、お客の要件、右の箱には、それを実現する方法や機能を箇条書きにする。そして、「この一枚が全体像なんだけど、足りないものは何だろう?」と聞いて回る。
すると、様々なフィードバックが得られる。単純に、要件を満たす機能不足が指摘されることもあるが、それだけではない。ある機能を実現するにあたり、お客の要件に制限が生じることが判明し、要件の変更や前提の追加が発生することがある(私の経験では、ネットワーク設計や非機能要件まわりが多い)。
自分のアタマの中を一枚に書き出して、「ここに無いけど大切なものはある?」という問いは強力だ(ワインバーグは「洗濯物リスト」と名づけている)。
ただ、ワインバーグと違うのは、周囲のメンバーだけでなく、聞く先にAIがいる点だ。考えつく限りのリストを作成した後、GPTに投げる。
- この要件と機能の一覧で不足してそうなものは?
- オレンジジュースを提供するタスクはこれで全部?それぞれのコスト見積もりは?
- この図が成立する「前提」で欠けているものは?
- この計画を台無しにする原因を3つ以上考えて(それそれの兆候と対策も)
網羅性を考える上で、AIはうってつけだ。「10個考えて」とか無茶ぶりしても、なんとかヒネり出してくれる。その上で、人間サマが妥当かどうかを判断すればいい。
『コンサルタントの秘密』が出版された1990年には存在しなかった「AI」という異文化を、いまの私は簡単に呼び出せる。オレンジジューステストにおける選択肢とコストを並べる役や、「この表に足りないもの」を洗い出してくれる役など、コンサルタントのかなりの部分を任せられるようになった(もちろん、最終判断は人なのだが)。
その一方で、「どのような問いを投げるか」「どこまで自分で判断するか」といった、本来コンサルタントが担っていた仕事の核心部分に、いやでも向き合うことになる。正解がないと言われる時代、答えよりも良い問いが重視されている。
問いへ向き合う考え方を教えてくれる『コンサルタントの秘密』は、AI時代だからこそ読み直したい。
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