12-2.
夜。
草木も寝静まる頃。
アドルフと、オリビアの伝手で雇われた悪漢たちがクリスティーナをさらおうと屋敷を囲んでいた。
「……よし、やれ」
アドルフが号令を出す。
「……この扉、針金じゃ開きませんぜ」
その扉は、クリスティーナの持つペンダントでしか開かない扉だった。
「じゃあ、窓から入れば良いだろう!」
イライラとしながらそう指示するアドルフに従い、悪漢たちは窓に移動する。
悪漢たちが手早く斧をもって、家の窓を割りにかかる。あっけなく窓が割れた。そして、悪漢とアドルフは、そこから屋敷内に侵入した。
「クリスティーナを探せ!」
静かな声ながら、アドルフが悪漢たちに命を出した。
◆
バリン、と割れる物音がして、夜、クリスティーナの屋敷を警護していたユリウスがその音がした場所に駆けつける。
「やっぱりか……!」
追い詰められたブルーム公爵と、自由に生きるんだと意気込んでいたクリスティーナ。
その二人を考えると、ブルーム公爵がまともな手でクリスティーナを取り戻せる訳がないと思っていたのだ。だから警護していたが、その予感は的中したのかもしれない。
まだブルーム公爵の仕業とは限らないが、クリスティーナに危機が迫っているのは確かだ。
ユリウスは呼び笛をならした。そのうち衛兵も応援に来てくれるだろう。
それから、後を追うようにユリウスも窓から入り込み、そして家の中を探す悪漢たちを見つけては一人、また一人、剣の柄で殴打したり、膝で腹を蹴り上げたりして動けなくしていく。
そして、「いたぞ!」という声とともに階段を駆け上がっていこうとする悪漢たちを見つけた。
ユリウスも階段に駆けつける。
階段に群がる悪漢を一人一人殴ったり蹴り飛ばしたりして、階段から放り投げていく。
そうしてようやくたどり着いた一室に、クリスティーナがいた。
「アドルフ……それに、ユリウスさん」
助けを求めるように、クリスティーナがすがるような目でユリウスを見た。
「悪漢たちはもう動けなくしたぞ。……おまえも観念しろ」
それを聞くと、アドルフは髪を振り乱して怒りに駆られて声を荒らげる。
「あああああ! 使えない奴らだ! うちは御典薬師なんだよ! その女が余計なことをしてくれたおかげで、ブルーム公爵家は御典薬師から外される危機なんだよ……なあ、クリスティーナ? 公爵夫人に戻りたくはないか? ほら、花ならいくらでもやる。……なんだ? 抱かないのが不満だったか? だったらいくらでも抱いてやるよ!」
「なっ何よ……! あんたなんかごめんだわ! 私はもう自由なのよ! それにあなたなんかごめんだわ!」
抱き寄せようとしたアドルフを、クリスティーナは胸をたたいて抵抗しようとする。
「離してよ!」
「いや、離さない。家に連れて帰る!」
そこに、ユリウスが割って入る。そして、クリスティーナを自分の背後に隠して守る。
「やめろ、いやがっているだろう!」
「何を他人が割り込んでくるんだ!」
「他人じゃない! 知り合いだ!」
「知り合い程度で話に割り込んでくるんじゃない!」
「……私は彼女愛おしいと思っている! 彼女が望まない他の男の手に渡す気はない!」
ユリウスが叫ぶ。しん、と三者の間に沈黙が走った。
そして、その沈黙を破ったのはアドルフだった。
「あっはははは。そういえば、暗くてよくわからなかったがおまえ、この間のやつだよな? やっぱりおまえら出来てやがったのか! この尻軽女に軽薄男め!」
「アドルフ! 私は良いけど、ユリウスさんを悪く言うのはやめて!」
「クリスティーナさんを悪しげに言うのはやめろ!」
クリスティーナとユリウスが口々に叫ぶ。
「……クリスティーナさん、あなたは、この男と一緒に行く気はありませんね」
「もちろんです」
クリスティーナの返事を聞いて、ユリウスは頷く。そして、まっすぐにアドルフを見据える。
「ブルーム公爵。器物損壊、住居侵入罪並びに貴人略取未遂の罪で捕縛する!」
アドルフが堂々と宣言する。
それに気圧されたように、アドルフはヘラヘラと笑う。
「何の権限で捕縛するって言うんだよ!」
「……私は王弟ユリウス・アイベンシュッツ」
「なっ……」
「王の黒騎士といった方がわかりやすいか?」
「黒……騎士」
アドルフが後ずさる。
「王弟の名の下に、ブルーム公爵。貴様を捕縛する!」
そうユリウスが宣言すると、アドルフが身を翻し、クリスティーナの手を取って二階の窓を割って逃げようとする。
「待て!」
強引に結ばれた手は、ユリウスの手拳でいともたやすく振り払われてしまう。それでも一人で逃げようとするアドルフに対し、ユリウスは素早く間合いを詰めて、その足元を払い、転ばせる。
「ああっ!」
そうして、アドルフは腹に拳を入れられ気絶する。
その頃、階下でドタバタと人の足音がした。
「何っ?」
「私が呼んだ。衛兵だ。安心しろ」
「……そう、ですか」
その頃には、手も足も出せずに様子をうかがっていたケットシーたちが泣きながらクリスティーナの元にやってくる。
「「うわーん、クリスティーニャー!」」
「よしよし、もう大丈夫よ」
優しく背を撫で、クリスティーナは二匹を慰めるのだった。
◆
夜も明けようという頃、ようやく衛兵たちの手によって、悪漢たちとアドルフは捕らえられ、連行されていく。
ケットシーたちはそれぞれ持ち場に戻り、私とユリウスだけが残された。
「ユリウスさん……。愛おしいと思っているって……」
私は彼に尋ねた。もう一度、確かめたくて。もう一度はっきりと告げてほしくて。
けれど、それは冷たく突き放される。
「忘れてくれ」
「どうして!」
尋ねる私に、彼は彼の眼帯に手を触れて、そして切なそうに微笑む。
「君に愛を請う。……醜い私にそんな資格はないからだ。こんな私より、もっと良い男はいくらでもいる。あなたを幸せに出来る男はいるだろう。……忘れてくれ」
そう言って私に背を向ける。そして、朝日を背に長い陰を作りながら立ち去っていった
「私の気持ちは……聞いてはくれないのですか……」
そうつぶやく私の前に、もう彼はいない。私は、目尻ににじむ涙を手の甲で拭って、しゃがみ込むのだった。