11-4.
そしてやってきた謁見当日。その日は店休日にした。
本当は着替えは一人でしたいところだ。だが、貴族のドレスというものは一人で着たり出来るものではない。
だから私は、カインにコルセットを絞るのを手伝ってもらったり、背中のボタンを留めてもらったりしながら、なんとかドレスに着替えた。
おばあさまが私のために用意しておいてくれたドレス。
それは、私の緑色の瞳に合わせた、若緑色を基調としたドレスだった。
髪はサイドを編み上げにして、ドレスと同じ色の髪飾りで装った。
そして、一番大事なこと。バッグに、今回ご所望の育毛剤ケハエールと美容剤シワトールとシミトールをきっちり閉まってあることを確認する。
やがて、店の近くの大通りまで、迎えの馬車がやってきたらしい。そこから、御者が呼びに来る。
屋敷の扉がノックされ、私は扉を開ける。
「クリスティーナ・ベールマー嬢ですな。用意はよろしいですかな」
御者に恭しく挨拶をされる。
「はい、大丈夫です」
私は、微笑んで頷いた。
こうやって扱ってくれるということは、国王陛下は私が侯爵令嬢だということをご存じだったということだろう。
振り返って、見送りに来ていたカインとアベルに告げる。
「お留守番、よろしくね」
「「まかせろにゃ!」」
頼もしい返事が返ってくる。
「じゃあ、行ってきます」
二匹に挨拶してから、私は御者の方へと向き直る。
「では、お願いします」
御者にそうお願いして、彼にエスコートされながら馬車へと向かう。そして、御者が開けてくれた扉から馬車へと乗り込んだ。
すぐに馬車は動き出す。
私は王都の街並みを眺めながら、馬車に揺られていったのであった。
王城のこぢんまりとした謁見室。そこに私は通された。
部屋にいるのは私一人である。陛下と王妃殿下が来るまで、立って待つ。
すると、男性の声が部屋の扉の向こう側から聞こえた。
「国王陛下並びに王妃殿下のおなりである」
それを聞いて、私は頭を下げる。扉が開き、国王陛下と王妃殿下が側近を連れてやってきた。
「これはこれは、ベールマー侯爵令嬢。まさか、あんな王都の端で、魔法薬師をやっているとは驚いたぞ」
「お目通りが叶い、恐悦至極に存じます」
私は、一度顔を上げてから、お二人に向かってカーテシーをする。
「まあまあ、今日は私たちがお呼びだてしたのよ。さあ、ソファに腰を下ろして」
王妃殿下がそう言ってくださったので、国王陛下、王妃殿下に続いて、私はテーブルを挟んで向かい合うようにソファに腰を下ろした。
すると、そわそわとした様子で国王陛下が私に単刀直入に尋ねてきた。
「ところでクリスティーナ嬢。例のものは用立てしてきてくれたかね?」
それを聞いて、王妃殿下も身を乗り出す。すぐにでもものが見てみたいといった様子だ。
「はい。ございます」
私は、手に持ってきたバッグを開ける。そして、育毛剤ケハエール、美容剤シワトールとシミトールの三つの品をテーブルの上に並べた。
「こちらが育毛剤ケハエール、そして、こちらが美容剤シワトールとシミトールでございます」
私が手で指して説明すると、すぐに国王陛下と王妃殿下の手が伸びる。
「おお、これが世にも名高い育毛剤ケハエール!」
「これがあの、肌を若い娘のようにしてくれる美容剤!」
お二人とも頬ずりせんばかりに、恭しげにそれぞれ所望した薬剤を抱えている。
「確かこの代金は、育毛剤が金貨十枚、美容剤がそれぞれ金貨五十枚の合計金貨百十枚だったな」
「はい、確かにその通りです」
すると、国王陛下が手をたたく。
「ユリウス! 入ってこい」
──ユリウス。聞いた名ね。
ふと、見知った人の顔が脳裏をよぎる。
だが、まさかその人ではあるまい、と思いながら私は扉を開けて入ってくる人を待つ。
「はい、失礼します」
──聞いた声ね。
やはり、あの人の顔がよぎる。彼、お城勤めをしていた偉い方だったのかしら?
なんて、疑問が沸く。
ところが。
入ってきたその人は、まさに、ユリウスさんその人だったのだ。
「ええっ!」
私は、目を丸くして彼を見る。
「おお、二人は顔見知りだったようだの。ユリウスから聞いておる。ユリウス、こちら、クリスティーナ・ベールマー侯爵令嬢」
そう告げると、「えっ……侯爵……令……嬢?」とユリウスさんが驚いたように目を見開く。
そんなユリウスさんの様子に気づかずに国王陛下は私たちの紹介を進める。
「そう。そしてこっちが私の末の弟のユリウス・アイベンシュッツ。王弟なのだが、とはいっても王位継承権を自分で放棄したので、王都の中を気楽に歩き回り、まるで冒険者のようにこの国の英雄騎士として働いてくれておるわ」
「王弟殿下……」
私は絶句する。
「そうだ、顔見知りならちょうど良い。家柄も釣り合うしな。おまえたち、結婚してはどうかな?」
「「はい?」」
私とユリウスさんとで同時に変な声が上がる。
「何を言うの。ちょうど良いじゃない。王弟に侯爵令嬢。身分的にはちょうど釣り合うわ」
王妃殿下まで国王陛下の思いつきに乗り出す。
「へっ……陛下、私はこういう醜い顔をした男です。若い令嬢には釣り合いませんよ」
そう言って、ユリウスさんは右の眼帯を右手で覆う。そして苦々しげな顔をした。
──ユリウスさんはあの右目が負い目なんだわ。
あれがあっても美しい人なのに、と私は思う。けれど、つらそうな顔をするユリウスさんをこれ以上この話題で責めたくなかった。
「王弟殿下だなんて、私にはもったいないお方です。もっと位の高い、おきれいな令嬢をおすすめして差し上げてくださいませ」
そう言って私は頭を下げる。
そうして、その会見は、なんともいえない空気のまま終わるのだった。
それからというもの、ユリウスさんはイートインにやってくることはなくなった。
だが、王宮御用達となった我が店は大評判で、忙しくてそれを憂う暇もなく日は過ぎていったのだった。