11-3.
やがて美容剤シワトールとシミトールの評判は、予想通り商人から貴族へと伝わった。ますます店は繁盛する。
しかし、アベルの素材育成、採取の協力や、カインの店の切り盛りの協力もあって、なんとか受注をこなしていく。
値段も値段だ。前の育毛剤ケハエールのときほど、すぐに誰でも注文してこられるものでもない。
それに、農園はとても特別な場所で、一年中常春なだけでなく、植物の生育も早いらしい。水晶花と虹百合は順調な生育を見せ、良く茂り、花をたくさんつけ始めたからだ。
初めて美容剤シワトールとシミトールを宝石商のアリーゼとアリーナに売ってから、三月は経っただろうか。ようやく需要と供給のバランスがとれ始めてきて、落ち着いた生活が出来るようになった。
「見守っていて、どうなることかと思ったけれど、ようやく落ち着いたようだね」
「そうなんです。お昼もこうしてゆっくりご一緒出来ます」
私はユリウスさんに穏やかに笑いかけつつ頷いた。
会話の通り、ユリウスさんと私のともに過ごす少し遅い食事時間も、ようやく慌ただしさから解放されていた。
以前は、私は片手間にパンを手早く食べてしまうなどして食事を済ませていたり、一緒に遅めのランチを食べていても、私は慌ただしく食事を先に済ませていたりしていた。
それに比べると、ようやく一息ついたといった感じだ。
「それにしても、育毛剤といい、美容剤といい、君はすごいね。それに、元々店で販売していたポーション類だって、今や冒険者ギルドに属するもので噂を知らない人なんていないんじゃないかな。もちろん、私も愛用しているけれどね。君の経営するエリュシオンは今や王都の噂の的だよ」
「噂の的だなんて。私は静かにのんびりお店経営が出来たら良いんです。『楽園』がいつぞやのように常に大混雑じゃあ困ります」
私は苦笑いしながら肩をすくめてみせた。
「それはそうだな」
そんな風に二人で笑い合っていたとき、店の呼び鈴が鳴った。客かと思って立ち上がりかけると、来訪者の雰囲気は客と言うには少し違う。ピシッとした威厳のある雰囲気をまとった、城勤めの文官といった出で立ちだ。
その来訪者は扉の前で足を止めたまま、店内に向かって声を上げる。
「エリュシオンの店主はいるか!」
「はい、私ですが」
私は素直にそう答えた。
「私はアイベンシュッツ王国の国王陛下からの書簡をそなたに届けに来た」
「えっ!?」
私はびっくりして、思わず目を瞬きする。
それから、気を取り直して、慌ててカーテシーを執った。
「それはご苦労様でした。ところで私はしがない魔法薬師でございます。国王陛下は私になどに何をお求めなのでしょうか」
「それはこの書簡にしたためられておる」
そう言うと、城からの伝令役は、私に一通の書簡を手渡してきた。それは、この国の国王陛下のものであろう封蝋でしっかりと閉じられていた。
「……今ここで開けてみてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
私は不安に駆られて、ユリウスさんの方に目線を送る。すると、彼は励ますかのように、優しいまなざしで見つめ返してくれたあと、「その通りにするように」とでも言うように一つ頷いた。
私は、ペーパーナイフを持ってきて、それを使って封を切る。
中に納められていた便せんを開いて、私はそれを読み上げる。
『エリュシオン店主、クリスティーナ・ベールマーへ。そなたの店の評判は我が城にも届いておる。そこで、今話題の育毛剤ケハエールと美容剤シワトールとシミトールを城に届けてはくれないだろうか。アイベンシュッツ王国国王、シュテファン・アイベンシュッツ』
手紙にはそう書かれていた。そして、お召しの日時も一緒に記されている。
「私に城へのお呼び出し……ですか」
「はい、その通りです。陛下は育毛剤、王妃殿下は美容剤を試してみたいと望んでおられる」
私は、過去の侯爵令嬢をしていたときの記憶を思い出す。夜会で、壇上にいらっしゃる国王陛下と王妃殿下を拝見したことがあった。
お二方とも壮年期の後半くらいだろうという風貌でいらっしゃった。
そして、国王陛下の頭は確かに育毛剤ケハエールが必要そうな頭であった。
王妃殿下は、美容剤シワトールとシミトールがほしいとおっしゃってもおかしくはないだろう。
私はお二方の風貌を思い出して納得した。
「……承知いたしました。定められてた日時に必ずご所望の品を持ってお伺いします」
「うむ。助かる。城から馬車を出すから、それに乗って送迎するので安心したまえ」
「お心配り、ありがとうございます」
私は頭を下げる。
「では、頼んだぞ」
そう言うと、伝令役は店をあとにした。
「……はあ、何事かと思ったわ」
ほうっとして胸をなで下ろしていると、そこに、一部始終を見ていたユリウスが声をかけてきた。
「驚いたね。まさか、君の噂が城にまで広まっていたなんて。さすがじゃないか、クリスティーナさん」
「さすがだなんて、そんな。それにしても本当に、急なことでびっくりしちゃいました」
そんな私にユリウスさんが尋ねてくる。
「陛下からの急なお召しだけれど、いや、失礼だったら済まない。その、着ていくものだとか、身なりを整える当てはあるのかい?」
そう、ユリウスさんが私のことを心配してくれた。
私は考える。
おばあさまに言われて、カインとアベルがが整えてくれていたクローゼット。
その中には、ドレスと装飾品もあったはず。その見覚えがあった。
だから、にっこり笑って私はユリウスさんに答えた。
「はい。陛下にご挨拶するに見合う洋服も持ち合わせております。お気遣いありがとうございます」
「そうか、余計な心配をしたようで済まない」
「いいえ、陛下の御前に出るのですもの。当然の配慮ですから」
すると、食事を終えたユリウスさんがカトラリーを皿の上に並べておく。そして、私の食事も済んでいるのを見て取る。
「さて、今日はこれで失礼するよ」
そうして、彼は店を去った。
私は食器などをすべて食洗機に入れる。そしてスイッチを入れる。使ったテーブルをふけば、終わり。
「カインとアベルに食事を用意しましょうか」
本当のことを言えば、カインとアベルは精霊だから食事はいらない。でも、私と同じように食事を用意してもらうととても喜ぶのだ。
保温保存庫からメインの食事を取りだし、簡単に前菜を用意する。
「カインー! アベルー! 食事の用意が出来たわよー!」
お客さんはいない。だから大きな声で呼ぶと、相変わらずどういう屋敷の構造なのか彼らに声が届く。それとも、精霊たる彼らの能力なのだろうか。
「はーい!」
「わーい!」
それぞれが持ち場からパタパタと駆けてきて、洗面所に向かう。そして、手を洗い、テーブルにやってきて各自の席に着いた。
「今日は、サーモンのマリネと、チキンの白ワイン煮込みよ」
そう告げると、カトラリーを持って、二匹がうれしそうに笑顔を浮かべる。
「わぁい! お肉もお魚もだ!」
「両方だなんて、豪華だね!」
「さあ、食べて。いつもお手伝いありがとう」
「「はぁい! いただきまぁす!」」
二匹は器用にナイフとフォークを握って、食事を始めた。
私は、自分の席に腰を下ろす。そして、今度城に謁見に伺うことを伝えた。
「王様は育毛剤、王妃さまは美容剤二種がほしいんですって」
「ふうん。王様もふさふさになりたいんだ」
カインが言う。
「不思議だね。ボクたちはいつまで経ってもふさふさにゃのに、人間は、年を取ると姿形が変わって大変だにゃ」
その言葉を聞いて、その通りだなあ、と、悩みのない様子の二匹を見てなんとなくうらやましくなる私なのだった。
◆
帰りがてら、ユリウスは不思議に思う。
──どうして陛下のお召しにあんなに自然体でいられるのだろう。
彼女は平民の女性ではないのか? だったら、この国の長、国王陛下に呼ばれるなど、驚くのが普通だろうに、そうユリウスは思う。
それとも、クリスティーナが何事にも動じない、そんな性格だからだろうか? 確かに、彼女は肝は据わっているとは思うのだが、とも。
それに、陛下の御前に出るために服もあるという。
──平民なら平民で、確かに失礼のない程度のこぎれいな服装であれば良いのだが……。
やはり、裕福な商家のお嬢さんで、そういった服も持ち合わせているのだろうか。
ユリウスのクリスティーナへの疑問が再び頭をもたげるのだった。