600万円貰えたらもう一人産みますか? 中国の少子化対策“実験都市”の真相
中国の地方都市である天門市が、少子化対策の「実験都市」として注目されている。その最も大きな理由は、突出した補助金の規模にある。 【画像】それでもある母親は「補助金は罠のようなものだ」と語る深刻な理由 同市では、第2子の出産で最大28万7000元(約600万円)、第3子では最大35万5000元(約765万円)が支給される。その多くは住宅補助だが、年間可処分所得が一人当たり4万元(約86万円)程度の湖北省では破格の金額だ。 さらに、結婚登録者への補助、出産祝い金、育児手当、産休手当なども次々に導入され、申請手続きの迅速さも評価されている。英誌「エコノミスト」によれば、申請してから3日で振り込みが完了するケースもあるという。 中国各地のいくつかの都市でも第2子、第3子を産んだ家庭に現金支給を始めているが、天門市ほど高額なところはない。中央政府も2024年から3歳以下の子供に対する毎年3600元(約7万5000円)の育児手当を導入しており、「施しは怠惰を生む」として福祉主義を避けてきた中国で、このような現金支給は例外的だと同誌は報じている。 この異例の大盤振る舞いは、当局の間に高まる危機感の表れだとみられている。中国は一人っ子政策を緩和した際、出生数の回復を期待したが、合計特殊出生率は下がり続け、女性一人当たり約1.0と世界でも最低水準に落ち込んでいる。国連の推計によれば、このままでは2100年までに人口は半減し、超大国としての野望には都合が悪い。
驚きの成果と市民の反応
「天門モデル」の効果は一定の数字として表れている。人口100万人超の同市では、このキャンペーンを開始した2023年時の出生数はわずか6000人で、2016年の1万8000人超というピークから急減していた。しかし2024年には出生率が17%上昇し、8年ぶりに増加へ転じた。全国平均の6%増を大きく上回り、100以上の自治体が視察に訪れたという。さらに2025年上半期も前年比5.6%増と報告されている。 しかし、その長期的効果については懐疑的な見方もある。この出生数の増加には、他地域の住民が補助金目当てで転籍しているケースも反映されている。また政策は、2027年5月までに生まれた子供に限定されているため、「駆け込み出産」による一時的な押し上げの可能性も高い。加えて、同市内の結婚件数は減少しており、結婚が減れば出産の底上げにはつながらないと指摘されている。 市民の声も厳しい。ある母親は「補助金は罠のようなものだ」と同誌に語っている。というのも、手当によって子供の幼い時期の負担は軽減するが、真の負担は教育費の高さにあるからだ。 中国のシンクタンクの試算によれば、子供を18歳まで育てるコストは、一人当たりGDPに対して中国で6.3倍、米国では4.11倍、日本では4.26倍に相当する。つまり、GDP比で見ると中国の子育てのコストは米国や日本の約1.5倍という計算になる。 さらに、親は長く続く過酷な受験競争に子供と向き合わねばならない。一人でも大変なのに複数ともなれば、負担はさらに重くなる。そのため仕事と育児の両立は、特に女性にとって現実的ではないと考える人が多く、別の母親は「2人目を産めばキャリアが終わる」と述べ、育休中の雇用保護の乏しさを指摘している。 もっとも天門市は、補助金のばらまきだけでは限界があるのを理解し、無料の託児所の増設や、子育て支援センター、若者向けのマッチングサービスなど「環境整備」にも着手している。 しかし全国レベルでは、人工妊娠中絶の抑制や女性への出産計画の電話調査、さらには一部自治体でのAIロボコールによる“妊娠督促”の試みもあり、国が少子化対策にどこまで踏み込むのかを不安視する声も出てきている。 こうした意味で、天門市の実験は現代中国の社会統制が抱える限界を浮き彫りにしている。国家の力は抗議の封じ込めや出産抑制といった「禁止」には強いが、人々を結婚や出産へと「促す」ことにはほとんど力を及ぼせない。結局、人を“望ましい”ほうへと動かす難しさこそが、少子化対策の最大の壁なのだと同誌は指摘している。
COURRiER Japon