40に思う
10代の頃、よく、「40歳まで生きられたら、とりあえず満足かな」と思っていた。
10代の人間にとって、90歳とか100歳まで人生が続くことって、リアルに想像できない。
50メートル走とか100メートル走でヒィヒィ言ってるところに、「人生とはフルマラソンなんだよーん」って言われても、んなもんやってられるか! としか思わないだろう。
フルマラソンとか、絶対に走りたくない。しんどい。
じゃあ、どの地点までかって言われれば…。
10キロ、15キロ……いや、頑張れば、20キロ地点までとかなら、なんとか?
じゃあ、そこまでは、がんばろう。
…その、15キロだか20キロ地点が、僕の場合、40歳だったのだ。
若いうちに死んでしまった人に、よく言われる言葉がある。
「まだまだ楽しいことが、いっぱいあっただろうに」
それが100歳すぎて死ぬと、「大往生だったね」になったりする。
10代のころの僕は、その、「まだまだ楽しいことがいっぱいあっただろうに」と「大往生だったね」のあいだのグラデーションの、変曲点が知りたかった。
「大往生だったね」までは望まないが、「まだまだ楽しいことがいっぱいあっただろうに」では後悔する。
「まあまあ満足だったんじゃないかな」くらいのポイントはどこだろう?
それが、40歳では…と。
来月に誕生日をひかえて、若いころの自分の気持ちを思いだす。
40歳まで生きられたらとりあえず満足かな……と思っていた僕は、いま、カラオケボックスで、「そろそろご指定の時間になりますが、延長どうしますかー?」と店員に尋ねられている客のような気分だ。
「もうちょっと歌いたりない気もするんで、とりあえず30分延長お願いしまーす」とか、延長を重ねながらやっていって、あるとき、「あ、すんません、もう延長不可でーす」って言われて、「あ、そうかぁ。了解っすー」って、なっていくんじゃねえかなあ人生……って気がする。
40歳とは、そんな歳なのである。



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