Post

Conversation

\無痛分娩が広がらなかったワケ/ 日本で無痛分娩が広まらなかったのは、単に医療的な問題だけではなく、深い深〜い政治的理由があります。 これを華麗に切り込んでいった論文が、大西香世先生の『麻酔分娩をめぐる政治と制度』。2012年にコレが発表されたときは、産科麻酔界隈ではセンセーショナルでした。
Image
無痛分娩率の国際比較が、日本において明確に示されたのは、この研究が最初だったと記憶しています。古いデータなので、数値自体はいまよりも低いですが、トレンド自体は大きく変わっていません。
Image
アメリカ、フランスで高いのは、よく知られていますが、日本とイタリアが低いのも、目を惹きます。 無痛分娩の普及が、国によって大きな違いがあるのは、まさに「政治」。結局のところ、どんなに我々が声高らかに医学的メリットを掲げたところで、時代の針を前に進めることはできません(とはいえ、声を上げることは辞めませんが...)。 戦後における周産期医療の変化は、1948年に成立した優生保護法と、それに基づいて設立された日本母性保護医協会の影響を強く受けています。この組織活動は、産婦人科医に利益をもたらし、日本の出産文化における助産師の役割を大きく変化させました。 出産は自宅から病院へかわり、同時に助産師の働く場も変化しました。
Image
1970年代の後半になると、助産師たちは自らの職業的立場の再認定を目指し、「自然なお産」運動を推進しました。 この動きは、欧米の自然分娩運動の影響を受けており、無痛分娩とは異なる「自然」に重点を置いた出産方法の普及を目的としていました。 特に、ラマーズ法の導入はこの運動の核となり、いまでは多くの人に知られるようになっています。
Image
話はそれますが、そもそも「無痛分娩」という言葉は、麻酔科領域から発生したものではありません。菅井正朝による「精神予防性無痛分娩」での名前が最初です。 ですので、「無痛分娩って言っているのに、無痛じゃなかった」と文句を言われても、われわれ麻酔科医としては困ります。 日本でいま無痛分娩と呼ばれるものは、英語だと Labor Epidural Analgesiaです。Labor = 分娩、Epidural = 硬膜外、Analgesia = 鎮痛、ですので『分娩時硬膜外鎮痛』とでも呼ぶのが正しいのでしょうか? この呼称に関しては、正式に決まっていないものの、我々の施設では『産痛緩和(さんつうかんわ)』、つまり出産に伴う痛み=産痛を和らげる、と呼んでいます。 和痛分娩、麻酔分娩、硬膜外分娩など、どれも〇〇分娩という名前がつきますが、痛みを和らげて出産するのは普通のことですので、あまり〇〇分娩とレッテルを貼るのも、どうかと思っています。 ほんらいは、産痛緩和法の中に、硬膜外鎮痛やオピオイド鎮痛、笑気鎮痛が含まれ、薬を使わない方法として、マッサージや水中分娩、ラマーズ法などがあると考える方がフラットな関係で、個人的には良いと思っています。 こういった政治的背景を加味すると、日本で無痛分娩が広まるには、ボトムアップという形だけでは、なかなか難しい。 麻酔科医、産婦人科医、助産師、さらに政治家、さまざまな団体が複雑に絡み合っています。それぞれの既得権益を守りつつ、国民に対してどのように広めていくか、非常に大きな課題となっていると考えられます。 多くの分娩施設で、無痛分娩スタートラッシュが2023年あたりから始まってきています。分娩数の落ち込み、医師働き方改革による産婦人科医確保の困難さ、麻酔科医に対するトレーニングの普及具合、こちらも複雑な事情が存在します。 さて、これから10年で、日本において無痛分娩がどのように普及していくのか、一臨床医として、気になるところです。