仲代達矢さんが92歳で亡くなった。後半生は舞台活動の比重が大きかったが、黒澤明監督の「影武者」「乱」の取材を通じて強烈な「目力」が記憶に焼きついている。
仲代さん自身が「黒澤さんは『君の目は照明がなくても光って見える』と言ってくださった」と後年語っているが、そもそも「影武者」は勝新太郎さんの降板という緊急事態での代役登板だった。
勝さんという強烈過ぎる個性を埋めるかのように、劇中の仲代さんの目は終始ギラギラ光っていた。この作品はカンヌ映画祭で最高賞のパルムドールに輝いたこともあり、世界的な注目度も一段と高かった。外国人記者の中には「演技過剰」と評する人もいたが、あのギラギラ目は黒澤監督の強い求めに応えたものだと思っている。
こだわり抜いて決めたもともとのキャストに執着があるからだろう、黒澤監督は代役に厳しい。そんな「徹底指導」現場を心ならずも目撃したことがある。「影武者」に続く仲代さんの主演作「乱」でのことだ。
この作品でもメインキャストの1人が代役登用となっていた。重臣鉄修理役をオファーしていた高倉健さんが、盟友降旗康男作品が決まっていたことを理由に断ったのだ。代役となったのは井川比佐志(88)だった。
それを見てしまったのは、知り合いのスタッフのツテでこっそり見学に行った撮影現場だった。メディアなどの外部の目を意識しないガチの現場である。
鉄修理が初めて刀を抜く-確かにポイントになるシーンだが、それほど難しそうには思えない。監督はその所作とタイミングが気に入らない。演技巧者で知られ、黒澤作品ということもあって準備は万全のはずだ。その井川が、理由も告げられないダメだしの連続で自信を失って行く。はた目には、その「追い込み」はやりすぎに思えた。
何回目のテイクだったろうか。「もうダメだ。休憩」。そう言い残して監督は現場を離れてしまった。残った井川が1人抜刀の練習を続ける…。目をそむけたくなる光景だった。
そんな「健さんの代役」の様子を見ながら、「勝さんの代役」だった仲代さんはどこまで追い込まれたのだろうか、と嫌でも想像が膨らんだ。あのギラギラ過ぎる目の理由が分かった気がした。
仲代さんが最初から堂々の主演だった「乱」の最大の見せ場は、建設費4億円と当時話題になった城を実際に燃やし、その中で演じた「乱心の表情」だったように思う。黒澤作品ならではの豪華すぎる一発勝負だった。実はこの撮影も、間近で見学する幸運にも恵まれた。
城はセットというより本建築のようだった。「汚し」と呼ばれる経年劣化のリアルな再現も、黒澤組ならではのていねいな仕事が施されていた。
周囲には消防車も待機し、その城を一気に燃やしてしまう何とも言えない緊張感。分単位の時間が経過したに違いないが、一瞬にしか感じられなかった。一定の距離があったので仲代さんの様子は見えなかった。
その時の迫力の演技、そしてここでも圧倒的な「目力」が映像に焼き付けられていた。
後に仲代さんは「監督から『君が転んだら4億円がパーだ』と言われていたので、本番中も『4億円』『4億円』と唱えてました」と明かした。この撮影でやけどを負い、1週間撮影を休むことにもなったが「役者って絵(映像)になりさえすれば、何でもやってしまうんですよ」とも。
タイプはまったく違うが、勝さん同様の「役者バカ」である。
「代役特訓」にもきっと当事者にしか分からない互いの思いが込められていたのだろう。「七人の侍」の端役出演に始まった黒澤監督との長き縁は、勝さんにも健さんにも果たせなかった「映画俳優・仲代達矢」のかけがいのない宝だったのだろう。【相原斎】