今回はアレサ視点、ホシノ視点と二つに分かれています。
ガサッ、という音がドア越しに聞こえてきた。誰か部屋の外に付けているとは思っていたが、そういうことか。黒服が招いたのか、それとも彼方から来たのか、どっちにしろ構わん。
「私は何度でも蘇ることができる。正確には、「死ぬ度に知らない何者かに取り憑いて蘇る」というべきか。経験上、憑依先は必ず孤立していて、全く能力のない者であることが条件だな」
「憑依、ですか。転生でなく?」
「それも考えたが、どうにも違う。目覚めた時には牢屋に入れられた女であったり、処刑寸前のシワシワのオッサンであったり、そもそも人間じゃない種族だった時もある。老若男女問わず、ランダムであったが、私は死ぬ度に誰かに成り代わって、蘇った」
当然、最初は驚いた。何かの夢か、あるいは盛大なドッキリかとも思ったとも。しかし、回数を重ねるごとに、私にだけ与えられた「枷」だと理解した。
何かしらの権能ではない。私自身の能力でもない。であれば、一体この『輪廻憑依現象』は何なのか。まあ、これに関しては、ついぞ今に至るまで、何も分からなかったが。
「二回目は【
黒服の反応を見るが、黙ったままになった。まあいいか。
「三回目は
「ハイヴ、とは?」
「興味を抱いたのはそこか……アリとバッタと人間を融合して3で割ったような見た目の種族だな。面白い習性の持ち主でね」
軽くハイヴの特性について教えるが、黒服は私の話よりも、そちらに興味深々といった様子だった。コイツ、「知らないもの」に対してはよっぽど食いつくな。
「……話を戻すぞ。私はそのまま十回以上
「……なるほど。貴方の豊富な知識、通常では習得し切れないほどの多彩な技術力……貴方が何度もやり直せる機会があったからこそ、得られたものなのですね」
「そうだ。肉体強度に関しては、やり直す度に鍛え直す必要はあったが、最初から効率の良い方法を知っていれば、現役復帰も早いものさ」
最終的に四肢を切断することが究極の選択だったとしても、肉体を鍛えないことは無かった。より筋肉を求め、より打たれ強く、より器用に、より速く、より影に溶け込む……出来うる鍛錬は、全て極限に至るまでやり抜いた。
何度も、成り代わる度に何度も。
「だが、普通はそうなるまい。誰もが平等に、人生は一回きりだ」
おかしいのだ。私だけ、皆と違う。
アイツは死んだのに、私は別人になったものの生きている。仲が良かったあの子は、変わった私を私だと認識してくれない。私はあの時、死んだのだから。
死後と生前の差異を見る度に、私はどれだけ
「物語にもならない、
あの時、私は砂漠のど真ん中で人生を終えていた。でも次があった。ならば何かなすべきことがあるのだろう、と思っていたが無かった。あっけなく、何度も殺し殺され、結局自分はちっぽけな砂粒の一つでしかないと知ったのだから。
じゃあ何なんだ。私がこうして死ぬ様を、誰かが見て笑っているのか。理由を求めている姿が、哀れに見えているのか。私はドラマの役者なんかじゃない! 嗤うな。見るな! どうして私を生き返らせるんだ!!
──そう思っていたことも、今では懐かしい。
「私はやり直せても、他は違うだろう。なりたくないのに
振り返ってみれば、当たり前のことだった。諸行無常と言ってしまえば、それまでだった。
私が歩んだ道は、継ぎ接ぎのように歪になっている。けど、その歪な過程で、どれだけ「普通の人生」を歩んだのだろう。あの世界では簡単に人が死ぬ。当たり前を繰り返して、私はようやく自分というものを見出せた。
けれど他の人間は? 私はそうでも、他は違う。運良く生きて、運良く惨めじゃない道を歩むことができている。たったそれだけ。されど
万人が、何かしらの加護を受けた聖人でも、特別な力を持つ英雄でもない。食物を接種しなければ餓死、流血が止まらなければ失血死、命までは届かずとも四肢に多大なダメージを受ければ欠損してしまうことすらある。
そして、弱肉強食のあの世界では人類、獣、機械など、誰もが金銭や食料を狙って、場合によっては闘争本能から昼夜問わず容赦なく襲いかかってくる。
だったら経験者の私が、先立った者として道を示さなければならない。
「私は、
だからこそ強く。だからこそ気高く。だからこそ、輝いて見えるほど傲慢に。
「どんな理由があろうと、どんな苦難、試練があろうとも、私はアビドスを救うぞ。弱者を救うためじゃない。
「クッ、クククッ……クックックッ!! なるほど、それが貴方の根底にあるものですか」
笑えよ黒服。お前はこれから、私がやりたい放題するのを観ていることしかできないのだから。
けれど、それすらもお前は愉快な気分で観れるのだから。コイツの感性が羨ましいよ。
「数々の『役者』となった人生経験。貴方にある秘義は、確かに私たちでは知り得ぬもの……そして、貴方は『覇道』を見せるのですね」
「あぁ。私が先に行き、後に付いてくる者は、各々夢を見るだろう。私を目指すのもいい。私を討ち倒さんとしてもいい。全く別の道へと辿ってもいい。行く先々で、私が彼女らの北斗七星となる」
アビドスに復興案を出したのも、目指すべき道を尋ねたのも、全て私がそうしたかったからだ。私がそうしなければならないと思ったからだ。
アイツらには、私のような血生臭い道よりも、「青春」が似合うだろう。その上で、ふざけながらも本気で、苦難に挑んで欲しかったんだ。
しかし、黒服はこれで手を引いたか。いや、後々先生にも同じことを聞くだろう。答えは分かっていそうだが、コイツも『先生』に期待している。
【ゲマトリア】──『神秘』を読み解き、『崇高』に至らんとする者か。もし最初にアビドスに居なければ、私もその一人だっただろうな。
「……面白い話を聞かせて頂いたお礼です。私は、小鳥遊ホシノをアビドス砂漠の『カイザーPMC』基地の実験室へ連れて行くつもりでした」
どこか満足気なコイツは、自分の目的を話す。私もコイツがホシノをどうするのか気になっていたから、ちょうどいいか。
「『ミメシス』で観測した神秘の裏側、つまり恐怖。それを、生きている生徒に適用することができるか。そんな実験を始めるつもり……だったのですが、この通りです。貴方の登場によって、
神秘の裏側。恐怖。神秘に表裏があると言ったか。表が普段の状態であれば、その裏を、ある程度は予測できているのだろうな。
しかし、それをホシノに──キヴォトス最高の神秘に、その表裏をひっくり返すような実験をしようとしたのか。恐怖というものが何たるかは私は知り得ないが、おそらく
それはそれで、気になりはするな。
むしろ今ので、キヴォトスの生徒たちには、必ず
……あれ、私もじゃないか?
「クククッ、貴方でも良いのですよ? 狼の神──砂狼シロコの次点程度ですが、貴方の秘義もまた、高濃度の神秘を有しています。実験体としては申し分ないでしょう」
「断る。それで私が強くなれるのなら大歓迎だが、実験後に生きているか怪しいものはな」
「……クックックッ。私はいつでもお待ちしていますよ」
「……次は倫理的な手段で、神秘の解明を目指してみるんだな。例えば「特別講師」になって、生徒に協力を仰ぐとかな」
一応だが、私は黒服のデスクに、自社の名刺を差し出した。私はまだ、【ゲマトリア】が「悪の組織」か評価し切れていない。今回は一人に逢っただけだ。だが、初対面が『黒服』であったことは、私にとって幸運だと言えるだろう。
研究者として、異邦人として、話が合うのだ。それに、色々と話が合いそうな気はしている。
「講師、ですか。考えてみましょう。今まで見向きもしなかった道にも、挑戦すべき時が来たようですね」
「研究者ならそうあるべきじゃないか? まあ、邪魔をしないなら、後は好きにしろ。ではな、黒服。ついでだが、『万屋Kenshi』に依頼があれば、内容次第で承ろう」
「また会いましょう。鉄杖アレサ。お迎えの方がいらっしゃいますので、夜道にはお気をつけて」
「……趣味の悪さもどうにかしておけ」
立ち上がり、私は部屋のドアノブを掴む。まあ、そうだろうなと思っていたが、本当に来ていたとはな。
扉の前。お迎えの相手は、小鳥遊ホシノだった。
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『黒服』にもう一度呼び出されたかと思えば、部屋の前で隠れているだけでいい、という文言だけ。結果的に、来て正解だった。けど、来なきゃよかった、とも思ってしまった。
「風が少ない。珍しいな」
こんなにも星々がよく見える日も、久しぶりだ。
私とアレサは、砂にまみれた路地を歩く。星の明かりが昼間のように照らしていて、懐中電灯は必要なかった。
「ねぇ」
「なんだ?」
「君の過去って、でっちあげとかじゃないよね?」
「一番黒服と話したことがあるお前なら分かるだろう。奴に嘘など通用しまい」
──彼女の過去など、私は興味がない。けれど、聞いてしまった。だから、私はどうすればいいのか、分からなくなってしまった。
鉄杖アレサ。アビドス砂漠に突然現れた、半裸の変人。けど会ったのはごく僅かな時間で、カタカタヘルメット団だった不良生徒を率いて、アビドスから去っていった。かと思いきや、アビドスの復興案を考えてくれたり、何かと協力的な態度を見せた。けれど、黒服と話をしに来たのを見た時、私はようやくコイツを「敵」だと判ずることができた。
できたと、思ったのに。今度こそ間違えないと、決意したはずだったのに。
「私が話した通りだ。私はお前たちに覇道を示す。興味が無いなら、それでもいいさ」
無いわけがない。
だって、君は誰よりもアビドスにハッキリとした『希望』を見せてくれた。アビドスのために、頑張っていたのを示してくれた。
それすらも疑っていた私が、今は憎い。
きっと先生もそうなのだろう。アレサや黒服に比べれば、先生は多分、「良い大人」だ。親身になって寄り添ってくれる大人の隣が、心地いいと思ったのも初めてだった。
先生とアレサは、お互いに気が合っているみたいだし、シロコちゃんは最初から先生に懐いていた。私はそれがちょっと嫌だったけど、今なら分かる気がする。
「信頼する」って、こういうことを言うんだって。
「ホシノ、私はお前の過去を知らん。断片的な情報からある程度組み立てることはできるが、結局はお前の口から知りたいと思っている」
──全部知り得たんじゃなかったのか。
思わず顔を上げると、アレサはこちらを見つめて、微笑みを返した。
「情報が無かったんだ。お前と、
それは、私だけの思い出。私とユメ先輩の、「青春」の記憶。
「お前のことだ。どうせ、胸の内に仕舞い込んだままなのだろう──それでいいのか?」
「……え?」
「後輩に、偉大なる先輩の栄光を教えてあげなくていいのか? 抱えたままでも別に構わんが、どうせなら「昔はこんなにイイ先輩がいたんだよ」って、自慢してあげた方が、ソイツも喜ばないか」
思えば、誰にも話したことがなかった。
ユメ先輩のことは、誰よりも私が──私と、ユメ先輩しか居なかったから──尊敬していたのに。
あぁ、そうか。
ずっと手放したくなかったんだ。ユメ先輩のこと。
かわいい後輩たちに教えたら、私が「先輩」になっちゃうから。
「……この件が、ひと段落したら、かなぁ」
「ひと段落の暇はないぞ。まだアビドスはピンチのままだ。奴が手を引いたところで、カイザーはまだ手を引いていない」
うん。そうだね。
アイツは私を狙ってたけど、カイザーはアビドスの権利を狙ってる。アレサは『舟』って
まあ、アレサももう
「目下の目標として、アビドスからカイザーPMCを撤退させることか。借金問題も解決した訳じゃないし、その上で何か利用できないか……」
「うへぇ、なんかあくどいこと考えてる」
「勿論だ。あくどい奴にはあくどい手がお似合いだろう?」
「じゃあ後は任せてようかな。おじさんあくどいのは苦手なんだよ〜」
「最高戦力のお前を野放しにするわけないだろう。大人しく付いてくるんだな」
「うへぇぇ……」
ひんやりとしたそよ風を浴びながら、私はアレサの後ろをついて行く。
初めて、彼女と二人で夜道を歩いてみたけど、なんだか悪い気分じゃなかった。
区切りとなりますが、これにて『アビドス廃校対策委員会編』第一章、完結とさせていただきます。
次回、『アビドス廃校対策委員会編』二章は、また時間を置いてでの投稿になります。お楽しみください。
拙作を初めて読まれた方、旧作から続けて来られた方、お気に入り、感想、ここすき、評価等を入れて下さった方、誠にありがとうございました!
まだ終わりません!ちゃんと続きを書きますので!
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