一方、先生はというと。
万屋Kenshiの守護を受けつつ、その場で指揮をしていた。
"前に出過ぎずに! まだ柴大将の安否確認が取れてない、それまで防衛重視!"
「先生! 柴大将を発見しました。意識はまだあります!」
"衛生兵の子と一緒に避難を行って! そこの君と──で四人で柴大将を近くの病院まで護衛、戦線離脱を行って!"
「土嚢作成完了! 設置場所の指示を求む!」
"2時の方向から左へ順々に壁を構築! アレサとエリが蹴散らしてる間に防御を固めて!"
キヴォトスでは、銃撃戦も、集団戦も、日常茶飯事である。しかし、今回の戦闘は今まで経験したものよりも遥かに大規模。倒せど倒せど敵が湧き、未だ終わりが見えない。
しかし、それで狼狽える先生ではなかった。
万屋Kenshiの面々が、想定以上に戦い慣れている。それがいい塩梅になっているのだろう。先生は、これまでと違う「戦いやすさ」を感じていた。何せ、彼女らは指令が無くとも必要な行動を取ってくれている。
今は嬉しいことだが、逆にその「学生らしくなさ」に、思うところが無いわけではない。
後でアレサに聞き出すことが増えたと思うと、こめかみにシワが増えた。
「先生、便利屋が起きた!」
"! わかった、その子たちと話すから、少しだけスソノに指揮を預けるよ! ごめん、任せていいかな"
「大丈夫。数分くらいなら平気」
クリーム色の髪の少女、
そこに向かうと、応急処置を受けた便利屋68の四人が、戦意を滾らせて待っていた。
「先生、風紀委員会が攻めてきたって聞いたけど」
"うん。同じ、ゲヘナの所属でいいんだよね?"
「そーだねー。けど、いつもなら風紀委員長が真っ先に飛んでくるはずなんだけど、居ないっぽい?」
"……君たちはどうする? 今なら、万屋Kenshiが避難誘導を行なってくれると思う"
この惨状を見て、便利屋68は「自分たちが狙われている」という可能性を理解していた。相手はゲヘナ風紀委員会で、自分たちは指名手配者だからだ。今なら、簡単に逃げられるだろう。
しかし、それを良しとしない者が一人。
「逃げる? やられたまま、尻を捲るなんてあり得ないわ」
いや、四人。
「風紀委員会が、わざわざここに来ているのに違和感がある。先生、私たちも戦わせて。もしかしたら狙いが分かるかも」
「そーいうことっ。だから、ここは協力しない?」
「……」ニコッ
"うん。そういうことなら、有り難く──アルは防壁から狙撃のサポート、カヨコはスソノと戦況分析をお願い。ムツキは指示する場所に爆弾をばら撒いて。ハルカ、君は前線に出て防衛陣地を拡げて欲しい。行けるかな?"
「「「「勿論!」」っ☆」です……っ!」
四人の行動は、早かった。
△▽△▽△▽△▽△▽△
ゲヘナ風紀委員会の行政官、“
風紀委員会に割り当てられた、情報管制室の中。オペレーターを行っていた彼女は、モニターに映る味方部隊の反応が、続々と消失してゆく様を、ただ見つめることしかできない。
「何が、起きて……ッ!」
想定外の事態に、表情どころか意識まで歪んでしまいそうだった。今出ている風紀委員会のメンバーは、所属している九割──十二部隊ほど──を総動員させている。残りの一割、風紀委員長の空崎ヒナと
まあ、そのとある任務はアコがでっち上げたものなのだが。
「先生一人で、ここまで戦況が? いえ、明らかにあの万屋Kenshiとかいう、部外者の力が働いている。けど、アレらは一体何!?」
──アコの狙いは、【シャーレ】の『先生』にあった。
突如出現した、連邦生徒会会長と同等の権限を持つ組織。その顧問。その気になればキヴォトスを一瞬にして支配できるであろう越権の持ち主は、あらゆるものの火種となるだろうと、アコは予測していた。
近いうち、【ゲヘナ】と【トリニティ】は『エデン条約』と呼ばれる、相互和平のための機構を、設立するための条約が結ばれようとしている。犬猿の仲である
トリニティ、生徒会の『ティーパーティー』はそれを提案した側なため、当然、条約締結に積極的だ。しかしゲヘナを治める生徒会、『
そんな中、『ティーパーティー』が先生の情報を入手したという風紀委員会お抱えの諜報部からの情報が入った時、アコは焦った。
「こうなるはずでは……けれど、これも、敬愛する委員長のため!」
先生に関する情報は、未だ謎めいたままだ。そこそこ活動報告はあれど、D.U.区で起きた騒動以上の、目立った情報はない。そこに『ティーパーティー』が先生の、シャーレの情報を手に入れたとすれば、消極的なゲヘナの隙を狙い、エデン条約締結時に何かしらトリニティ有利の追加条約を結ばれかねない。
ゲヘナとトリニティの和平。聞こえはいいだろうが、やることは相互協力の紛争解決機構を作り出すことだ。
そうなれば、ただでさえ普段の仕事に忙殺されているヒナの心労は、耐え難いことになる。
ヒナはゲヘナにおいて最も戦闘能力が高い。この世の終わりめいた治安のゲヘナを、ほぼ単独で抑圧し、治安を維持している最強格だ。
エデン条約が結ばれれば、彼女がその中に組み込まれるのは絶対だろう。
単純な暴走ばかりなゲヘナと、陰湿さはキヴォトス一で捻りに捻くれた悪巧みが得意なトリニティ。そんな二つの学園の対処も加われば──そんな光景を、アコは想像したくなかった。
「たった一人、そう、たった一人の大人さえこちらの手に渡ればいいのに! なのにっ」
だからこそ、先んじて先生を風紀委員会の庇護下に置く。万魔殿にも、ティーパーティーの手にも置かせない。最高級の切り札を手元に置き、優位性を確保できれば、ヒナのためになる。
そのために、わざわざ全てを投げ打ったのに。
どうしてここまで遠いのか。
悔しさに下唇を噛んだ、その時だった。
ズダァンッ!!
「!?」
「動くな。天雨アコ、両手を上げて跪け」
突如、管制室のドアが破壊され、四、五人ほどの生徒が入り込んでくる。
制服の上から羽織った、白衣にも似たコート。歯車の上に数式が組み込まれたエンブレムは、あの気に入らない数理専門講師のお抱えの証拠。
『算術工学部』の生徒たちだ。
「なっ……なんでっ! 貴方は委員長と共に遠方へ行っていたはず!」
「任務が終わったからね。嫌な予感がして急いでみれば……案の定か」
白衣の生徒たちの後ろから来るのは、人ではなく、
「”サッドニール教授“!!」
「……僕は事前に「早まるな」と言ったんだけどね」
△▽△▽△▽△▽△▽△
アビドスの四人──ホシノは、今朝は学校で姿を見せたが、その後別れてから連絡もついていない──シロコ、セリカ、ノノミは、ようやく柴関ラーメンの跡地へ到着した。*1
そこで行われていた、激戦の後。柴関ラーメンだったものの周りが、紛争時のような要塞化が施され、ほぼ原形を止めていない。奥を見れば死屍累々となったゲヘナ風紀委員会の者たちが、死体*2の山となって積み上げられていた。
「えっ、何これは……」
「……もしかして、終わった後?」
「です、かね……?」
『……そう、ですね。一応、モニタリングはしていたんですけど』
通報があって来てみれば、既に事が済んだ後。襲ってきた者がカイザーグループの誰か、あるいはカタカタヘルメット団のような雇われなら、まだ理解できただろう。
しかし、相手は何故かゲヘナ風紀委員会。しかも想像していた数の倍は居て──壊滅している。
「あ、先生……と、便利屋? なんでここに」
「"あっ"」
二人の声が重なった。明らかに共同戦線を組んでいた様子のアルたち、万屋Kenshiと共に戦後処理を行なっている先生を見れば、四人の困惑は増すばかりだった。
「えーっと、どういう状況?」
"話せば長くなるんだけど……"
『そこは私が説明しよう』
突如耳にしたのは、ノイズ混じりの男性の声。若々しくも、くたびれたようなその声は、ホログラムと共に先生たちの前に現れた。
見えたのは、一人の機械種族。しかしキヴォトスでは見かけないタイプの容姿で、表面は錆びついている。どこか異様さを感じさせる人物だった。
そこに、足元に簀巻きにされ、口にガムテープを貼られ、「私は勝手に風紀委員会を総動員させました」というプラカードを提げられた、冥色の髪の少女を添えて。
彼は口を開く。
『風紀委員全員、武器を下げなさい。これは顧問命令だ。我々は既に敗北している』
倒れてもまだ立ちあがろうとした者が、武器を手放さなかった者が、それぞれ得物を下ろす。中には、ようやく終わったことに安心して、倒れ込む者もいた。
『アコ……足元の生徒が、今回の騒動の原因だ。そして、私はその上官にあたる。
紹介が遅れてすまない。僕は、ゲヘナ学園数理専門講師、兼ゲヘナ風紀委員会顧問、サッドニールだ』
「サッドニールだと!?!?」
『「「「「"!?"」」」」』
大声を出して驚愕したのは、野太刀を背負い、気絶したイオリを引き摺ってやってきたアレサだった。今まで見たことない驚愕っぷりを見せた彼女は、イオリをその場に放棄し、ホログラムに近づく。
「お前、ここに来ていたのかッ!?」
『……そうか。そっちに居たのだな。久しいな、アレサ。積もる話はあるが、まずは僕らの謝罪が先だ。後でいいか?』
「……あぁ。後で絶対に、連絡先を寄越せ」
"あ、ごめん待って。君たちは知り合いなのかな?"
「そうだ先生。私とサッドニールは同郷……キヴォトスの『外』の者だ」
今度は、先生やアビドス、万屋Kenshiの面々が驚愕する番だった。
が、サッドニールは咳払いを挟み、強引に話を戻した。
『話を戻そう。ひとまず、今回の騒動は、ゲヘナ風紀委員会が『先生』を狙った襲撃だ。確保、ないし脅威となれば排除を目的としていた。
しかし、これは【ゲヘナ】の総意ではない。足元の彼女、ゲヘナ風紀委員会行政官、天雨アコが暴走した結果だ。しかし、彼女の暴走を止められなかった私と、委員長に責任はある。まずは、彼女の上官として、【ゲヘナ】として私が代理して謝罪申し上げる』
腰を折り、頭を下げるサッドニール。その様子を、誰もが静かに見ていた。
『勿論、天雨アコには相応の処罰を行う。ゲヘナの支給金を減額、ないし一ヵ月の停学処分、反省文二十枚といったところか。そちら……アビドスの代表は何処に?』
『は、はい! えっと、『アビドス廃校対策委員会』、書記の奥空アヤネです。委員長のホシノ先輩は、今は連絡がつかない状態で……ひとまず、私が代理でお聞きします』
『恩に切る』
まずは、アビドスに対してサッドニールは向く。
『アビドス領地付近での騒ぎ、柴関ラーメン損壊の補填は、こちらで行う。天雨アコの支給金からいくつか天引きしつつ、私も私財を払う。金額は、今提示した分でよろしいか』
『確認します……いっ、一億……ッ!?』
『大半は僕の私財だ。やったのが生徒とはいえ、講師として生活が困窮するまで子供を搾り取れはしない。大人の我儘になってしまうが……』
『い、いえ! 十分です! 十分過ぎますっ!』
サッドニールの足元で、アコが見せられないような表情でジタバタと動いているが、あいにく目と耳以外の全てを塞がれているために、何を主張しているのか分からない。
『続いて、陸八魔アル……いや、便利屋68の方がいいかね?』
「えっ、わ、私たち?」
『今すぐ逃げなさい。これは私からの親切心だ』
「逃げ、えっ?」
「……まさか」
またも足元のアコがジタバタ動く。サッドニールの言葉に何かを察したカヨコが、自身に向けられている視線に目を配らせると、アコも黙った。
そこに居たのは、背中をマントのように覆うほど長い白髪の、アメジストの瞳を宿した少女。
軍服めいたゲヘナの制服に身を包み、『ゲヘナ風紀委員会』の腕章を着けた、ゲヘナ最強の存在。
「……アコ、これは何?」
『!?』
──ゲヘナ風紀委員会、風紀委員長の
「それに、便利屋68も……いない。サッドニール、さっきまで便利屋68が居たような会話だったけど」
『君が見た通り、ここにはもう居ない。彼女らは『美食研究会』や『温泉開発部』、そこらで暴れ捲るゲヘナ生らと比べて、比較的野放しにしても問題ないグループだ。仮に居たとしても、奴らを捕まえる優先順位は、この状況と比べれば些事じゃないか』
「……そうね」
人を射殺せるほどに鋭い目つきだが、疲れ切って隈が見えている。今を憂いているのか、どこかシナシナに萎れている様子の彼女。
しかし、彼女を見る者は圧倒されていた。疲れているといったものの、その佇まいに隙がない。キヴォトスでも有名な最強格たる少女から放たれるオーラは、本物。
それに当てられたのか、
「おい止まれバカ。今は絶対戦う場面じゃねぇだろ」
"シロコ、ステイ"
「「しゅん」」
彼女らを置いて、サッドニールは続けた。
『シャーレの先生とは、お初にお目にかかる。見るに、アレサと仲が良いようだが、アレサはあの通り自由奔放で、じゃじゃ馬のサイコパスだ。振り回されていないかね?』
「おいブリキ野郎」
"ど、どうも……アレサは、まあ、うん。そうだね"
「先生、それはどういう感情かな?」
『よし、よく分かった。アレサ、君はここでもいつも通りなようだ。何も言葉は要らないな』
"ナカガイインダネ"
もはやそう切る以外に、先生は目に見える火蓋を抑え込めそうになかった。
『正式な場は、互いにスケジュールを合わせてからにしたいと考えている。シャーレの先生、それと奥空書記も、多忙なところと見る。こちらの我儘を重ねてすまないが、今はそれで手を打たせていただきたい』
『……えぇ、私は問題ありません。皆は?』
「まあ……言葉通り、なら」
「大丈夫ですよ☆ 確かに、今の私たちはそれほど余裕がないですし……」
「…………」
"シロコ、もしかして戦えなくて不満だったり、する?"
「うん」
「うん、じゃないでしょっ! とにかく、ホシノ先輩が居ないけど、多分同じ返事になると思うし、アビドスは問題無いわ!」
"私も、いつでも大丈夫。ちょうど良いし、連絡先の交換をしておこっか"
こうして、アビドス市街地に来たゲヘナ風紀委員会の襲撃は、あっけなく終結した。
ゲヘナに必要以上の血が流れたが*3、サッドニールの謝罪を受け入れたことで和解。補填は数日後に正式な場を設けることとなり、この場にいる代表者が、それぞれの連絡先を交換した。
先生らが話している間、アレサはヒナの元へ近づいていた。使っていた武器は仕舞い込み、一息ついた様子で話しかける。
「苦労しているようだな、空崎ヒナ」
「……貴方は」
「鉄杖アレサだ。サッドニールから話を聞いたことは?」
「ある。そう、貴方がアレサ」
ヒナの反応は、淡白なものだった。しかし、観察するような視線を向け、目を細める。
「幾度も姿を変えて蘇り、徒党を率いた、『国殺し』。「僕が居るなら、この世界にも来ているだろう」と言っていたけど……なるほど、貴方がそうなのね」
──『国殺し』。
それは、かつての世界でアレサら率いる組織についた異名だった。
【都市連合】の街を完膚なきまでに解体し。
【
【シェク王国】に終幕を降ろさせた。
必要だったとはいえやり過ぎた。とアレサは振り返るだろう。大陸を統べる三国を破壊し、結果的に拠り所を失った人々を増やした。
「国殺し、か。私個人に向けられた名ではないが、まあそうだな。私はかつての世界で、多くの仲間を率い、人類の大多数を殺した。お前から見れば、悍ましい存在だと思われて当然か」
荒廃した世界には多過ぎた人類が、さらに飢餓に喘いだ。
峻厳な戒律に心を委ねた人々が、法無き世界に苦しんだ。
死を顧みない武人たちは、死に臆する人々に食い潰された。
──アレサは、その後の世界を見ていない。
もう一度世界を巡ろうと旅に出て、気がつけばキヴォトスに居たのだから。
「ヤツは私らのことなど眼中に無かったようだが、お前はどうだ?」
私の方が、よっぽど危険分子に見えないかね?
どこか疲れた様子で遠い向こうを見つめながら、アレサは乾いた笑みを見せた。
「サッドニール」
・大陸中央、酸性雨が永遠に降り続ける『デッドランド』にいるユニークNPC。ほぼ無条件で仲間になってくれる、悲観的な性格のスケルトン。
本作では一人称が「僕」になっている。
「白衣にも似たコート」
・マシナギアMODの装備の一つ。ダスターコートをそのまま純白に染めたようなカラーリングで、軽そうな見た目に反して重装備扱い。
ブルアカステータス風のプロフィール
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