Blue Kenshi   作:外道カヤノ

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14.共同戦線

 

 かつてアビドスの街だった場所。砂に埋もれつつあるが、廃墟という体でまだ街の姿を遺している。既に電力が通っていないはずのビルの一室。事務室であろう、塗装の禿げたコンクリ壁に覆われた部屋の中で、二人の人物が話し合っていた。

 

「そういえば、あなたに一つお聞きしたいことがあります」

 

 一人は、デスクに腰をかけた大人の男性。黒いスーツと黒いネクタイの姿。身長は成人男性の平均を優に超えており、スラッとした体躯が特徴的だ。

 しかし、漆黒に染まった頭部。火の玉のように揺らめく白い光の目と口を持つ顔という、異形の容貌と比べれば、身体的な特徴は些細なものかもしれない。

 

 もう一人は、この場に呼ばれた少女。ピンク色の髪の、幼い体躯の少女。黄色と青色のオッドアイという特徴は、キヴォトス上では小鳥遊ホシノ以外に存在しない。

 

「……何?」

「あぁ、ご心配なく。アビドスには関係のない質問です。私が聞きたいのは、『アレサ』と名乗る人物についてです」

「アレサ?」

 

 異形の容貌の男──"黒服"──が口にした名前に、ホシノは顔をしかめる。

 

「貴女から見て、彼女はどのような人物でしたか? 私が聞きたいのは、それだけです」

「ふぅん……まあ、そうだね」

 

 普段の呑気な様子はなく、今にも爆発しそうなほどの憎悪を詰めた表情のホシノは、黒服から目を逸らすことなく熟考する。

 

 鉄杖アレサ。ホシノから見れば、先生と同じく、突然やってきた人物だった。

 

 セリカ奪還のために奔走していた時、ソイツは居た。キヴォトスではお目にかかれない剣を振るう強者。一戦交えて、感覚的に自分と同等、シロコ以上に強いと感じた。その時は焦っていたこともあり、「コイツはここで排除しなければならない」という本能から、この場で倒す敵と捉えていた。

 しかし、

 

『少し懐かしい光景を見た』

『とても大切な事を、思い出したんだ』

『だから、行け』

 

 続々と来るカタカタヘルメット団を前に、殿を務めると言い放ったアレサの姿に、ホシノは()()()()()()()()

 

 コイツも、もしかして。と、一瞬でも思ってしまった。

 

 だからその時は背中を頼ることにしたが、次の日になってみれば、全裸で縛りあげられたカタカタヘルメット団と一緒にアビドス校舎に入り込んでいたのを見た時は、流石のホシノもブチギレた。

 

「……アイツは」

 

 その後も、会う機会がいくつかあった。

 万屋Kenshi。彼女が立ち上げた事務所で、アビドスを復興する案を貰った。アビドスがいかにして、カイザーグループに狙われているかの理由を知り得た。銀行強盗に加担してしまったが、おかげで誰が敵なのかがハッキリと見えた。

 

 見えなかったものが、出来なかったことが、どれだけ願っても、祈っても、遂げられなかったアビドス復興の一歩の先に、ずっと彼女がいるのだ。

 

 分かっている。彼女はむしろ、こちらを助けている。

 

 ──いや、だからこそ、

 

 

 

「…………気に入らないヤツ」

 

 

 

 分からないのだ。

 

 

 

 「学校を作りたい」と語る彼女の顔は、

 

 

 

 殺人鬼の表情をしていた。

 

 

 

 それが、ホシノには恐ろしくてたまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽△▽△▽△

 

 

 

 

 

 

 柴関ラーメンに、何者かが攻撃してきた。

 

 ただそれだけを察したアレサは、崩壊し、瓦礫の山と化した柴関ラーメンから飛び上がった。本能が察知した、敵意が向けられた方向へ、とりあえず杖とフラグメントアックスを投擲する。手ごたえまでは流石に分からないが、牽制としては上等だろう。

 

 武器はまだある上に、キヴォトス人で近接武器の扱いに長けている者は、今のところワカモくらいしか思い当たらない。杖はまだしも、フラグメントアックスは拾っても錘にしかならないだろう。*1

 

「ッ、げほっごほっ……無事か!?」

"な、なんとか……!"

 

 返答したのは、アレサの予想を外して先生だった。混乱しそうになった思考を退かし、アレサは手早く先生に伝える。

 

「先生、敵襲だ。相手はゲヘナ、か。制服がソレに似てる。狙いは便利屋か……いや、この場合は先生か? とにかく、協力を要請したい」

"もちろん。私も指揮をするよ"

「ありがたい。便利屋にも声をかけてくれ。コッチの面子は勝手に動く。柴大将は……無事であってくれ」

 

 アレサはさらに、野太刀をバックパックから引き抜く。刃まで純白に染まった、身長を軽々と超える刃渡りの刀を上段に構え、アレサは彼我に目を凝らした。

 

「万屋Kenshi、緊急依頼を受諾する──総員! いい加減起きろ!!」

「──ーってるよ! 剣を寄越せ!」

 

 瓦礫から飛び出した手。叫んだ相手がエリだと分かった瞬間には、アレサは九環刀を彼女の手に収まるよう投擲した。

 それに続いて、瓦礫から飛び出す影がいくつか。戦闘着は無いが、それでも戦闘時のスイッチが入った彼女たちは、それぞれ得物の愛銃を取り出す。

 

「エリは私に続け! フリデ、カトは周辺の探知! 他は柴大将の捜索、並びに先生の護衛と防衛陣地の構築を急げ! スソノはアビドスに連絡しろ。アヤネに一報入れれば全体に行き届くはずだ! 手が空いたヤツはそこらの雑魚を蹴散らせ!」

「「「「「承知!!」」」」」

 

 九つの輪が取り付けられた、反りのある刀身が特徴的なサーベルを手にしたエリが、口に入った土を吐き捨てながらアレサの横に立つ。フリデとカトは、既に気配を消して飛び出していた。他のメンバーは瓦礫を退かし、それぞれ位置について銃を構える。

 

「先生、私は征く」

"……一応言うけど、殺人は駄目だからね"

「何、私もあちらに聞きたいことが山ほどある。精々半殺しだ」

 

 その言葉を最後に、アレサは飛び出した。

 

「刀っ!?」

「シィッ!」

 

 真っ先に狙うのは、イオリ。【都市連合】の上級守衛レベルと判断したアレサは、跳躍と共に野太刀の突きをイオリに放つ。

 愚直な突撃。しかし命の危機を感じるほどのソレを、イオリは体をスライドさせるように回避する。

 

 すれ違い様にライフルを構え、一瞬で照準を合わせる。イオリの才である、瞬間的なエイム力。それが今、発揮される。

 

「──銃相手に、舐めるなッ!!」

 

 スナイパーライフルで狙うには、いささか近すぎる距離。しかし、近すぎるが故に回避は不可能。ライフルから放たれた弾丸は、アレサの頭部へ着弾──しなかった。

 

 斬り払い。アレサは体を軸にし、回転させて野太刀を振るう。刀身が弾頭を真っ二つにし、弾道を体から逸らす。弾丸を斬るという神技を成したアレサだが、次の瞬間、散弾を浴びたかのような衝撃が襲いかかった。

 

「なにッ!?」

「もう一発!!」

 

 弾丸が炸裂した。刀身に触れた瞬間、弾頭が粉々になってでも着弾してきたのだ。小粒の金属が体にめり込むのを感じながら、アレサは距離を取らんと跳躍する。

 

 イオリはもう一発撃つ準備が済んでいた。再度、体をスライドさせ、無意識だが神秘を銃弾に込める。次に撃つ弾丸も、着弾時に炸裂するスナイパー弾だ。

 二度目の射撃。次の狙いは胴部だった。相手は狼狽えている様子。対応は難しいだろう。

 

 そう思っていた。が、

 

「ならば、こうか」

 

 グシャッ

 

 アレサは野太刀を手放し、放たれた弾丸に手を伸ばし、()()()

 金属の手が、まるで外側に引っ張られるように動くが、それ以上のダメージはない。着弾時に炸裂するならば、着弾しても炸裂する余地がないよう、手の中に収めたのだ。

 

「はぁ!? 何それッ!?」

「なるほど。それがお前なりの神秘の込め方か」

 

 今度はイオリが驚愕するが、イオリ自身は驚愕している暇がない。最後のスライド移動を行い、十分に距離を取ったイオリは、三度目となる神秘の一撃を放つ。

 が、それももう片方の手で掴まれる。

 

 銃弾を掴む。近接戦闘によって培われた動体視力と、機械だからこそできる義手の瞬発力、そして義手そのものの耐久力があってこそ、可能な技術。尤も、剣で弾丸を切る技術を会得済みのアレサにとっては、()()()()()()()()()()

 

「悪くないが、物足りん」

 

 野太刀を持って突撃したのに、その場で野太刀を手放したアレサは、素手のまま突撃する。泡を食ったイオリはもう一度弾丸に神秘を込めようとするが、遅かった。

 

「来んな──ッ!!」

「寝てろ、ッ!!」

 

 左腕でラリアットを放ち、空いた右腕を曲げ、吹き飛ばんとするイオリの背中にフックを与える。イオリは前面と背面から強い打撃を受け、酸素と共に体液をぶち撒けた。

 

「さて、次」

 

 その場に崩れ落ちたイオリを一瞥し、アレサが顔を上げれば、向けられた視線は恐怖。銃は向けているものの、既に臆した様子のゲヘナ風紀委員たちに、アレサはため息をついた。

 

「どうした。喧嘩はお前たちが売ったんだろう? 私は一人ずつ平等に、その喧嘩を買うつもりだが……まさか取り下げるつもりか?」

 

 そう吐き捨てたアレサの表情は、呆れていた。

 

 

 

 

 △▽△▽△▽△▽△▽△

 

 

 

 

 一方、エリはゲヘナ風紀委員の集団に囲まれていた。

 右手に九環刀、左手にサブマシンガンという構成で、アレサに頼ることなく戦っていた。

 

「速い!? ッ、後ろ!」

「違う、右方こッ!?」

「音に惑わされるな! 鳴った方向とは違う箇所から来ッ!? きゃあああっ!」

「手榴弾!? 待って、私に投げてる──!!」

 

 銃声、爆発音、破壊音、それに混じり、シャラシャラと綺麗な金属音が鳴り響く。金属音は、この騒音の中でもハッキリ聞こえるほど大きく、聞きなれない音に翻弄される者は多かった。

 

 そして、その音源は九環刀。エリは、剣を振るう度に出るこの音を利用し、集団戦を立ち回っていた。

 

(剣のくせに斬れねぇ! こんなんじゃただのカッコいい鈍器じゃねぇかよ! けど、ダメージは銃を使ってた時より入ってる感じがする。不思議と、手に馴染む)

 

 サブマシンガンで中距離の相手に牽制を与えながら、九環刀で斬り伏せる。このルーティンを、ジグザグに走りながら行う。振るうことで自分の居場所を知らせる性質を利用し、斬った時にはもう居ないという、撹乱を主軸とした戦法を使っていた。

 

 アレサからの()()()を受けてから、エリの戦闘スタイルは大きく変わった。アサルトライフルで気持ちよく乱射すればいい──という、かつての生温い戦闘スタイルはもうない。

 生と死が表裏一体の本場で培った戦闘技術。アレサという異端者(剣士)から、エリは自身も剣士(異端者)になるよう告げられたのだ。

 

『このメンツの中で、一番強いと感じたのはお前だ。そして、私の死後にこの徒党を引っ張るのもお前だろう。だから、私の居た証をお前に刻む』

 

 ふざけんな勝手に決めんじゃねぇ。

 

 と言いたいところだったが、アレサの薫陶を受ければ、生温い環境に浸かった自分を矯正できると思うと、自然と反論はでなかった。

 リーダー格は、強者である義務が発生する。エリはそのリーダーを、自ら立候補する程度には我が強く、実際にカタカタヘルメット団の中では一番強かった。だからこそ、キヴォトスには存在しない、外なる世界の名刀を貸し与えられる程度には、努力したのだ。

 

 力が無くて項垂れる人生など、もう嫌だから。

 

「ようやく貸して貰ったんだ。アタシのモノになるまでに、くたばってられっかよ!!」

 

 九環刀を真上に投げる。シャラシャラと鳴る音が、平面ではなく垂直方向へ。音に惑わされていた者、迷うことなくエリを狙っていた者も、戦場で最もうるさかった騒音が離れていくのに、注目してしまった。

 

 武器を手放したエリは、身近に居たゲヘナ風紀委員の一人から、手榴弾をくすねる。戦闘技術だけでなく、窃盗技術までも学んだ彼女は、その場でピンを抜いて転がし、走る。手榴弾から数歩離れ、手頃なゲヘナ風紀委員の体にしがみつくようにし、その少女を盾にした。

 

 

 ズドォンッ!!

 

 

 モブだった少女(洲端エリ)は変わった。なりふり構わず、しかしあるものは全て使う。これまでと違い、泥を被ろうが血を吐こうが、死力を尽くして戦うスタイルを確立した。

 

 その姿は、鬼人(アレサ)を彷彿とさせるだろう。

 

「ふゥー……ッ、次だ」

 

 自身に落ちてくる九環刀をキャッチし、サブマシンガンを素早くリロードする。

 まだ終わることはない。敵は湧き続けている。ならば、全て討ち倒すまで、走り続けなければ。

 口元についた土埃を拭い、エリはまだまだやってくるゲヘナ風紀委員会に、剣を向けた。

*1
メイトウフラグメントアックスの重量は72kgなため

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