Blue Kenshi   作:外道カヤノ

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7.走るなら前を向け

 

「さて、お前たちの依頼だが……大方「アビドスをどう復興するか」じゃないか?」

「キッショ、なんで分かるのよ」

「いずれそういう依頼が来そうだな、と考えていたのでね。フリデ、資料を取ってきてくれ」

「了解了解了解」

 

 気持ち悪いものを見る目を向けるセリカを無視して、アレサは席に戻る。

 彼女の言う通り、今日アビドスのメンバーがここに来たのは、復興案を相談するためだった。実は言い出しっぺは先生なのだが、そこに至るまでの理由が「復興案の会議をしたところ、ふざけた提案しか出ずアヤネが憤怒に染まりちゃぶ台返しをした」ためである。意味がわからないと思うが、実際にあった出来事なのでそう言う他ない。

 

 最終的に先生に意見を申し出たところ、先生から万屋Kenshiを頼ってみては? という提案が出た。決してバチギレアヤネが怖かったから矛先を万屋Kenshiに向けたわけではない。

 数秒ほどして、音も気配も無くしたフリデがいくつかのファイルを持って来る。それをアレサが受け取ると、おもむろにページを開いて、皆に見せびらかした。

 

「私は砂漠地帯の出身でな。そういうところで育ってきたから、アビドスのような環境でもできる、産業のノウハウはいくつかある」

「砂漠の? そういえば君も『外』の出だったね。どんなところだったの?」

「"グレートデザート"……名前通り、大陸の四分の一くらいを覆いつくすほどの砂漠地帯だった。砂しかないのはアビドスと似ているが、アビドスと違ってある程度の植生はあった。毎日砂埃が酷い環境なのに、いくつも街が建っていた。主に建築資材やサボテン、麦を生産していたな」

 

 出身に食いついたホシノに、アレサはかつての世界に思いを馳せながら話す。

 グレートデザートに建った国、【都市連合(United Cities)】は、アレサと最も縁がある国と言えた。各地に主要都市を形成しており、大陸にある三大国の中では一番大規模であった。

 彼女はあえて口に出さなかったが、かの国は産業として奴隷も排出していた。──かつては、その奴隷の一人であったことを思い出す。

 

「まあ……アビドスと比べたら天地の差だろう。人間の屑しか居なかった国だった」

「えっ」

「え? そこは、良かったとかではなく……?」

「キヴォトスと違って、私が居た国は、大人の人間が国を担う。だからか、貴族や王といった上流民の狡賢さや醜悪さが、お国柄として出てしまうんだ……ま、都市連合は私が全て滅ぼしたが」

「えっ? 滅ぼし……?」

「あぁ、見つけた」

 

 これだ、とアレサは青色の紙で描かれた設計図を見せる。

 いくつか気になるワードがあったが、一旦は棚に置いた。

 

「これは建築資材を作る装置。かつての世界では自律稼働にAIコアが必要だったが、キヴォトスの技術力なら容易に自律可動式のものが作れるだろう」

 

 それはタービンにも見える、奇妙な装置だった。四角形のソレは回転する円盤が取り付けられており、それぞれ頭何かを入れるショベルらしき口と、臀部にはベルトコンベア付きの排出穴がある。

 

「砂を固め、コンクリートにするものだ。装置の仕組みについては長くなるから省く」

「これ一つで、砂をコンクリートに?」

「出来る。通常のコンクリートのように液状ではなく、凝固済みのブロックを一定の大きさで製造するものだ。コンクリート特有の形の自由さは失われるが、ブロック状だから組み立てるのを想定している。なんならレンガのように積み上げて、補強してもいい」

「へぇ~……ブロックの形って変えたりできるの?」

「ある程度であれば大きさや形状を変えられる。装置を改修すれば、普通に生コンを産むタイプも作れるだろうな……この辺りは素直にミレニアムあたりに委託すればいいだろう」

 

 設計図や、その横に記したスペックなどをホシノに説明している中、先生はじっと設計図を見つめる。精密に外見を描いた三面図に目を凝らし、感じた違和感をどうにか拾い上げようと頭を捻る。

 

「あの、アレサちゃん」

「なんだ? ノノミ」

「これ……安全な装置、なんですよね?」

「安全じゃないぞ」

「安全じゃない!?」

"!!!!"

 

 安全じゃない。その言葉で、先生は感じていた違和感がハッキリとした。

 

 ──「ヨシ!」と指差す、ヘルメットを被った猫の幻影*1が、この設計図から大量に浮かんで見えるッ!!

 

「元は奴隷に使わせる装置でね、こんな自律稼働ではなく手動式だったんだ。まあ自動だろうが手動だろうが、疲れ果てた奴隷が不幸にも投入口に入り込んでしまう事故が絶えなかったんだが……」

「いやグロいわよ!?」

「私が奴隷だった頃は、三人くらいが過労でコレに巻き込まれて、四人くらいの看守がコレに入れられて事故死を装わされてたな。入れれば誰でもコンクリブロックになるから、元が誰かも分からなくなる」

「ん、画期的」

「だからグロいしやめなさいってんの!! シロコ先輩も感銘を受けない!!」

(奴隷だった頃って……)

 

 結局、安全な改修案ができるまで、建築資材を作る装置は却下となった。少しはビジネスの足しになるかと思っていたアレサは、「これも時代の流れか……」と何の感情か分からない涙を溢しながら次のページを開いた。

 

「では次。こっちは単に草案だけだ」

 

 次に提案したのは、アビドスの砂をガラスに加工するというものだった。先と同じく建築資材の生産となる。

 

「アビドスの砂は粒が大きい。見たところ、砂漠らしい砂粒じゃないのが気になるが……ガラス材料の珪砂としては申し分ないだろう」

「砂漠らしい砂粒?」

「そこは、説明しづらいんだが、違和感の言語化ができなくてな。ともかく……」

 

 アレサは説明を続ける。先もそうだが、現実的な提案に、ホシノに限らず皆も耳を傾けていた。

 ガラスを生産する装置の仮設計図、生産のために解析や効率化に特化した【ミレニアム】との連携、同じ資源採掘産業を行なっている【ゲヘナ】との交渉、巨大な市場を有する【トリニティ】との商売パイプを繋ぎたい……と、資料には書かれていた。

 殆どが走り書きだが、計画(プラン)として提案できる程度にはまとめられていた。

 

「建築資材をメインにしようと思ったのは、キヴォトスの人々は壊すことに無頓着過ぎると思ったからだ」

"壊す……か"

「喧嘩になれば銃を持ち出し、さらに悪化すれば手榴弾や戦車、小型ミサイルも厭わない。D.U.区は今こそ綺麗な街並みだが、先生が来る直前は荒れ果てていたと聞く」

 

 確かに、と彼は思い出す。

 連邦生徒会長が失踪し、それが公になってしまったあの日のこと。『先生』としてシャーレ着任の命を受け、不良生徒がこぞってシャーレオフィスを襲撃していたのをいなした、運命の日のことを。

 

 なりゆき、気分で、なんか面白そうだったからと集まった不良生徒たち。テロ活動を扇動した、『七囚人』の一人、”狐坂(こさか)ワカモ“の撃退。その時、ちょうど集まっていた各学園の生徒たちの手を借り、なんとかシャーレオフィスを奪還したことは、今でも鮮明に思い出せる。

 

 ──その際の被害は、まさしく地震災害が起きた後のような、ボロボロになった街並みであった。

 迅速に復興されたものの、アレが日常茶飯事であると言われた時には、先生は気が飛んで行きそうになった。既に慣れてしまったが。

 

 建物の破壊は、シャーレに着任した後もよく見る光景となった。そう思うと、不良生徒や傭兵集団、ロボットなどに破壊されまくっても、即日で修復、復興まで行くキヴォトスでは、建築資材の供給は大いに需要があるだろう。

 

「特に、キヴォトスにおいてガラスは、最も必要とされている建築資材だ。装飾、窓、そのまま壁として、あるいは工芸品……用途は多い。それに、この世界はやけにガラス張りの建物も多いからな。だから、ひとまずはガラス産業」

「ふぅん……」

「その次はサボテンだな。アビドスの土壌がどうなのかは知らんが、環境に合った農作物として……」

 

 ホシノ以外のアビドスの面々も興味が出たのか、資料を見つめている。細かな部分は詰められていないものの、借金返済のための現実的なプラン。これなら行けるかもしれないという、夢がある。

 

 そうして、談話スペースに穏やかな時間が流れてゆく。最後まで質疑応答が絶えず、アレサが持ち込んだ資料は、一つだけでなく、三つ四つと増えていった。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽△▽△▽△

 

 

 

 

 

 時刻は夕暮れ。思った以上に実りのいい話が多かったのか、皆の様子はウキウキで、明日が楽しみな子供らしい顔つきになっていた。

 私も、思えばそんな表情になっていたと思う。

 

「ホシノ先輩、ガラス生産の案件、受けてみたいと思うんです」

「アヤネちゃん」

「装置の開発のためにアレサさんやミレニアムに話をしたり、工場建設のために土地の状況を見直す必要があったりしますが、これなら借金返済プランにしても良いと思ったんです!」

 

 D.U.区からアビドス校舎へ向かう帰り道。珍しく皆で出張ったからか、歩くスペースは遅い。帰ったら夜になるだろうな。先生はそのままシャーレオフィスに帰るみたいだったから、解散になった。

 アヤネちゃんは、久しく出ていなかった真面目な復興案に、とても興味があるみたい。タブレットを忙しなく動かしてたから、本当に実現できるかどうか、一生懸命考えてるんだと思う。

 

「うへぇ〜……そうだなぁ」

 

 私は──どうなのだろう。

 

 多分、初めてだった。真面目に物事を考えてくれる、大人の()()。うち先生は当然として、もう一人は、鉄杖アレサ。あの子はキヴォトスに当たり前のように存在する、少女の一人のはず。なんだけど、私には、()()()()()()()()()()()()()()に見えて仕方がない。

 

 隠すことのない強者のオーラ、砲弾すらも斬りふせる剣捌き、私の知らない知識や技術を抱えていて、尚且つすごい頭が回る。──武力の有無を抜けば、私が知る『悪い大人』のように思えて、恐ろしかった。

 

「ま、やってみてもいいんじゃない?」

「本当ですかっ!? それじゃあ、色々準備しないと!」

 

 どうしてアビドスにここまで親身になってくれるのか、そこだけがわからない。

 実際、彼女が出した復興案は、どれも真剣に、真面目にアビドスの未来を見据えて考えているのが分かった。機械装置に関しては何とも言えないが、あの時出されたプランは、全て嘘八丁でないのが嫌でも理解できてしまう。

 

 嘘をつく大人の目ではなかった。けど先生のような、少し離れて様子を見守る、親のような優しい眼差しもない。

 試行錯誤に浸り、未来を見据えて汗水垂らす。夢に向かって突き進む、私にはあまりにも眩し過ぎる瞳。

 

 おじさんには、羨ましいよ。

 

「……わかんないなぁ」

「……ホシノ先輩?」

「んや、何でもないよ」

 

 鉄杖アレサ。彼女のことが分からない。

 

「本当に?」

「やだなぁ、久しぶりに頭使っちゃって疲れただけだよ〜」

「ん、それもそう」

「シロコちゃーん? 言い方に少し悪意があった気がするなぁ」

 

 本当にアビドスに手を差し伸べているのか。あれもこれも、全てが演技で、腹に何かを抱えているのか。

 

「珍しくシリアスな顔立ちでしたね〜☆」

「そうですね。いつもと違って、結構まともな感じでしたし」

「ノノミちゃんにもアヤネちゃんにも裏切られたっ!? セリカちゃ〜ん!」

「わっ! な、何っ!? 抱きつかないでください先輩っ!」

 

 これ以上、私に何も考えさせないで欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 資料のコピーを貰い、皆が帰りの準備をする最中。アイツは、帰り際に私にだけ一枚の紙を渡した。

 ノートの一ページのコピー。そこには、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『アビドスの土地の九割は全てカイザーが買収済み』『カイザーグループはアビドスの土地に眠る兵器を探している。主軸はPMC』『土地の大半を無駄に買い占めている。前述の兵器探しのためか』『柴関ラーメンの退去勧告。絶対に許さん』『舟? 狙いの兵器の暗喩か』『狙いはそれだけではない。むしろ兵器探しはオマケ』『カイザー理事はあの貴族共を思い出す。皮剥き機にかけてやる』『投入リソースからして、兵器はキヴォトスを転覆するに値するものの可能性』『資金源にアビドスが返済した借金を確認。襲った銀行の帳簿から一部発見』『ブラックマーケットで一番大きい闇銀行、あそこを調べる必要がある』『万屋Kenshiの設備が整うまで我慢』『カイザーに巨大なバッカー、あるいはパトロンが二つ以上いる。一つは連邦生徒会が噛んでる可能性あり』『見られている。違う、視ている』『キヴォトス最高峰の神秘保有学校、アビドス』『ネフティス、ハイランダー鉄道学園との軋轢』『梔子(くちなし)ユメ前生徒会長』『砂嵐』『アビドス砂漠に未知の巨大生物』『デカグラマトン』

 

 

 

 『ゲマトリア』

 

 

 

 『私は奴らに接触したい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『小鳥遊ホシノこそが、ゲマトリアの狙いか』

 

 

 

 

 ──これ以上、敵が増えるというのなら。

*1
頭にヘイローが付いている





「グレートデザート」

 初期スタート地点に選ばれがちなエリア。マジで砂しかない。たまにスキマーや人狩り、奴隷商や天龍人みたいな貴族集団がうろついている。この世の終わりみたいな砂漠。



「建築材料を作る装置」

 ゲーム内では「石材加工機」と表記されるもの。絶対に入ったら死ぬ形をしている。
 これよりも労災になりそうな「ハイブリット石鉱山」がある。気になる方は是非Kenshiをプレイしてみよう!

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