この店舗の戦略で特筆すべきは、「デスティネーション・ストア(目的来店型店舗)」というコンセプトです6。通常、スーパーマーケットは駅から近いなどの「立地」で選ばれることが多いですが、バローは「商品に魅力があれば、多少遠くても顧客は足を運ぶ」という信念を持っています7。
実際、横浜下永谷店は駅前の超一等地ではなく、駅から徒歩13分の住宅立地に位置しています8。これは、都心駅前の激戦区を避け、質の高い食品を求める住民が多い「食の空白地帯」を狙った計算された立地戦略です9。
さらに驚くべきは、同社が「特売チラシに依存しない集客」を目指している点です10。
従来のスーパーのような「日替わり特売」で客を呼ぶのではなく、「バローに行けば間違いなく美味しいものがある」という信頼(ブランド)を構築することで、販促費をかけずに集客を図ろうとしています11。浮いたコストはさらなる品質向上や原価低減に回され、より良い商品を生み出すという好循環を作り出しているのです12。
「製造小売業(SPA)」だからこそできる、圧倒的な商品力
バローの自信の源泉は、長年かけて構築してきたサプライチェーンの垂直統合にあります13。
通常のスーパーが卸売業者から商品を仕入れるのに対し、バローは生産・加工・物流・販売までを自社で一貫して行っています。
例えば、以下のような強みがあります。
- 生鮮食品のライブ感: プロセスセンターでの集中加工技術に加え、店舗での最終加工を行うことで、あたかも専門店のような「切りたて」「焼きたて」を提供しています14。
- 独自開発商品: 牛乳やヨーグルトなどは指定農場から直接集荷し、中間マージンをカットすることで、高品質ながら適正価格を実現しています15。
横浜の新店舗は、魚屋、肉屋、パン屋といった「専門店」が一つ屋根の下に集まったような空間となっており、効率化とは対極にある「人間味のある購買体験」を提供しています16。
2. トライアルホールディングス:「規模」と「テクノロジー」による市場制圧
一方、「質」を磨くバローとは対照的に、IT小売のパイオニアであるトライアルホールディングス(以下、トライアル)は、「規模」と「テクノロジー」によって市場の構造そのものを変えようとしています。
西友買収で手に入れた「600店舗の実験場」
2025年、トライアルは西友を完全子会社化し、経営統合を完了させました17。これにより、国内約600店舗という巨大なネットワークが誕生しました18。
この買収の真の狙いは、単に店舗数を増やすことだけではありません。トライアルが九州で培ってきた「リテールAI(小売特化型AI)」の技術を、首都圏に強固な地盤を持つ西友の店舗に実装することで、オペレーションを劇的に効率化することにあります19。
「レジ待ち」を消滅させるスマートカート
トライアルの代名詞とも言えるのが、タブレット決済機能付きスマートショッピングカート「Skip Cart(スキップカート)」です。
2025年3月時点で導入台数は2万台を超え、月間480万人以上が利用しています20。顧客は商品をカゴに入れる瞬間にスキャンを済ませるため、面倒なレジ待ちをする必要がありません。
店側にとっても、AIカメラとセンサーによる高精度な識別機能のおかげでレジ要員を大幅に削減でき、深刻な人手不足に対する強力な解決策となっています21。
「買い物カゴ」が稼ぐ? リテールメディア戦略
さらに革新的なのが、店舗を「メディア化」する戦略です。
カートに付いているタブレット画面は、顧客が買い物をしているその瞬間に広告を出せる、極めて効果の高いメディアとなります22。
「このお肉には、このタレが合いますよ」といったレコメンドを適切なタイミングで表示することで、メーカーからの広告収入を得ることができます23。
トライアルは「商品を売って儲ける」だけでなく、「プラットフォームを提供して広告で儲ける」という新たな収益の柱を確立しており、これを原資として商品の価格をさらに下げる(EDLP:常時低価格)ことが可能になっています24。
プライベートブランド(PB)の相互導入
統合の成果は商品面にも表れています。西友が誇る高品質PB「みなさまのお墨付き」がトライアルに導入され、逆にトライアルの低価格PBが西友に導入されました25。
「安かろう悪かろう」のイメージを払拭したいトライアルと、さらなる低価格商品を求める西友、双方の弱点を補完し合う理想的な展開が進んでいます26。
3. 比較分析:人間的体験 vs 機械的効率
両社の戦略を並べてみると、2025年のスーパーマーケットに求められる価値観が、二つの異なるベクトルに分かれていることが鮮明になります27。
バロー vs トライアル 戦略比較
2025年 スーパーマーケット戦略比較分析
| 比較項目 |
バローホールディングス (職人・アナログの深化) |
トライアルホールディングス (エンジニア・デジタルの徹底) |
顧客への 提供価値
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体験重視
「発見の喜び」「食の豊かさ」
わざわざ行きたくなる専門性とライブ感
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効率重視
「圧倒的な安さ」「時間の節約」
最も効率的に買い物が済む利便性
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マーケティング 手法
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商品そのものが広告
チラシを廃止し、販促費を原価と品質に還元
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データ駆動型メディア
スマートカートの画面やアプリでAIが広告配信
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店舗 コンセプト
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Destination Store
目的来店型店舗:立地が悪くても客が来る店
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Smart Store
スマートストア:レジ待ちゼロのストレスフリー店舗
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労働力不足 への解
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人の価値最大化
集中加工で作業を減らし、浮いた時間で接客や質を高める
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省人化・無人化
テクノロジーでレジ業務などを物理的に消滅させる
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強みの源泉
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製造小売業 (SPA)
生産から販売まで垂直統合し、独自の味を追求
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リテールAI & 規模
600店舗のデータと自社開発AIによる最適化
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※表は横にスクロールできます
バローが提供しようとしているのは、焼きたてのパンの香りや、店員との会話といった「AIには代替できない人間的な体験」です36。
対して、トライアルが提供するのは、生活防衛という切実なニーズに対する「最も合理的で無駄のないシステム」です37。
消費者は今後、「平日の補充買い」には効率的なトライアルや西友を利用し、「週末の家族での食事」にはバローを利用するといった形で、この二つをTPOに合わせて使い分けるようになるでしょう38。
4. 結論:2025年以降のスーパーマーケットの在り方
バローとトライアルの事例から見えてくるのは、中途半端な立ち位置のスーパーマーケット、いわゆる「中庸の死」です39。
インフレと人口減少が加速する日本において、ただ「近いから」「なんとなく」選ばれていたような、特徴のない中規模チェーン店は淘汰される運命にあります40。生き残るためには、以下のどちらかの「頂(いただき)」を目指さなければなりません。
- バローのように、効率を多少犠牲にしてでも「圧倒的な質と体験」を磨き上げるか。
- トライアルのように、テクノロジーと規模を追求して「圧倒的な安さと利便性」を実現するか。
2025年の小売戦争は、自社が顧客に提供できる価値は何なのか、その定義を明確にできた企業だけが生き残れる、極めて厳しい「最終選別」の時代の幕開けと言えるでしょう41。
バローの関東での挑戦が成功するか、そしてトライアルの西友改革が実を結ぶか。この二社の動向は、日本の小売業の未来を占う重要な試金石となりそうです。