Blue Kenshi   作:外道カヤノ

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5.忍

 

「今頃、便利屋68はアビドスの手ごわさに辟易しているところか」

 

 と、優雅に廃ビルの屋上に佇むアレサが居た。今回はサラシだけの半裸姿ではない。それは隣にいるエリも同じく──背後で各々、自由に寛いでいる万屋Kenshi(元カタカタヘルメット団)の面々もそうだ。

 

 全員が、奇妙な格好をしていた。体を包むように大きい、鼠色の長袖ダスターコート。その裏にはラバーを彷彿とさせる光沢を放つ、ぴっちりと全身に纏わりつく紺色のスーツ。腰には人工レザーの長ズボンを履き、足には義足のアレサを除いて、鉄を仕込んだ厚底ブーツ。

 何より特徴的なのは、まるで犬を思わせるマズルが伸びた、黒金のガルムマスク。ケモミミらしきとんがりのある鉄笠を、全員が着用していることだろう。

 

「皆、私は昨日の会議通り、ここから()()()()()オペレーターをする」

「OK。で、アタシたちは何をすればいい」

「今この状況を、観客気分な帝共は必ず何かしらの手段で監視しているはずだ。それを探ってもらう」

 

 ──便利屋68と、その雇用傭兵が、共にアビドスを襲撃する。その際、オペレーターを担う。

 

 この依頼をサボタージュしたのは、アレサが夜通しで雇用傭兵との作戦の詰め合わせや、まだ届いていない社員たちの制服と装備を揃えるために、夜なべして裁縫と冶金(やきん)など製造作業をしていた……という悲しい理由が半分くらいある。*1

 本当の理由は「カイザーグループの目を探るため」である。

 

 カイザーコーポレーションは、想像以上に大きな企業だ。ここアビドスだけでなく、ゲヘナやミレニアム、トリニティにも分社を置く程度には、キヴォトスに広く浸透している。それほどまでに大きな権力と財を持ちながら、何故死にかけのアビドスに、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 約9憶円の借金。現在、アビドス高等学校が抱えている負債だ。

 かつては三大学校に匹敵するほどのマンモス校だったらしい、アビドス高等学校。しかし、いくつもの銀行や金融にローンを組んで借金が膨れ上がり、アビドスの栄光は枯れた。その銀行と金融は、全てカイザーコーポレーションに繋がっている。かつてアビドスが所有していた土地の九割以上は、全てカイザーコーポレーションが握っており、現在は『カイザーPMC』が主体で、アビドス最後の領地たる学校を攻め立てている。

 

 ──そこまで王手をかけておいて、何故軍による制圧まで行かない?

 

 ただアビドス高等学校が欲しいなら、さらに借金を重ねて圧をかければいい。軍隊で長時間の戦争を吹っ掛ければ、あのホシノ相手でも勝機はあるだろう。だが何故そうしない? 今のアビドス高等学校に目的があるのか。それとも、遊ばせているのか。

 

 あるいは、この大規模な計略の裏に、別の目的があるのか。

 

「情報が欲しい。この手で調べられる情報は、ある程度調べ上げた。だがそれ以上が掴めない。なので、手始めにカイザーに本格的に調査をかける」

 

 個人的な感情になってしまうが、アレサは「(カイザー)」を名乗る連中が大ッ嫌いである。

 何故なら、かつての世界において、同じような存在が居たからだ。

 

 【都市連合(U.C.)】、【聖帝国(ホーリーネイション)】……特に、この二大勢力は、アレサに悉く理不尽な死を齎した組織だ。

 都市連合は奴隷制度*2の根幹を敷き、皇帝は無能の王だった。……実際は違ったのだが、結局保守派であることは変わりなかったため、玉座ごと破壊したのだが。

 

 ホーリーネイションは建国時代から存在する差別的思想によって、大層苦しめられた。人間男性以外に差別的であり、機械に至ってはモノも種族も文明すらも排他的であり、一目見れば武器を向ける程度には過激な連中しかいなかった。そんな原始的文明を保ちながら、数百年も国として在り続けたというのだから、「何故コイツら早死にしていないんだ」と思ったのは幾度にも渡る。

 

 どちらの国の奴隷になったことは、一度や二度ではない。しかもホーリーネイションに至っては、思想によって機械を嫌っているため、義肢であるアレサは何度も殺されかけた。

 

 ──「圧政者」が、「腐敗した国々」が、「大多数の不幸を顧みない(世界)」が、嫌いなのである。

 

 アレサは激怒した。かの邪知暴虐を彷彿とさせるカイザーコーポレーションを皮剥き機(ピーラーマシン)*3にかけなければならぬと決意した。アレサにはアビドスの栄光もカイザーの真意もわからぬ。アレサは、ただムカついただけの只人である。大剣を研ぎ、徒党に隠密を教導していた。

 

「ドローン、あるいは遠望している者がどこかしらにいるはずだ。必ず存在を悟られることなく、探してみせろ! 見つけた者には、柴関ラーメンの好きなトッピングを私の奢りでくれてやる!!」

「「「「「よっしゃあああああああ!!」」」」」

「エリ、お前は私の周辺で索敵を頼む。こういう通信機器は初めてだからな……」

「お前ってそういうところ、なんかチグハグだよな」

 

 義肢という高等技術の産物は当たり前のようにあったが、通信機器のような遠隔で会話できる機械は存在していなかった世界で育ったために、確かにチグハグではある。

 

 勢い良し。目的設定完了。

 この地に生まれた新たなシノビたちは、ガルムマスクの口を閉じた。

 

「よし。では、万屋Kenshi初の仕事だ──総員、出動」

 

 彼女らの一歩に、音は無かった。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

 

 一方、アルたち便利屋68は敗走していた。

 いい感じにアビドス校舎まで進軍できたものの、正午の時間になった瞬間、雇用傭兵たちが撤退し始めたのだ。元よりそのような契約だったが、突如戦力が削れたことで、便利屋68は数的有利を失った。

 

 特に、アビドス最年長のホシノと、ここ最近異様に高揚しているシロコ、柴関ラーメンで慈悲の大盛を提供したにもかかわらず襲い掛かってきたことで「裏切られた」と思い激高したセリカの三名に、手ひどくダメージを与えられてしまった。

 

「不運だわ……!」

 

 走って砂漠を駆けるアルたち。既に目的地からかなり離れた距離まで逃げており、そろそろ砂漠に埋もれていない街中に差し掛かろうとしていた。

 

「傭兵たちはいいわ。けど、オペレーターをしてくれるって話はどこ行ったのよ!」

「まあ、金銭のやり取りがなかっただけラッキーだと思うよ」

「まー、そう都合のいい話なんてなかったね~」

「許せない許せない許せない……!」

 

 失ったのは、多少の弾薬、傭兵の雇用費、アレサに渡したトランシーバー。

 この中で比べると、被害総額は一番後者が圧倒的に安い。しかし、皆の思考は現実的な部分に向けられていなかった。

 

「こうなれば、っ!?」

 

 突如鳴り響いたのは、アルのポケットにあるスマホ。音からして電話。慌ただしい状況もあってか、あわあわと手を震わせて取り出して、画面を確認する。──非通知の電話番号だ。しかし、それが誰であるのかは知っている。

 アルは素早く電話に出た。

 

「もっ、もしもし……」

『──便利屋68』

 

 ゾワッ、と背筋が凍りつく。今、最も聞きたくない声を耳にし、アルは逃走中にも関わらず足を止めた。

 

『頼まれた依頼は順調かね? 予定では今日が決行日だと聞いたが、随分と余裕そうだな』

 

 低めの男性の声。彼こそが、依頼主たるカイザーコーポレーション。アルは顔を合わせていないため知らぬが、より詳細に言えば『カイザーPMC』の代表取締役を務める、“カイザーPMC理事“である。

 

「え、えぇ。当然よ──今日のはデモンストレーション! 本番といっても、私たちにとってはまだ準備段階に過ぎないわ!」

『ふぅん? 言ってくれる……期待しても良いのだろうな?』

「無論よ。途中で依頼を投げ出そうだなんて真似はしないわ!」

『ならば、早々にアビドスから身を引いたのも、作戦の内かね?』

(バッ、バレてるゥーーーっ!!)

 

 通話越しにでも分かるほど動揺するも、アルは何とか言葉を紡ごうとする。しかし、アルが何かを喋る前に、依頼主は電話を締め括った。

 

『まあいい。最終的に裏切らなければいい話だ。そうだろう?』

「えっ!? ……そっ、そうね。我々はプロフェッショナルだもの」

『では吉報を待っている……我々も長く待つ気はない』

 

 プツッ。

 

「……アルちゃーん?」

「どっ、どどっ……」

「ど?」

 

「どうすればいいのよぉーーーーーっ!!」

 

 渾身の叫びが、虚しく響いた。

 

 ──その様子を、見ていたドローンが一機。

 

 まるで蚊を彷彿とさせるような、円盤の推進力装置を背負った黄色いドローン。通常であれば銃口が取り付けられているそこには、望遠カメラがセットされていた。

 離れた場所からアルたちの様子を見ていたドローンは、撤収の命令を受けて踵を返す。これ以上、彼女の醜態を見ても何も変わらないからだ。

 

 ──そんなドローンを見つけ、追いかける者が一人。

 

「見つけた見つけた見つけた見つけた」

 

 雪染(ゆきそめ)フリデ。万屋Kenshiの一員であり、苗字のように雪色の髪が特徴的な少女。

 真っ先に黄色いドローン──カイザーPMC固有のイエローペイント──を見つけた彼女は、気配を殺したまま影を走る。

 

「つま先で走るつま先で走る狗を意識狗を意識狗を意識狗を意識」

 

 彼女はアレサの薫陶を受けた中で、最も早く隠密技術を習得した者だった。一概に言えば「その手の才があった」彼女の姿は、影の中を駆ける猟犬。地面に顎が付くのではないかと思うほどの前傾姿勢で、脚だけが地面に触れる。そこに音は無く、気配もない。唯一存在感があるとすれば、共通装備である鉄笠から、本物の白い獣の耳が生えていることだろうか。

 

 ドローンは気付かない。機械故に。既にライブカメラは切られており、自動操縦で合流ポイントへ向かおうとふよふよ動く。

 その背後を、フリデは距離を空けつつもぴったりと追従する。

 

「見えた。見えた見つけた狙う狙う狙う狙う狙う」

 

 ドローンが行く先は、これまた同じ無人の機械。路上駐車したトラックのようだ。一見すると、ロゴの無いただの一般的なトラックだ。しかし、ドローンはトラック背部のコンテナまで近づくと、まるで出迎えのようにコンテナが開き、その中へさりげなく入って行った。

 そこを、フリデは見逃さない。

 

 彼女の手には、前時代的な武装──スリングショット。

 あるいはパチンコとも呼ばれるソレを引っ張り、コンテナが閉まるギリギリの隙間を狙って射撃した。

 

 静かな時間だけが過ぎてゆく。

 コンテナが閉じ、トラックが思い出したかのように路端から離れて動き出す。ほんの数秒で当たり前の日常に戻った景色に、異物は一切ない。

 過ぎ去っていったトラックの周辺には、誰も居なかった。

 

*1
なお、Kenshi原住民は怪我や暇、飢餓さえなければ24時間起きることができる体質である。

*2
労働代理人としての奴隷ではなく、馬車馬のように働かされる、昨今の社畜と同じイメージである。

*3
人の皮を剥き、四肢を削り取る装置





「【都市連合(United Cities)】」

 Kenshi世界における連合国家。経済面と戦力を考えると一番強いが、一番内面が脆すぎる国。上流階級がこぞってカスい人間しかいない。





 万屋Kenshiの装備は
・ダスターコート
・External Muscle Suit(MOD)
・ガルムマスク(上記と同様MOD)

 になります。
 ぴっちりスーツが性癖なんで……

ブルアカステータス風のプロフィール

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