時は昨晩まで遡り、場所はセリカが救出された現場に移る。
「ふむ、ふむ……なるほど」
すぐ側に服装が雑に落とされているのに、それを身につけようとしない全裸少女は、鉄塊と化したグシャグシャの金属物体──戦車だったもの──を漁っていた。中にいた者が置いていたであろう調度品や、食べ物の残骸、それらを抜き取り、一瞥しては捨ててゆく。
「やはり全然知っているものと違うな。文明も違えば、様式も形式も言語も全て違う。面白いな」
まるで新作のおもちゃを見つけたかのように、ワクワクとした様子でゴミ漁りをするセーラー服の少女の手足は、機械。義手義足の、剣を持って暴れ回った少女は、戦利品回収をしていたのだ。
「さむっ、さむいぃ……」
「うぇぇえん!助けてぇ〜〜〜!!」
「泣くなよ! 顔凍っちまうだろ!」
「うるせぇ! くそっ、くそっクソッ!」
「あんな簡単な仕事で、なんで、こんな目に……」
下着すらも全て剥ぎ取られ、全裸で一塊に縛られた、少女集団を尻目に。
ここに居るのは、全てヘルメットを被った少女たち──『カタカタヘルメット団』──だ。しかし、そこの義肢少女らに敗北した後、ヘルメットも衣服もスマホも銃も下着すらも全て
砂漠というのは暑いイメージばかりが付きがちだが、それは太陽が昇る昼の時間帯であればの話。その逆、夜の砂漠は真冬のように冷え込む。衣服を失った少女たちは、体をくっつけて温まるという原始的な方法でしか暖を取れず、ガチガチに歯を鳴らして耐えていた。
なお、義肢少女に関しては手足が金属なために、元ヘルメット団らよりも寒そうにしているのはご愛嬌である。
「『キヴォトス』、連邦生徒会の失踪、シャーレ発足、D.U.区の安定化、『七囚人』ワカモ……アビドス砂漠、廃校、『カタカタヘルメット団』、柴関ラーメン……【カイザーグループ】の急激な成長……ふむ。とりあえずこれらは後でいいとして、コイツはいいな。銃と言ったか?」
「そうだよ! それ以外になんつーんだ!」
「えい」パァン!
「ギャッ!!」
それぞれ、盗んだスマートフォンとアサルトライフルを手にした義肢少女は、容赦なくライフルの一発を、縛った少女の眉間に撃った。そして、次は戦車の残骸に一発と撃ち、見比べる。
少女は頭を震わせて痛そうに悶絶。残骸には、弾丸と同じくらいのサイズ痕。
「明らかにこの一発はかつての世界なら致命傷になりうる一撃。鉄の装甲に傷が入るほどだ。にも関わらず、それより柔らかいはずの人の肉体にはダメージの通りが露骨に悪い。そういう物質か? あるいは、そういう物理法則に基づいているのか? もしくは、この変な輪っかが浮いている女限定か……おそらく女限定だろうな。なんともまあ、神秘的なルールが敷かれている」
義肢少女は分析が止められない。元々キヴォトスとは異なる世界で生きていた彼女は、ワクワクが止まらなかった。見たことのない機械に、知っているものよりも高度な文明と技術、生活様式の違い……久しぶりに新しいものに触れ、好奇心の留まるところが外れていた。
だが、それも突如止まる。
「ん……?」
「ヒッ……お、おい嘘だろ……!?」
ビュゥゥ……!と吹く強い冷気。それを感じ取ったのは、この場にいる全員だ。
振り向けば、その正体が分かった。
「砂嵐か」
かつての世界でも、お馴染みであった砂嵐。だが、その規模は知っているものと大きく違う。
アレは、果たして砂嵐という枠組みに入るのだろうか。ゴウゴウと鳴り響く風の音。目測にして百メートル以上はあろう、高く渦巻く砂。もはやそれは、「台風」とでも言えるだろう。
「デカいな」
「避難しねぇと……クソッ、おい! おい聞いてんのか!?」
風が体を引っ張り、砂が舞い上がって吸い込まれてゆく。渦巻く塔が聳え立ち、今まさに、この場にあるものを喰らおうとする。まるで突然現れたかのように感じたが、今はそれを考えている場合ではなかった。
「は、早く逃げないと!」
「助けてくれ! い、嫌だっ! こんなところで死ぬなんて!」
「この縄解いてくれよ! 見りゃ分かるだろ、あの砂嵐はマジで死ぬかもしれねーんだッ!!」
「…………」
縛られた元ヘルメット団が、我も我もと動く。誰もが砂嵐から逃げたい一心で統率が取れておらず、逆に彼女らを縛り付ける縄は、さらに雁字搦めに拘束する。
そんな様子を見ていた義肢少女は、彼女らの言葉を嘘だとは思っていない。見て、肌で感じた砂嵐の脅威は、聞くまでもなかった。
(移動手段……トラックと戦車、だったか。アレは解体してしまった。戦利品は少々。コイツらは捨ててもいいが、どこかの奴隷市場で売れる可能性と、後で徒党を組める可能性を考えると、捨てる方が得ではないな)
自分一人で逃げるなら、簡単だろう。しかし、戦利品を置いて逃げれば、振り出しに戻ってしまう。
義肢少女は決めた。縛られた元ヘルメット団の縄を掴み、砂嵐とは真逆の方向へと走った。
「ぐぇっ!!」
「いい゛いいたい痛い痛い!!」
「我慢しろ。お前らは売るまで手放さん」
「えっ、手放……ん? おい今売るまでってエ゛ッ!!」
「ぐええぇぇぇぇぇ!! 締まるぅぅぅ……!!」
少女らを引きずり走る姿は、さながら市中引き回し*1。砂埃を立てて疾走する義肢少女は、砂嵐から全力で逃げる。
が、全身に力が入らない。踏み込みが上手くいかず、体が軽くなってゆくような感覚。体力的な問題ではない。体が、本当に浮き上がっているのだ。
「まずい。逃げれない」
「何冷静になってんだお前ェッ!!」
「やだっ! ヤダァーッ!!」
「浮いてる! 浮いてるってェ!?」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
「ハハハ! 終わったコレ」
浮き上がっているのは義肢少女だけでなく、縛られた元ヘルメット団も。砂嵐によって引き寄せられ、ふわりと宙に浮いてしまった彼女たちは、そのまま渦の中に流されていき──やがて姿が見えなくなった。
△▽△▽△▽△▽△▽△
「というわけで、ここに落下した訳だ」
「そんなことあるわけないでしょ!?」
「なっとる!! やろがいッ!!」
"えぇ……(ドン引き)"
そして今に至る。
砂嵐によって数十分に渡る往生をし、アビドス校舎の校庭にヘルメット団共々着弾……ではなく着地し、ぐちゃぐちゃになっていたところを警邏していたホシノが見つけ、今度は義肢少女も動けないよう縛られて、校庭に並べられていた。
全員裸という共通点があったものの、先生が来たことで急遽皆に洗濯する前のシーツを巻かれ、応急処置をされている。
夜間に見つけて今まで見張っていたホシノはというと、かなり気を張っていたのか、眠たそうだが目は大きく開いているという、ガンギマリ気味な様子。それもそのはず、相手は昨日襲ってきた元ヘルメット団の二十人小隊に加え、敵か味方かも分からない義肢少女がまとめて校庭に来たのだ。警戒しない訳がなかった。特に義肢少女に関しては。
そんなこんなで、アビドスの生徒五人……アビドス高等学校に所属する、たった五人の生徒と、カタカタヘルメット団だった者たちが、校庭に集まっていた。
「というかさっきから全員紛らわしいのよ! そこの義手義足と、リーダー格っぽいのは名乗りなさい!」
「私か?
「……“
アレサと名乗った少女。かの義手義足の少女は、百五十センチピッタリと背が小さな少女だった。整えられていない焦茶のミディアムヘアに、パッチリとした黄金色の瞳。背丈に見合った幼い顔立ちだが、うっすらと浮かべる笑みには、獣のような獰猛さがある。
一方、『カタカタヘルメット団』のリーダー格。洲端エリは、金髪に染めたボブカットの少女だ。黒目で目つきは悪い。身長はアレサから十足した程度で、ヘルメット団に所属していたことを除けば、普通の少女と言えるだろう。
「ふんッ、黒見セリカよ」
「ん、
「
「
「うへ……
“『先生』だよ。みんなよろしくね”
セリカ……は前回紹介したため省く。*2
シロコ……灰色のミディアムストレートヘア、狼の耳が生えた、水色の瞳の持ち主。「ん」が口癖。
ノノミ……(胸が)デカいッ! 恵体の持ち主で、プラチナブロンドの、気品を感じさせる少女。
アヤネ……赤縁のメガネをかけた、黒髪ショートの少女。耳が尖っている。
ホシノ……ピンク髪の、黄色と青のオッドアイの少女。背丈が百四十五センチと低い。
先生……この中で唯一の成人済みの人間であり、男性。中性的な顔立ちが特徴的。
先生はというと、セリカによって引き出された名前を、『シッテムの箱』でササっと──シッテムの箱に在住しているAIの“アロナ”に頼み──検索をかけていた。
洲端エリは、元々【トリニティ総合学園】の生徒だったらしい。生徒情報の中には、停学中とあった。しかし、アレサという名前はどこにも出てこない。
「ん、凄い手足。どこから来たの?」
「おそらくこことは違う世界だろう。『外』と言ったか?」
「なら、先生と同じ? なのかな」
"私の故郷だと、普通は剣も銃も所持を禁止されてるから……外は外でも、違う外かな"
アレサの横で、シロコが機械化した腕を興味深そうに見つめる。キラキラと目を輝かせている彼女に、アレサは自慢げに右腕を差し出した。
デザイン的に、先生は某錬金術師*3の義肢、あるいは子供の頃に遊んだ機械種族のおもちゃ*4を彷彿とさせる。
装甲に覆われた、ロボットじみた腕。まるで戦うことを前提としたデザインの義肢は、先生が知る義肢とは大きくかけ離れている。先生が知る義肢といえば、スポーツ義肢のような、実在するものだ。
"あれ? 外から来た子にも、ヘイローはあるの?"
「ん、知らない」
「私も知らんぞ。気が付いたら勝手に生えていた」
アレサにも見えているのだろう。彼女の頭の上には、腕を彷彿とさせる輪と、中心に×印がついた、僅かに虹色に輝く鉄色のヘイローが浮かんでいる。
ちなみに、エリのヘイローはシンプルな白い真円だった。他のヘルメット団たちも同様だ。
"……話は変わるけど、君たちは、何故アビドスを襲っていたの?"
「誰が言うかよ……ってのは、もう無理だな。こんなザマだし」
諦めたかのように天に目を向け、ため息をつく。エリの他、元ヘルメット団の様子は、皆それぞれだ。だが、気持ちは同じなのだろう。顔の陰りを隠すことは、誰にもできなかった。
「ウチらは前々から『カイザーPMC』から、アビドス校舎の占領を莫大な金で依頼されてた」
「ッ!?」
「依頼主が何を考えてるのかは知らねーけど、前金だけでアタシら不良が余裕で食っていける金と、新しい武器を貰えた。そんで、ボロい学校一つ襲えばそれ以上の金が貰えるって話だった」
エリの告白内容は、アビドスにとって大きな情報だったらしい。先生は分からずに顔を顰めるが、ホシノは怒りを隠すことなく、目を見開いて銃を手にした。
「あぁ、それ以上に言えることはねーぞ。銃を向けられても困る」
「……ふーん? で、何か言うことは?」
「所詮アタシらは傭兵だ。渡された依頼をこなしただけの、他人に過ぎねぇ。仕事内容の割にはたらふく金を積まれたから、まあ成り行きでやっちまった」
「ふざけないでよッ!!」
一瞬、誰が叫んだのか分からなかった。重なったのか、それを上回る声音が出たのか。
「それだけのために、私を攫ったの!? アビドスを滅ぼそうとしたの!?」
「
悲痛な叫びを放つセリカに、エリはあっけらかんと言う。
「アンタにはまだ
当然の摂理だろ、と言いたげなエリの表情に、セリカは昂った感情がどこかへ霧散してゆくのを感じた。引き金を引いたのは彼らだ。しかし、その引き金が、生きるためだと言われれば、セリカは銃を手にできない。何となく理解できても、想像はしたくなかったから。
「まぁ、数ヶ月も続けても占領できなくて、金は手に入るのに負け続けるとかいう意味わからん生活にドップリ浸かっちまったし、おかげでナマっちまったんだろうな。最終的にポッと出の変態に身包み全部剥がされて……アホみてぇだな、アタシたち」
少しも上手くいかなかったのに。
小さく呟かれた言葉に、今度こそセリカは口を噤んだ。
「そうだ。世間知らずな先生サマには言っておこう。アタシらは傭兵団だ。アビドス襲撃は、依頼としてこなしただけ。襲撃犯として『矯正局』に送られても、ここじゃ日常茶飯事だから数日で出ていける」
先生はただ、黙って話を聞き続ける。
「ただ、小鳥遊ホシノ……アンタはそれで納得いかねぇだろ。だから、アタシには何をしたっていい。煮るなり焼くなり……好きにすればいいさ」
「待ってくれホシノ。コイツは私の戦利品だ。ヤツの特技と趣味を聞いて、要らなければ人身販売所に売り込む。貴重な財源だぞ! 殺すなんて勿体ない!」
「さっきから売るだのなんだの言ってるけどよ、そんな人身販売所とか人の心がねぇ施設なんぞあるわけないだろ!?」
「は!? ないわけがないだろう!? こんな個人が武器を所持して戦争を軽々と仕掛けれる世界だぞ!!」
“アレサ、一回黙ろうか”
訂正、黙ってはいられなかった。
しかし、おかげで少し見えてきたものがあった。【アビドス】を襲う者たちには『カイザーPMC』という後ろ盾があり、それらはアビドスに何かしら目的があるのだろう。借金も、此度の襲撃も、それらに関連付いている可能性は、大いにあった。
カタカタヘルメット団は、そんな悪意ある後ろ盾から依頼されただけの集団に過ぎない。第三者である先生とアレサは、そこを分別できるが、アビドスの面々にとっては、それは難しい話だろう。
──小鳥遊ホシノは、最もそこを理解していた。しかし、理解しているが故に、込み上げてくるものがあった。
「そっか。うん、よーくわかったよ……今すぐそこの変態共々、早くアビドスから去ってくれる?」
「……あ、私もなのか」
どのみちそういう風に終結するだろう、とついでのように敵意を向けられたアレサは、そう考えていた。カタカタヘルメット団のように、アビドスに攻撃をしてきた訳ではないが、アビドスからしてみれば「ポッと出のイレギュラー」だ。
「わかった。私はコイツらを連れてアビドスから出よう。ただ、見ての通り、砂嵐に手持ちは全て掻っ攫われた。流石に、全員全裸で街中を歩けるとは思っていない。が、街に行こうにも私には土地勘がない。誰か案内も欲しかったが、そこまで望みはしないよ。方向だけ言ってくれればそこへ行こう」
「……本当に何も持ってないの?」
「
縛られたまま肩をすくめるアレサ。その発言に、ホシノと先生は違和感を覚えたが、確かに全裸である以上、どこにも物を隠す場所はない。
"ホシノ、私が代わりにこの子たちを引率するよ"
「先生? ……助かるけど、大丈夫なの?」
"今度は大丈夫。遭難したりしないから……"
そんなこんなで。
アレサ。エリたち元カタカタヘルメット団二十名。計二十一名の者たちが、先生によってアビドス校舎から街の方角へと歩いて行った。彼女たちに被せられたシーツは、慈悲でそのまま彼女たちに宛てられることとなった。
なお、
"ぜぇ……ぜぇ……ここ、どこ……"
「先生、こっちだ。向こうに大きめの廃墟が見える。そこで休むぞ」
先生は、案の定アビドス砂漠で迷子になり、見かねたアレサが逆に砂漠を案内することとなった。
「スカベンジ」
スカベンジの時間だ!
気絶、あるいは死亡した相手から物品を剥ぎ取る行為。Kenshi民は絶対にやる。
「アレサ」
おそらく主人公。おそらくプレイヤー。おそらくどこにでもいる誰か。
ブルアカステータス風のプロフィール
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