「全部自分でやったほうがいい」は思い込み

かつて僕の『多動力』(幻冬舎)という本がベストセラーになって多くの人に読んでもらえた。ただそれによって「多動力」という言葉だけが独り歩きしてしまった面もある。とにかく手を拡げることが目的化してしまい、何もかもが中途半端になって燃え尽きてしまった人もいたと聞く。

挑戦する姿勢そのものはすばらしい。でも、自分の体力という重要なリソースを冷静に見積もらないといけない。すべてのタスクを自分でやろうとすれば、体力も気力も雑務ですり減っていく。その結果、もっともエネルギーを必要とするはずのクリエイティブな思考や重要な意思決定の場面で、力を発揮できなくなってしまうのだ。

なんでも自分でやったほうがクオリティは高まる――それは思い込みだ。僕はその発想をとうの昔に捨てた。他人に頼るのは甘えではない。自分の能力を最大限に解放するための戦略だ。

堀江貴文氏
提供=徳間書店
堀江貴文氏

体力を「本当に価値を生み出す場面」に温存しておく

他人に任せるのは不安がともなうかもしれない。自分でやったほうが早いと感じるときもあるかもしれない。でもその目先の効率と引き換えに、未来の可能性を失っているのだ。挑戦やチャンスは気合いとか根性ではなく、余力から生まれるのである。

他動力は、自分には体力がないと感じている人にこそ強力な武器になる。体力が有り余っている人は、本来なら自分でやる必要のない作業まで力ずくでこなせてしまう。でも体力に自信がない人には、そんなムダ遣いをする余裕はないはずだ。

だからこそ、他人の力を積極的に活用し、自分の体力の効率化をはかる。そうして確保した貴重なエネルギーを、新しい学びや未来への挑戦といった、本当に価値ある領域に集中させていこう。

大丈夫だ。体力的なハンディキャップはより賢く戦略的に動くための動機になり得る。むしろ体力でまさる人は自分を過信するあまり、工夫を怠りがちだ。つまり戦略的に動けば、体力に自信がない人でも彼らを大きく引き離すことも可能なのである。

ひとりで抱え込まないこと。人の力を借り、自分の体力を「本当に価値を生み出す場面」のために取っておくこと。僕が実践してきた多動力の正体とは、実はこの「他動力」にほかならない。