憑依先の悪役将軍の立ち回りが地獄過ぎる件 作:Mind β
メタ的に言うと生徒一人一人の事情を本編からズラした軌道通りに乗せていくと死ぬほど大変なんですよね(泣)
きちんと書けている人はマジで尊敬します。
夕方の補習授業部の教室。
いつもの教室には、いつもの面子がいた。
ハナコは窓際でペンをくるくる回しながら、答案用紙とにらめっこしているし、アズサは黒板前で、妙に物騒な記号だらけの勉強計画を立てている。コハルは教科書を開いたまま、ページをめくるたびに「はぁ……」とため息を吐き、ヒフミはそんな三人を気にしながら、ノートをまとめていた。
「えっと、それじゃあ今日の補習の範囲は――」
「数学Ⅱの前に、まず兵站学の基礎からだと思う」
「授業で戦術学なんてやらないからねアズサちゃん!?」
「やるべきだと思う。少なくとも、私の前の学校では必修だった」
「アズサちゃんの前の学校、やっぱり怖いですね……」
半泣きでペロロ様バッグを抱きしめるヒフミの前で、
アズサは本気の顔で黒板に兵站の三原則、計画・調整・即応!と文字を書き連ねていた。
その横で、コハルが机に額を押しつけてぼやく。
「はぁ……何で私がこんなクラスに……正義実現委員会のエリートだったはずなのに……」
「大丈夫ですよ、コハルちゃん。私、コハルちゃんが正義実現委員会の保管庫からいやらしい本を盗み読みしているのを見たときから、とても素敵だと思っていました」
「忘れてぇええええええ!!??」
コハルが机から跳ね起きて絶叫する。
そんな賑やかな空気の中、教室の扉が「コン、コン」と控えめにノックされた。
「わっ、せ、先生かな?」
「時間的にはそのはずだが……」
「はーい、開いてますよー?」
ヒフミが慌てて椅子から立ち上がり、扉に向かって声をかける。
返事の代わりに、静かにドアノブが回り――
カチャリ、と音を立てて扉が開いた。
そこに立っていたのは、見慣れた顔と、見慣れていない、しかしトリニティ生なら誰もが知る顔だった。
"おじゃまします、みんな"
柔らかな声。
シャーレの先生が、いつもの少し頼りなげな笑顔で立っている。
その横に、清潔な髪をきちんと束ね、完璧な立ち居振る舞いでホスト用制服を纏った少女――桐藤ナギサがいた。
「――――――っ!?」
教室の空気が、一瞬で張り詰めた。
ヒフミは条件反射のように直立不動になる。
「な、ナギサ様!? え、えっと、その、あのっ、こっ、こんにちは!」
コハルは、一拍遅れて椅子から転げ落ちそうになりながら立ち上がり、
半ば悲鳴のような声を上げた。
「ティ、ティーパーティーのホスト!? な、なんでこんなとこに……!?」
アズサはわずかに目を細め、すぐに姿勢を正す。
「桐藤ホスト……直々に来室とは、想定外だ」
ハナコだけが、いつも通り穏やかに微笑んだ。
「まぁ。ようこそ補習授業部へ。……ここまで足を運ばれるなんて、よほどの用件ですね?」
ナギサは一歩前へ進み、補習授業部の四人を真っ直ぐに見つめた。そして、ホストであることを忘れたように、深々と頭を下げた。
「――まずは、謝罪からさせてください」
その行動に、教室内の時間が一瞬止まった。
「えっ、ちょ、ナギサ様!? あ、頭を上げてください、そんな……!」
ヒフミが慌てて駆け寄ろうとするも、ナギサはそれを手で制し、そのまま静かに言葉を続ける。
「補習授業部の創設は……建前こそ成績不振者救済のためでしたが、その実態はエデン条約の締結を阻む“裏切り者”を炙り出すための箱でした」
コハルの目が、驚愕で見開かれる。
「……え……?」
ナギサは視線を床に落とし、震える息を整えた。
「コハルさんは、正義実現委員会の抑えとして――ハスミさんを始めとした委員会の、反ゲヘナ的な動きへの牽制として。あなた自身に非がなかったことは、調べれば分かっていたのに……私は、都合の良い人質として、あなたをここへ送りました」
「わ、私……は……」
コハルの足元から、力が抜ける。
椅子に手をつかなければ、そのまま崩れ落ちていただろう。
ナギサは続けて、ハナコを見た。
「ハナコさん。あなたは――本当に優秀な生徒でした。様々な派閥の情報を握り、その気になれば誰よりもこの学園を動かせる人。ですがその一方で、校内での度重なる問題行動……それを、私は何を考えているか分からない危険分子として扱いました」
ハナコの笑みが、少しだけ和らぐ。
「危険分子、ですか。ふふ、そうかもしれませんね」
「アズサさん」
ナギサの視線が、アズサに向く。
「あなたは――実際のスパイであったことに間違いはありませんでした。けれど、貴方はホスト暗殺を良しとせず、私を守るために行動してくださいました」
アズサは静かに頷く。
「……否定はしない。私は実際に裏切り者ではある」
「そして――ヒフミさん」
「……っ」
一番近くにいる少女の名を呼ぶとき、ナギサの声は、ほんの少しだけ掠れた。
「あなたとは、長い付き合いです。いつも明るく、善良で、誰よりも普通であろうとする人。でも――ブラックマーケットへの単独行動、ヒフミさんと思しき人物が犯罪集団を指揮していたという情報……私は、それらを前にしてもなお、あなたを例外として扱うことが怖くなりました」
ヒフミは、胸元でぎゅっとペロロ様バッグを掴んだ。
「な、ナギサ様は……その、私のことを……?」
「疑いました。親しいからこそ、見落としているのではないか。普通の生徒だと信じることで、自分の責任から逃げているのではないかと」
ナギサはゆっくりと顔を上げる。
泣き腫らした跡は、もうない。
だがその瞳には、悔恨の色が深く宿っていた。
「――結果として。私はあなた達四人全員を、容疑者としてここに集わせました。補習授業部がスパイを炙り出す箱であったこと。そのことを、きちんと伝えずにあなたたちに試験の妨害まで試みようとしたこと。本当に……申し訳ありませんでした」
教室に、深い静寂が落ちた。
最初に口を開いたのは、意外にもコハルだった。
「……ふ、ふざけないでよ……」
声が震えている。
普段の噛みつくような調子ではなく、絞り出すような、かすれた声だった。
「じゃあ、何? 私……私は、正義実現委員会の人質として、ここに放り込まれて……成績もボロボロになって……みんなから、補習授業部(笑)って目で見られて……」
「コハルちゃん……」
「全部、牽制のため!? 私は、その、トリニティのためになるならって……正義実現委員会の一員として、頑張ってたのに……!」
ハナコがそっとコハルの背中に手を置く。
コハルはその手を振り払うこともできず、ただ俯いた。
"コハル……"
先生が思わず声を漏らす。
胸の奥が鋭く痛んだ。
(……知ってたはずなのに。補習授業部がスパイの箱だって。でも、ここまでナギサが追い詰められてたことを、私はちゃんと分かってあげられてなかったんだ……)
アズサは、腕を組んだまま目を閉じ、
短く息を吐いた。
「私は……ある意味で、当然だ。他校から来た正体不明の生徒だしな。疑われるのは、慣れている」
そう言いながらも、
その横顔には、僅かな寂しさが滲んでいた。
ハナコだけが、穏やかな笑みを崩さない。
「……ナギサさん」
「……はい」
「謝罪は、確かに受け取りました。そして同時に――今、少しだけ安心しました」
「安心……ですか?」
「ええ。ここまで自分の非を認めて、頭を下げられるホストなら……まだ、トリニティは壊れていないんだな、と」
ナギサの肩が、かすかに揺れる。
先生は一歩前に出て、言葉を添えた。
"……補習授業部のみんな。ナギサがしたことは、確かに酷い。疑いをかけて、試験まで妨害して、スパイを炙り出そうとした"
自分で言いながら、
胸の奥にアビドスの砂漠で見た光景が蘇る。
銃口。怒号。大人の戦場。
"でも同時にね――ナギサは、一人で全部背負おうとしてたんだと思う"
「先生……?」
"エデン条約のことも、ゲヘナとの関係も、アリウスの問題も。ホストだから、トップだから、って全部自分が責任を取らなきゃいけないって思い込んで。だから、誰かを疑うことでしか、自分を保てなくなってた"
それは少しだけ、自分の姿とも重なっていた。
ナギサは、そんな先生の横顔を見つめ、
小さく目を伏せる。
「……それでも。私があなた方を傷つけた事実は、消えません」
「はい。それは消えないと思います」
ハナコはそこだけははっきりと頷いた。
「疑われたこと、人質にされたこと、利用されたこと。それぞれに、簡単に割り切れないものがあるでしょう。――でも」
彼女は、椅子から立ち上がると、補習授業部の仲間たちをぐるりと見渡した。
「ここで、もう一つの事実も確認しておきませんか?」
「もう一つ?」
「私達、補習授業部は――結果的に、誰も裏切り者じゃなかった、という事実です」
ヒフミが顔を上げた。コハルも、アズサも、視線だけでハナコを見る。
「コハルちゃんは、委員会の抑えとしてここに来たけれど……正義実現委員会が暴走しないよう、ずっと気を張っていた。アズサちゃんは――まぁ、アリウスのスパイで、正義実現員会相手に暴れ回ったりはしましたけれど」
「そこは否定しないんだ……」
「でも、野心のためではなく、いじめられっ子を助けただけ。ヒフミちゃんは、危なっかしいけれど……いつだって先生と、みんなの味方でした」
ハナコは、そっとペロロ様バッグを抱くヒフミの肩に手を置いた。
「そして――ナギサさんは、間違えました。でも、エデン条約を守りたいという願いは、ずっと同じだったはずです」
ナギサの呼吸が、わずかに乱れる。
「……私は……」
「だからこれは、裏切り者の箱ではなく……最初から、疑心暗鬼に陥ったトリニティを救う箱だったのかもしれませんね」
ハナコの、どこか芝居がかった物言いに、先生は思わずふっと笑いそうになり――慌てて飲み込んだ。
(……やっぱり、ハナコはすごいなぁ)
ナギサは、一度深く息を吸った。
「……本当に、あなた達は……強いですね」
そして、改めて補習授業部の四人を見据える。
「――ここからが、本題です」
教室の空気が、再び変わる。
さっきまでの謝罪とは違う、
これから何かが始まる時の、あの空気だ。
「アリウス自治区への共同作戦については……先生から、既にお聞きでしょうか」
「いえ、作戦の詳細については、まだ……」
ヒフミが首を振る。
先生も頷いた。
"トリニティとカイザーが協力して、アリウスに入る。そこまでしか、まだ決まってないはずだよね?"
「はい。ですが――カイザーの将軍から、正式に提案がありました。トリニティの管理不足も原因の一端として、共にアリウスを制圧しようと」
ナギサは言葉を選びながら続ける。
「私は、それを受け入れることにしました。逃げずに責任を取るためにも、トリニティとアリウスの過去と決別するためにも」
その瞳は、迷いを抱えながらも、確かな決意を帯びていた。
「――そして。その作戦の中核に、補習授業部の力を借りたいのです」
「えっ、えぇぇっ!?」
真っ先に素っ頓狂な声を上げたのはヒフミだった。
「わ、わたしたちが中核!? む、無理です! 無理無理無理!! だって私達、そもそも補習対象者ですし、成績もその、アレですし……!」
「アビドスで無茶をやってのけたのは、誰でしたっけ?」
"ちょ、ちょっとナギサ!?"
先生が思わず突っ込むと、ナギサは小さく微笑んだ。
「シャーレの先生の活躍は、多少なりとも入ってきますから。そして――その先生に引っ張られて、廃校寸前のアビドスと
ヒフミは顔を真っ赤にして、ペロロ様バッグに顔を埋めた。
「うぅ……そんなの、たいしたことじゃ……」
「たいしたことです」
ナギサはきっぱりと言い切る。
「だから、お願いしたいのです。トリニティのために力を貸して頂けませんか?」
アズサが静かに口を開く。
「……具体的な任務内容は?」
「アズサさんには、アリウスの地理・施設構造・慣習の提供、および現場での判断補佐を。あなたの経験は、誰よりもこの作戦の役に立つでしょう」
アズサは短く目を伏せ、
そして、ゆっくりと頷いた。
「アリウスは……私が育った場所だ。今のやり方が間違っていることは、私自身分かっている。なら――
"裏切り者なんかじゃないよ、アズサ"
先生が思わず口を挟む。
"アリウスを捨てたんじゃなくて、アリウスとトリニティ、両方を守ろうとした結果でしょ?"
「……先生は、いつもそう云う」
アズサは苦笑に似た表情を浮かべた。
「だから――今回も、信じて従うさ」
ナギサは次に、コハルへ向き直る。
「コハルさんには……正義実現委員会との連携窓口になってもらいたいです。本来なら、あなたをここに縛り付けるべきではなかった。今度は、正義実現委員会の正式な一員として協力して頂きたいのです」
「……っ」
コハルは、ぐっと唇を噛んだ。
「これは償いの一部です。あなたが、あなた自身の意志で正義実現委員会として動けるようにするための」
「……ふ、ふん。しょうがないわね、協力してあげるわ」
ぷいっとコハルは顔をそむけながら言った。
「ありがとうございます、コハルさん」
「別に、ナギサ様のためじゃないんだから! これは、私が正義実現委員会のエリートとしてやるべきことなだけよ!」
ハナコには――ナギサは少しだけ言葉を迷い、尋ねるように口を開いた。
「ハナコさんには……情報の整理と、後方での調整役をお願いしたいのですが……どうでしょうか?」
「喜んで」
ハナコは即答した。
「トリニティとアリウスとカイザー。嘘と真実と打算が入り乱れる場所ほど、火の立つものです。……先生や皆さんが前線で恥ずかしい目にあわないよう、しっかりお膳立てしておきますね」
"えっ、恥ずかしい目って……?"
「戦場で制服のボタンが弾け飛ぶなど、よくあるハプニングですよね?」
「そ、そんなハプニングは起きない前提で動きなさいよ!!」
ハナコの言葉に、いつものようにコハルが叫んだ。
最後に、ナギサはヒフミを見つめた。
「ヒフミさん。あなたには――補習授業部の部長として、皆と先生の、心の支えになってほしいのです」
「わ、私が……?」
「あなたは、自分で思っている以上に、周りを繋ぐ力があります。アビドスでも、ここでも。だから……今度こそ、最初から最後まで仲間としていてください。疑われる側でも、スパイを探すための道具でもなく」
ヒフミは、しばらく何も言えなかった。
そして――そっと先生の袖をつまむ。
「せ、先生……私、そんなに頼りになるタイプじゃないんですけど……」
"ううん。ヒフミがいてくれるだけで、私はすごく助かるよ"
「……じゃ、じゃあ」
ヒフミは深呼吸を一つして、
ぎゅっと拳を握った。
「補習授業部の部長として――アリウスの子たちも、トリニティの子たちも、誰も落第させないように……! が、頑張ります!」
「緊張しすぎてヒフミの落第の基準が戦場レベルになってるんだが……」
アズサが小さく突っ込みを入れるが、誰も否定はしなかった。
ナギサは、もう一度深く頭を下げる。
「ありがとう……本当に、ありがとうございます。私は今度こそ、あなた達を切り捨てません。怪しい人物だからという理由で見捨てるような真似は、二度としません」
その言葉に、先生は静かに頷いた。
ステンドグラスも、迎賓室もない。
古い机と椅子と、ペロロ様のバッグと、ガスマスクを付けている少女と、水着で歩き回ってもおかしくないような危うい才女と、小さなプライドをぎゅっと握りしめたエリートと――不完全で、不安定で、それでも前に進もうとする自分がいる。
"……それじゃあ"
先生は、少しだけ声を張った。
"補習授業部、特別任務――アリウス自治区突入支援作戦。これから、準備を開始するよ!!"
「「「はい!」」」
四人の返事が、教室に響いた。
その音は、かつて「第一回レクリエーション開始」と宣言された日から、少しも変わらない、真っ直ぐな声だった。