憑依先の悪役将軍の立ち回りが地獄過ぎる件   作:Mind β

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ヤクモって意外と“ある”のか……!?(メモロビ見た感想)


第19話:遭逢

 

"ぁ、え、えっと……"

 

 先生は珍しく、言葉を上手く声にできていなかった。こちらを見つめたまま、困ったように指先を胸元で握りしめる。

 

(……なぜ、ここに?)

 

 俺が驚いたのは勿論、ナギサも目を丸くし、すぐに会釈した。

 

「先生……どうしてこちらへ?」

 

"あ、えっと……ナギサとミカが、緊急の会議をしているって……フィリウス分派の警護隊の子から聞いて……"

 

 先生はぎこちなく笑う。

 いつもの堂々とした柔らかな雰囲気ではない。

 どこか、背筋が強張っている。

 

(……疲れているのか?)

 

 そんな疑問がよぎったが、先生はすぐに形だけの笑みで取り繕ってしまう。

 

"……ごめんね。タイミング、悪かった?"

 

「いえ。むしろ助かります。丁度、話が終わったところでしたので」

 

 ナギサは静かに首を振ったが、

 その目の赤さに気づいた先生は、小さく顔色を変えた。

 

"……ナギサ、大丈夫?"

 

 恐らく俺が脅迫か何かして泣かせたのだと勘違いされているのだろうか、若干の敵意を孕んだ視線を向けられる。うーん、心外だ。

 

「大丈夫です、先生。少し……心の整理をしていただけですから」

 

"それならいいんだけど……"

 

 ナギサは泣き腫らした目元を指で押さえ、また微笑を作る。

 それを見た先生は、安心したように息を吐いた。彼女の声色から、それが本当であるということを判断したようだ。

 

「貴方がシャーレの先生ですか。噂は聞いています、初めまして」

 

"初めまして、貴方は…確か、カイザーPMCの将軍――"

 

「はい、正確に言えばカイザー本社の人間ですが、細かい事は置いておきましょう。ここで偶然出会えたのも何かの運、少しだけお話することは出来ますか? アリウス自治区の件なのですが」

 

 その言葉を聞いた瞬間、

 先生の肩がびくりと揺れた。

 

 わずか一秒の反応。

 

 だが本人は気づかれたくないのか、すぐに笑顔で上書きした。

 

"あ……アリウス……うん、大丈夫。聞かせてほしいな"

 

 ……やはり疲れているのだろう。声が僅かに震えている。

 

 原作でも過労であるというシーンはあったし、やはり過酷なのだろうが、生憎今はそれを配慮してやる余裕はない。軌道修正はできたが計画が狂ったのだ。先生の協力を取り付ける件は直ぐにでも終わらせたい。

 

「トリニティとカイザー合作の作戦に、貴女の力を借りたいのです。まだ正式な承認前ですが、前向きに検討していただけると助かります」

 

"トリニティと、カイザーの?"

 

 先生が信じられないといった様子で訊き返す。

 無理もないだろう。

 

 そこに、ナギサが口を開いた。

 

「これは、カイザーが秘密裏にアリウスに潜入した際に確保した情報です。アリウスでは今、これだけの惨状が広がっています」

 

 彼女はそう言ってデータスレートを差し出す。

 先生は受け取り、画面に目を落とした。

 

 その瞬間――彼女の喉が小さく鳴った。

 

"………っ"

 

 呼吸が震えている。

 画面を持つ手が、耐えきれず揺れている。

 

「先生。あなたなら、この状況を見過ごすことはできないはずだ」

 

 俺は決心を固めさせるさせるつもりでそう言った。

 それに対して、先生は答えた。

 

"……うん、これは見過ごせない。トリニティが望むなら、力になれるように頑張るよ"

 

「ありがとうございます、先生」

 

 ナギサが安心したように笑う。

 その一方で俺は、僅かな違和感を感じ取っていた。

 

 先生の言葉は前向き。しかし声の奥に、押し潰されそうな不安が微かに滲んでいる気がしたからだ。

 

(……妙だな。だが、疲労と考えるのが妥当か)

 

 俺は結局そこから先を読み取れなかった。

 先生は続けて、ナギサへ優しく言葉をかけた。

 

"ミカはどうしたの? 一緒に会談をしてるって聞いたけど……"

 

「ああそれは――少し事情がありまして。後ほど詳しくお話ししますので、迎賓室までお越しください」

 

"うん、分かった。詳しくは後で――"

 

 その瞬間、先生の膝が微かに震えた。

 倒れかけた身体を、辛うじて壁に手をついて支える。

 

「先生!?」

 

"あ、だ、大丈夫。ちょっと……貧血、かな……"

 

 ナギサが焦燥とした様子で駆け寄る。

 明らかに大丈夫ではないのに、先生は笑おうとしていた。

 

(……おかしいな。ここまで弱っているとは思わなかったが……)

 

 しかしその弱り方が、心から来ているとは、俺はまだ理解できなかった。

 

「本日はもう休まれた方がいい。アリウスの件は、また後日改めて」

 

"……うん、ありがとう。そうさせて頂くことにするね"

 

 そう言って先生は、ゆっくりと歩き去っていく。

 背中は小さく、どこか頼りなげで。

 

 なのに――

 

(生徒の為にあそこまで無茶を……やはり、あの背中は強い)

 

 俺はまだ、そう信じてしまっていた。

 先生の仮面が崩れていく音に、気づくこともなく。

 

 

⬜︎

 

 

 足音が、上手く前に進まなくて困った。足の裏が床に吸い付くみたいに重い。視界がじりじり揺れて、息が浅くなる。

 

 迎賓室から少し離れたところで、ようやく私は壁にもたれた。

 さっきナギサたちの前で倒れなくて、本当に良かった。

 

 でも――胸が痛い。

 

(……まただ。アビドスで感じたやつ……)

 

 あの時。

 

 砂の匂いと銃火器の金属音。大人たちが怒号を飛ばし、引き金に指をかけていた。

 

 私は足が震えて動けなかったのに。

 生徒たちを守る立場だったはずなのに。

 

(……なのに、また……カイザー……)

 

 さっきのカイザーの将軍――ジェネラル。

 優しそうに話してはいたけど、背筋が折れそうなくらい怖かった。

 

 大人の軍人。

 本物の戦争の気配を連れてくる人。

 

 声をかけられた瞬間、アビドスで感じたあの寒気が、一気に蘇った。

 呼吸が浅くなったのは、ただの貧血なんかじゃない。

 

(……カイザーが、どうしてトリニティとアリウスの問題に……?)

 

 不安が胸で膨らんでいく。

 

 ナギサの件は、まだ学生同士の政治だった。

 私はそこに大人として介入すればよかった。

 

 でも、今回は違う。

 

 カイザーは大きな組織だ。キヴォトス経済の中枢を握り、もはやキヴォトス経済はカイザーなしには成り立たない。

 その点で言えばシャーレなんかよりずっと巨大で、ずっと危険。

 

 もし――ナギサやミカが、あの企業に利用されているとしたら?

 もし――私がまた、生徒を守るために、武装した大人と向き合わなきゃいけないのなら?

 

(……もう、いやだよ……)

 

 喉の奥で、小さく声が漏れた。

 誰も聞いていないから、少しくらい弱音を吐いてもいいと思った。

 

(……アリウスの映像……)

 

 頭に焼き付いてしまった。

 画面越しの血、暴力、縛られた子供たちの姿――。

 

 胸の中がぐちゃぐちゃになる。

 

 あんなもの、どうして私に見せるの。

 

 私はヒーローじゃない。

 シャーレの先生だって、ただの肩書きでしかない。

 

 普通の世界でアルバイトして暮らしていた、どこにでもいる人間なのに。

 

(……それでも、助けなきゃいけないの?)

 

 自分に問いかける。

 

 答えられない。

 

 助けたい。

 助けたいよ。

 見捨てたくない。

 

 でも。

 

(……でも、先生として関わったら……またあの感覚が……)

 

 手が震えた。

 

 “仮面”が剥がれそうになるのが怖い。

 

 生徒たちが信じてくれる“先生”は、本当はただの普通の女だって気づかれそうで。

 

(……また、生徒に心配をかけちゃった……)

 

 桐藤ナギサ。

 

 泣いていたのに、私のことを心配していた。

 ミカだって、もっとちゃんと話を聞いてあげられたはずなのに。

 

 どうして私は、いつもこうなんだろう。

 自分のことで精一杯になって、みんなを不安にさせて。

 

(……大人って……なんなの?)

 

 守れるわけでもない。

 導けるわけでもない。

 戦えるわけでもない。

 

 ただ、背伸びしてそう見せてるだけなのに。

 

 そのくせ――期待されてしまう。

 

「……っ、は……あ……」

 

 呼吸が乱れてきたので、壁に額を押し当てる。

 涙が少し零れて、落ちる前に指で拭った。

 

(……行かなきゃ。戻らなきゃ……)

 

 足は震えているのに、迎賓室へ戻らなきゃと思う。

 

 ミカのこと、ナギサのこと、アリウスのこと。

 全部抱えて、歩かなきゃいけない気がした。

 

 私はもう一度だけ、深呼吸をして、ゆっくり廊下を歩き出した。

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