Fille du duc corps de ballet act0 その4 2021/2/25 投稿
押井作品の都市風景画像。
作家になってその意味と味に気づく。
樺太道豊原市。
その都市圏だけで未だ一千万以上の人口を誇るこの街の地上部分は、それほど高い建築物が建っている訳でもなく、東側特有の幾何学的な都市になっていた。
だが、各地に設けられたエレベーターやケーブルカーに乗って地下に入ると、その真の姿を見せる。
豊原地下都市。
元は核シェルターからスタートし、急増した難民の収容の為に違法建築と当時の東側技術の粋を集めた開発を重ねて作られた地下迷宮。
蛍光灯の灯りと温度管理のために送られる蒸気の音。
プロパガンダのために用いられたTVのブラウン管モニターが街のあちこちに映像を映し、少し小道に入れば鼠と蝙蝠が幅を利かせるダンジョンを中島淳と北雲涼子が歩く。
地下三層。
地上部分の真下に当たる地下一層及び地下二層が政府施設で占められ、地下三層から五層が居住施設及び商業施設に地下農場、地下六層が工業施設及び地下都市インフラ区画、七層以下は建設途中で放棄というのが公式のパンフレットには書かれているが、もちろん実態はその限りではない。
地下七層以下には難民を押し込めたスラム層が未だあるし、地下一層及び地下二層の政府施設は社会主義国お約束の秘密施設でいっぱいである。
もちろん、この地下三層にもそんな地元民しか知らない秘密が色々あるのは言うまでもない。
「……おはようございます。
今日の豊原地下都市の温度は17度。
第五層の第35及び36区画は工事の為二酸化炭素注意報が出ています。
近隣住民の皆様は、携帯酸素ボンベを忘れないように……」
「変わったなぁ。この街も」
「変わってないわね。この街も」
ホテルから出て二人して同時に真逆の感想を言ったものだから、思わず吹き出してしまう。
軽く笑った後で、中島淳から感想を言った。
「この層でホームレスを見なかった。
あちこちに本土を始めとした西側企業のロゴが日本語・ロシア語・広東語で並び、崩壊前ならば信じられないぐらい物があふれている」
「蛍光灯の白い灯り、酸欠にならないように定期的に送られる送風機の音、温度管理に使われた蒸気による湿っぽさ、殺風景な建物群、そして懐かしく不味い食事」
「戦場だとごちそうなんだけどな」
「ここは戦場でなく、私たちも兵士ではない。
やっぱり一度本土の食事を食べると、こっちに帰りたくなくなるわよ」
二人のホテルの夕食は、鮭のムニエルにスープにパンとサラダと当たり前のように付けられたウォッカ。
朝食はパンとソーセージエッグとジャムたっぷりのロシアンティー。
川を遡上した鮭以外は地下都市での野菜だが、元は宇宙開発で用いられた技術で作られた野菜も資本主義によって北海道から運ばれる食糧に駆逐されようとしていた。
それでも地下農場が維持されているのは食料自給政策と酸素供給と雇用政策との兼ね合いであり、様々な保護と補助を撤廃するようにと米国だけでなく本土の農協も要求していたが、それが意味するものは更なる失業率の悪化なので、樺太道庁と政府は要求を拒んでいた。
なお、末期のこの街の貴重なタンパク源は地下七層以下で取れた巨大ネズミの肉だったと言えば食料事情を察する事ができるだろう。
「で、使える人間を探せって事だが、当てはあるのか?」
桂華院瑠奈警護の為の警備兵のスカウト担当である中島淳は気楽に尋ねる。
彼は知古の軍関係者辺りからスカウトすれば良く、すでに何人かから接触を受けていたのである。
「当てね。ある訳ないじゃない。
まぁ、里帰りを堪能しながら、お茶を濁すわよ」
嘘である。
諜報、しかもススキノの外れでママなんてやっていた彼女自身がその『豊原の娘たち』の一人である。
独裁国家におけるパワーエリート育成の最大の障害は親である。
そのため、国家に、党にしかアイデンティティを持たない彼らは国家運営において実によい歯車となり、『豊原の娘たち』と呼ばれた女スパイ網は本土だけでなくソ連及び東側全域に送られていた。
そんな彼女たちの供給源は孤児院であり、表向きは地下の楽園の宣伝のため、裏では使い勝手の良いパワーエリート育成のための選別が行われることになる。
もちろん、そんなのが表沙汰になる訳もなく闇に葬られた訳で、それを掘り起こすという事がどれだけの危険を伴うか。
だからこそ、彼女はその最暗部の怖さを熟知していた。
この会話すら聞かれているかもしれない。
ゲームは既に始まっているのだが、ルールもあいまい、プレイヤー人数も不明というのが諜報という世界である。
「じゃあ、とりあえず仕事をしますか。
俺は面接。
そっちは?」
「役所に行って住所確認」
日本の身分保障は住所が肝である。
社会保障等はこの住所を失うと途端にもらいにくくなり、住所=信用の根幹とも言っていいだろう。
本土に雪崩れ込んだ難民問題はこの住所をどうするかで政府と地方自治体が揉めに揉め、バブル崩壊の経済的打撃からなし崩しに積み上げられた箱舟都市と、携帯電話番号と銀行口座を餌に身分確認として法の保護下に収めようとした『ケーカ』でなんとか把握をと務めている最中だった。
そうなると、その住所を持たない旧北日本政府市民というか、東側崩壊時に雪崩込んだ難民たちの住所は?
それは、樺太の豊原地下都市にあった。
『あった』というのがポイントで、実際に住んでいる人間が居る訳もなく、内地に渡る為の住所として登録されているという訳だ。
その登録料金がアンダーグラウンドに流れているのは言うまでもない。
そんな末端部は、市民たちが内地に逃れて居なくなった事で廃墟と化し、スラムは犯罪者の巣窟と化していた。
誰が呼んだか香港で消えた九龍城を意識して『地下九龍』なんて中国人は呼んでいるが、日本人は『根の国』なんて呼んでいたり。
これも、北日本政府が崩壊して日本神話が大っぴらに語られるようになった名残だろう。
なお、アイヌ系はこの場所を『アフンルパル』と呼んでいるとか。
「じゃあここで」
「ええ。夕食時に落ち合いましょう」
二人は別れて別の場所に向かう。
その後を数人がつけ、さらにそのつけた人間を別の誰かがつけていった。
書き出して横道にそれる資料たち
Ⅰ.ソ連崩壊後のロシアの農業構造、食生活の変化 - 農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/k_syokuryo/h21/pdf/h21_russ2.pdf
月面農場ワーキンググループ検討報告書 第1版.pdf<9.6MB>
https://www.ihub-tansa.jaxa.jp/files/%E6%9C%88%E9%9D%A2%E8%BE%B2%E5%A0%B4%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97%E6%A4%9C%E8%A8%8E%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%E3%80%80%E7%AC%AC%EF%BC%91%E7%89%88.pdf
大都市の地下空間に要求される耐震性能と地震防災対策に関する考察
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejseee/65/1/65_1_688/_pdf
アイヌの他界観に就いて
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/19353/KJ00005086039.pdf
豊原地下都市のイメージ
押井守『イノセンス』択捉経済特区。
あの人口にものを言わせての中華風メガロポリスは本当に好き。
まさかそれをリアルで拝めるようになろうとは……
『ニンジャスレイヤー』キョート共和国アンダーガイオン
あれ都市断面図が乗っているからイメージしやすくて助かる。
もちろんニンジャはいない。
『トータルリコール』
地下都市で多分一番気にするのは二酸化炭素で、そのあたりのイメージ確認はこの映画だった。
やっぱりこれ作るなら『シムシティー』のアーコロジー作った方がいいんじゃねと思ったり。
『火の鳥 太陽編』
ネズミは食料を私に植え付けた作品。
もう一つ食材があるのだが……虫だからこっちはさすがに……