桂華商会事業再編会議
経営統合で莫大な取引先を抱えることになる桂華商会。
そのネットワークの整理統廃合だが、当たり前に難航した。
数百に上る子会社に、万を超える取引先の整理統廃合が一朝一夕でできる訳もないのは当然である。
「……で、整理のためにビルを一棟買うことにしました」
我ながら、何いってんだこの小学生という気分だが、私の発言を大の大人達は誰も遮らない。
九段下桂華タワーの大会議室に集められた赤松商事・帝商石井・帝綿商事・鐘ヶ鳴紡績の幹部連中およそ百数十人はじっと私の顔に視線を向けている。
あまりに巨大になり過ぎた桂華グループは、それゆえに私の決定をどうしても欲する場面が増えていた。
同時に、たとえ小学生とはいえ、誰がボスかを見せ付ける必要があったのである。
「この手の片付けのコツは、使っていない部屋に一度物を詰め込んで部屋を空にする所から始めるのがコツだそうです。
という訳で、ちょっとお手頃のビルが見付かったので、そこに一度まとめてしまおうと考えています」
私の後ろのスクリーンに映るビルを見て、関西出身者が『ああ』という顔をしたのを確認して私はそのビルの名前を告げた。
「関空臨海タワービル。
ここに事業再編本部を置き、事業の整理を進めていただけると助かります。
周辺地区も購入して、桂華グループの西日本の物流拠点の中核を担ってもらえたらと考えています」
ここの地区開発には官民合わせて6000億円もの巨費を投じられたのだが、バブル崩壊と共に巨額の不良債権となって、関係者を苦しめていた。
なお、この地区の象徴となったこのビルのお値段は630億円なり。
私の横に控えていた執行役員である岡崎祐一が私の後を引き継ぐ。
赤松商事社長である藤堂長吉曰く、
「あれにお嬢様の補佐をさせるのは、『10年後の社長はこいつだから』という顔見世でもあるのですよ。
それで奴の山気が抜けてくれたらこちらも助かるのですけどね」
なんて遠大な計画の一環だったりする。
おかげで、この会議は岡崎とその部下である船上庄忍率いるムーンライトファンド出向組が仕切っていたりする。
さらりと一条絵梨花が船上庄忍の隣りにいたりするが、友人だから引っ張られたのだろうなぁ。
あと、私を気遣うためか、橘由香の姿も見える。
一条絵梨花の補佐をしているというか、彼女のフォローをしているように見えるが気のせいだろう。
一条絵梨花と橘由香の二人はメイド姿なのがまたスーツオンリーのこの会議室では浮くこと浮くこと。
一番浮いているのは、私というのはひとまず置いておく。
「さて、お嬢様の挨拶にもありましたが、商社は関西にルーツを持つ所が多く、事業再編において整理統廃合の中心になるのがこの関西エリアである事はここの皆様には言うまでもないことだと思います。
お嬢様は一極集中の愚を避けたい意向から、東京と大阪の二重本社体制にしたい意向で、今回購入する関空臨海タワービルは、関西の副拠点として今後も使うという形になると思われます。
桂華グループである桂華鉄道がなにわ筋線の建設を表明しており、関空から新大阪まで特急で一時間以内のアクセスを……」
会議が進み、関西組から次々に意見が出てくる。
少なくとも、桂華というか私が関西を疎かにしないという事は理解してくれたらしい。
「東京と大阪の二重本社体制についてはいい。
それで、その両方の本社は何処になる予定なのか?」
「東京及び大阪も、桂華金融ホールディングスが抱えている土地建物を購入し再開発する予定で、現在もその候補地を探しております」
「物流拠点として見るならば、現在建設中の神戸空港のほうが良いのでは?」
「神戸空港および、ポートアイランドも候補に入っていたのは事実です。
神戸港の港湾施設は日本有数の貨物取扱量を誇っており、ポートアイランド第二期工事に合わせて開発に参加すれば、西日本の拠点として相応しいものができるだろうとは思っていますが、24時間空港でないこと、その開発終了まで少し時間が掛かるのが問題になりました。
加えて、関西圏の不良債権処理の足かせの一つである関空問題に間接的に関与することで、桂華グループの関西の取引先が抱えている不安を払拭する事が今回の決定に至った理由の一つでもあります」
「桂華は関空にまで絡むんかいな!?」
思わず素が出ただろう関西圏の幹部の言葉に私は苦笑する。
後に関西不良債権の伏魔殿と恐れられた関西国際空港こと関空ネタは本当に闇が深いのだ。
不良債権を整理回収機構に回してそれを回避した桂華金融ホールディングスをそこに突っ込ませる馬鹿なことは私でもしたくない。
とはいえ、関西圏の取引先企業に不良債権を抱えている会社は中小企業を中心に多く、桂華商事の取引先の整理統廃合は取引先の不良債権処理とも間接的に絡むから、藤堂と桂華金融ホールディングスCEOの一条進が私の前で互いに協力する事を確認し覚書を交わしていた。
こういう時に、巨大な権限と責任を行使できる財閥のトップというのが便利だと思い知らされる。
その便利さに慣れて、独裁と疑心暗鬼に走らなければだが。
「いえ、関空二期工事にまで絡むつもりはありません。
関空はAIRHOの西日本拠点空港として活用しておりますが、選ばれた経緯は航空貨物取扱の都合から24時間空港であることが望ましい、という理由によるものです。
今回のビル購入は空港の経営に関わるものではなく、あくまで不良債権処理の間接支援である事を強調させていただきます」
岡崎が無難に答えた後、次に飛んできた質問に会議場が凍った。
あの席は、帝商石井の役員か。
「赤松商事の資源管理部はこの九段下から本社に移さないのか?」
今回の経営統合が赤松商事による救済合併であり、その資金を稼ぎ出したのがムーンライトファンドこと資源管理部なのだから。
つまり、それを東京なり大阪なりの本社に移管しろと言っているに等しい。
岡崎が毅然とその質問を拒絶する。
「はい。
資源管理部はここ九段下から動くことはありません」
「ガバナンスを考えると、資源管理部も一度きちんと定義をしておいたほうが良い気がするが、了解した。
進めてくれ」
私の直轄事業であるムーンライトファンドに手を出すとも取れる発言に皆の視線が集まるが、私はここで笑顔の仮面を被り続ける。
これぐらいの軽口と挑発で幹部をクビにするならば待っているのは独裁者である。
会議終了後の藤堂の感想がそれを物語っていた。
「お嬢様。
お喜びください。
私の次になる野心ある人物は居たみたいですぞ」
と。
野心のある幹部は能力も高い。
そして、そういう人間がやり繰りしないとこの巨大総合商社桂華商会は機能しないことは私でも理解せざるを得なかった。
関空臨海タワービル
今の大阪の賑わいを知れば嘘のようだが、この頃の大阪の衰退ぶりはひどいものがあった。
それだけ、バブル崩壊と阪神大震災のダブルパンチが痛かったとも言う。
二重本社体制
大阪に本社をおく企業は東京の一極集中化に伴って、東京支店ならぬ東京本社というものを設置し、その後本社を大阪から東京に移すケースが続出。
一時期は、大阪衰退の原因の一つと言われた。
東日本大震災で東京が被害を受けてからは、バックアップとしての大阪本社というのが見直される動きがあった。
神戸空港
開港は2006年
関空案件
1期工事だけで費用は一兆五千億円。
2期工事費用に漁業補償や周辺地区再開発等、ヤのつく自由業やバブルの紳士達が派手にうごめいた伏魔殿。
本当にこれは闇が深いんだよなぁ……