VS メガファーマ その2
この世界お嬢様が踏ん張ったので時価会計がまだ解禁されていないのがポイント
敵対的買収を避けるにはどうすればいいか?
一番簡単なのは、そもそも上場しない事である。
当たり前なのだが、株式会社で全部の株式を自分で握ってしまえば経営に文句を付けられないのだ。
じゃあ、何で株式を上場するのかというと、資金調達が楽になったり、知名度向上にともなう社員の士気上昇、ワンマン経営からの脱却などがあげられる。
あと、株式持ち分を売却して創業者利益を得るというのも大きいだろう。
じゃあ、デメリットはというと、公器として意思決定が制約される点と、敵対的買収をされてしまう可能性があるという事なのだろう。
「株式の比率はどうなっているの?」
私の質問にアンジェラが答える。
スクリーンに円グラフが出て、桂華の持ち分が半分を切っているのが確認できた。
「畑辺製薬との合併の覚書だと、桂華:岩崎:畑辺で4:3:3ですね」
桂華が主導権を握りながら、残り2つを無下に扱わないという遠慮がこの状況を招いた。
つまり、相手のメガファーマが札束でぶん殴った場合、岩崎と畑辺の持ち分を持っていかれて買収が成立するという危険があったのである。
「で、買収を仕掛けてきそうなメガファーマはどちら?」
アンジェラは無言でモニターを操作して、そのメガファーマのロゴを画面に映す。
そのロゴは2つあった。
「チャールズ&エアハルト社とアーツノヴァ社ですね。
エフラ社が日本の外内製薬と戦略的提携を発表した事で、危機感を煽ったみたいですね。
私に言わせると、この戦略的提携って買収にしか見えませんけど」
メガファーマの一角であるエフラ社と外内製薬の戦略的提携だが、エフラ社が外内製薬の株式の50.1%を握って子会社化するが、経営の独立だけでなく、社名変更や代表者の変更なし、東証での株式上場維持まで明言する外内製薬側にとって実に都合の良い提携で業界が驚いたという経緯がある。
それを知って動いたのがアーツノヴァ社。
岩崎製薬とライセンス契約を結んでいた縁で、それとなく探りを入れていたらしい。
その線でこちらの内情を知ったアーツノヴァ社は、エフラ社と同じ戦略的提携ならば線があると見て桂華側や畑辺側にも接触しようとした矢先、チャールズ&エアハルト社が一気に仕掛けてきた。
国内大手証券会社をアドバイザーに立てて、三社まとめて買収をと内々に言ってきたのである。
買収金額はおよそ一兆三千億円。
ただ、これは現金ではなく、現在国会で審議が進んでいる時価会計と株式交換制度を使う為にあくまで内々という話な訳だ。
現時点での三社の時価総額の合計はおよそ一兆円。
三割のプレミアム付きで、決して悪くはない提案である。
同時に、敵対的買収で岩崎と畑辺の株式を取りに来た場合、六千億円から八千億円で過半数を握れる計算になる。
国内証券会社をアドバイザーに立てたメガファーマにとって、出せない金額ではない。
何よりも、時価会計と株式交換制度解禁の格好のモデルケースとして政府が飛び付きかねない。
そうなったら、話が政治まで行ってろくでもないことになる。
「お義兄様。
桂華側の方針としてはどのようになさるつもりでしょうか?
敵対的買収阻止に動くのならば、ムーンライトファンドから資金を出しても構いませんが?」
私の確認に仲麻呂お義兄様はため息をついて苦笑した。
それは、彼が次期後継者として見せた苦労なのだろう。
「実はね。瑠奈。
この提案に乗り気なのは、私なんだ」
と。
びっくりする私に仲麻呂お義兄様はいたずらっぽく内情をばらしてくれた。
出てくるのはどこにでもあるお家争いである。
「岩崎製薬と畑辺製薬の源流は元々同じでね。桂華は歴史が浅い。
その上、幾つかの国内製薬会社と合併をしていた岩崎製薬の方が規模が大きいのに、経営の主導権は桂華が握っている現状を岩崎製薬側はあまり快くは思っていないらしい。
畑辺製薬との合併はそのあたりの事情もあってね。
岩崎側の巻き返しという側面もあるのだよ」
上が財閥同士で仲がよいとはいえ、下まではいそうですかとは納得しないしできないのが人と言う生き物である。
財閥としては新興の桂華と、日本有数の大財閥の岩崎との結婚は、当然下の方で派手な軋轢が発生していたのである。
「まぁ、そんな事が言えるのもエフラ社と外内製薬の戦略的提携のおかげなのだけどね。
あれのおかげで、外資を入れても大丈夫かもしれないという選択肢ができた。
そして、敵が居るなら組織というのはまとまるものさ」
けど、それはいいのだろうか?
岩崎製薬や畑辺製薬との合併の上に外資まで入れるとなると、桂華グループ内で完全に浮く。
そんな私の思考を先回りして、仲麻呂お義兄様は笑った。
「真面目な話として、この未来は瑠奈の未来でもあるんだ。
桂華金融ホールディングスや、桂華鉄道、桂華商事なども社会の公器として株式公開してゆかないといけないと思っている。
瑠奈が全てを一人で背負うには桂華グループは大きすぎる。
かといって、世界を相手に戦うならば、これらの企業ですらまだ小さい。
政府はいずれ財閥解体に動く。
うちも岩崎も他の財閥も、それを見越して生き残りを模索している」
バブル崩壊の不良債権処理と時価会計の導入で、この国の財閥は致命傷に等しい打撃を受けるだろう。
そんな中で、旧来の財閥を維持しようとすれば、必然的に潰される。
新しい皮がどうしても必要だった。
お義兄様はそこまで見越していた。
この人が居れば、桂華グループは安泰だろうと思った。
「ねぇ。お兄様。
真面目に、私の代理として、桂華グループ全体を舵取りしてみませんか?」
「瑠奈。
私は足りているから、まだ足りない瑠奈といずれぶつかるよ。
少なくとも桂華院家はこれで瑠奈や、桜子さんのお腹にいる子供の代ぐらいまでは持つだけの資金は確保できるから、安心して遊ぶといい。
私は、それを邪魔しないよ。
危ないことをしない限りはね」
さらりと飛び出す爆弾発言に私は驚き、おめでとうを言うと仲麻呂お義兄様は本当に嬉しそうに笑った。
物語では生きていない人が、新しい命を産み出してくれる。
それは、私のやってきた事を肯定してくれるようで、本当に嬉しかった。
後日、桂華岩崎畑辺製薬とアーツノヴァ社は会見を開き、戦略的提携を発表。
アーツノヴァ社が桂華岩崎畑辺製薬株式の50.1%を取得し子会社化するが、経営の独立だけでなく、社名変更や代表者の変更は無し、桂華グループ及び岩崎財閥への参加の維持まで明言する提携に、日本の医薬品業界にも再編の風が吹き出したとビッグニュースとなってメディアを賑わせた。
なお、その過程でアーツノヴァ社に持ち株の半分を売却することで桂華院家が手にした二千億円程度の現金は、某お嬢様が桂華金融ホールディングス上場によって得る兆単位の富の影に隠れて見落とされていたりするのだが、当のお嬢様は生まれる前の甥っ子に色々な物を用意するという姉バカを炸裂させていたという。
チャールズ&エアハルト社
バイアグラをつくったメガファーマ。
日本市場については拠点化をしっかりしていたから桂華岩崎畑辺から手を引いた。
アーツノヴァ社
欧州のメガファーマで、業界トップの一角。
97年に日本の子会社を再編した事もあって、桂華岩崎畑辺製薬は美味しい獲物だった。
エフラ社と外内製薬
このケースを見て、この話をつくってみた。
結果大成功なのだろう。
戦略的提携
私はこれを友好的買収と捉えている。
もっとも、かなり気を使っているので一概には言えないのだろうが。