憑依先の悪役将軍の立ち回りが地獄過ぎる件   作:Mind β

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ジェネラルがどう動いても、カイザーはやはり悪い大人が居るんだな、ということが改めて分かる話だと思います。

晴らしますので安心してくださいと言いたいですが、キツいな~と思ったら閲覧を辞めてもらっても構いません。


第17話:トリニティ会談①

 

 トリニティ総合学園・迎賓室。

 磨かれた白大理石の床には、ステンドグラスの光が滲んでいる。

 聖堂のような静寂――だが、空気の密度は鋼のように重かった。

 

 俺は黒の軍服を着用し、制帽を脇に抱えて立っている。その対面、白と金の制服を纏った二人の少女が座っている。

 桐藤ナギサ、そして聖園ミカ。トリニティを代表する二つの派閥、フィリウスとパテル。

 

 彼女らの間には一枚のテーブルと、一学園の存亡が横たわっていた。

 

 俺の背後には、今回同行を命じた部下――外交局付の隊員、コウエンが控えている。

 普段は寡黙で優秀だが、プライドが高く、口が滑るタイプなのが難点だ。

 

「今回は会談に応じて頂きたいたこと、誠に感謝申し上げます」

 

「気になさらないでください。こちらとしても、カイザー・コーポレーションとは円滑な関係を維持したいと考えております」

 

 桐藤ナギサは微笑を形だけに浮かべ、胸元で両手を組んだ。

 その声音は丁寧に磨かれた硝子のように澄んでいる――しかし、触れれば容易く割れそうな脆さもあった。

 

「はいはい、形式的な挨拶はこのくらいにしようよ、ナギちゃん」

 

 隣で椅子の背もたれに体を預け、ミカが軽い調子で口を挟む。

 つま先でリズムを取りながら、視線だけをジェネラルへと向けた。

 

「正直に言うけどさ、今回の件、カイザー側が“善意で”会談を開いたなんて信じてないから」

 

 ナギサが目線で制止を促すが、ミカは気にも留めない。

 挑発するような視線が俺達を刺す。

 

 コウエンの眉が僅かに動いた。

 

 不味いな、悪い癖が出る……コウエンは外交員としては致命的なほどに“煽りに弱い”のだ。今のカイザーは俺の急速な改革で多方面に引っ張りだこで、割ける人員がコウエンくらいしかいなかったというのに、どうしてこういう時に限って交渉相手が厄介な……

 

「ミカさん、相手は首脳部です。無用な挑発は――」

 

「ふーん、これが将軍? 思ってたより……ねぇ、ナギちゃん。安っぽい感じしない?」

 

 空気が、一瞬で重くなった。

 ナギサですら、思わずミカを窘めるように肩へ触れた。

 

「ミ、ミカさん……今のは失礼ですよ……!」

 

 しかしミカは舌を出して笑うだけだった。

 

「えー? ごめんね? カイザーって、もっと怖い人たちだと思ってたからさ」

 

 背後のコウエンの呼吸が、僅かに乱れる。

 ただでさえトリニティ側が敵意を露わにしている状況だ。

 

 ここで外交員が挑発に乗るのは最悪の展開だ――

 

「ミカ嬢の言葉遣いについては気にしておりません。それよりも――我々の行動が貴学に被害を与えた手前、善意だけで会談を開く訳には行きません。カイザー・コーポレーションを代表して先日の正義実現委員会に対する不当な攻撃を謝罪致します。賠償などのご要求があれば、お申し付けください」

 

 俺が先に口を挟んで空気の流れを強制的に戻した。

 コウエンは一礼して沈黙し、ミカは舌打ちを小さく隠した。

 

 ……正直に言うと、あの作戦を構想している時点でトリニティ側にバレることは想定した。この世界に来て分かったが、やはり学園は国家のようなもの。諜報機関もきちんと存在し、三大学園のものともなればかなり優秀だ。

 開幕で二人が敵意を孕んだ視線を向けてきた時点で俺はバレたことを察し、謝罪したというわけだが。

 

「ふーん…なんだ、バレてること分かってるじゃん。つまんないの」

 

 俺の見込みは間違っていなかったようで、ミカがつまらなそうに口を尖らせた。

 

(……やはり多少引き下がれば態度を軟化させるか)

 

「賠償等の話は後ほど致しましょう。まずは、カイザー側の要件を聞きます」

 

 少し話題を逸らすかのようにナギサが言う。

 俺はそのタイミングで言葉に合わせて、軍服の懐から一枚のデータスレートを取り出す。テーブルの上に置かれたそれが、無音のまま淡い光を放った。

 

 ミカの眉が僅かに跳ねる。

 ナギサもまた、視線を逸らさずに画面を覗き込んだ。

 そこに映し出されたのは――アリウス分校とゲヘナ学園の紋章、そして数枚の契約書スキャンデータ。

 

「……これは?」

 

「我々が秘密作戦時にアリウスから押収した“アリウス・ゲヘナ両校によるエデン条約調印式の襲撃計画書”です」

 

 俺がそう言い放つと、二人の表情が固まった。

 やがて片方は激しい怒りに、もう片方は絶望と困惑の感情に塗り潰されていく。

 

「まさか……そんな、あり得ません。パンデモニウム・ソサエティーはエデン条約の締結を――」

 

 ナギサは息を呑んだ。

 それまでの完璧な姿勢が僅かに崩れ、彼女の指先がテーブルを掴む。

 

「ちょっと待って、それってつまり――ゲヘナが、アリウスと繋がってたってこと?」

 

「左様です。どうやら、万魔殿がアリウスと連絡を取っていたようで、ゲヘナ風紀委員会とトリニティを襲撃に乗じて排除しようとしていたことが判明しました」

 

 俺がそう答えると、ミカの表情から僅かに残っていた軽薄な笑みがすっと消えた。

 代わりに浮かんだのは、静かな怒り――いや、吐き気に似た嫌悪。

 

「……ふざけないで。ゲヘナの連中、あれだけ私たちを“腹黒女”って馬鹿にしておいて、裏じゃアリウスと手を組んでたってわけ? 最ッ低」

 

「ミカさん、落ち着いてください」

 

 ナギサが制止する声も震えていた。

 彼女の瞳は、もはや画面を見つめていない。そこに映る文字の一つ一つが、積み上げてきた外交努力を粉砕する破片のように思えた。

 

「……これでは、今まで我々が積み上げてきた和平の全てが……」

 

 紅茶を啜ることも忘れ、ナギサの声が掠れる。

 

「――すべて、茶番だったというのですか」

 

 俺は何も言わなかった。ただ、帽子を胸に当てたまま深く一礼する。

 ナギサの瞳は、今にも砕けそうに曇っていた。

 

 流石に可哀想というか、親友を裏切ってまで追い求めていた『和平』の果てがこれでは哀れに思う。だが、今後の動きを決める大事な交渉である以上、私情を挟むわけには行かない。彼女には悪いが、揺さぶりを掛けてでも進めさせてもらう。

 

「我々カイザー・コーポレーションは、報復を望むわけではありません。ただ――この事実を以て、今後の関係における“新たな取り決め”を交わしたい。それが本日お伺いした理由です」

 

 ミカが唇を噛む。ナギサは瞳を伏せ、息を整えるように静かに立ち上がった。

 大理石の床に、靴音が冷たく響く。

 

「……本件、確かに承りました。ですが――」

 

 顔を上げた彼女の瞳には、理性の光が戻っていた。

 

「もう一件。こちらをご覧ください」

 

 俺は机上に置いたデータスレートを操作し、映像を投影した。

 光が二人の少女の顔色を蒼ざめさせる。

 

「……っ」

 

 ナギサが思わず口元を押さえる。

 ミカは表情を失い、微動だにしない。

 

 そこに映っていたのは、アリウス自治区で行われている凄惨な行為の数々だ。遺体や拷問の証拠写真も映っているので、少々お嬢様には厳しいものかもしれないが、交渉の上で必要な提示なのだ。致し方ない。

 

 まあ、アリウスと度々連絡を取っていたミカはこの事実を知っている可能性もあるが……今はメンタルが不安定なナギサの方に揺さぶりを掛けるべきだろう。

 

 俺は彼女達に、冷ややかな口調で告げる。

 

「アリウス自治区は、トリニティの構成学園――建前上は、貴学園の管理下にある。しかし実態は無法の温床だ。この放置が、今回の事件を生んだ。違いますか?」

 

 ナギサは震える手をテーブルに置き、必死に表情を保つ。

 

「そ、それは……」

 

 言葉の詰まる彼女へ、俺はすべての資料を閉じて静かに帽子を被った。

 

「今回の武力制裁はカイザー単独で行うことは可能です。しかしながらトリニティの管理不足も原因の一端である以上、我々としても貴女方の協力を得た形にしたい」

 

 可能な限り提示可能な証拠を示した上で、双方の非を明確化し、責任を両者によるアリウスへの軍事作戦という形で解消させる。もはやゲヘナの裏切りがトリニティ側に知れた以上、情勢を鑑みて軍事的な活動を自粛させる理由もなく、我々は特定人物の確保に、トリニティは自学園内の治安維持及び不当な暴力を受けている生徒の解放を名目にそれを行うことが可能。

 

 これが、俺の考えたトリニティに対する交渉の理論だ。

 

 セイアやアズサ含む補習授業部がどうなるのか、そしてまだ姿を見せていない先生がどう動くのか、不確定要素は多いが、現状取れる策は取ったのではないだろうか。

 

「――ご決断を。トリニティ総合学園の、正式な回答をお待ちしています」

 

 俺は深く一礼し、帽子を胸元で静かに握った。

 

 ナギサは立ち上がったまま視線を落とし、長く息を吐く。

 

「……承知しました。本件についての正式な回答は、ティーパーティーで――」

 

 そこで、言葉が途切れた。

 

 隣に座るミカが一言も喋らず、ただ俯いて震えていたからだ。

 つま先でリズムを取る癖も、軽口もない。静寂の中で、少女の呼吸の乱れだけが異様に響いていた。

 

 ナギサは眉を寄せ、心配げにミカへ手を伸ばす。

 

「ミカさん……? 大丈夫ですか……?」

 

「…………」

 

 ミカは答えない。

 その沈黙は、何かを隠している者の沈黙だった。

 

「……将軍。ひとつ、補足をしてもよろしいでしょうか」

 

 その時、背後からコウエンの声が落ちた。

 普段の冷静な響きとは違う。怒りと侮蔑が混じっていた。

 

「……コウエン、今は――」

 

「失礼いたします。ミカ嬢――あなたは、よくもまぁ安っぽいなどと我々を嘲笑できたものですね」

 

 ミカが顔を上げ、目を大きく開いた。

 

 不味いことになった。これ以上喋らせれば、不味いことになる。だが、もはや時すでに遅し。コウエンは止まることなく喋り始めた。

 

「……は? 何よそれ」

 

「あなたの通信ログについて――将軍はあえて深入りしませんでした。しかし、私は違います。この場にいる全員に真実を理解していただかなければ気が済まない」

 

「コウエン、やめろ」

 

 俺の制止を遮って、彼は前へ出た。

 そして、懐から一枚のデータスレートを取り出し、静かに置いた。

 

 画面には、アリウスとトリニティの暗号通信ログが映し出されていた。

 そして、差出人の欄には――

 

“聖園ミカ”

 

 迎賓室の空気が、一瞬で氷点下まで落ちた。

 

「……こちらは、アリウス分校で押収された通信記録です。差出人の識別コードは、トリニティ所属――聖園ミカ嬢、貴方のものです」

 

「やっ……!」

 

 ミカの手が口元を覆う。

 だが、その震えは言い訳では抑えられなかった。

 

「ま、待って! 違う……違うよ、それは……! 和平のために――みんな仲良くなれないかなって……! 私、ただ――!」

 

「動機は問いません。しかし事実として、貴殿はアリウスと接触し、情報を与えていた。これによりアリウスはトリニティ側の動きを読み、調印式襲撃計画を成功させた可能性が高い!!」

 

 ナギサの手が、震えすぎて膝の上に落ちた。

 

「……ミカ……? これは……冗談、ですよね……?あなたが……アリウスと……?」

 

ミカは必死に首を振る。

 

「違うよナギちゃん、本当に……! 私はただ、みんなが仲良くできる未来がほしくて……アリウスの子たちを、少しでも理解したくて……裏切るつもりなんて――!」

 

「アリウスへの理解? 寝言は寝て言え。貴様が渡した情報のせいで、我々の現場は何度も危険に晒された。あまつさえ、カイザーの作戦にも――!」

 

「やだ……なにそれ……っ、私そんな――!」

 

「事実だッ!!」

 

 怒号が聖堂の静寂に響いた。

 

 ミカが怯えたように椅子へしがみつき、

 ナギサは蒼白になりながらミカの肩を掴んだ。

 

「やめてください……っ! これ以上は――!!」

 

 コウエンのフェイスモニタには、侮蔑と怒りだけが渦巻いていた。

 

「気まぐれなパテルのお姫様が、軽い頭で仲良くしようだなんて笑わせる。その愚行のせいで――!」

 

 ――バン!!

 

 俺はテーブルにスチールの拳を叩き付け、コウエンの言葉を力で封じた。木製の机にヒビが入るが、今はそんなことを気にしている暇はない。

 

「コウエン。命令だ。黙れ」

 

 彼の顔が強張った。

 

「……し、しかし将軍、こいつは――」

 

「黙れと言ったはずだ」

 

 その声は、迎賓室の空気を一瞬で制圧するほど冷たかった。

 コウエンは息を呑み、その場で固まる。

 

 ミカは涙をぽろぽろ落とし、震える声で呟いた。

 

「……ひどいよ……なんでそんな……っ」

 

 俺は深く息を吐き、静かに頭を下げた。

 

「……申し訳ありません。今の発言はカイザー全体の意志ではない。部下の暴走です。全て忘れていただいて構わない」

 

 俺はゆっくりと続けた。

 

「聖園ミカ嬢――あなたの行動が善意であったことは否定しない。ただ、善意が利用されることもある。それだけの話です。あなたの意思まで断罪するつもりはありません」

 

 ミカの肩が震え、ナギサの腕の中で嗚咽が漏れる。

 コウエンは、その様子を見て罪悪感に唇を噛んだ。

 

「……将軍、私は……」

 

「後で話す。今は黙れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 迎賓室の扉が閉じると同時に、外の空気が急激に冷たく感じられた。重厚な扉が、あの場に残してきた感情の熱量を切断したかのようだ。俺は制帽を軽く整えると、背後で固まっていた外交員――コウエンを睨むでもなく、ただ手で「ついて来い」と示した。

 

 廊下を数十歩歩き、トリニティの侍従もいない曲がり角まで来たところで、俺はようやく足を止めた。

 

「……コウエン」

 

 名を呼ぶ声は、できる限り平静を保ったつもりだった。

 

 だが、自分でもわかる。

 声帯の奥に、怒りが残っている。

 

「……は、はい……」

 

 コウエンは背筋を伸ばしたが、その顔は蒼白だった。

 自身が越えてはならない一線を越えたことを理解しているのだろうか。

 

 俺は深く息を吸い、吐き、言葉を選ぶ。今、怒鳴り散らすのは簡単だ。だがそれでは上官としての敗北だ。

 

 だから理性で押し込む――

 

 ……押し込んでいるはずなのに、胸の奥で煮立つ感情が静まらない。

 

「――なぜ、あの場で口を挟んだ」

 

「……申し訳、ありません。ですが自分は……あの女に……!」

 

 俺は手のひらを軽く上げ、言葉を制した。

 

「個人的感情で外交の場に割り込むな。我々がどれだけ苦労して積み上げてきたものを、今のお前の一言が何と引き換えにしたと思っている」

 

「……っ」

 

 コウエンの喉が鳴る。

 

「聖園ミカの挑発は幼稚だ。理解している。だがあれは私に向けたものだ。お前が反応する必要はどこにもなかった」

 

「……はい」

 

「外交というのは個人の感情を殺す仕事だ。それができなければ――その瞬間に敗北する」

 

 ここで一拍置く。

 

 怒りを抑えているのに、声が震えそうになる。

 自分でも意外なほど、感情が混じっている。

 

「……お前は、あの場でトリニティの二人を壊しかけた。桐藤ナギサは限界だった。聖園ミカは……彼女はまだ子供だ。あれ以上追い詰めれば、取り返しのつかないことになっていた」

 

 俺は壁際へ歩き、指先でフェイスモニタの窪みを押さえる。

 

「……俺は、敵を追い詰めることは厭わない。だが、味方になる可能性がある相手を潰したくはない。特に――今回は、だ」

 

 コウエンが恐る恐る口を開く。

 

「……将軍。自分は……あのパテルの娘があなたを侮辱したことに、どうしても……」

 

「侮辱されたのは、俺だ。お前ではない」

 

「……っ」

 

「部下が勝手に怒りを噴き上げるのは、上官の権限を侵害する行為だ。あれは俺への侮辱より、よほど重大だと理解しろ」

 

 コウエンはゆっくりと膝を折りかけ、必死に踏みとどまる。

 

「……申し訳ありません、将軍……!二度とあのようなことは……!」

 

「いい」

 

 一言で遮ると、コウエンが目を上げた。

 俺は静かに続ける。

 

「処分は本社の方で決める。それまでは車内で待機だ。お前は外交員としての能力は確かだし、失う気もない。だが感情の制御ができないなら――危険人物だ。お前の一言で、戦争が始まる」

 

「……理解しています、将軍」

 

「理解していなかったから、あの場がああなったんだ」

 

 コウエンが深く俯く。

 俺は深く息を吐き、ようやくわずかに肩の力を抜いた。

 

「俺はあの惨状の後始末をしなければならん。先に戻っていろ」

 

「――了解」

 

 そう言うと、彼はゆっくりと歩いていった。

 俺は背を向け、迎賓室の方向へ振り返る。

 

 あの部屋の向こう側では、ナギサが崩れ、ミカが泣き、トリニティは重大な決断を迫られている。

 

 だが、その全てを動かした引き金を引いたのは――結局、俺自身だ。

 

(畜生、全ての計画が狂った。こんな場面を先生にでも見られてみろ、スクラップじゃ済まないぞ)

 

 俺は軌道修正と後始末のため、再び迎賓室の扉を開いた。

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