憑依先の悪役将軍の立ち回りが地獄過ぎる件   作:Mind β

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遅れてしまい大変申し訳ありません


第16話:捕虜

 

 結果から言うと、DUSK ANGEL作戦は成功した。

 作戦目標である重要証拠を確保し、一人の捕虜を捉えた。

 とにかく『情報』が不足している我々にとっては大成功といっていい戦果だろう。

 

 獲得した情報は、アリウスと万魔殿の共謀によるエデン条約調印式襲撃計画、自治区内で行われていた未成年者への暴行・虐待、加えてカタコンベから自治区への安全な進入ルートの地図など。トリニティとの交渉に使えうる情報から、再びアリウス自治区へ攻撃を仕掛ける際の戦術的に有効的な情報まで、様々なものが揃っている。

 

 無論、全てが上手く行った訳ではなく、多くの損害を出してしまった。だがまあ、死者は出ていないし、撤収が素早かったお陰でコチラ側の捕虜も出ていない。時間経過で補填可能な損害だと考えれば、今回の成果に釣り合うのではないだろうか。

 

 そして、今俺はある部屋に続く廊下を歩いている。

 

「将軍、尋問官の到着が遅れております」

 

 付き添っていた部下が一歩進み、報告する。

 彼の手にはタブレット端末が握られ、画面には尋問予定者の顔写真と識別番号が映っていた。

 

「さきほど連絡を受けた。尋問は私が直接行う旨を通達しておいてくれ」

 

「了解しました」

 

 短いやり取りのあと、廊下に再び静寂が戻る。

 俺が向かっている部屋、それは尋問室だ。

 

 アリウス自治区から撤退する際、偶然にも確保できた捕虜から情報を引き出すために多少強引にでも尋問をする必要がある。いくら原作の知識があろうと、自分の持っている情報だけで動くわけにはいかないのである。

 

 例の儀式に関する情報や、アリウススクワッドや重火器の正確な所在などが良い例だ。あまりにも機密度が高かったり、正確なものが確定していないような情報は今回のデータ押収では得られていない。

 

「入るぞ」

 

 俺はそう声を掛けると、鉄製のドアを開けて部屋に入る。

 

 目に飛び込んできたのは、椅子に座る少女だ。

 銀に近い灰色の髪、頬に擦り傷。アリウス分校の制服は煤で汚れ、袖口は焦げている。

 

「――立木マイア、だな?」

 

「……はい……でも、もう名前なんて、関係ありません」

 

 俺が端末を確認しながら名を呼ぶと、マイアは小さく身をすくめた。

 怯え方は尋常ではない。アリウスの環境で育ったのなら、恐怖は日常だったのだろう。

 

「そうか。それでも俺は呼ぶ。まだ生きてるからな」

 

「……生きている、つもりはありません。ただ死ねないだけです」

 

「知ることは、生かすことに繋がる。少なくとも俺達はお前を殺したりはしない」

 

「………」

 

 沈黙。

 蛍光灯の微かな唸り音だけが、二人の間を埋める。

 

「――vanitas vanitatum et omnia vanitas、か」

 

「し、知っているんですね、その教えを……」

 

「全ては虚しい。よく口にする割には、まだ生きようとしてるように見えるが」

 

「……違います。生きているんじゃなく、死ねないだけです」

 

「虚無を信じてるのか?」

 

「信じる、というよりはただ、それ以外が無いだけです」

 

 彼女は俺の問いに、俯きながらも震える声で答えていく。

 

(なるほどな、確かにこれは重症だ。それにしても――)

 

 さきほどから酷く体が震えている。

 回収時は大雨でずぶ濡れだったとは聞いているが、まさか低体温症にでもなっているのだろうか。

 

 疑問を持った俺はモノアイカメラの測定モードを起動し、彼女の体温を計測した。すると、予想通りに彼女は酷い低体温症を起こしていた。いくら捕虜とはいえ、命にかかわる状態は放置しておけない。

 

 俺は密かに手元のデバイスから、部下に温かいココアを用意するよう命じた。

 

「君がここで沈黙を続けてもアリウスは滅ぶ。だが、話せば生き延びる道ができる。俺は神父でも教師でもない。ただ、働き口を用意できる人間だ」

 

「……働き口?」

 

「そうだ。アリウスの地獄から抜け出したいなら、カイザーの契約書に名前を書け。それが生きる理由になる。たとえ今日だけでもな」

 

「意味なんて……」

 

「意味は、後で作るものだ」

 

 タイミングよく部下が入室し、俺にマグを手渡す。

 湯気の立つココア。

 俺はそれをマイアに差し出した。

 

「な、なんですか、これ……?」

 

「君の体温が危険域まで落ちている。ここはアリウスじゃない。客人(・・)も部下も、丁重に扱う。それが俺のやり方だ」

 

 容器に触れた瞬間、マイアの指がびくりと跳ねた。

 それでも、ゆっくりと口元に運び、ひと口。唇が小さく震えた。

 

 ……毒物などを疑わないのだろうか、と思ったが、アリウスの生徒なら「これで死ねるなら」くらい思っていそうなものではある。

 

「――あったかい」

 

 その一言のあと、彼女の肩が崩れたように震え始める。

 次の瞬間、嗚咽が漏れた。

 

「ひぐっ、うぅ……ぅわああああん!!」」

 

 あまりの泣き声に、廊下の兵士が覗き込まないかと一瞬ヒヤリとする。

 

「ほら、泣くな。尋問中だぞ」

 

「ひぅ……すみません……」

 

 俺がそういいながら垂れる涙と鼻水を拭くためのハンカチを手渡す。彼女は嗚咽を漏らしながら顔を拭き、夢中でココアを啜った。

 

「……もし、私が話したら。仲間たちは、どうなるんですか」

 

 少しして、彼女が顔を上げる。声は震えながらも、先ほどよりも落ち着いていた。

 

「少なくともベアトリーチェのようには扱わない。俺が保証する」

 

「……それも、嘘かもしれない」

 

「そう思うならそれでもいい。好きにしろ」

 

 しばらくの沈黙。マイアは小さく頷き、震える声で言った。

 

「……第七区画の南端。地下祭壇の奥に、儀式用端末があります。……襲撃の、起動信号です」

 

「君はそれを扱っていたのか?」

 

「いいえ、直接扱っていた訳ではありませんが……スバル隊ちょ――私の部隊が端末の輸送を任された時がありました。今は場所が変わっているかもしれませんが、私が知っている限りではそこにあります」

 

「助かる。ありがとう」

 

 俺は深く息を吐き、なるべく優しい声色でそう言った。

 

「……これでアリウスがまた、罰せられるんですか」

 

「罰じゃない。止めるためだ。……生きるためにな」

 

 マイアの視線が、俺をまっすぐに捉えた。

 その瞳の奥で、何かがほんの少しだけ動いた気がした。

 

「……生きる、ために……」

 

 彼女は少し間を置いて、小さく笑った。それは笑顔というより、涙が零れたような微笑みだった。

 

「……変な人ですね……。企業の人なのに……そんなこと、言うなんて」

 

「カイザーは合理的だ。生かす方が得になることもある」

 

 彼女は震える息を吐きながら微かに頷く。

 

「……じゃあ……少しだけ、信じてみます。意味なんて、なくても……もしかしたら、後で……できるのかもしれません」

 

「ああ。それで十分だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あの部屋の、匂いをまだ覚えている。

 冷たくて、鉄と薬品の混じったような匂い。

 呼吸するたびに、肺の奥まで冷たさが沁みて、それだけで泣きそうだった。

 

 私は、カイザー・コーポレーションの捕虜になった。マダムに、しつこく『敵』だと教え込まれてきていた存在。そんな組織の囚われの身になるというのがどういう意味を持つのか、分からないほど馬鹿じゃない。

 

 邪魔者や敵対組織の犯罪者として、きっと処分される。

 それでいいと思っていた。

 死ねるなら、それで――。

 

 でも、彼は私を殺さなかった。

 尋問官が来ると聞かされていたのに、現れたのは将軍だった。

 

 “将軍”――カイザー・コーポレーションの軍人。

 あの冷酷な企業の、鉄の人形みたいな存在。

 最初は、声を聞くだけで震えた。

 命令のように短く、切り捨てるように話す人だと思っていたのに。

 

 ――立木マイア、だな?

 

 名前を呼ばれた時、心臓が止まりそうになった。

 “名前なんてもう関係ない”って答えたのは、

 あの時の私なりの抵抗だったと思う。

 でも、彼はただ静かに言った。

 

 それでも俺は呼ぶ。まだ、生きてるからな

 

 生きてる。

 その言葉が、妙に重く胸に残った。

 私にとって生きるって、ただ死ねないことと同じ意味だったから。

 

 彼は続けて、虚無の教えを口にした。

 

 vanitas vanitatum et omnia vanitas.

 

 彼はそれを理解していた。

 

 全ては虚しい。

 

 それを知っているのに、彼は諦めていなかった。

 純粋に不思議だった。

 どうして、そんな人がこの世界にいるのか。

 彼の言葉のひとつひとつが、私の中の何かを少しずつ削っていった。

 

 意味は、後で作るものだ。

 働き口を用意できる人間だ。

 生きるために止める。

 

 まるで、私に“逃げ道”を残そうとしているみたいだった。

 

 ――あの時、手渡されたカップ。

 温かいココアの湯気が白い光に溶けて、少しだけ眩しかった。

 あんなに甘い飲み物を口にしたのは、いつぶりだろう。

 

 その温かさに身体の震えが止まらなくなって、泣くつもりなんてなかったのに、勝手に涙が出た。

 “生きてる”って、ああいう感覚だったんだと、今なら思う。

 

 あの人――将軍は、尋問官でも処刑人でもなかった。

 ただ、冷たい現実の中で、それでも意味を作ろうとする人だった。

 

 最後に彼が言った言葉を、何度も思い出してしまう。

 

 意味は、後で作るものだ。

 それで十分だ。

 

 私はまだ、この牢の中にいる。

 アリウスは滅んでいないし、仲間もきっと私を裏切り者と呼ぶ。

 でも、あの時の温かさだけは、まだ、消えていない。

 

 ……もし、意味が後でできるのなら。

 私が生きてしまった理由も、いつか見つけられるのだろうか。

 




ちなみに最新ストーリーとマイアの性格が違うのは、ベアトリーチェの失脚どころかエデン条約調印式会場襲撃よりも前だから、先生の介入前ならもう少しマイアもばにたすしてて、同時に揺れやすいんじゃないかという作者の勝手な解釈です。
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