憑依先の悪役将軍の立ち回りが地獄過ぎる件 作:Mind β
カタコンベの入り口が制圧され、通信途絶を不審に思った正義実現委員会の部隊が駆け付ける間の僅か数十分間。既に後処理部隊によって致命的な証拠は全て回収され、残されたのはヘルメット団が暴れ回った跡だけ。
そこへ数十名の人影が現れる。
カイザー本社直轄の精鋭部隊で、原作でもカルバノグの兎編などで登場した特殊作戦部隊隷下の1個中隊凡そ80人だ。
路地裏の闇に身を溶かし、カタコンベの黒い入口を睨む特殊作戦中隊の隊員たちは、最後の装備点検に移った。
冷たい夜気の中、リーダーの短い号令が響く。
「ウェポンズチェック!!」
直後、低く乾いた金属音が連続する。
マガジンを叩き込み、ボルトを引き、薬室に指先で触れて確かめる――各自の動きは無駄なく統一されていた。
「次、コムズチェック!!」
「1-2、クリア」
「2-4、オールグリーン」
通信機を抑えながら言うリーダーの声に、隊員の返答が順に重なり、無線の正常を確認する。背嚢やケーブル類はバディ同士が素早く確認し合い、固定の甘さを直しながら、最後は黙って親指を立てる。
全てが整ったのを見届け、リーダーは深く息を吐き、低く抑えた声で告げた。
「突入隊形に付け」
隊員たちは闇の壁に沿って静かに並び、先頭のブリーチャーが工具を構える。緊張の沈黙が流れる中、チームリーダーが叫んだ。
「突入用意、3…2…1……突入!!」
リーダーの合図と共に、ブリーチャーが素早く動いた。
ドアノブ付近に小型の爆薬チャージを設置し、手刀の合図と同時に後退。次の瞬間、鈍い爆裂音とともに扉が内側へ吹き飛んだ。
「フラッシュアウト!!」
先頭の隊員がフラッシュバンを投げ込み、白光と衝撃音がカタコンベの奥で炸裂する。暗闇に一瞬だけ広がる閃光。その余韻を待たず、リーダーが号令を飛ばした。
カタコンベ内での待ち伏せは無いと考えられていたが、万が一を考えたジェネラルによる指示で、伏撃やトラップへの対策は万全に行われていた。
「突入しろ、行け行け!!」
ポイントマンがライフルを構え、迷いなく突入する。
その背後を二番手、三番手が流れ込み、銃口が四方に散って死角を次々に制圧していく。
「西側通路クリア!」
「東側通路クリア!」
「エリアに
短く切り捨てるような報告が連続し、石造りの通路が制圧されていく。
その様子を、遠隔カメラを通じて俺は作戦司令室から眺めていた。
彼等の任務はただ二つ、トリニティとの交渉材料を見つけ、証拠を可能な限り確保すること。そしてもう一つ、アリウス自治区を覆う概念的な障壁の正体を解明するための材料を見つけ出すことだ。
カタコンベの特性をよく理解しているトリニティならいざしらず、第三者のカイザーともなればカタコンベの突破は人数が多くなるほど不利となる。将来的にアリウスの占領を考えている我々にとって、これは大きな問題点なのだ。
この概念的な障壁さえ突破できれば、多少強引でも軍事改革により強化された部隊によって優位的に戦闘を進められるだろう。
『1-1よりHQへ、橋頭堡を確保。脅威となり得る障害は確認できず。前進を続けます』
「頼んだ、この先は情報が未知だ。寸分の違和感も見逃さずに慎重に行け」
『了解』
俺の指示に中隊長は簡単に答えた。
カタコンベは不規則に、そして常に構造が変化するため、最新の注意を払わねばならない。少し目を離せば先ほどまで壁だったところが通路になっている――なんてことはザラにある。
そこで、俺はこの特殊部隊を4個に分割し、別のルートを辿らせることで“どれか一つでも辿り着かせる”手を取った。だが、アリウスへ通じる本当の道は一つだけ。確率論的に言えば、例え4分割したとしてもアリウスに予定通りに到達する可能性は低い。
辿り着けはするのだろうが、バラバラに、それも作戦のタイムリミットよりも遅れて到達する可能性の方が遥かに高いのだ。
もはや賭けに近い作戦だが、やるしかない。
既に前進を開始した特殊作戦中隊は4個の小隊に分かれ、別の道を行き始めている。あとはこのモニターを通じて彼等の動きを見守るのみである。
⬜︎
――特殊作戦中隊第2小隊(セカンド・ルート)
石段を下りた先は、無限に続くような石造りの回廊だった。
壁には無数の骨が積み上げられ、苔と湿気に覆われた匂いが辺りに充満していた。
「んだこれは……悍ましいな」
「元々は地下墓地だったらしい。そこに逃げ込むほど逼迫していたとは……トリニティの迫害の歴史の遺産ってやつだ」
隊員達が多少の軽口を叩きながら、少しづつ前進していく。
彼等は赤外線レーザーを切り、ナイトビジョンに切り替えて進んでいた。
暗視下に映る緑色の世界は歪み、わずかな影の揺れすら敵影に見える。
「……ん?」
だが、進むごとに違和感が募った。
曲がったはずの通路が再び目の前に現れ、進路がいつの間にかねじ曲げられている。後方を確認しても、来た道が存在しない。
「将軍の言う通りか……ここからはマップは使えん。自力で出るしかない」
と、その時、先頭のポイントマンが腕を突き出した。
Hold(停止)の合図、全員が一斉に動きを止める。
彼の視線の先に目を向けると、床石の一部が不自然に沈み、仕掛けられた鋼線が光を反射していた。
「トラップワイヤー、罠だ」
ポイントマンがそう言うと、後方から素早く爆発物処理担当が前へ出る。
彼がが素早くワイヤーカッターを取り出し、慎重に線を処理する。
一瞬、緊張がピークに達したが、やがて親指が立てられた。
全員が静かに安堵する。
「前進再開、進め」
小隊長の合図で、再び歩みを進める。
進むにつれ通路はさらに狭まり、頭上から水滴が滴り落ちてくる。
異常な静けさは敵の気配よりも恐ろしく、隊員たちの神経を削っていった。
すると、ジジッという音と共に、無線が僅かに震える。
小隊長が無線を確認すると、通信途絶の文字――つまりは、将軍がブリーフィングの時に話していた“概念的な障壁”に到達した事を意味していた。
「チェックポイントに到達。ここからは支援もないぞ」
こうして、更に歩みを進めること数十分。
徐に、湿った風が頬を撫でた。
閉ざされた回廊の果てに、夜気と月光が流れ込む出口が見える。
「出口を確認――いや、罠の可能性あり。要警戒」
ポイントマンが呟き、全員が警戒態勢のまま歩を速めた。
石段を抜けた瞬間、眼前に広がるのは瓦礫と化した市街地。
「遂に突破したか。他の小隊は?」
「まだです。通信はアクティブではありません」
「我々が一番乗りか……なら良い、情報収集を始める。トラップに警戒しながら捜索を開始するぞ」
合図と共に、特殊部隊は瓦礫の街へと歩を進めた。
特殊作戦小隊が街に進軍するなか、それを遠くから観察する影があった。
「まさか、本当に来た……マダムの言う通りだ」
アリウス分校の歩哨部隊、凡そ20名。
数は侵入してきたオートマタと同じ、だが火力は擲弾銃や重火器も含めると優勢。
「隊長、侵入者はマダムの命令と一致しています、攻撃しますか?」
「当然だ。取り逃がして被害でも出てみろ、まとめて処罰部屋行きだぞ」
――処罰部屋行き。
聞いた瞬間、数名の少女が小さく肩を震わせた。暗闇でも分かるほどにその表情には恐怖が滲んでいた。彼女達は武器を握り直し、セーフティを外す。
従わなければ待つのは死より恐ろしい罰だ。
「悪く思うなよ。ここに入ってきたお前達が悪い」
そう言い、標的に照準を合わせた彼女達はトリガーを引く。
刹那、銃声が闇を裂く。
「――コンタクト!!」
彼等の足元を弾丸が穿いた直後、先頭のポイントマンが叫んだ。
乾いた自動小銃の連射音、壁を叩く銃弾、跳ね飛ぶ石片。
「伏撃だ、掩蔽につけ!」
隊員たちは即座に左右へ散開し、倒壊した壁や瓦礫の陰に身を沈めた。
閃光のようにマズルフラッシュが走り、空気を切り裂く銃弾が頭上を掠めていく。
「東側を制圧射撃、急げ!」
二番手が短い点射を返し、相手の射線を一瞬でも逸らそうとする。
同時に別の隊員が無線を叩きながら叫んだ。
「こちら2-4、敵は複数。右舷建物上層に確認」
瓦礫の上から敵影が撃ち下ろしてくる。
第2小隊の隊員たちは各自の位置から反撃を開始し、石造りの街並みに銃声が反響して爆ぜた。
「フラグアウト」
一人が破れた窓に向けてフラググレネードを放り込む。数秒後、爆音と共に破片が飛散し、建物の内部から悲鳴が上がった。
しかし敵の火力は止まらない。上層からの狙撃に加え、路地の奥からも新たな銃撃が加わる。リーダーは一瞬で状況を見極め、怒号を飛ばした。
「敵の火力が激しい、一旦接触を切る。2-9、スモーク展開!」
白煙弾が弧を描いて路地に転がり、濃い煙幕が視界を覆う。
隊員たちは瓦礫の陰から次の位置へと移動を開始した。
こうして、生死を分ける数秒の機動戦が崩れた市街地の闇の中で幕を開けた。
■
アリウス自治区、旧聖堂跡。
廃墟の大広間に立つベアトリーチェの元へ、走り込んできた斥候の少女が跪いた。
「マ、マダム! ご報告します――!」
肩で息をしながら言葉を繋ぐ彼女を、ベアトリーチェは冷ややかな瞳で見下ろす。
指先で合図すると、少女は声を振り絞った。
「南のカタコンベの入口が制圧されました! 正義実現委員会の詰所は壊滅、侵入者はカイザー・コーポレーションの特殊部隊と見られます!」
大聖堂の崩れた天井から月光が差し込み、ベアトリーチェの横顔を淡く照らした。
その唇が静かに吊り上がる。
「……やはり、来ましたか」
独り言のように零す声は、驚愕でも恐怖でもない。
ただ冷ややかな肯定。
報告に膝を震わせる少女に視線を向け、彼女は言葉を重ねた。
「いつか来るとは思っていましたが……よりにもよってこの時期に。エデン条約を前にして、カイザーがここまで早く牙を剥くとは思っていませんでした」
乾いた風が吹き抜け、砕けたステンドグラスの破片がかすかに鳴った。
その音を聞きながらベアトリーチェは薄く微笑みを深める。
「まぁ良いでしょう。こちらも相応に迎え撃つまでです。――命じます。カイザーの愚か者たちを一人残らず殲滅しなさい。手段は問いません」
跪く斥候が深く頭を下げ、足音を響かせて去っていく。
残されたベアトリーチェの影は、月光に伸び、廃墟の壁一面を覆った。