同じバンドメンバーの幼馴染の人に、たまたま会った。
「お久し振りっス、紫苑先輩」
「……………………ああ、ねぼすけちゃん」
「あくびっス」
素なのか小ボケなのか。紫苑先輩はいつも見るような透明感のある表情で笑みを含んで私に微笑みかける。
「どうしたの?こんなところで」
「こっちの台詞っス。紫苑先輩はゲーセンとか行かないイメージでしたけど」
「俺だってたまには行くよ」
「へえ、ホントに意外っす」
「そんなに?」
「ハイ。なんか変な事ばっかしてるってイメージっすから」
「……そうかな?」
「ヨヨコ先輩とマンホール探したり、自販機探したりのデートしたの聞いてますよ」
「え、もしかしてそれって変?」
「めっちゃ変っす」
変じゃないと思ってんだろうかこの人は。
「うーん、おかしいな……」
「おかしいのは紫音先輩の頭っす」
相変わらず何処かネジの抜けているヨヨコ先輩の幼馴染に頭を抱えてしまいたくなるのを抑えて、黒マスクを少し仰いで酸素を取り入れる。
ヨヨコ先輩に似て、というかもしかしてこの人の変な部分が移ったのだろうか。ともかく普通の人間とは思わない方がいい類の人間である事は確かで、私はドラムスティックケースを肩に担ぎ直して改めて紫音先輩を見る。
……何でこの人はこんなに顔が良いのだろう。不思議っす。
「まあ俺の頭がおかしいのはさて置き、いつ振りだろうねあくびちゃん」
「なんやかんや会ってなかったすから、意外と去年振りすかね」
「そっか、じゃああけおめだね」
「こちらこそあけおめっす」
「ヨヨコをこれからも宜しく」
「あんま宜しくしたくないすけどソレ」
「なんでさ」
「幼馴染のセンパイならよくわかるんじゃないすかね」
ハハ、あくびちゃんは手厳しいナー。と心当たりのある様子の紫音先輩に肩を竦めながら、脳裏に浮かぶトラブルメイカー的な我らがギタボ担当の姿をぶんぶんと掻き消す。
「で、紫音先輩は何で此処に?」
偶然会ったのは新宿のゲームセンターの前。
下北沢付近をよく徘徊しているらしい紫音先輩にしては珍しくこちらに足を伸ばしているかつ、ゲーセンに入ろうとしているところなんて初めて見たのでつい声を掛けてしまった。
いや、まあ会った事も数回程度ではあるんすけど。ヨヨコ先輩から聞かされる話的にはこういう娯楽施設に入るより街中をぶらぶらとしてるイメージがある。
「ゲーセンのゲーム制覇するまで帰れまてん」
「は?」
「暇だから全部のゲームを制覇しようかと」
「何言ってんすかセンパイ?」
言った通りだけど。と力こぶを盛りっとするポーズをする紫音先輩に、暇だからと言ってする事ではない気すよ、と突っ込もうとして止める。そう言えばこの人はこういう人だった。
「いや、去年の俺が暇な時にたまにやってたらしくて」
「そうなんすか?」
「うん。なんか、一人だと制覇し切るのは難しいらしいからリベンジしようと思って」
「ああ。まあ、協力ゲーとか課金前提ゲーとかあるっすからね」
「そうなの?」
「ハイ」
「詳しいね、得意だっけ」
「ある程度は?」
「………ああ、そういやあくびちゃんってゲーム好きだったっけ」
「まあ、そこそこ」
「ふむ」
言えば、紫音先輩は天啓を得たかのようにぽんと手を叩き。
「そっか、あくびちゃんと一緒にやればいいのか」
「うぇ」
間抜けな声が出る。今なんつったこの人。
「え、私とすか」
「うん。この後予定とかある?」
「いや、特にないすけど」
「じゃあ俺と一緒にゲーセン全クリしようよ」
「えぇ……今夕方っすよ?こっから全部出来ると思います?」
「俺とあくびちゃんの前に不可能の文字は無い」
「どっから来るんすかその自信は……」
「魂」
「余計わかんないっす」
にこ、と笑う紫音先輩にずり、とドラムスティックケースがずれてしまう。
ゲーマーとしてはその提案には多少なりとも心揺れる。というかめっちゃ楽しそうではある。
それに、一人ではやろうと思わないしこういうぶっ飛んだ人から誘われでもしない限りやる機会なんて………。
「………別にまあ、断る理由はないすけど……」
「よし。相棒ゲットだぜ」
ただ。
「……なんつーか、いいんすか?」
「?何が?」
「いや、ほら、ヨヨコ先輩とか」
「…………何でヨヨコが出るの?」
「………あー………いや、うん。何でもないっす」
そういや唐変木でしたね。そうでした。
何でヨヨコが……と首を傾げる紫音先輩に浅く溜息を吐いて、ちらりと時間を見る為にスマホを見る。十七時すぎ………と、通知欄には、タイムリーにヨヨコ先輩から『男の子が好きなお菓子って何だと思う?』『いや別にそんな男の子にあげる訳じゃないんだけど』『ほら、興味本位的な』と勝手に地雷を掘り進めていくメッセージが送られてきていた。
……一瞬、紫音先輩を見て、少し考えて。『甘すぎない奴とかいいんじゃないすか』とだけ返してスマホをポケットに仕舞う。
「さ、行きましょう。時間は有限っす」
「お、やる気じゃん」
「そりゃあゲームは大好きっすからね。燃えるっす」
「燃え尽きないでくれよ、相棒」
「なんすかそのキャラ」
まあ、わざわざ言わなくてもいいか。そう思いながら、私は先陣を切る紫音先輩の後ろについてゲームセンターへと乗り込んだ。
「え、あくびちゃんってクソ雑魚なんだね」
「なんすか喧嘩売ってんすか」
「そりゃパンチングマシンで百も超えないとかよわよわすぎ……うわぁこっちに拳を向けないで!?」
「辞世の句は読んだっすか」
「一応私ドラマーなんすけど。何で私よりスコア高いんすか」
「ドンとカッを見て叩くだけだから別にドラマーとか関係ないんじゃない?」
「いやほら、リズム感とか色々経験値としては私の方が多分上な筈で……なんで初見で全良……?裏の鬼っすよね……?」
「俺でも出来るならあくびちゃんも出来るんじゃないの?」
「そんな訳あるか」
「あくびちゃん止めてその赤甲羅って俺に投げる為に持ってるんじゃないよねそうだよね?」
「紫音先輩に、直接渡したいなって……だめすか?」
「かわいい!ラブレターだったら喜んで!」
「ちょっと好感度が足りないっす」
「わーっ!!!!!!???」
「俺、思うんだけど」
「なんすか?」
「あくびちゃんってアイドルならないの?」
「それこのゲームやって適当に思いついた質問すよね」
「俺もあくびちゃんの可愛い姿をクリエイトライブしたい……」
「何言ってんすか……」
「あ、ちなみに俺は765が好きだよ」
「私は346っす」
……大体三時間くらい、ビデオゲームや音ゲーなどをやり尽くして。
「しぬっす」
「あくびちゃんドラマーなのに体力無いね」
「馬鹿にしてんすか」
「可愛いなと思ってる」
「台詞が軽いっす」
「本音なんだけどなあ」
へた、と脇のベンチに座り込んで疲労困憊で息を切らす私とは対照的に紫音先輩は元気満々だった。この人元気すぎる。化け物か。
「喉乾いたでしょ、飲み物買って来るよ」
「え、じゃあ私も行くっす」
「女の子は座ってて」
「うぁ」
ついていこうとしたら、頭をぽんと撫でられて一瞬頭が真っ白になる。
ふわ、と惚けていると紫音先輩は微笑みながら飲み物を買いに歩いていき、ベンチに私一人になる。……慣れてるなあ、流石ヨヨコ先輩を困らせる色男。
ぱたぱたと黒マスクを扇ぐ。ゲームに熱中しすぎたせいか、少し熱くなった顔を涼ませようと空気を送り込む。
「…………たのし」
ずっとゲームを一緒にしていて、抱いた感想はそれだった。
こうして二人きりで沢山話したり遊んだりと言うのは初めてだったけれど、紫音先輩はとても面白いセンパイだった。
まるで全部を初めてやったかのように反応が大きくて、よく笑って、一緒に遊んでいる私も楽しくなってしまった。こんなにはしゃぐ予定はなくて、もっと黙々と片っ端からゲームを攻略していくものだと思っていたから、余計に。少し、俯いてしまう。
「…………そりゃあ、好きになるっすよねぇ……」
たった一日。こうして二人で遊んだ私でこんなに楽しい気持ちにさせてくれる人なのだ、きっと昔から一緒のヨヨコ先輩はもっと楽しい思い出も沢山あって、好きになるような出来事も山程あって。何だか羨ましいと思う気持ちが湧く。
あんな抜けててアホな先輩でも、こんな顔が良くて面白くて一緒に居て楽しい幼馴染が居ると思うと、しっかり者の私に何故このような存在が居ないのかと溜息を吐いてしまう。
世界は残酷っす。
「……あれ」
重ねて溜息を吐いて顔を見上げると、奥に気になる光景が見えた。
「…………紫音先輩、と誰?」
飲み物を手に立ち止まっている紫音先輩の姿と、……女の子の姿?
ああ、友達…‥と思ったけれど、どうも違うっぽい。戻ってくる途中なのか、足先はこちらに向いているものの女子と何やら話していてセンパイは少し困ったように笑いながら、ちらりと会話の折にこちらに視線を向けている。
対する女の子は少し上気した表情で、やけに近い距離で身体を寄せて何やら口説いている様子だった。すわ、逆ナンっすか。
「やるっすね、センパイ」
うんうん、顔が良いから声も掛けられるだろう。そう思いながら遠目に見ていると、何やら腕を組まれていた。おや。
紫音先輩は困った様子で、振り解こうとするが強く絡まれているのか離れられない。ぐいぐいと強引に引っ張られていて、センパイが冷や汗を流しているように見える。
先輩なら強引に振り解けそうなものだけれど、優しいからしないのだろうか。
「………………」
ぐいぐいと引っ張る女の子と、踏ん張りながらどうにか振り解こうとするセンパイのやり取りを遠目に暫く眺めて。
はあ、と溜息。
長いっす。ベンチから立ち上がって、つかつかと近寄ればセンパイが近づいた事に気づいたのかこちらに視線を向ける。
ぱあ、と顔を輝かせてこちらに駆け寄ろうとして、それをまた阻まれ渋い顔をしている。どうにも本当に振り解けないらしい。
人と遊んでくるのを邪魔してくる輩にも優しい人だ。もっと冷たくあしらってもいいのに。
…………仕方ないっすね、センパイは。
「何してるんすか」
「いや、ごめん、ちょっと」
「ごめんだけじゃわかんないんすけど」
「え、ああいや、ちょっと声掛けられて」
「……ふーん、カノジョを放っておいて他の女に腕を組まれるのに夢中だったって訳すか?」
「…………ちがっ、違うよあくびちゃん」
「どうだか」
目をどろりとさせながら言えば、ひくっ、と紫音先輩がやけに口角を引き攣らせて返してくる。
「なに、誰ですか貴方」
「この人のカノジョですけど。貴方こそ誰なんすか?人の男に絡み付かないで貰えるっすか」
ばし、と絡みついている腕を無理矢理解いて、私の方へと引き寄せる。勢い余ってとんと胸元に私が収まるが、構わず目の前の厄介な人に続ける。
「────さっさとどっか行ってくれないすか、迷惑っす」
「………っ」
どろ、とした視線を向ければ、その人は表情を引き攣らせて、何も言えないままに踵を返して何処かへ去っていった。
暫く、残心のようのその背中を見続けて………………うん。何とかなったみたいっすね。
はあ、と安堵の溜息を吐いて近くの温もりに身を寄せ、寸劇から解放された謎の緊張感を吐き出す。ああ良い匂い、鼻腔に届く匂いを無意識に吸い込んで、そういえば身を寄せたのがセンパイであったと思い出してばっと顔を上げる。
「………ありがとう、助かったよ」
「………………どういたしましてっす」
慌てて離れて、ぱたぱたと黒マスクを扇ぐ。
「もうだいしゅきホールドはいいの?」
「だいしゅきとかじゃないっす、あれナンパを追い払う為の演技っすから」
「そっか」
「ハイ」
「……あくびちゃんって、結構、アレなんだね」
「………なんすか」
「なんていうか、うん、彼女になったら独占欲強そうだね」
「どういう意味すかそれ」
「いや、結構、目がガチというか湿度マシマシというか」
「湿度ってなんすか……」
「それは………………俺も知りたいかな」
やけに乾いた笑いに私がなんすかそれ、と視線を向ければ、何でもないと頭を振ってセンパイは私に飲み物を渡してくれる。
「改めて、ありがとうね。あと、お待たせ」
「……どうもっす」
手渡してくれたコーラはひんやりとしていて、まだ少し熱い顔に当てれば心地良い冷感が伝わって来て、思わずほっと一息吐いてしまう。
一度首筋に当ててキンキンのそれで熱を取って、蓋を開けて一口飲めば爽快な炭酸の喉越しと甘みが流れていく。
はあ、美味しい。
「じゃ、それ飲んだら続きだね」
「え、まだするんすか」
「勿論。嫌?」
「嫌じゃないっすけど」
「じゃ、制覇出来るように頑張ろうね」
「センパイ、底無しっすね……私気絶しちゃうかもっす」
「…………」
「え、なんすか」
「………………あくびちゃん」
「ハイ」
「別に他意は無いんだけど、今のもう一回ちょっと言ってくれる?」
「………………………………」
センパイが意外とえっちだってヨヨコ先輩にチクる事を決めながら、私は何も言わずじとっとした目線だけを送った。