「汚染水」は中国発というレポート
――中国が政府主導で行った認知戦の事例にはどのようなものがありますか。
【長迫】代表的な事例としては、2023年の福島原発処理水排出に関するディスインフォメーションキャンペーンがあります。
ディスインフォメーションの拡散だけでなく、処理水(treated water)を「核汚染水(nuclear contaminated water)」と呼ぶなどといった印象操作も行われました。
放水以前の温度変化による海面変化の画像を悪用して、「汚染水の影響がこんなに広がっている」というようなフェイク画像などが中国で作られ、同様のディスインフォメーションが日本にも有入され拡散されるとともに、同じ中国語圏である台湾でも広く拡散されました。
しかも中国はSNS内の情報拡散だけでなく、太平洋島嶼国に対して現地の活動家を扇動して「汚染水放出反対デモ」を組織していたという報告もあります。外務省は原発処理水に関してはかなり積極的に科学的根拠に基づく解説や反論を発信していましたが、こうした国々にまできちんと届いていたかは不明です。日本国内に対するディスインフォメーション対策も必要ですが、海外で拡散される日本に関するディスインフォメーションにも並行して対処する必要があります。
――政府が反論しても、政府を信じない人たちからすると逆効果になる可能性もあるように思いますが。
【長迫】初めから政府の発信を信じない人も確かにいるのですが、「これは本当なのかな」と疑問に思っている人に対しては、公的な政府発信による一次ソースの信頼性や説得力が効果を発揮します。ディスインフォメーションが広まることを危惧する方々にとっても、信頼できる参照情報があればそれを根拠に正しい情報を広め、偽・誤情報に対する反論ができますが、何もなければ対処のしようがありません。
オードリー・タンが始めた画期的な対策
例えば認知戦への対策が進む台湾はIT大臣を務めたオードリー・タンが音頭を取って、「2-2-2の原則」を推進してきました。誤った情報や害のある情報が確認されてから「20分以内」に、「200字以内」で、「2枚の画像」を付けた形式で、迅速かつわかりやすい発信で有害情報を打ち消す運用を行政府は求められています。
また2019年からLINE Fact Checkerという取り組みが始まっていて、ユーザーが疑わしいと思う情報をLINEで質問すると、即座に「フェイク」「真実」「一部真実」という判定を下してくれるのです。
もちろん、ここまでやってもすべてのディスインフォメーションを打ち消せるわけではありませんが、政府やプラットフォーマー、ファクトチェック団体等がこれだけ積極的に協働しているという姿勢をみせることによって、国民の理解も高まっています。
影響力工作かどうかは明らかではありませんが、最近の日本でもアフリカ開発会議(TICAD)に関連して、「JICAアフリカ・ホームタウン」構想に関する偽・誤情報が大量に拡散されました。
「ホームタウン」という言葉が移民促進事業を連想させ、またナイジェリア政府のプレスリリースやタンザニア現地報道が特別ビザ創設など誤情報を含んでいたことで、国内で大きな反発を呼びました。
拡散された偽・誤情報の例では、JICAの「海外青年協力隊などで海外に派遣された経験のある日本人を、町おこしの一環として地方に定住させる」という取り組みに関する古い資料が「定住」という言葉や海外への言及から「アフリカ・ホームタウン」構想と結び付けられて、「JICAがアフリカの人々の定住を進めようとしている」と曲解した形で拡散されたものもありました。
JICAもこれらが「誤った情報である」ことは発信、反論していましたが、SNSで逐次訂正情報を出すなど後手に回ってしまい、偽・誤情報対策には不慣れだったと思われます。
社会で議論を呼び起こしそうなトピックスについては、あらかじめファクトシートを用意するなど、情報を出すタイミングや出し方については改善の余地があるのではないかと思っています。