インフルエンサーが拡散
――ロシアのボットが拡散していたのは「日本政府は信用できない」といった内容の書き込みだったようですが、そうしたアカウントは日本人ユーザーのものも多くありました。こうしたユーザーには工作に加担しているという自覚があるのでしょうか。
【長迫】現時点では、ボットネットワーク周辺で拡散に利用されているアカウントが、ロシアから金銭の支払いなどを得ていたのかは分かっていません。単純に、金銭的なインセンティブからインプレッションを稼ぎやすい話題を拡散していただけのアカウントもいると思われます。
ただし、過去に南米でロシアと中国が連携してディスインフォメーションを広げようとした際に、ローカルなインフルエンサーに資金を提供して拡散させるという事例が確認されています。そのため、日本でも同様の事例が既に存在する可能性はあります。
中国の例で言えば、台湾で活動している大陸系のインフルエンサーに投資する、あるいは 愛国的なネットユーザーたちがインフルエンサーにスーパーチャット(投げ銭)をしています。2019年の調査では、台湾のトップ10に入るインフルエンサーのうち7人が、そうした中国からの投資や、意図が疑われるような不自然な投げ銭を受けていたという調査結果もあります。
こうしたケースではインフルエンサー側も「一つの中国」というナラティブを支持するような発信をすると投げ銭が増えることはわかっているはずですから、工作の指揮命令系統になくともある程度自覚して加担している場合もあるのではないでしょうか。
認知戦はSNS以外でも
――ネットを介してのロシアの選挙介入は2016年のイギリスのブレグジッドに関する国民投票や、アメリカの大統領選におけるものが有名でしたが、ついに日本にもその矛先が向いてきたんですね。
【長迫】2016年以降、活発化してきたと言っていいと思います。ロシアは当初、自身の権益や影響力に関わる欧米やアフリカに対する選挙干渉に力を入れていました。そしてロシアがサイバー空間で影響力工作を拡大させているのを見て、中国もその手法を学び、これまでのプロパガンダ的発信だけでなく社会の分断を煽る工作も採用して実践するようになりました。
もともと中露は軍同士の交流も深く、人員を派遣するなどして連携を強めてきています。中国はインド・太平洋側に注力していて、特に中国が「核心的利益の中の核心」と位置付ける台湾は工作のメインターゲットとされています。
認知戦というとインターネット空間やSNS上でだけ行われるというイメージですが、実際にはメディア買収からサイバー攻撃、物理空間での体制破壊的行動の煽動までを含む広い範囲で展開されています。
軍事的な欺瞞作戦から発展して、認知領域への攻撃や心理操作については、ロシアはソ連時代から培ってきたスキルやノウハウがあります。
また中国も台湾についてはラジオやテレビを使った工作を一貫して行ってきています。現在も、ロシアや中国はアフリカなどでメディア企業に積極的に投資を行ったり、自国の国営メディアのネットワークを各地域に広げるなどしてあらゆるチャンネルを通じて活動を拡大しています。
認知戦とは、こうしたあらゆるチャンネルから攻撃の意図をもってさまざまな手法を使いながら相手国や国民の意思決定を操作して、社会を分断し混乱に陥れようとするものです。そのため、私も含め安全保障の分野という認識でこの問題をとらえている専門家や研究者が増えてきています。