お嬢様の営業 2/5 投稿
小ネタのつもりが一話になった
「すいませーん。
通してくださいな♪」
穂波銀行本社ビル。
そこの従業員口にゲストIDを掲げて警備員さんに笑顔で見せる私。
そのままお手紙を警備員に渡す。
「TIGバックアップシステムのおじさんにお弁当を持ってきたのか。
えらいねー」
頭を撫でるが、この警備員私に気付いていない。
モロに外人の娘な容姿なんだから不審に思えよと突っ込みたくなるが、この世界は元の世界より国際色豊かで外人の労働人口比率も高い以上そう珍しいことでもないのだろうか。となると有名人であるはずの私に気付くかどうかはTVで見たことがあるかどうかになるわけか。年を取っているとTVを見る時間帯と番組も違うし、犯罪者でもない私はTVの向こうの人として現実味がないというのもあるのだろう。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます♪」
こうしてバスケットを持った私はゲストIDで穂波銀行本社ビルに入る。
ゲストIDだから入れる所は限られているが、そこはそれ。
日本組織の防諜は、外からは硬いが中からは面白いぐらいに脆い。
そのままエントランスの待合室に行かずに自販機コーナーへ。おお、過酷な超過勤務対策なのかカップメンの自販機はもとよりパンやお菓子の自販機におにぎりやホットドックなんかのあったかい食べ物の自販機まである。
ここで取るべき行動のためには……よし、グレープジュースは都合よく一番高い列にボタンがある。よっしゃ! 背伸びしてもボタンに届かないのでぴょんぴょんジャンプしては押すのをわざと失敗していたら、見ていた銀行員が声を掛けてくれた。しめしめ、私の運動能力なら一発成功なのに失敗していたかいがあった!
「押してあげようか?」
「ありがとう♪おじさん!」
「……おじさんかぁ……」
「ははは……」
ジュースを買って、おじさんたちと雑談。
ゲストIDとバスケットのお弁当を見せて、おじさんにお弁当を持ってきたという話をすると、彼らもあっさり騙される。
「TIGバックアップシステム?」
「うちの勘定系システムの下請けの一つだろう?
システム障害のおかげでシステム屋とその下請けが修羅場っているらしいから、そこの誰かだろう?」
「じゃあ、開発フロアまで連れてゆくか」
「フロアの入り口で呼んでくるから、付いて来るといい」
ちょろい。
満面の笑みでこの親切な銀行員さんたちにお礼を言う。
「ありがとうございます。
おにーさん♪」
穂波銀行三十五階。
システム開発本部前で私を見付けたおじさん役である、日本人のプロジェクトマネージャーは手を振る私を見てすっ飛んできてそのまま人気の居ない窓際に。
「何でここにいるんですか?
お嬢様」
「そりゃ、私、営業担当副社長ですから。
はい。
みんなの分の差し入れ。
穂波銀行のシステム役員が無理言っているんでしょ?」
上が無茶言って、下が苦労するというのはよくある話。
システム障害とその復旧、更に再構築と新規システム建設に、統合後の銀行の勢力争いが絡んで朝令暮改が続いていたのだった。
その弊害は下請けである私達にやって来る。
「そもそもうちはバックアップじゃない。
それをメインに投入するなんてありえないでしょう?」
それが私がこっそりとやって来た理由である。
下請けへの無茶振りは営業担当として彼らを守る責任があるのだ。
しかも、その理由にもう一つ間抜けな裏事情がある。
「うちは立ち位置的には、古川通信のシステム屋ですからね。
古川通信のプロジェクトマネージャーからの強権だと、文句も言えないんですよ」
穂波銀行のシステム障害を引き起こしたのが実は古川通信の勘定系システムだった。
その復旧と再建で責められているのは想像に難くない。
古川通信が秋に桂華電機連合として経営統合され、その作業に上層部が追われているのもあって、古川通信のプロジェクトマネージャーはその責任追及を避けるためにも、強引に戦力をぶち込んでブラックシフトが常態化しつつあった。
それにうちのTIGバックアップシステムも巻き込まれたと。
「今日、お昼の後から会議があるんでしょう?
私を紛れ込ませなさいよ」
ため息一つついてプロジェクトマネージャーは確認を取る。
「今日、学校はどうしたのですか?」
「出席日数はちゃんと計算していますので大丈夫です」
うちのプロジェクトマネージャーがTIGバックアップシステムのプロジェクトIDを入手してくれる。
ここでゲストIDと交換して、開発フロアに入室。
おー。
中の人達全員ゾンビみたいに動いている。
そんな中会議室へ。
ちょうど、古川通信のシステムマネージャーが当たり散らしていた。
「誰だ!
ここに餓鬼を連れてきた馬鹿は!
さっさと追い出せ!!」
私が穂波銀行の勘定系システムについて古川通信を総撤退させる決断をしたのはここである。
面子にこだわって余裕なんて吹っ飛んでいて、自分が誰を見て何を言っているのか分かっていない。
にっこり。
とても綺麗な笑みを作って、私は最初にTIGバックアップシステムの名刺を差し出す。
「はじめまして♪
TIGバックアップシステム営業担当副社長をしています。
桂華院瑠奈と申します!
よろしくおねがいしまーす!!」
小学生らしい元気で大きな声が轟き、ゾンビたちが動きを止める。
ざわざわとした声が聞こえる、何人かは私の名前の意味が分かるらしい。
もっとも、穂波銀行のシステム担当役員から責められているだろう、眼の前の古川通信のプロジェクトマネージャーはまだ気付いていない。
「小学生を副社長にしているなんておままごとじゃないか!
もっとまともな人間を連れてこい!
連れてきても、お前の所の人間を全員メインに投入するのは決定事項だ!!」
言い放つ古川通信のプロジェクトマネージャーはすっかり人間性を失っている。
そんな彼の人間性を元に戻してあげよう。
「なるほど。
では、うちのボスのボスにお電話繋ぐので、どうぞ説教とご命令を」
PHSを掛けて、それを渡すとプロジェクトマネージャーの顔色が変わる。
組織人は当たり前だが、ボスの命令には従うものである。
PHSは持っているけど、顔は真っ青、体も震えている。
あ。
落とした。
PHSを拾って、私が話の続きをする事にした。
「という訳で、カリン。
穂波銀行の勘定系システム開発の件、撤退を検討するわよ。
バックアップを中心に絡むけど、メインからは手を引きます。
替わりは、うちの桂華金融ホールディングスの勘定系システム開発があるじゃない……」
PHSを切って、私を見るゾンビたちににっこりと微笑んで。
復活の呪文を掛けてやった。
「穂波銀行のシステム担当役員とお話がしたいのだけど?
古川通信はこの件から撤退を検討します。
さあ!
こんなシステムは蹴飛ばして、ちゃんとしたシステムを作りましょう♪」
古川通信のシステム屋が叫びながら書類を放り投げたのは映画みたいだなと思った。
この一件で、合併前に百億近い特損を計上する事になったが、桂華金融ホールディングスの勘定系システム構築をさせる事でフォローさせてカリンCEOに傷が付かないように配慮した。
穂波銀行はこの古川通信撤退決定を受けて旧DK銀行閥の完全没落が決まったが、金融庁からのお説教と信用不安からこちらの方に追求が来ることは無く、他行よろしく片寄せでシステムを再構築することを決定することになる。
セキュリティー
このあたりのうまさは『踊る大捜査線』の青島巡査がすごくうまかった。
あの人、敏腕営業マンだよなぁと、会社に潜入して犯人の女を追い詰めた時、つえーと思った覚えがある。
古川通信のプロジェクトマネージャー
元ネタは『危機管理のノウハウ Part2』 (佐々淳行 PHP出版) の香港でのエピソード。
相手が誰か分からずに喧嘩を売って痛い目を見る話が痛快だったのでやってみようと思ったのがこの話。