中島大尉の思い出
この物語世界に国際法廷なんてものは存在しない。
1993年11月 モガディシュ
「敵襲!」
その声と共に銃撃音が轟く。
迎撃するのは日本人とロシア人とそのハーフ達。
東側のカラシニコフ銃が火を吹くが、相手も同じカラシニコフ銃。
中島淳大尉が率いる中隊約200人はソマリアのモガディシュで、民兵相手に戦闘を始めていた。
米国がこの地で政治的打撃を受けて逼塞から撤退の準備を始めていた時、代わりにこの地で暴れだしたのは日本から来たPMCである。
北日本政府を併合した日本は北日本軍という爆弾を抱え込むことになり、その格好の捨て場として選ばれたのがここソマリアだった。
人道支援という名目で米国の介入が失敗した結果、国際社会からこの国は見放された。
裏返せば、何をやっても構わないという事だ。
中島大尉がBTR-60に飛び乗ると同時に、BTR-60が走り出しそこにRPGが突っ込んで爆発する。
「畜生!
アメ公を殺して調子に乗ってやがる!」
「それにかこつけて好き勝手する俺たちが言えた義理じゃないでしょう?」
中島大尉にBTR-60の運転手がぼやく。
実際、日本はというか流れてきた北日本系の連中が好き勝手していた。
まずは、比較的ましだったソマリランドを分離独立させ、石油資源があると言われているプントランドも分離独立させた。
ソマリランドは裏でエチオピアや英国政府と交渉し、プントランドはその石油採掘権を担保に欧米石油採掘企業から金を出させるという形で独立・運営資金を確保した。
この二カ国の政府官僚に元北日本人が多くいるのは政府組織の体をなしていないこの国での裏技を誰がやったかという明確な証拠とも言えよう。
こうなると話は簡単だ。
この国を欧米列強が見放したのは、何もなかったからだ。
何かあるのならば介入する理由になるし、そこにその国の民族なんて関係はない。
激怒したソマリア民兵勢力はこれらに攻勢をかけ、侵略軍や反乱軍を排除するという名目で虐殺の大義名分を得ることになった。
「ゲリラを潰すには住民もろとも吹き飛ばすに限る」
織田信長の長島本願寺攻めを参考にしたという『ナガシマドクトリン』はベトナム戦のテト攻勢で初めて適用されて多大な成果を上げることになったが、テト攻勢の政治的敗北を覆すには至らなかった。
これを東側も研究してアフガン侵攻時に適用したのだが、火力が足りずに失敗に終わる事になった。
ゲリラもろとも住民を効率よく殺す。
今回の作戦は治安維持のための偵察という建前で民兵達を挑発し、ゲリラが攻撃してきたという名目でモガディシュの住民たちに暴力とは何なのかを教える事が目的である。
なお、殺せば殺すほど後々が楽になる。労働力の確保に必要な住民も、税金を集めるために必要な住民もここにはいない。
住民が居なくなった土地には寒い樺太から喜んで移民するだろう北日本の人間を連れてくればいいからだ。
「近くにいる部隊へ!
助けてくれ!!
取り残されて民兵に囲まれているんだ!!」
BTR-60の無線にそんな悲鳴が飛び込んできたのは、そんな時だった。
その声がロシア語でかつ女性だった事から、中島大尉は彼女が置かれるだろう近未来を想像する。
ここで米兵の死体が辱められた映像と同じぐらいの末路は考えたほうが良い。
「なぁ。
助けに行けると思うか?」
「助けに行かねば男が廃るですか?」
運転手のあまり乗り気でない声に中島大尉は実にわざとらしく肩をすくめた。
そんな仕草で、場の空気を和ませて任務を達成してきたのだ。
「それもあるが、本来はロシア人と手を取り合って南と戦うつもりだったろう?
下が日本かソマリアかの違いでしかないさ」
モガディシュ市街は混沌としていたが、米軍と違って幾つかの有利が彼らPMCにはあった。
米軍の教訓を得ていた事。
ゲリラを住民もろとも潰すつもりという事。
そして、そんな有利の一つが今、主砲を発射した所だった。
「撃て!」
T-72戦車の主砲が容赦なく民兵をビルごとぶっ壊す。
その火力と防御力に民兵は為す術もない。
もちろん、民兵にも対戦車ロケットはあるがそれをぶっ放すには遮蔽物が多すぎ、その遮蔽物を容赦なく破壊してゆくので下手に近付けない。
歩兵が強かった日本軍と血みどろの市街戦を経験しているロシア軍の合の子である北日本軍は、この手の市街戦に対しての解決策をしっかりと持っていた。
全部踏み潰す。
この戦車は北日本から持ってきたのではなく湾岸戦争のクウェートで遺棄されたイラク軍のもので、目を付けたPMCが修理と整備をしてソマリアに持ってきたものである。
派手にぶっ潰されたとはいえ数が多かったこの戦車は既に百両近くがソマリアに揚陸されており、民兵相手にその暴力を発揮していた。
次の射撃目標にしようとしていたビルからPMCの制服を着たロシア人達が転がり出る。
「撃つな!
味方だ!!
怪我人がいる!!」
BTR-60を開けて、中島大尉は自分の兵を散開させる。
民兵達は彼らを囲もうとわらわらと集まってくる。
「さっさと乗れ!
ずらかるぞ!!」
中島大尉達は負傷したロシア人達をBTR-60に乗せてT-72の上に掴まる。
伝統のタンクデサント。
戦車を狙うRPGを潰すためにも、誰かがしなければならない事だった。
「よし!
出せ!!」
動き出した戦車に、ロシア人の女兵士が飛び乗る。
無線で助けを求めた声が目の前から聞こえた。
「感謝する。戦友」
「あんたも向こうに乗ればよかったのに」
「部下の前だ。
いい格好は上の特権だろう?」
「そりゃそうね」
「うちのPMCじゃないな」
「ハイエナさ。
こっちはロシアからイラクに出稼ぎに来て、帰れなくなったからここで雇われている。
うちの雇い主はエチオピア政府さ」
ロシア語での会話で互いの素性を確認し二人して笑う。
後に新たな植民地獲得と日本が国際社会から非難されたが、植民地とは似て非なるものだった。
日本政府は合法的な棄民しか考えていないし、エチオピアは周辺の不安定化と難民が自国に来ることを恐れていた。
国際社会が見捨てた今、合法的殺戮が行えるという点でこれらの国はPMCを雇い入れて、殺戮に勤しむことになった。
話しながらも二人の銃は周囲のビルに向けられている。
対戦車ロケットを食らったら二人共おしまいなだけに警戒に手を抜かない。
「作戦中の全部隊へ。
こちら『モンスター』。
作戦予定通り砲撃を開始する。
展開中の部隊は直ちに退避せよ」
「モンスター?」
ロシア女性兵が怪訝そうな声をあげる。
中島大尉が気を抜かずに言い放つ。
既に危険地帯を脱していた。
「俺達の女神さ!
……来た!!」
爆発と衝撃がソマリア民兵を吹き飛ばした。しばらくして轟音が海上から轟く。
上がるきのこ雲は警告の一撃。
モガティシュの周辺人口200万人がこの主砲の射程圏に入っている。
最終的には、モガディシュそのものを住民ごと全て吹き飛ばすことすら想定していた。
記念艦やまとの46センチ砲が轟き、それに合わせて街が吹き飛んでゆく。
「記念艦やまと。
湾岸でも暴れたが、今回の作戦で引っ張り出されたデカブツさ。
やることが大量殺戮だから、PMCの名前でやっているらしいが」
中島大尉が銃を下ろす。
砲撃は断続的に続けられており、その度に市街地が民兵と住民ごと吹き飛んでゆく。
「便利になったものだよ。
イラク兵を吹き飛ばした時は普通の砲弾だったらしいが、今はサーモバリック砲弾らしくて核爆弾の次に強い爆風を発生させる」
吹き飛んだ町を見て、中島大尉は呟く。
それを見ていたロシア女性兵が唖然とする。
「私達は、あんなものと戦うつもりだったのか……」
映像で知っていたのだろうが、この現実を見せ付けられて呆然とする。
あの砲撃は駄目だ。
何もかもを吹き飛ばしてゆく。
あのあたりに居た民兵というか住民は一万を超えていたはずだが、躊躇うこと無く全部吹き飛ばしてゆく。
「米国ができない事を俺たちがやるか。
本当に汚れ仕事だよな」
ソマリア内戦はソマリランドとプントランドが独立し、約二年で終結した。
この虐殺でソマリア民兵勢力が一本化しソマリア独立統一戦線なるものができたまでは良かったが、海岸線は艦砲射撃で町ごと吹き飛び、山岳国境地帯はエチオピア軍が同じく殺戮の真っ只中。
残りはケニア方面で網を張っていたPMCとエチオピア軍によって難民共々殲滅された。
この戦いでの犠牲者は300万人を超えると言われているが、まがりなりにも治安は回復する。
反抗する気力すら折られたとも言うが。
これらの戦いで日本はその殺戮ありきの作戦に国際社会から非難を受けるが、これはPMCがやった事として反論。国際社会は口をつぐんだ。
合法的棄民政策はバブル崩壊後のITバブルを中心とする景気回復局面を経て、彼らを二級市民として酷使して製造業を立て直す方向に転換しており、北日本軍人を中心とした植民政策は十数万人で留まることになった。
そして、同時期に進行していたユーゴスラビア解体戦争は、欧米各国が『人道的に』介入した結果、10年もの長きに渡って続くことになる。
2002年 東京 九段下
「何読んでいるんですか?」
「手紙だよ。
ソマリアで知り合った戦友さ」
「女性じゃないですか!
大尉も隅に置けないですね」
ロシア語で書かれた手紙には近況報告が書かれており、今はアフガンで戦っているらしい。
ソマリアで作り上げた北日本兵というブランドは誰が呼んだか『レッドサムライ』としてこの世界で轟いている。
その赤は、革命の赤なのか、はたまた血の赤なのか。
「大尉。
ちょっと良いですか?
またお嬢様が奇妙なことをやりだしているんですよ」
「あのお嬢様今度は何をやりだした!?」
舌打ちをしながら中島大尉がモニターを見ると、モニターの中で箱が動いていた。
何に影響を受けたかぐらいは見当が付いた。
「メイドに連絡して、さっさと止めさせろ」
「けど、お嬢様のご学友があれに似たようなことをやって、俺たち見付けられなかったじゃないですか。
多分、負けたくないのだろうと」
「あれはいいんだよ!
CIAも見付けられなかったんだから!!
お嬢様があの隠密能力を身に付けてみろ!
勝手に出歩かれて、俺たちクビだぞ!! 訓練の段階から潰さなきゃまずい!」
ため息をついて、この日本で平和に暮らしている今に少しだけ感謝する。
悪名とその生贄として裁かれかかった彼らを救ったのが、会社ごと買収したあのお嬢様だったのだから。
モニターの中では、メイドのアニーシャが箱を取り上げようとしてお嬢様が抵抗していた。
レッドサムライ
「侍の本質は舐められたら殺す」 『バンデット -偽伝太平記-』 (河部真道 モーニングKC)
そんな侍というなのアフリカ浪人共がヒャッハーしたというのがソマリア。
なお、ソマリアの人口は2000万人。
この名前の元ネタはTRPGの『シャドウラン』より。
サーモバリック弾
燃料気化爆弾の方が分かるかも知れない。
この砲弾でモガディシュを住民200万人ごと吹き飛ばすというのが、計画の趣旨である。
核?
移民が使えなくなるからNG。
箱
『メタルギア・ソリッド』
敵には見えないはずなのだ。ゲームでは。
なお、某座敷童子少女がガチで見えなくなって、警備関係者が狼狽える一幕が。
書いていてこれアメリカインディアンの蜂起とその殲滅まんまだと気づいて一人大爆笑した私。