ダイヤモンドプリンシパル
ちょっとした小話
ダイヤモンドプリンシパル。
桂華グループが運営する桂華太平洋フェリーが購入した予定外の船の名前である。
そもそも、桂華太平洋フェリーは苫小牧ー大洗-東京を結ぶ航路に総トン数30000トン30ノットで、トラック搭載数300台、旅客定員1000人を超える超高速大型フェリー『ダイヤモンドアクトレス』・『ダイヤモンドプリマドンナ』を投入する計画だったのが、9.11同時多発テロに伴いPMCに長期レンタルする事が決定。
既存船の置き換えが頓挫したため、急場凌ぎとして廃止になった東京-高知航路の船を買収し、この名前が与えられた。
だが、この船は9,723総トンで航海速力22.7ノットしか出ず、国際情勢が読めないことから『ダイヤモンドアクトレス』と同タイプの超高速大型フェリーを新造する事を決定したのである。
岩崎重工長崎造船所に再発注された船は二隻で、もう一隻の名前は『ダイヤモンドマエストロ』となる。
で、この船はその代役を無事に果たした。
同時多発テロによって航空機から客が離れ鉄道と自動車にシフトした為で、北海道に行く選択肢として海路が注目されたのだ。
また、桂華グループが中心となって進めていた北海道の農産物の搬入路だった為に、その需要は逼迫していたのである。
この代理船は『ダイヤモンドプリンシパル』『ダイヤモンドマエストロ』の二隻が改めて就航すると共にお役御免、とはならなかった。
樺太と本土の経済一体化は海路によって活発となっており、同僚らと共にその動脈として樺太と北海道の航路に用いられたのである。
旧『ダイヤモンドプリンシパル』は『イリワク』と新しい名前を付けられ、小樽-稚内-豊原の航路を往復する事になる。
その際に、『ダイヤモンドアクトレス』シリーズの名前を付けられた縁からオーナーである桂華院瑠奈公爵令嬢が航路就航のテープカットをする事になった。
後に、『アクトレスライン』と呼ばれる樺太と東京を結ぶ路線はこうして出来上がる事になる。
小樽-苫小牧の陸路は鉄道とトラックが行き交う大動脈となり、貨物は稚内や留萌からも苫小牧を目指し、青函トンネルを通るだけでなく海路で東京に物が運ばれていった。
北海道帝国鉄道はこの路線の強化計画を発表し、それに桂華グループの桂華鉄道が出資して支援したのは言うまでもない。
東京からは自動車・家電製品・出版物など西側文明のありとあらゆるものが北に運ばれ、北からは石油や天然ガスと東京に夢見た人たちが船と鉄道を使って東京に向かってゆく。
ロシア政府は北樺太問題の解決を前提として、ガスパイプラインを樺太経由で北海道に伸ばしたい意向を示しており、更に人と物が行き来することになるだろう。
そんな動脈を走ったこの船は、桂華グループを支えてゆく事になる。
「♪あの船に乗って、本土に行こう。
本土には何でもあるんだ。
だから待っていておくれ。愛しい人よ」
(樺太でヒットした歌、『あの船に乗って』より)
そんな船も別れの時が来る。
需要の増大に船の大きさが合わなくってきたのだ。
新造船への置き換えが始まると共に、この船は海外にて別の生を送ることになる。
代役として投入され、その有用性を認められた結果として、繋ぎを全うしてその舞台から去る。
実に美しい生き方ではないだろうか?
(ある旅行ライターの惜別記事より)
ちょうどこの時に東京-高知航路が廃止になって船が売却されたので、何か使えないかなと考えついたお話。