お嬢様の逆襲 お説教の時間 11/13 更新
加筆することになるが、メイド長の斉藤佳子を乳母に据えるのもありかもしれぬ。
そうなると、色々彼女のシーンを増やすことになるがまあ面白くはなるな。
桂華院家本邸。
その書斎にて私は桂華院家当主であり義父である桂華院清麻呂義父様に頭を下げた。
「今回の行い、子供の身にて出過ぎた事を反省致します」
たとえ実権は私が握っているように見えても、私は桂華院公爵令嬢である以上、桂華院家の家範に従う義務がある。
それによって私が桂華院家の庇護下にあるという事なのだが、同時に義父様に従わねばならないということだ。
その一点において、私を正式に叱れるのはこの義父様しか居ない。
一条・アンジェラ・仲麻呂お兄様から報告が行っているだろう今回の一件、私の話を聞きたいと義父様が私を呼ぶのはある意味必然だった。
清麻呂義父は私を大人の目で見て、そのままため息と共に許す。
「瑠奈が大きくしたものだ。
瑠奈がどう使おうともそれは瑠奈の自由なのだろう。
だけど、その瑠奈が大きくしたものには、従業員十万以上、関係者はかるく百万を超える。
それを理解しての行いだったのかい?」
叱責ではなく疑問なのがまたこの人が鋭く、そして私自身が把握していない事を私に認識させる。
少なくとも私は、身内であり保護者であるこの義父に嘘はつきたくなかった。
「はい。
たとえお叱りを受けようとも、この道が桂華の従業員及び関係者、ひいては日本を幸せにすると信じています」
義父は私の方を見ずに、書斎から一冊の本を取り出す。
それを私の目の前のテーブルに置いた。
数年前の野党連立政権の官房長官、後の与党連立政権のキーマンだった人が書いた本だった。
「『足るを知る』。
私はこの言葉が好きでね。
この言葉のおかげで生き残ったようなものだ」
淡々と語る義父の前だからこそ表情は隠すが、私自身頭を抱えたいのをぐっと我慢する。
分かるのだ。
あのバブルを知っていて、あの狂気の繁栄を眺めていたのならば。
バブルはチキンレースだ。
何処かでブレーキを掛けて最後の貧乏くじを引く前に降りた人間が勝者となる。
そして日本人は日本人特有の横並びの結果、みんなで貧乏くじを引く羽目になった。
「瑠奈。
君の人生はまだ長い。
いずれ君は足るを知るだろう。
その時、君が破滅しない事を私は祈っているよ」
義父が書斎の一角に置かれている写真を眺めながら呟く。
それが私に聞こえるように。
「……兄のようにならないようにな。
下がりなさい」
「はい。
失礼します」
その本を持って去る時に私の心が痛む。
私を心配してくれるのが嬉しかった。
そして、私のために、貧乏くじを引くだろうという事が悲しかった。
書斎を出ると仲麻呂お兄様が待っていた。
いつもの優しい顔ではなく、厳しい顔である。
「お父様に叱られてきたかい?」
「はい。
この本と共に『足るを知る』事を覚えなさいと」
「たしか元々の言葉は老子だったかな?
たしかこんな文だったはずだ」
仲麻呂お兄様はその元の漢語を諳んじてみせる。
サラリと言えるのだからさすがお兄様。
「瑠奈を誑かした岡崎くんにはアンジェラ秘書と一条頭取と共にお灸を据えるとしてだ。
瑠奈。
まだ足りないかい?」
その視線はまっすぐ私を見据える。
私も仲麻呂お兄様から視線を逸らさない。
「瑠奈が興したムーンライトファンドを軸に、桂華金融ホールディングスというメガバンクが誕生した。
そこから上がる利益を注ぎ込んで、帝西百貨店、赤松商事、桂華ホテルなんかも日本有数の企業に育った。
桂華鉄道は新幹線を持つ全国初の私鉄と成り、今回の巨大コンピュータ企業誕生だ。
内部統制を考えたら、確実に桂華電機と名乗ることになるこのエレクトロニクス企業を瑠奈は統制できるのかい?
既に橘は桂華鉄道に出してしまったし、私は桂華金融ホールディングスだ」
「一応米国から優秀な人材をヘッドハントしました」
私は答えるが、私自身分かっていた。
深刻な人材難。
けど言えない。
日本経済の再生が目的であって、桂華グループ企業の内部統制なんてはなから考えていないなんて。
プラスになったら売り飛ばせばいいやなんて。
「瑠奈。
もっと父を、私を頼ってくれ。
そして満足してくれ。
アンジェラ秘書経由で、瑠奈はかなり危ない橋を渡ったと警告を受けている」
ああ。やっぱりか。
大博打の代償は安くはなかった訳だ。
私の顔が悲痛そうに歪むのを見て、仲麻呂お兄様は私の頭に手を置く。
「瑠奈はまだ子供だ。
守られて当然の年だ。
無理に大人になんてならなくていいんだよ」
ぽろりと涙がこぼれた。
私は、こんなにもいい人たちを心配させていたのだと。
「私と桜子さんの式が決まったよ。
6月の花嫁になりたいとかでその月の吉日を選ぶつもりだ。
どうか、その時に私達を笑って祝福しておくれ。瑠奈」
「はい」
こんないい人たちを、この国は、この時代は見捨てたのだと。
それを口に出すことはせずに、私は桂華院家本邸を後にした。
「おかえりなさいませ。
お嬢様」
家に帰るとメイド長の斉藤佳子が激おこモードで待ち構えていた。
私がやったことが全部耳に入ったらしい。
笑顔とは、本来攻撃的なものである。
これほど壮絶に美しい笑みは私は見たくない。
夜叉の笑みってこんなのなのだろうと思いながら、私は必死に逃げ道を探る。
「た、ただいま。
今日はもうこのまま部屋に……」
「お嬢様」
ただ一言。
その一言に私は押される。
「お話があります」
「佳子さんの言いたいことは、もう本邸で義父様とお兄様に叱られた……」
「お、じょ、う、さ、ま」
「……はい」
にっこり。
とても美しく怖い笑みを浮かべて、メイド長は女最大の武器を遠慮なく行使した。
「女が理詰めで納得するとお思いですか?
子が親を困らせた。
それだけで、お嬢様を叱るには十分です!!!」
佳子さんはメイド長で長く私に仕えたので、橘と並ぶ私の実質的な親代わりだ。
その彼女が激怒している以上、私に逃げ道はなかった。
「では、お話しましょうか。
まず……」
お説教は時計の針が翌日に変わるまで、延々と続けられた。
翌日の私が寝不足だったのを橘は何も言わなかった。
瑠奈が渡された本
武村正義『小さくともキラリと光る国日本』
今の野党の思想の源流であり、その元は石橋湛山の小日本主義あたりにまで繋がってゆく。
植民地主義の経営負担からの解放が、小国としての日本とアジア共同体思想が絡んで、歪んだ果てが某2009年からの我が党政権である。
あの政権、私が知る限り本当に誰もが、己だけでなく得をしたと思われる中韓すらも、不幸になった政権なんだよなぁ。
足るを知る
元は老子の言葉。
全文と訳のリンクはこちら。
http://www.eonet.ne.jp/~chaos-noah/tao/tao_33.htm
もちろん、足るを知って止めた結果、周りが遠慮なく奪い去って、見事に足りなくなりましたとさ。
人間が知的生命体であると勘違いしたのがこの思想の欠点である。
なお、私の愛読書の一つは、『マキャヴェリ語録』(塩野七生 新潮文庫)である。