NPOは「公金チューチュー」ではなく「縛りプレイ」である:フローレンス問題から考えるNPOの構造と真実
1. 法人格と個別事例の混同は本質を見誤る
現在、認定NPO法人フローレンスにおける補助金運用の不適切事例が報道されたことを受け、SNS上などではNPO全体に対し「公金チューチュー団体」「行政と癒着した利益誘導団体ではないか」といった、大変否定的な言説が広まっています。
しかし、私はNPO業界で10年以上にわたり中間支援活動に携わってきた者として、この過熱するバッシングに対し、実務的な観点から異を唱えたいと考えています。
特定の団体における個別的な不備やミスがあったという事実をもって、NPO法人という法人格の仕組み全体を「ずるい」と断じることは、制度の構造的な無理解に基づく暴論であると言わざるを得ません。
考えてみてください。
公金を用いて事業を運営している組織は、NPO法人だけではありません。土建業であれば株式会社や一般社団法人など、様々な法人格が行政から公金を受け取っています。仮に建設会社が公金を使った事業で不祥事を起こしたとしても、私たちは「株式会社という仕組み自体がおかしい」という反応はしないはずです。
法人格はあくまでも事業を行うための一つの「箱(仕組み)」であり、その仕組み自体と、個別の組織が起こしたガバナンス不全を混同すべきではありません。
むしろ、NPOとは後述するように、株式会社よりも遥かに制約の多い、いわば「縛りプレイ」を選んだ組織形態なのです。
2. フローレンス問題の核心は「悪意」か「過失」か
今回の議論のきっかけとなった認定NPO法人フローレンスは、病児保育のパイオニアとして知られるNPOのトップランナー的団体です。
問題となったのは、渋谷区と日本財団から合計約1億3000万円の公金が投入された保育施設「おやこ基地シブヤ」に関する担保設定でした。
行政が承認したのは一度きりの借入を担保する「抵当権」でしたが、フローレンスが銀行と結んだ契約では、上限額内で繰り返し借入を起こせる「根抵当権」が設定されていました。
公的資金が投入された施設を担保に、自由に繰り返し借入ができる状態にすることは、補助金の不適切な運用であり、明らかな契約違反状態です。
この点において、フローレンス側のガバナンスの甘さやチェック体制の不備は、厳しく批判されて然るべき失態です。億単位の公金を扱う組織として、「知らなかった」では済まされない重大な管理ミスであることは間違いありません。
しかし、ここで重要なのは「事実」の切り分けです。
今のところの報道によれば、実際にこの根抵当権を使って繰り返し借入を起こした事実は確認されておらず、結果として1回5000万円を借りただけのようです。
もし本当に組織的に私腹を肥やす悪意があったなら、限度額いっぱいの反復借入が行われていてもおかしくありません。それがなされていないという事実は、これが「意図的な利益誘導スキーム」というよりは、法的な知識不足や確認漏れによる「重大な過失」であった可能性が高いことを示唆しています。
「脇の甘さ」は猛省すべきですが、これをもって「NPOは公金を食い物にしようとしている」と制度全体を否定するのは論理が飛躍しています。
3. NPO法人に課せられた「私物化」を禁じる厳格な制約
NPO法人への批判の根底には、「公金を使って私腹を肥やしているのではないか」という疑念がありますが、NPO法人(特定非営利活動法人)は、構造的に利益誘導ができないよう、法的に厳しく規制されています。
NPO法人が「非営利」であるとされる根幹は、以下のルールにあります。
所有権の不在: 株式会社は株主の所有物、組合は組合員の所有物ですが、NPO法人は社会の公共的な組織であり、誰の所有物でもありません。会員の所有物でも、役員の所有物でもなく公の器です。
残余財産の分配禁止: 所有権がないからこそNPOが解散する際、残った財産の所有権を主張することはできません。そのため創業者や役員、会員などには一切分配されません。財産は行政か、他の非営利団体にしか引き継げない仕組みです。
利益再配分の禁止(非配当原則): 事業で利益が出たとしても、それを株主や組合員への配当や、従業員への利益連動型の賞与(ボーナス)として再配分することはできません。利益は全て、今後の公益的な事業に再投資する義務があります。
よく「でも役員が高い給料をもらっていたら同じでは?」という指摘があります。しかし、給与はあくまで「労働への対価(経費)」であり、働かずに得られる「株式配当(不労所得)」とは明確に異なります。NPOでは、どれだけ利益が出ても、それを山分けすることは法律で固く禁じられています。
この「私物化できない構造」であるからこそ、行政から公金を使った事業委託を受けやすくなっている側面があるのです。
4. 市民による監視を前提とした高い透明性
NPO法制の重要な理念は、「行政が団体の公益性を認定するのではなく、市民がNPOをジャッジする」という点にあります。
NPO法人は、その活動の妥当性を市民に判断してもらうために、極めて高い透明性が課せられています。決算書、事業報告書、そして役員報酬に至るまで、全てを所轄庁やWebサイトで公開する義務があるのです。
役員報酬の高さが指摘されていたのも、この透明性あってのことです。
そして、NPOの組織運営は基本的に民主的です。会員は誰でもなることが可能であり、意思決定においては一人一票の議決権を持ちます。株式会社のオーナー経営者が、株式の保有数によって自身の報酬や決定を自由に行えるのとは対照的です。
役員報酬の額も、この会員が集まる総会で決定されます。
株式会社のオーナー経営者が、役員報酬を低く抑えていても、株主配当や株式売却益で莫大な富を得られるのに対し、NPOの経営者は株主配当も、将来の売却益も、解散時の財産分配も一切得られません。
もしフローレンスの元代表が、株式会社として運営し、株式を保有していたら、今頃、株式売却益や配当で莫大な収入を得ていたかもしれません。でもNPO法人ではそれができない。
役員報酬こそが、彼らが組織を背負う対価であり、この額が高いか安いかを判断するのは、行政ではなく、そのNPOを支える市民の役割なのです
もし会員や市民が「報酬が高すぎる」「運営がおかしい」と判断すれば、総会での否決や、寄付の停止といった形でNOを突きつけることができるのです。
5. NPOの「税制優遇」をめぐる誤解— 収益事業はきっちり課税される
NPO法人が不当に優遇されているという批判に対し、税制の仕組みを正確に理解する必要があります。 確かに、本来の目的である「非営利活動」に関する収入(会費や寄付金、補助金など)は非課税ですが、これは利益を追求しない活動だからです。
しかし、NPO法人が行う「収益事業」については、原則として一般の企業と同じように法人税が課税されます。
NPO法人は、活動資金を確保するために、物品販売や請負などの収益事業を行うことができます。世間では「非営利団体が商売をして、税金も払わず私腹を肥やしている」といった誤解がありますが、これに対する反論は明確です。 NPOであっても、一般企業と競合するような収益事業(34業種)を行う場合は、そこから生じた利益に対してきっちりと納税義務が発生します。つまり、「NPOという看板さえあれば無税で商売ができる」という事実は存在しないのです。
6.NPOへの不信感を助長する文化的・政治的背景
NPOへの強い批判の背景には、制度の誤解だけでなく、日本社会特有の構造的な要因が存在しています。
一つは文化的な不信感です。世界価値観調査などのデータでも、日本は慈善団体(チャリティ団体)に対する信頼度が世界的に見て低い傾向にあります。「善意や公益を掲げる活動には、裏があるのではないか」という警戒心を抱きやすい土壌があるのです。
もう一つは歴史的な背景です。
NPOや市民活動の推進は、過去の民主党政権時代に「コンクリートから人へ」というスローガンと共に進められました。この「新しい公共」の流れが、公共事業を重視する保守層への資金の流れを減らす動きと関連付けられたため、NPOは単なる法人格を超え、イデオロギー的な反発の対象となりやすい側面も持っています。
結論:厳格な「縛りプレイ」を行う法人格を正しく評価すべき
以上のことから、NPO法人とは、社会的な課題解決のために、あえて私物化を許さないよう厳しく設計された、いわば「縛りプレイの多い法人格」であると言えます。
NPO制度は、利益を社会に再投資する理念を強く持ち、高い透明性を市民に約束しています。
特定の団体による運営上の不手際やガバナンスの欠如があったとしても、それは是正されるべき個別の問題であり、NPOという制度設計の欠陥ではありません。
株式会社全体を否定しないのと同様に、NPOという単なる法人格全体を「ずるい」と断じるのは不当です。私たちは、感情的なバッシングに流されることなく、この法人格が持つ公共性や「私物化できない構造」を正しく理解し、監視と支援の両輪で社会課題解決を見守るべきではないでしょうか。


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