球団を代表して対応した根本氏は、誠意を持って謝罪し警察沙汰になることを防いだ。だが、これを契機に清原容疑者の“歯止め”に本腰を上げたという。
「球団は大変な騒ぎになりました。そのため根本さんは、清原が足しげく通っていた六本木、銀座、チームの遠征先の大阪、福岡の店まで1軒残らず調べ上げて行状を確認。問題があれば表沙汰にならないようにしていた」(元球団関係者)
根本氏が選手たちに諭し続けた“教え”がある。「絶対にタダ酒は飲むな、メシは自腹を切って食え。他人に食わせてもらったら必ず裏があると思え」。“裏社会”の人物に関わることの危険性を説いたもので、その脳裏には清原容疑者の顔があったはずだ。
その根本氏は93年に西武を辞めてダイエー(現ソフトバンク)に移った。“ブレーキ役”を失った清原容疑者が再び騒動を起こしたのは、その3年後のことだった。 (スポーツライター 梶原昌弥)