ホロウ災害で家族失ったけど本人がまったく気にしてないパターン   作:いつかの

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その優しさがむず痒い。心配性な上司と同僚に挟まれて〜

 

 

「はいこれ。ちゃんとクリーニングして来たから」

 

 

 ばっと乱暴に投げパスされたマイ羽織は、これまたご丁寧に包装されており新品同様。

 咄嗟の思いつきで貸してから今日で二週間弱、もう帰ってこないものだとばかり思っていたが、期日ギリギリでの返却となった。

 もちろん信じていなかった訳じゃないが、それはそれとしてちょっと感動もんである。

 

 

「なにその妙にほっこりした顔。愛斗がやるとなんかキモいよ」

 

「いやいやひどいな。マジで返してくれるんだなーって素直に感心してただけなんだけど。つーかクリーニングまでする必要あったか? あれから毎日抱いて寝た訳でもあるまいに……」

 

 

 なんて冗談と続けようとしたが、ちょうどその時目にしてしまったものが良くなかった。

 端的に言えば有り得ない。普段の冷めてる表情から一変して頬を赤く染め体を小刻みに震わすエレンなんて、それこそ明日は空にホロウでも出来るのだろうか。

 

 

「えーっと、エレン? まさかマジで抱いて寝てた? コレ」

 

「……アンタが貸すって言ったものをあたしがどう使おうが勝手でしょ」

 

 

 全くの正論。反論の余地もない。

 ただ抑えといて欲しいのは俺に全然責める気はないってコト。

 ただ、温もりに飢えてるのかとか、なんか悲しいことあったのかとか、そういう心配的なアレがですね。

 

 

「愛斗が心配する事なんて何も無いよ。それよりも自分の心配したら? ほら、酷いクマ」

 

 

 言いながらエレンは目の下を指す。そのせいで完全に忘れていた疲労が今になってぶり返す。

 そんな俺を見て気も用も済んだのか、エレンはとっくに成長期な尾ヒレをこちらに向けていた。

 引き止める暇も隙もありゃしない。こっちはちょうど今お茶を入れたばかりだと言うのに。

 

 

「……もう少しゆっくりしてけよ。いくらなんでもサッパリしすぎだろアイツ」

 

「愛斗。今のシリオンは知り合いか?」

 

 

 そしてダメ押しの雅課長の声で、心と体は完全に仕事モードへ移行。

 そう。あまりにも流れが日常的過ぎて忘れていたが、ここは対ホロウの最前線H.A.N.D.本部の六課オフィスである。

 アイツ、職場凸までする行動力はあって朝早く起きて学校行く行動力ないのマジで謎。

 

 

「知り合いというか、ほとんど妹分みたいなもんでしょ? ねぇ愛斗」

 

「なんでお前が答えてんだマサマサ。妹分じゃねーよ別に、前にも言ったろあれは単に────」

 

「昔馴染みってだけ? 少なくともあの子はそう思ってないんじゃない?」

 

 

 それはつまりどういうこと? 

 もしかして幼少期から謎に絡んでくるうぜー奴とか思われてるってこと? 

 いや、それはそれでいいんだけど。いや良くないのか? 

 最近調子の悪い義手と併せて、己の心の在処すら読めない俺はもうスクラップ同然だ。

 

 

「愛斗の妹分か……手強そうな相手だな」

 

 

 隣ではアイツの為に用意してたお茶を飲みながらしんみり呟く雅課長なんかがいたりした。

 だから妹分じゃないんだけどな。ほら見ろ、またマサマサのせいで勘違いする人が増えた。この勘違い量産機が。

 

 

「けど手強いってのはどうなんだ? 実際アイツもまだ若いのに相当やる方ではあるけど、流石に雅課長と比べるのは……」

 

「いやいや愛斗。課長の言う〝手強い〟はそういう意味じゃなくてね〜……ってあっつ!? ちょっと課長! いきなりアツアツのお茶僕の肌に直接当てないでくださいよ! 普通に殺人行為ですってソレ!」

 

「相も変わらずよく回る舌だな悠真。だがそのような勢いで話していては喉も乾くというものだろう。茶でも飲んで一旦落ち着いたらどうだ?」

 

「あの〜目が笑ってませんよ課長……そんな目で見られながらお茶飲んでも落ち着けませんって……」

 

「よく分かんねーけどマサマサ叱られてやんの」

 

「あのねぇ……愛斗だって他人事じゃないんだよ? 元はと言えば、愛斗の理解力の問題で────」

 

「────問題はお前の口の緩さだ悠真」

 

「全くもってその通りです! なので淹れたてのお茶をまた僕に近づけるのやめてください!」

 

 

 ご覧下さい、これが対ホロウ六課職員らによる微笑ましいじゃれ合いですよ〜。

 これが平時であればそろそろ柳副課長が止めに来る頃合いだが、我らがアキレス腱にしてブレーキ役の副課長は現在あの人が溺愛する世界一可愛い鬼娘を連れて、先日起きた事件について治安局との情報共有に出向いている。

 

 なのでウチの柱は今日不在。

 というか今に始まった事じゃないが、俺達はあまりにもあの人に依存しすぎなのである。

 

 

「まぁ、今回ばかりは僕も月城さんに同情するよ。こんな朝から治安局のお偉いさんと腹の探り合いなんてさ」

 

「ああ。だから柳副課長も蒼角ちゃんを連れてったんだろうな。せめてもの癒し要素として」

 

 

 これは俺個人の主観に過ぎないが、治安局は現場に出てる連中はマトモでも上で指揮を執ってる連中にはどうもきな臭い印象がある。

 つい先月運び込まれたばかりの未確認エーテル生命体の遺体に関しても、それを積んだトラックの襲撃された際はこれまた上の連中と相当揉めたと聞く。今回だって素直に情報を渡してくれるかどうか。

 

 

「渡させるとも。これ以上パールマンに自由を謳歌させてやる道理はない」

 

「そのセリフ、実際に治安局に出向いてお偉方に直接言ってたらもう少しカッコついたっすよ」

 

 

 今新エリー都を駆け巡るホットな話題はアストラ・ヤオのニューシングルもそうだが、パールマンの郊外逃亡事件も同列に挙げられる。

 なんでも裁判所へ向かう飛行船を一人で運転して逃げたらしい。

 いやあのオッサンがどうやってと思うかもしれないが、ひとまず送られてきた資料を見たらまぁ納得した。

 

 要は様々な陰謀やら組織やらが複雑に絡み合った末の結果らしい。どのような意志を持った陰謀なのか、またどの組織が勝利したのかは不明だが。ただ一つだけ言えるのは、恐らくパールマンの逃亡はどの陣営にとっても想定外の事案だったということくらいか。

 

 ……唯一気がかりなのはその絡まった組織の中に俺の昔馴染みのバ先がチラつくところだが、とりあえず今は考えても仕方ないし、というか考えたところで答えなんざ出せっこないので見なかったことにする。

 

 

「でもいつ聞いたって笑えるよなぁ。あんな目立つ飛行船乗って郊外まで逃げるとかモッキンバードかっての」

 

「あの伝説の怪盗様ならもう少し器用にやると思うけどね。……伝説と言えば、パエトーンの噂も最近聞かないけどどうしてるのかな」

 

「さぁな。少なくともアレを取り巻く噂はもうこの先一生働かなくてもいいくらいの金を稼いだからもう引退したとか、その手腕を当局に買われてプロキシ業から足を洗ったとか。インターノットに転がってるのはソース不明の眉唾ばっかだ」

 

「いやはやインターノットの海は怖いねぇ。だって居なくなってからまだ半年かそこらでしょ。たったそれだけでも好き放題言われちゃうんだから」

 

「ああ。その点で言えばちょっと可哀想だよな……雅課長はどう思います?」

 

 

 で、静かになった雅課長に話を振ったりしてみる。

 

 

「…………」

 

 

 いや、レスポンスおっそいな! 

 これもしかしなくてもまた脳内修行してるだろ。

 この人、隙あらば自分の世界に入り込むから困る。

 

 

「みーやっびかちょー! きこえてますー? いい加減脳内修行から帰ってきてくださーい!」

 

 

 キツネのシリオンの耳元で思いっきり叫ぶとかいう、普通に殴られても文句は言えない行為。

 でもアレだな。なんか楽しいな。柳副課長がいないからオフィスでも気にせず大声出せる。

 

 声は出さないがビクッと身体を揺らした雅課長。

 表情こそ変わっていないが汗が浮かんでる雅課長。

 あくまでも平静を装って俺の方を向く雅課長。

 いや、うん。部下の前とはいえそこまで強がんなくても。

 

 

「……ああ、愛斗か。どうかしたか?」

 

「どうかしたかじゃなくて、どうかしてんのは雅課長なんすけど……いや、まぁ大したことじゃないんですけどね。今マサマサとパエトーンの話とかしてたんですけど。知ってます? パエトーン」

 

「我々のようにホロウに関わる者でその名を知らない者はいないだろう」

 

「やっぱり有名人っすよねパエトーン。そんな伝説のプロキシについて雅課長はどう思ってるのかなーとかちょっと気になりまして」

 

 

 伝説のプロキシ、パエトーン。

 ホロウの水先案内人を請け負うプロキシ業自体、ホロウレイダーと何ら変わらない摘発対象であり。この手のプロキシにありがちな黒い噂は、その知名度から考えると意外な程多くない。

 

 やはり世間一般で言うところの悪に相当するような仕事をあまり受けないことなどが秘訣か。ブラックなのにどこかホワイトなイメージをパエトーンは持っている。

 そんな影に身を置きながら、影に染まり切る事は決してない存在を雅課長はどのように見ているのか、ほんの戯れだとしても気になった。

 

 

「パエトーン。奴が如何に清廉な噂と民衆の羨望をその身に帯びていたとしても、法と秩序を乱すプロキシである以上は悪だ」

 

 

 対ホロウ六課の課長として、極めて簡潔な頼もしい答えである。

 しかしながら、俺はこの人が口で言うほど法と秩序一辺倒のお堅い人物ではない事を既に知っている。故に黙って続く言葉を待った。

 

 

「しかし、法と秩序に縛られては果たせない正義も存在する。……もしパエトーンが我らと道を同じくする同志だとしたら……」

 

 

 その期待に応えてくれるかどうかも未だ不明。

 だが希望が全く無い訳ではないと、虚狩りは続ける。

 

 

「悪たるを定るは私─────だが、その為にはこの眼で真実を直視せねば」

 

 

 パエトーン。姿を消した伝説。

 太陽を直視する機会は失われたかもしれないが、その真実を追う幸運くらいは残されているのかもしれない。

 

 さて。ほんのお遊び程度のつもりだったが、色々と参考にはなった。

 俺みたいな色々欠けてる人間は自分の方針やら信念やらを持ち合わせちゃいない。よって確固たる行動指針は他から取って埋めるしかないのである。

 

 今回の場合、パエトーンないし俺の知らないところでヤバめな案件に関わってたサメイドのようなグレーゾーンに出会った時の判断基準。

 執行官として詰めに行くのか、昔馴染みとして黙認するか、その判断は俺には出来ない。

 

 何せ判断した結果があの。実の妹を。妹、だったものを。何の感慨もなく、情け容赦なく。この左手で殺した、怪物の姿。

 そもそも俺は何を持って正義と判断されたのか。悪と定められるべきなのは本来俺ではないのか。

 

 

「────、────と」

 

 

 妹だけに飽き足らず、己の命可愛さに父も母も殺すような鬼畜が、何故その両眼で悪と判断されなかったのか、何故のうのうと今日まで生きながらえているのか。

 

 

 

「───────、なと」

 

 

 一体彼女は俺に何の真実を見たのか、その両眼は本当に正義を映しているのか、俺の中に正義なんてものが一欠片でもあったのか、あったのだとしたらなぜ俺は妹に家族に殺されてやらなかったのか、俺はオレはおれは、

 

 

「───────愛斗!」

 

「……あ、はい。なん、すか?」

 

 

 気がつくと雅課長の心配そうな顔が眼前にあった。

 なぜか若干涙目である。

 課長は俺の気のせいか先程よりも年相応の幼さが伺える表情と、何かを成さんとする強い意志を持つその両目で俺を見つめていた。

 

 

「いくら声をかけても反応が無かった。それに今は顔色も悪い。本当に、大丈夫なのか?」

 

「いや、マジで特になんも無いっすけど。……えっと、そんな顔色悪いっすか? 今の俺」

 

 

 ぶんぶん頷く上司と同僚。

 俺自身なんかぼーっとしてたなーという自覚はあるが、その間の俺が何を考えていたかはもう抜け落ちていた。マジで若年性なんちゃらを疑った方がいい脳年齢である。

 まぁどうせ俺の事だし、次の休みはいつかなーとかしょーもないこと考えてたんだろ。

 

 

「僕はね愛斗。君みたいなタイプが一番心配なんだよ」

 

「なんだよお前もか? ホントやめろよらしくねーぞ」

 

「人が心配してるんだから真面目に聞けよ。散々過労死する過労死するって言われてる月城さんだって、適度に休息入れたりあんぱん買ったり蒼角ちゃん連れてったり。あれで自分の体調管理、メンタル管理はしっかりしてるんだよ。だからあの激務でも潰れない」

 

 

 もちろん、あの人が生来頑丈なのもあるだろうけどねと続けながら、セリフはいつもの悠真でも口調はいつになく重く、冷たい。

 

 

「でも君はどう? 大丈夫大丈夫とだけ言い続けて、自己管理ってものを最初から放棄してる。君は自分の何が問題で、自分の何処が悪いのかをちゃんと把握してから大丈夫って言ってるのかい?」

 

 

 何が問題で、何処が悪いか……鍵は先程のぼーっとしてた時間にありそうだが、その時に考えていた事を思い出そうとすると、右腕の筋繊維がブチブチと破けていくような痛みを感じた。

 やけに具体的だが、無論錯覚だ。何故ならそれは過去に感じた痛みであり、割かれ千切られていく筋繊維など既に金属で補填されている。

 

 

「ちゃんと聞いているのか愛斗。珍しく悠真がまともなことを言っているぞ」

 

「あのー課長? 僕常日頃からそんな風に思われてたんですか? 割りとショックなんですけどー?」

 

「まぁ実際珍しいっすよね。こいつがこんな真面目にマトモなこと言うの。俺も普通にビックリしてます」

 

「なんだ、ちゃんと聞いていたのか。ならいい」

 

「ならよくないですよ? 愛斗も本当にちゃんと聞いてたならこんな感想でないよね。まず自分を省みるよね」

 

 

 マサマサの言葉はどれもこれ以上ない正論で、クザクザと胸に突き刺さる致命傷だった。

 問題は俺の胸にぽっかりと穴が空いてた事くらいか、そのせいでせっかくの正論も突き抜けてどっかいっちまった。

 ……いや、ふざけてる訳じゃなくて、本当に省みようとは思ってるんだよ。ただそれが出来るなら俺も苦労してないというか。俺自身何とかしたいと思う悪癖であると自覚はしているというかなんというか。

 

 言葉を選べど選べど言い訳にしかならない現状に、上司と同僚は心底呆れたような視線とため息を一つ。

 俺、この職場クビになったらいよいよどうなんのかな、行き場あんのかなと、ここ数年で初めて怖くなった瞬間だった。

 

 

 

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