ホロウ災害で家族失ったけど本人がまったく気にしてないパターン 作:いつかの
「けほっごほっ……んん!」
「ちょっとちょっと大丈夫〜? さっきからずっと咳してるけど。愛斗まで病気がちになったらいよいよ僕の立つ瀬が無くなっちゃうよ?」
そもそもそんなところに立つなという話ではあるが。
なんやかんや心配してくれているのは伝わったので、素直に同僚の言葉を受け止める。
「安心しろよ。さっきのでちょい喉が焼けてるだけ。ほっとけば勝手に治るから。気にしないでどーぞ」
義手は既に異形と化しており。血管にはニトロフューエルみたくご機嫌なエーテルがドバドバ流れてるとこ。
つまり今はひと仕事終えた後で、これから消そうという話が出てるバレエツインズの下見を終わらせた帰り道だった。
「活性低下でエーテリアスが減ったと思えば今度はホロウレイダーが増え始めるって……全く、僕達が休める日は一体いつになるんだろうねぇ」
「さぁな。まぁこの規模のホロウを俺達だけで終わらせるってのは流石に無いだろうから、今月乗りきりゃ人手も増えて多少はマシなんじゃねーの?」
それがあまりにも適当な希望的観測なのはコイツも流石に承知済み。
今月ねー、なんて適当な返事をしながらすぐそこのバレエツインズを物憂げな顔で眺めたりするマサマサ。
浅羽悠真を知らないマサマサファンなら喜びそうな絵面だが、生憎俺は男なのでただただ喧しいだけである。
「そういえば、なんで月城さんはバレエツインズには絶対入るなって言ったのかな。普通、一番見なきゃじゃない?」
「あれ? お前知らねーの? バレエツインズってアレ私有地だから、入るにはガサ状かなんかいるんだよ」
「私有地? いやいや、ここホロウの中だよ? 一回ホロウに飲み込まれたものは、そういう権利関係は消えるって話でしょ?」
「そりゃお前の言ってる事は間違ってねーよ。ただバレエツインズの場合、頭の部分がホロウから突き出てんだろ? だから」
「あーハイハイ。わかったよ。なるほどねぇ。じゃあこれで新エリー都の法律にまた厄介な判例が出来ちゃったわけだ」
「そういうこと……まぁけど、俺達みたいなのにはやりやすいんじゃね? なんにせよ目を通す場所が一個潰れるわけだから──────」
得っちゃ得だろと、言いかけたその時。
「─────ねぇボス。今回の仕事ってそんな長い時間かかるものなの? 今日だってほとんど一日中バレエツインズに張るんでしょ?」
「ええ。長年使われていないバレエツインズの設備メンテナンスもそうですが、近頃増えているホロウレイダーが建物内に侵入しないよう監視する必要がありますので。……なのでエレンには申し訳ありませんが、しばらくの間学業の方はお休みして頂く事になります」
「別に気にしてないからいーよ。ただ今日のは急に決まった仕事だったし、少し気になっただけ。ほら、あたしスタミナ無いからさ。長時間見張りで立ってるだけでも重労働でしょ?」
「そういうことでしたら今夜は体力の付く賄いをご用意いたしましょう。ライカンさん、カリンちゃんも、今夜の食事はどうされますか?」
「んんっ! わ、私は今日、夕食を持参しているので、賄いについてはお気になさらず……」
「かっ、カリンも、大丈夫ですっ! 今日は自分でお弁当を作ってきましたからぁっ!」
……探索候補から除外された建物に丁度入っていった見覚えのありすぎるコスプレ集団に、思考をまっさらに漂白された。
ちなみにそのコスプレ集団は似合い過ぎる執事服とかメイド服とか着てる凄腕の家事代行サービス集団だった。ごめん、自分でも何言ってるかちょっと分からない。
「それもそうだね。あんな大っきい建物、上に登るだけでも体力全部使い切っちゃうよ…………あれ? どうしたの愛斗、急に目頭抑えたりして」
「いや、その……」
なんでもないと言おうとしたけど、なんでもなくはないだろアレ。
身に付けてる装備は明らかに正規の調査員のものじゃないし、かと言ってホロウレイダー程無防備なガラクタでもないし。
いやでも俺行かないよ? 絶対行ってやらないよ?
その集団にはなんか俺がデコったりもした気がするサメの尻尾生やしてる子とかもいたけど、きっと多分恐らく人違いだから百パーガン無視するからな?
♢
「─────結局来るんじゃん」
なんやかんや言いつつ体は正直なのである。
「そりゃ来るだろ。気になったし暇だったし。……それにお前の事、なんかヤバイことに関わってないか心配だったし……」
柳副課長に絶対入んなよと厳命されたバレエツインズ。
なんだアイツら私有地なのに入ろうとしてる! なんてどの面なセリフでマサマサを乗せて突撃したは良いものの、
「…………心配してるって、なにそれ。だから保護者面ウザイっての。ホント、余計なお世話なんでさっさとお帰りくださいお客様。お出口はあちらです」
そして、心底かったるそうな所作で出口の方向を指し示すサメっ子メイド。
ツンデレとかじゃなく本気で帰って欲しそうなのが実にエレンらしい。
「こっちだって帰りたいのは山々だけどなサメイドさん。オタクらまずここ入んのに許可取ってんの? バレエツインズ、一応私有地だぜ?」
「それ、あたしらのセリフ」
「は?」
「だから、ここの土地持ってんのはあたし達の雇い主だって言ってんの。……あれ、これ言っていいんだったっけ、ボス」
エレンの問いかけに後ろで控えていた狼のシリオンが前に出る。
……この建物の構造のせいだろうか、鋼鉄製の義足の足音が嫌に響く。
「構いませんよエレン。彼女の言葉通り、この建物は私共のご主人様が保有している物です。……ですので、法を侵す侵入者はあなた方、という事になります」
やっばいなんかあの人の義足がキュインキュイン鳴ってる!?
つーかなんだあれカッコよすぎだろ! 俺の右腕にもあーゆう機能が欲しい!
いや、そうじゃなくて! こうなるのが嫌でまずエレンに話しかけたのになんでこうなんだよ!?
後ろに控えてるなんか空気ビリビリさせながら浮いてるお姉さんも、不釣り合いなイカつい電ノコ持ってるあの子も、みんなやる気満々じゃねーかよ!
「待て待て落ち着け。確かに令状も何も取って来なかったのは悪かったがな。だからって武力行使に出るのはどういう了見だよ?」
背負った二槍を何時でも取り出せるよう準備はしておく。
しておくが、やはり理想は対話で穏便に解決すること。立場が違えど同じ人間、理性があるならコミニケーションを取るべきである。
「右に同じ。それにさぁ。そもそも僕達はアンタらがバレエツインズに入るホロウレイダーか何かかと思って、善意で撃退してやろうと思っただけなんだよ? アンタのご主人様とやらがこの建物を保有してるってのは今知った事だし。侵入は不可抗力でしょ」
流石の援護射撃。相変わらず頼りになる男マサマサである。
……でもごめんマサマサぁ。その言い訳さぁ。隣にいる片腕バカのせいで台無しなんだよねぇ……。
「そこの弓持ってる人はともかく。愛斗に関してはあたし目当てで来たんだから確信犯だよね?」
……ほら、こうやってカウンターキメてくるサメ娘がいるんですよハイ。
「ねぇねぇ愛斗……最初の会話聞いてて僕思ってたんだけどさぁ。あの子、君がよく話してるエレンちゃん?」
「……よく覚えてたな。返事も適当だから聞き流してるもんだと思ってた」
「聞き流さないよ酷いなぁ。それに、メイド服着るバイトやってる不健全なサメシリオンなんて言われて、特徴ドンピシャな子が来たんだから気づかない方がおかしいよ」
それもそうだけど。
俺、そんなにエレンのこと話してるか? 俺が話したのなんてせいぜい、休んでた時の火鍋屋の話とか……あっ、あとこの前一緒に借りた映画見た話もしたか。
「つまり愛斗は、仕事とか何にも関係無く、自分の妹分が気になってここまで来たってワケかい?」
ヤベぇバレた。いやまぁ、どうせバレる前提ではあったけど。
でもエレンを妹分と言うのはどうだろう?
アレを妹と安易にカテゴライズすると非常に危険な香りがする。
こういうのはせいぜい近所に住んでる生意気でお冷めな子、程度の認識でいいのだ。
「悪い
「何に謝ってるのさ。僕を騙した事? それとも身内の心配事に付き合わせた事?」
「それは……」
「愛斗。君が謝り、反省すべきなのは最初から本当の事を話さなかった事に関してだけだよ。そうならそうと言ってくれれば、僕だって書類仕事してるよりは楽しそうだねって素直に付き合ったさ」
いやいや素直にイケメン過ぎか?
今のマサマサファンなら落ちてるぞ百パー。
そうして目の前の電ノコ、ハサミ、電撃、氷義足そっちのけでマサマサにトゥンクトゥンクしてると、どうにも状況が変わったらしく、それらの凶器が襲いかかる様子が一向に見られなかった。
「エレン、このお二人の言葉は真実ですか? 本当に彼らはあなたの?」
「……半分白髪の方ね、ハチマキは多分それの友達。まぁ、アレを兄貴分ってカテゴライズするのはなんか嫌だけどね。せいぜい近所に住んでるちょっと有名な片腕の不審者野郎ってくらいでしょ」
「ぶふっ!」
おい思いっきし吹き出してんじゃねーぞマサマサ。
さっきまでのイケメンムーブが台無しだよホント。
「成程……カリン、リナ。武器を下ろしてください。このお二人は侵入者ではなくエレンのご客人だったようです。そうとは知らずにお二人にご無礼な真似を働いた事、『ヴィクトリア家政』執行責任者、フォン・ライカンが同家政を代表しお詫び申し上げます」
およそ完璧な所作で頭を下げる狼シリオン改めライカンさん。執行責任者という肩書きからエレンの言うボスとはこの人のことらしい。
それにしても上層部とやり合う時の完全無欠営業モード柳副課長にも勝るとも劣らないマナー力である。大したもんだ。
「ヴィクトリア家政? 聞いた事ないなぁ。愛斗は知ってる……って知ってるか、妹分の職場だもんね」
「ああ知ってる。あと妹分じゃねえよアレ。単に昔馴染ってだけだ」
ヴィクトリア家政についてはエレン以外にも雅課長から話を聞く機会もあったりした。
なんでも雅課長の親父さんが利用した事もあるサービスだとか。
そして雅課長の親父さんと言えば名門星見家の現当主サマな訳で……つまりヴィクトリア家政は一部の富裕層ないし特権階級にのみ手足として使う事を許された俺みたいな下賎の身には縁のない家事代行サービスなのである。
「お二人はこの建物に入る際、対ホロウ六課を名乗られていましたが、それぞれお名前の方が篠崎愛斗様と浅羽悠真様でお間違いないでしょうか?」
「それで合ってるけど。なに、マサマサはともかく俺まで知ってんの? そんな有名な自覚ないけどな俺。それともやっぱり耳がいいから俺とマサマサの会話とか全部聞こえてた?」
「何分このような体質ですので、不躾な行為をお許し下さい。しかし篠崎様に自覚が無くとも、貴方様が所属されているのは音に聞こえし第六課。新エリー都の英雄、対ホロウ六課とあらば、その名に覚えのある者が多くとも不思議では無いのではありませんか?」
英雄……英雄かぁ。
俺の知る限りだとその言葉が真の意味で当てはまるのって雅課長だけなんだよな。
間違っても俺なんかにつけちゃいけない呼び名である。
「……あのさ。愛斗は結局あたしと話に来たの? それともボスと知り合いになり来たの?」
どっちなの? といい加減暇になったのか俺とライカンさんの間に入り聞いてくるエレン。
……気の所為か、若干頬が膨れてるようにも見える。
「いや、目的はもちろんお前なんだけど。その、なんだ……」
「なに?」
「えっと、だから。さっきも言った気がするけど、あんま危ない事、すんなよっ、て……言いに来たん、だが……」
たったそれだけの事を言うのにもつっかえてしまう。
今日は右腕に血というかエーテルが通ってるし、多少はあの頃みたくカッコつけられると思ったが、どうも上手く行かないらしい。
「……それだけ?」
「え?」
「だからそれだけ言いに来たのって。他になんかないの?」
「ほ、他? 他か……あー。そうだエレン」
たった今思いついたばかりの妙案だが、対ホロウ六課支給の浅葱色の羽織を投げて渡す。
「なに、これをメイド服の上から着ろって?」
「別に今着ろって言ってんじゃねーよ。今日お前がいつまで仕事すんのか知らねーけど。バレエツインズの夜は冷えるからな。そんな格好じゃ風邪引いちまうだろうから、せめてそれ着とけ」
今度はスラスラと言えたりした。
我ながらよく分からない趣向である。
「……いいの? 借りてても」
「同じの家に何着もあるし。なんなら返さなくてもいい。どうせ洗濯して返すのも面倒だろ?」
「あたしだって別に洗濯くらいやるけどさ……」
俺の羽織をギューッと抱えたまんま。小声でごにょごにょ何かを言うエレン。
マサマサを始めとした周りの微笑ましいものを見る目が非常に鬱陶しい。
「じゃ、マジで帰るわ。これ以上場を荒らす訳にもいかねーしな」
「そうだねぇ。それにこれ以上帰るの遅れると月城さんにどやされそうだし?」
「やっべそうじゃん忘れてた。元々下見だけだから早く戻ります〜なんて言っちまったし俺。マジでどうしよ」
「僕は知らないよ? もし月城さんになんか言われても愛斗のせいです〜って言うから」
「俺達友達じゃ〜ん……」
そんな絶望もありながら。しかし後悔は微塵も無い道草歩き。
言いたいことは言えたし。アイツの性格的にそもそも無茶はしないだろうが、それでも万が一ということはある。
……実際、エレンにその万が一があったとして、家族の死すら安易に捉えている俺が何を感じて、どんな思い抱けるのかという話だが。
その現実を思い知るのは嫌だから無事でいてくれというどこまでも自分本位な俺は、やっぱりろくでなしだった。
♢
「……さっきからどこ見てんのか知らないけど、この腕は見世物じゃないぜ、嬢ちゃん」
一言目で変なやつだとあたしは思った。
髪色は片方白髪だし。片腕無いし。
何より変だと思ったのは、そんな自分を一欠片も悲観していないところ。
ソイツと出会ったのはホロウのせいで家族や家財を失った被災者に格安ないし無償で提供されるアパート、その廊下。
片腕のソイツはどうやらあたしのお隣さんとなるようで、表札には篠崎とまるで利き手の反対の手で書いたような読みにくい字の紙が貼られていた。
「……あぁなに? 今日からこのアパートに住む? しかもお隣? 名前はエレン? あ〜って事は嬢ちゃんもホロウ災害でやられた感じか。……もしかして家族、ひとりもいねーの?」
遠慮がちに聞いてきたけど、実際それが本心から来る配慮ではないことは何となく分かった。
きっと相手は子どもだから、そうした方が好ましいって打算があったんだと思う。
あたしが頷くとソイツはふーん、なんて相槌一つを漏らしてそのまま会話は終了。
ソイツは地雷を踏んだと思ったのか。はたまた沈黙に耐えきれなくなったのか、そのまんま部屋に戻って消えてしまった。
「なんだったんだろ……」
ほとんどため息に近い言葉を漏らす。
この時は本当にこんなヤツの隣で暮らせるのかと、幼心に思ったりもした。
─────次の瞬間、生活用品やらなにやらが所狭しと大量に詰まった大袋を持って出てくるまでは。
「……え?」
「ほら、お菓子に洋服に人形まで、全部持ってけこのドロボー。どうせ俺が持ってても仕方の無いもんばっかだし。……それにアイツだって、ちゃんと使ってくれるヤツの手に渡った方が本望だろ」
「これ……くれるの? 全部」
「だからそう言ってんだろ。何、気にすんなって。ここだけの話こっちも処分に困ってたんだ。なんで嬢ちゃんが来てくれたのは渡りに船だったんだなコレが」
色々と台無しなセリフでも、不思議とそういう本音を口にしてくれた方があたしとしては好感が持てた。
でも、だからこそ分からない。どうしてそんな心情の人間が、こんな見るからに厄介な人間に……家族を失い、天涯孤独となり、知恵も力もない子どもに優しく出来るのか。
「なんでって……そうだな。嬢ちゃんみたいなのを見てると、なんて言うかこう、右腕が痛むからさ」
そう言いながらソイツは存在しない右腕を左腕で抑えた。
もちろん抑えようにも左腕は空を切るばかり。
でも、その時のソイツの顔は本当に辛そうで。
だからあたしがなんで右腕が痛むのかと聞けば。
「それはきっと─────罰だから」
ま、確証は無いけどな。
辛そうな顔のままソイツは─────篠崎愛斗は短く簡潔にそう答えた。
その後も不思議と気があってあたしと愛斗の交流は、愛斗がいよいよ本気で金に困り、とある研究機関の被験者に志願するまで続いた。
再会したのはあたしが中学に上がり、愛斗は何故かH.A.N.D.お抱えの精鋭部隊に入った頃。
俺には向いてないと口癖のように言いながら、なんやかんやで人助けしたりする愛斗執行官の顔は、あたしの知ってる頃とは大分違くて、やっぱりらしくないなと思うけど。
あの時みたいな辛い顔されるよりは全然良いし。
というかあたしはもうアイツのあんな顔見たくないし。
だから面倒くさいけど、今回の仕事はいつもより少しだけ警戒心を強めて、一個の怪我もなく終わらせないと。
それでこの羽織は……そもそもアイツ自体いつ会えるかも分からないヤツだし、このまま貰っちゃってもいいか。
リナさんとカリンちゃんが想像以上に静かです。
上手い絡みが思いつかず、申し訳ないです。